<東京怪談ノベル(シングル)>


シアワセノカタチ



オーマの脳裏に「後悔」という言葉が過った。
その言葉の意味通り、後に悔やむことになる。
一番、見たくなかった光景を瞳に焼き付け、
その場に崩れ落ちることになる。
彼はあの時、オーマになんと言ったのだろう
か、そっと思い出す。「後悔をしたくないから
貴方についていくんですよ」オーマは自嘲気
味に笑うと、「俺は後悔しちまったよなぁ」と
呟いて、身の丈ほどもある銃を背に歩き出し
我が家へと向かった。

 とある要人の以来があり、新人ヴァンサー
をつれてウォズの封印へ向かったことが事の
始りだった。まだ未熟だからついて来るなと
言うオーマに「貴方の戦いを見たい。それに
何時までも未熟だからと赴かないようでは、
自分の品位に関わりますよ」と戦いとは無縁
の無邪気な笑顔で彼はオーマを押し切った。

 ウォズ自体はあまり力があるようでもなく、
人に具現化できる程の力を持ちながらも、自
分の身を守るためだけに攻撃をしてくると言
った風情だった。それは新人の青年にも見て
とれたはずだ。なのに顔は青ざめて悲壮な顔
をしてウォズを見つめている。オーマはウォ
ズに集中するあまり彼の異変には気づいてい
なかった。彼の足がこちらに向かって来たこ
とも。オーマは、これは楽に終るかもな、と
思いながら、銃弾をウォズに打ち込もうとし
た瞬間、彼が前を横切った。
「なっ・・・」いつも陽気なオーマが言葉を
失った。それもそのはずで、青年がウォズの
代わりにオーマの銃弾を受けたのだ。
ウォズは「きゃぁぁぁ・・・」と消え入りそ
うな悲鳴を発し、消えてしまった。
オーマは青年に駆け寄り抱き起こした。
「おめぇ・・・なんでこんな馬鹿なことして
んだ!」
青年の瞳には涙が浮かんでいた。
「貴方に後悔というものを背負わせてしま
う・・・分かっていたけれど、僕のエゴを許
して・・・」
青年は静かに目を閉じた。オーマは自分の出
来る限りの応急処置をし、青年を連れかえっ
てオペをした。銃弾を取り除き縫合する。
その手は患者を前にして初めて震えた。

 青年はなんとか命を取りとめたが意識が戻
らぬまま、三日が過ぎた。
彼がどうしてあんなことをしたのか、未だに
理由がわからない。家へ帰り、グラスに琥珀
色をした酒を注ぐ。トロリとしたその酒は、
喉に流し込むと焼けつくようだ。
いつもはこんな無茶な飲み方をするオーマで
はなかった。仲間うちでわいわいと場を盛り
上げながら楽しく飲むタイプだ。
妻は何も聞かずただ、酒を煽るオーマをしば
らく見つめていた。
しかし一時間後、オーマの体が心配になり、
さっとグラスを取り上げる。
オーマはゆっくりと妻を見上げると、グラス
に指をかけた。妻の指にオーマの大きな手が
重なる。妻の手には力がこもり、これ以上は
許さないと沈黙の中、視線だけで言った。
「これで終らせるからよ」
妻はしぶしぶ手を離した。
「オーマらしくないわね、どうして考えるこ
とをしないの?」
「考える、か・・・」
妻に言われはっとしたように目を見開いたあ
とオーマは黙り込んだ。
青年は、オーマが傷つくことが分かっていた
のに飛び出した。その証拠に「後悔を背負わ
せてしまった」と呟いた。
青年はオーマを慕っている分、オーマへの気
遣いもあり、よほどのことなんだろうと推察
できた。
あの状況をもう一度思い出す。
オーマがウォズを攻撃したときに盾になるよ
うに飛び出した。
そう・・・盾になるように飛び出したのだ。
「まさか・・・あいつ・・・」
思いも寄らない自分の推理にオーマは呆然と
した。ヴァンサーである限り、ありえない答
え。しかし辻褄が合ってしまった。

