<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


【大蛇と生贄】
 黒山羊亭には毎日多くの郵便が届く。特に店への感謝をしたためたものが多い。山で遭難した夫の救出を依頼した妻、悪党に子供をさらわれた父親、作物を強奪してゆく賊を追い払ってほしいと願った農夫などなど。彼らの問題はいずれも黒山羊亭に出入りする冒険者が解決した。差出人も老若男女と幅広い。ちなみにエスメラルダ個人に向けたラブレターもあるのだが、そういう類のものは無視している。
 ……いつもにこやかに微笑みながら手紙を読むエスメラルダが、しかし今日は表情を強張らせた。
「手紙で依頼ってのは初めてだったかな」
 差出人は以前世話をした遠方の村の婦人であった。
 ――村が大蛇の襲撃を受けて支配下に置かれた。今後は1年に1度、生贄として若い娘を差し出さなければならなくなった。初の生贄は自分の娘に決まってしまった。自分は村から出ることが許されていないので、誰かを派遣してほしい――と殴り書きされている。
「生贄なんて黙って入られないわね!」
 エスメラルダは気炎を吐いた。

 非道なる怪物出現とあれば、放っておけるはずもない。3人の冒険者が、ほぼ同時に立ち上がって名乗り出た。
「生贄なんて……そんな話、本当にあるんですね。許せない」
 常に穏やかな顔を保っているアイラス・サーリアスが、今は本気になって怒っていた。
「うん、そんな腐れ外道なんて野放しにできないよ!」
「ここで張り切り過ぎても仕方ないでしょ、蓮花。ここは手の内を考えるべきよ」
 気合の充実した声を上げた群雲蓮花。それを落ち着いた口調で宥めたのは夜月慧天夢である。
 決定したからには急がなければならない。彼らはすぐに自分たちの武器や得意戦法の確認をしあい、いかなる作戦で臨むべきかを数分の内に話し合った。それが済むと荷支度を整えて出発である。
「少し痛めつけて許してやろうなんて考えないでね。バッチリ倒してきて」
 エスメラルダの言葉に、冒険者たちは確固たる決意で頷いた。
 その悲劇の村はエルザードから遠い。徒歩では20日以上はかかってしまう。依頼人の娘が大蛇の生贄になる日は6日後だった。アイラスたちはベルファ通りで馬を借りると、早馬を飛ばした。休憩は最低限にし、来る日も来る日も駆けた。途中に賊の類が出没しなかったのは幸いだった。もちろん、そんな輩が出たところでこの3人の前には為すすべなく1分と持たずに返り討ちにされるだろうが――。
 そしてちょうど6日経って、依頼人の村へと到着した。空には不吉な色をした暗雲が立ち込めようとしている。
 村内は弔事の最中かと思われるほど、いやに静かだった。蓮花は無理に明るい声を出そうとする。
「さっさとやっつけようよ。大蛇はどこ?」
「儀式――生贄が大蛇に捧げられるのは夜らしいですから、その時を狙いましょう」
 依頼人の手紙を広げてアイラスが言った。
「貴方がた、もしや黒山羊亭の?」
 悲愴な声がした。ひどく顔をしわくちゃにした婦人が冒険者たちに駆け寄ってきた。彼女が依頼人であることがすぐに知れた。
「よかった間に合って」
 婦人は深々と頭を垂れた。
「儀式が行われるのはどこですか」
 天夢が簡潔かつ率直に聞いた。婦人は村はずれの祭壇だと答えた。
 アイラスたちがすることはもうない。あとは待ち構えるだけである。

