<東京怪談ノベル(シングル)>


夢現

 永く時を重ねれば、ヒトには老いが訪れる。
 ヒトと成る術を捜し求め、けれど、未だヒトに相成れぬ少女、鬼灯に、老いはない。病もない。
 ただ、磨耗に蝕まれるだけ。
 急くような思いの中、異界の地で過ごしてきた鬼灯だが、一定の間を置いて主による整備をしてもらわねばならないのは、いたしかたない。

 それは整然として、主様以外が立ち入れない結界の中。
 人形であるわたくしは、手を、足を、もがれるように解体されます。
 痛みなどはありません。むしろ傷んだ継ぎ目を外されることには快ささえ感じます。
 主様の手で行なわれることゆえに、なお……。

 一通りの解体がすんだ、後。鬼灯中枢である、『珠』が取り出されれる。
 それは鬼灯そのもの。作られた身体と確かな想いを繋ぐ、唯一のもの。
 『珠』を清めるにあたり、鬼灯の想い――魂は、ほんのひと時、現の間へと解き放たれる。
 例える言葉のない、開放感。押し込められた感情が、このときだけ、彼女の下へ帰ってゆく。
 溢れんばかりの思慕と、愛情。
 それと同様の不安と、絶望。
 急に胸を突いた想いに、鬼灯はあまりにか細い指を、胸に、宛がう。

 わたくしは、いつまで人形なのだろう。
 わたくしは、いつまで傍にいられるのだろう。
 整備し、直せば済むわたくしと違い、主様は、老いるのだ。
 時は、無限ではない……。
 想いはわたくしを蝕みます。身体が持つ、傷と同様に。

 視線を下ろせば、バラバラになった自分の姿がある。
 主の手によって直され、清められる鬼灯の身体は、一糸をも纏ってはいない。
 帰ってきた感情は、この上ない羞恥を感じさせる。
 だが、わずかばかり視線を上げた先にいる主は、平然としている。つくづく、自身が人形であると思い知らされる。
 たまらなく、哀しい。
 久方ぶりに自由を得た感情は、その色を目まぐるしく変え、鬼灯を苛む。
 敬い、妬み、慕い、嘆き……愛し。
 鬼灯は想いのまま、そっと、触れる。
 否、触れるように、身を寄せる。

 寄り添い、感じるはずのない温もりに浸る瞬間。
 わたくしは死してなおこの世に留まることのできる喜びを感じます。
 同時に、決して触れ合うことの出来ないこの身を呪います。
 度に、度に、思い知らされます。
 わたくしはヒトではない。人形だ。
 人形なのだ。
 けれど、この胸にある思いに偽りのあろうはずも、ない。
 冷たい魂でしかないこの身にさえ、熱が帯びているのを感じるのだから。

 こうしている時間が、一番幸せだ。
 だが、その時間も、瞬く間に過ぎていく。清めを終えた珠に、想いはうずもれる。
 組み立てられる身体に意識もおぼろげになりながら、鬼灯は優しい主の顔を、見上げる。

 主様、わたくしは、いつでも、貴方のお傍に……。

 キリ、キリとゼンマイが巻かれる。
 一巻きごとに、感情が失せるのを感じる。
 尊敬が、嫉妬が、思慕が、悲嘆が、

 いつか、ヒトとして、共に……。

 そして、愛情が……。
 全てを忘れ、再び、人形へと『戻る』鬼灯。
 けれど、異界に吹く冷たく暗い風が、髪を流し、服をはためかせようとも。
 無意識に手のひらを宛がった、胸。そこに疼くものだけは、掻き消すことが、出来なかった……。