 苦虫を潰したように歯を食いしばり、オーマ
は自分の部屋へと戻った。そして本棚からウ
ォズに関する文献を取り出す。
「人型に具現化するもの程高位であり、様々
な事例が確認されている。・・・子を孕むもの
も確認されている・・・だと?!」
その時、ドアがノックされ、妻が手紙を置い
て部屋を出て行った。
オーマへウォズ討伐の依頼状だった。
この事件のきっかけとなったウォズが下位の
ウォズを集めているという。聖獣たちへのさ
らなる被害が予想されるため、一斉討伐の依
頼だった。
オーマはにやりと口角を上げ、「丁度いいじゃ
ねーか。こちとらちょっとお前に用があった
しな。行ってやるよ」
オーマは身の丈よりも大きな銃を抱え、颯爽
と歩き出した。興奮のためか本来の血が解放
されつつあり、一時的なはずの銀髪赤目の青
年へと姿は変貌していた。少し華奢になった
その背を見て妻はそっと安心のため息を吐き、
夫の無事を祈ったのだった。


 以前まで花畑だった場所へオーマはやって
きた。高位のウォズが集めた下位のウォズが
聖獣を殺したことによりここ一体の加護が薄
くなったため、今は砂漠の一歩手前まで来て
しまっていた。
「おーい。出てこねぇか!俺が来るのは分か
ってんだろ?」
砂漠を見渡しながら、大声を張り上げるオー
マに反応するように目には見えない気配が増
幅し始めた。
具現化し始めたウォズの総数は数百といった
ところだろうか、中心に守られるように立っ
ている女が見えた。
「俺、あんたに話があんだよ。ちょーっと聞
いてくんねぇか」
見目麗しい青年でも中身はオーマ、口調は以
前変わらないらしい。
女は震えるように顔を伏せていてこちらを見
向きもしない。
反応を窺うように黙っていた下位のウォズた
ちが一斉にオーマへ攻撃をしかけてきた。
「あー・・・銃じゃちょーっと手間だな。一
斉にいかせてもらうぞ!!」
その宣言と共に、大きな竜巻が起き、ウォズ
がオーマへと近付けなくなった。
段々と弱まった竜巻の中から出てきたのは、
銀の毛並みの大きな獅子だった。
うぉぉ・・・と咆哮の後、ウォズたちに襲い
かかったのは鋭いかまいたちだった。
「お前さんには悪いが、こいつらは封印させ
てもらうからな」
銀の獅子になったオーマは精神感応能力を使
い女に話しかけた。女もその能力があっても
おかしくないのに何も返事は返ってこない。
沈黙を了承・・・いや諦めと受け取り、倒し
ても倒しても襲い来るウォズとオーマは本格
的戦闘を開始した。
銀の獅子は風を切るように滑らかに走ってい
るかと思えばその鋭い爪でウォズたちに致命
傷を追わせていく。柔らかく銀に輝くたてが
みは鋼のような強度を持っていてウォズたち
はかすり傷一つつけられないまま、あたりに
浮遊していった。
何時間たっただろう全ての下位のウォズを倒
すとオーマは青年の姿に戻った。
厳かなまでに静かに手を上へ翳すと銀色のリ
ングに吸い寄せられるように力を失い浮遊し
たウォズたちがリングの中へ消えて行った。

