<東京怪談ノベル(シングル)>


親父と娘


◆ お父さんの気持ち

「離せっつてんだろ、バカヤロウっ!」
 お世辞にもいいとは言いがたい言葉遣いで聞こえ、オーマ・シュヴァルツはそちらへと視線を転じた。女性の、それもまだ幼い声に引かれたのだ。
 前方で、少女が1人、数人の男たちに囲まれていた。嫌がる少女を無理矢理にどこかへ連れて行こうとしている。
 少女の気の強そうな瞳の中に、怯えが混じってることを見て取ってしまったオーマは、その集団に近付いた。
「野暮なことはしたくないんだが、あまりに見苦しいぞ。」
「何だてめぇ。」
「何だと言われれば、ずばり親父道師範にして、腹黒同盟総帥、かつイロモノ変身同盟総帥だ。」
「は?」
 全員が呆気に取られたところを見逃すはずもなく、オーマはひょいっと少女を肩に抱え上げた。
「なっ!!」
 オーマの身長は2メートルを越える。その高さに男たちは一瞬怯んだ。だが、すぐに気を取り直し、颯爽と去っていこうとするオーマに追い縋る。
「待ちやがれっ!」
「それは俺たちの獲物だぞ!」
「獲物って時点でお前ら失格。この子は迷子の女の子。おじさんに任せなさい。」
「さっきから意味分からないことばかり言ってんじゃねえ!」
「ふー。言葉が通じないとは嘆かわしいことだな。」
 オーマは襲い掛かってくる男たちをひょいひょいっと軽くいなし、追って来れない程度に痛めつける。はっはっはと勝ち誇った笑い声を残して、悠然と歩き去って行ったのだった。



「……いつまで抱え上げてるつもりだ。」
 ぼそっと肩の上から、不機嫌そうな声が落ちてきて、オーマは自分の状況を思い出した。
「すまんすまん。あんまり軽いから、存在を忘れてた。」
「馬鹿だろ、お前。」
 助けられたくせに、態度の大きいその少女に、オーマは笑った。小さいことで一々目くじら立てたりしない、大人だ。と自分で思ってみたりする。
 ようやく地面に下ろされ、少女は不思議そうな顔でオーマを見上げた。オーマはにこーっと笑って、少女を見下ろす。
「で、迷子の子猫ちゃん、これから一体どうするつもりだ?」
「誰が、子猫ちゃんだ。」
 ふいっと横を向かれてしまった。改めて見ると、なかなか可愛らしい容姿の少女だ。口調はぞんざいで、投げやりだが。
 オーマはじっと次の行動を待った。多分、彼女は礼を言いたいのだと思う。下ろされた体勢のまま、オーマの服の端を掴み、じっと押し黙っている。
「……もしかして、迷子ではあるのか?」
 ふと、子猫ちゃんを否定されたので、もう1つの可能性を思い至り、オーマはぽつりと呟いた。
「迷子じゃない! 家出だ!!」
 ずばりと自分の状態を言い切った少女は、はっとして慌てて自分の口を手で覆った。が、時既に遅し。オーマはにやにやと笑って、少女を覗き込んだ。
「おーや、家出かー。おじさんいいこと聞いちゃったなー。お悩みかい? ほほぅ、これが思春期って奴なのかねぇー。」
「ぐっ。」
 少女は目に見えて怯んだ。
「嫌だ。家に連れ戻さないで……。」
 両手を組み、うるうると瞳を潤ませて、オーマを見上げてくる。
「うっ。お前、そんな女性の必殺高等術までマスターしてるのかっ。」
 しっかり術に掛かり、オーマはがっくりと肩を落とした。
「だが、何か悩み事があるなら、おじさんに話すんだぞ。見知らぬ他人に聞いてもらうだけでも、気が楽になったりするもんだからな。」
「特にない。」
 あっさりずばりと言い切られてしまった。
「……反抗期の娘ってこんなものなのかねぇ。お父さん泣いちゃうっ。」
「盛大に泣け。」
 家出少女は逞しかった。