 祭壇は石造りの台という簡素なもので、月のない夜ではなおさら冷たさしか感じることができない。
 少女はそこでひとり、手を組み合わせ祈るような格好でひざまずいている。そして震えている。あくまで平静を装っているのだが、これから目の前に繰り広げられる光景を思うと、心が寒くならずにいられなかった。
 何かを引きずるような音が聞こえてくる。村人にとってはおなじみの音。
 全身が黒色の大蛇。災厄の主が現れ――彼は急襲を受けた。
 大蛇の顔に護符が貼り付けられている。すると時が止まったように動かなくなった。
「いいよ蓮花!」
 木陰から出てきた天夢が一瞬念じて、手の平を大蛇に向けた。爆音が起こり、大蛇は吹っ飛んだ。『領域』を弄ることによる目に見えぬ衝撃波だ。
「貴様ら、何者だ!」
 大蛇は驚愕と不愉快の入り混じった野太い声を発した。
「お前を退治する者。それだけ言えばいいだろう」
 アイラスが両手に釵を構える。生贄の少女は護衛者の登場を確認したあと、無事を祈りながら逃げた。ひとまずの目標は達成できた。
「まあいい。貴様らから俺の食事にしてくれるわ」
 大蛇は思ったよりも速いスピードで、アイラスに突っ込んできた。相手は大木を連ねたような胴だ。巻きつかれ締められたら即座に命を落とすに違いない。牙はさながらサーベルで、噛むというよりは串刺しにするためのものである。あれにかかったらやはり十中八九死ぬだろう。
 しかしスピードを自負するアイラスである。突進は難なくジャンプしてかわした。そして顔の先端に釵を突き立てる。
 大蛇は悲鳴を上げ、釵を持ったアイラスを力任せに振りほどいた。釵は抜け、アイラスは凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。このような怪物相手に接近戦しかできないのは少しつらいと考えていると、大蛇は動きを止めていた。
「どうよ、私の符術の味は!」
 蓮花が得意げに護符を投げ続け、相手を金縛る。大蛇は避けることができない。大きすぎる体が仇になっていた。
「ぬ、妙な技を使いやがって、卑怯者が」
 こんな的外れなセリフは少なからず追い詰められている証拠だった。
「そのような図体をして弱者を虐げることこそが本当の卑怯ではないのか?」
 辛辣で的確な言葉を浴びせたのは天夢である。蓮花同様、遠距離から霊力攻撃を仕掛けて着実にダメージを与えていく。
「暴虐の限りを尽くす者よ、遠慮なく退治してくれる!」
 天夢が多彩な霊術を立て続けに食らわす。大蛇は知らぬうちに体から血を噴出し始める。
 ここで大蛇が意外な戦法を取った。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!」
 天が壊れるかと思うほどの大声を上げた。天夢以下、冒険者たちはたまらず怯んでしまう。
 その隙を逃さず、頭突きを放ってきた。標的は一番華奢な蓮花だった。あえなく飛ばされて地にまみれる。
「いったあ……」
 涙目になる蓮花。
「でもやっぱ相当弱っているようねっ。キミが体力全開なら死んでいたかも」
 直撃された腹を抑えながら、何とか彼女は立ち上がった。笑っている。もう勝利は近いと確信している。
 と、アイラスがいつの間にか大蛇の頭部に乗っていた。そして釵で深々と突き刺した。
大蛇は怒り暴れ狂ったが、アイラスは堪える。
「今度はもう離れないぞ」
 もう1本の釵を刺した。次第に大蛇は動きを鈍くする。
「今です、集中砲火を!」
「こ、この人間どもが……!」
 呪詛に似た呟きを言い続ける大蛇。なぜこんな奴らに、というような目である。
 光の放射が襲ってきた。蓮花と天夢の同時多発霊術撃。今度は悲鳴すらあげられないほどの威力。
 アイラスが地に降りた。冒険者たちは全員で相手の最期を目にする。
 幾たびもの痙攣。爬虫類特有の獰猛な目がゆっくりと閉じていく。間もなく大蛇は動かなくなった。
 いつしか天空は雲が晴れ、月が覗いていた。

■エピローグ■

「村から手紙が来ているわ」
 エスメラルダは一通の手紙を掲げた。蓮花、天夢、アイラスがちょうど黒山羊亭に戻った日に届いたそうだ。
「また何かあったらお願いするかもしれません、だって。遠いけどどうする?」
 エスメラルダは彼らを見渡した。
「困ってる人がいれば、どんな所へも行くよっ」
「そうね。ああいう輩は滅ばねばならないわ」
「まったく同感ですよ。僕もいくらでも力をお貸しします」
 彼らの意思は見事に統一されていた。こういう者たちを見るたびに、エスメラルダは黒山羊亭店主として誇らしくなるのだ。
 
【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2256/群雲蓮花/女性/16歳/楽園の素敵な巫女】
【2363/夜月慧天夢/女性/999歳/ゲートキーパー】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。ご発注ありがとうございました。
 今回はオーソドックスな怪物退治でした。あまり物語に凝らずに、
 こういう基本的なものもなるべく多く書いていきたいと思います。
 
 それではまた。
 
 from silflu