 オーマはふぅっとさすがに疲れたのか一息つ
くと、震え丸く蹲っている女の元へ歩いた。
もし、攻撃されれば応戦できるようにと思っ
たからだろう、体はまだ、銀髪赤目の青年の
ままだった。
「なぁ、お前なんでそんなに力を失ってい
る?人に具現化できるってぇことはかなり高
位なやつだろ。それに何かをかばうように蹲
っているのは何故だ」
矢継ぎ早に繰り出されるオーマの質問に答え
る様子を見せない。
「俺が言ってやろうか?お前は子を孕んでい
るだろう?お前を庇った男の・・・」
まるで確信をつかれることを厭うように女は
ガクガクと震え、取り乱しはじめた。
この世界の異端であるウォズが人間の子を孕
むなど、絶対にあってはならない。それは人
もウォズも共通しているのだろう。
「お願い、封印しないで・・・お願い」
弱々しく泣く姿は人間の女そのままでオーマ
はうろたえてしまった。
「なぁ、聞かせてくんねーか。なぜあいつの
子を孕めたんだ?おめーは」
封印することはしないという証明のように銃
を地面に降ろし、オーマは女の頭をそっと撫
でてやる。
「この花畑で会ったの・・・あの人と。まだ
あの人新人のヴァンサーで私のこと身抜けな
かった。ぼんやり座っていた私に話しかけて
きたの。『あなたもこの花畑お好きなんです
か?』って。別に好きとか嫌いとか何も思っ
ていなかったけど、思わず頷いたら『僕もな
んですよ』って笑って。人が私に笑いかける
なんて信じられなかった」
言葉を紡ぐ女を唯じっとオーマは見つめた。
この先は語られなくとも分かった。
「この世界に来て分かったことがあるの。
この世界に生きる者たちは笑ったり、怒った
り、泣いたり・・・とても感情が豊かで・・・。
彼らを見ているうちに私はいつしか思うよう
になった。寂しい・・・と。そんなときに彼
が笑ってくれたの」
オーマはもう何も言えなかった。何故だか女
の声が切なく胸に響き、声を詰まらせた。
「私は、聖獣を狩らなければ生きては行けな
い。でも聖獣を狩ればあの人がいつか来るこ
とは分かっていたの。だから私は・・・」
ふつり、と言葉が切れた。それと同時に女は
舞うようにふわりと地面に倒れ、オーマは慌
てて女を抱き起こした。
華奢なんて綺麗な言葉で言い表せない程細い
腕、枯れた肌、苦しそうな吐息。
オーマは、きつく目を瞑り、奥歯を噛み締め
た。
「だから・・・聖獣を狩るのを止めたのか!
腹に子がいるんだろう!」
自分の言っていることが矛盾しているなんて
分かっているはずなのに、オーマの口から零
れ落ちた苦しげな言葉に女は優しく笑った。
「でもね、これでいいの。きっとこの子だっ
て分かってくれる。私たちは生命の危機にな
ると下位の者を使って聖獣を狩らせるわ。そ
れが本能。それには逆らう力もなかった。貴
方が来てくれればいいとひたすら願った。あ
の人に渡して欲しいものがあるの」
女の体が桜色に光り、辺り一面がその光に包
まれた。あまりの眩しさにオーマは目を瞑り、
離さないとでもいうように女の体を抱きしめ
た・・・はずなのにどんどん砂が手から零れ
落ちるようにさらさらと何かが落ちていく。
しかし眩しくて見えず、強く強く手を握りこ
んだ。
光が消え、後に残されたのは透き通った橙色
の石が一つ。
その石の中央には、生命の息吹を表すかのよ
うに桃色の真珠のような石がくるまれるよう
に入っていた。
オーマは無言で立ち上がると、青年の姿を解
き、通常の姿に戻った。
一歩踏み出したとき、地面に一粒水滴の後が
出来て、誰にも気づかれないまま消えていっ
た。

 その後青年は驚く程の回復力で以前と同様、
ヴァンサーとして働けるまでになった。
一つ変わったことといえば、戦闘服の中には
優しく光る石のペンダントが常に共にあった。

 石を渡すオーマに彼は笑った。
「ありがとうございます。これでずっと一緒
にいることができる。最後に彼女笑ったんで
しょう?僕も見てみたかった。いつもそっけ
なくて、笑うときは困ったような顔をしてい
た。そんな彼女が優しく笑ってくれたのなら、
きっと幸福を感じてくれたんでしょう」
青年も同じように優しくオーマに微笑み、オ
ーマもいつものようににやりと笑った。

*ライターより*
お久し振りです。このたびはご依頼、ありがとうございます!!
またお会いできて本当に光栄です。
まず、最初に・・・長くなってしまい、申し訳ないです。
あぁ・・・あぁ・・・と思いつつ増えていくという・・・。
このたび、前作のクエストノベルと全く違うテンションの仕上がりに
なってしまいました・・・。シリアスというか・・・。
設定など読ませて頂いているときに、ある項目で閃いてしまい
このお話ができあがりました。
どこか・・・は一目瞭然ですね(苦笑)
これもある種のハッピーエンドではないかと私は思っております。


少しでも気に入っていただけると嬉しいです。
本当に、お任せしていただいたので、好きに書かせていただけて
物書き冥利に尽きる!の一言です。

本当にありがとうございました!!
また機会があれば、お会いしたく思います。

                               古楼トキ