◆ 家出娘に襲撃事件

 オーマは少女を連れて、目的なく歩いていた。家に帰りたくないと駄々を捏ね、行くあてもないと暢気に言われてしまうと、ぶらぶらと散策するしかない。少女はオーマの服の端を握り、ぽてぽてと歩いている。その可愛らしさに、うっかり萌えてしまうオーマだった。
「なんかさー、人攫いの変態に付いて行ってるみたいだよね。」
「何てことを言うんだお前は! 俺は腹黒くはあるが、変態ではない。」
 雰囲気をぶち壊され、しかもその内容の過激さにオーマはずっこけかけた。
「いいか、俺のことは親父と呼べ。」
「……というか、元々名前も聞いてないよ。」
「おお、そうだったか? 親父ってことで構わないな。」
「多分呼ばないし。」
 オーマがそれを聞いて、熱く親父心を解説しようと少女を振り返ろうとした。
「っ!!」
 五感に引っ掛った予感に、オーマははっと顔を上げた。四肢に警戒音を発する。
「どうかし……?」
「危ないっ!!」
 怪訝に思った少女が言い終わらないうちに、その身体を抱えてその場を飛び退去った。
 すでに片手には巨大な銃器が握られている。身の丈を越すその巨大な武器がどこから出てきたのか、少女は目を丸くして、ぽかんと口を開けていた。
「逃げろ!」
「……え?」
 オーマの視界の中にいるのは、3匹のヴォズだった。4本足だったそれは、にょきっと身体を伸ばし、2足歩行へと変化する。目は確かに、オーマを見据えていた。
(来るっ!)
 少女を突き飛ばし、襲い掛かってきた一撃を銃身で受けた。長く鋭く伸びた爪とぶつかり、高い音が鳴り響いた。
「きゃぁっ。」
 尻餅を着いたまま、少女は更に耳を塞いで小さくなろうとする。
「立て! 目を閉じるな。戦況を見て、隙があったら逃げるんだ!」
「そんなの無理っ……!」
 べそをかきながらも、少女は立ち上がった。なかなか肝が据わってる、とオーマは内心褒めてやった。
 銃器の形状を変える。3匹を同時に相手するには、銃口が1つでは足りないからだ。この銃器はオーマの精神力を具現化させて生み出しているものなので、既製品に囚われない。見たことのない形状へと変化させることが出来る。
 後方で見ていた少女が息を飲む声が聞こえる。3頭の竜のような形状の銃器が一斉に口火を吹いた。
「ギャァァァァっ!!」
 ヴォズが悲鳴を上げて、後方に飛び退いた。すぐに体勢を整えて、再び飛び掛ってくる。2匹が、オーマを目掛けて来た。その攻撃を交わしているうちに、残りの1匹が少女へと襲い掛かった。
「させるかっ!」
 銃口を1つに戻し、連発する。全て、振り上げられた腕に当たった。
「ガア――っ!!」
 手の先が吹き飛び、ヴォズは悲鳴を上げてのた打ち回る。オーマは再び銃器を返ると、最後の一撃を放った。
 殺すためではなく、封印のためのそれを。
「なっ?!」
 固まったまま動かなくなったヴォズの前で、少女は立ち竦んでいた。



◆ 親父の背中

 ヴォズとの攻防はまだ続いている。仲間がやられたので、一度退却するかと思ったが、相手はしつこかった。
 オーマは薄々ヴォズの目的に気付いていた。
(……標的はこの娘か。)
 彼女にどんな理由があるのかは分からない。だが、怯える少女を守ることに、迷いはなかった。
「なんで殺さないんだよ!」
 1匹を封印に留めたことと、さっきからの攻撃が決して急所を狙っていないことを見抜いて、少女が叫ぶ。
「簡単に殺すとか言うな!」
 いつにないオーマの厳しい声音に、少女は目を瞠った。
「だったら、殺しに来ている相手すら、許せというのかよ?!」
「許す許さないじゃない。命とはそんなに簡単に取ったり取られたりするもんじゃないんだ。」
「……変な奴。もし、自分の子供が殺されても、同じことが言えるのかよ? 大した善人だな。」
「言えるさ……。」
 静かな声音と共に、響いた銃声で後の2匹の封印を終えた。
 少女からはオーマの広い背中しか見えない。どこか近寄りがたい雰囲気を感じ、少女は息を潜めてそれを見つめていた。
 怒っている。
 言ってはいけないことを言ってしまったのだと、悟ったときには遅かった。発してしまった言葉は元には戻せない。
「大丈夫だ。俺が守ってやるから。な? 例えば、と言われるようなことは、決して起こさせない。」
 力強く言い切って、オーマは少女の頭をよしよしと撫でた。うっかり泣きそうになってしまう。
「さあ、感動して俺の胸に飛び込むんだ。お父様、ってな!」
「馬鹿だろう、お前。」
 折角の名場面が、すっかり白けてしまった。
 少女は溜め息をついて、オーマから離れててくてくと歩き始める。
「でも、馬鹿もそこまで極めれば、本物になるかもな。」
 くるりと振り返って、笑った。始めて見る少女の満面の笑みだった。
 そして、唇だけで告げる。
 あ り が と う。
「じゃあな、親父!!」
 少女は駆け出し、すぐに見えなくなった。



 オーマは暖かい気持ちでそれを見送った。
「……しかし、何でヴォズがヴォズを襲うことがあるんだ?」
 人が人を殺すことのある世の中だ。そういうこともあるんだろう、とオーマは自分自身を納得させることにした。


 * END *