<東京怪談ノベル(シングル)>


     鏡の村


 ▼ ○月×日 晴れ 出発 ▼

 やあ!
 俺様は、腹黒イロモノ爆烈の親父道師範、腹黒同盟総帥、イロモノ変身同盟総帥の、オーマ・シュヴァルツだっ。ウォズっていう異形の生物たちを封印するヴァンサーって仕事をはじめ、医者や薬草屋や武器屋まで手広くやってる。改めて自己紹介しなくても、わかるよな?
 今回はわけあって、世界各地にある村々を巡り家々を訪ね歩いて、常備薬の薬草補充をするハメになっちまった。まったく、こんな仕事は激烈多忙な俺様がやる仕事じゃあないんだが、いつもこの任についているあの野郎が寝込みやがって手が足りねぇもんだから、仕方なくってことさ。薬師が寝込んでちゃシャレにもなんねぇが、人がいいってのか、涙目で頼まれたら断れない親父胸キュン男気炸裂ってか、まあそんな感じでこの長旅の仕事を引き受けちまったってわけよ。世界には、この薬を待ちわびてる村人たちが多くいるわけだし。
 でさ、旅の薬売りはこんなタイソーな日誌をつける義務があるってんで、これを書いてるのさ。面倒だよな。俺様はいつも、カルテだって酒代のツケ勘定だっていままで倒したウォズ共のことだってシッカリシャッポリこの頭ン中に入れてあってよ、わざわざ紙に書くなんてことはしないわけだ。だから、うまく書けるかどうかわかんねぇけどよ、あれだ、なんつーか、たまにはいっか!
 案外、書いているうちに書くことが楽しくなってきたりするかもしれないぜ。

 さてと、というわけで、俺様のラブラブラブリィな妻とプリプリプリティな娘、それに愉快で元気で俺様にメロドキな仲間たちの涙なみだのお見送りとなるわけだが……そんなのはここに書かなくっていいって? しかしよ、薬がいくつ売れたの、この家は補充がどれだけ必要だったの、そんなことばかり書いてても面白くもなんともねぇぜ。いわばこれは、俺様のテンションを維持するための方策だと思って、見逃してくんな。 
 
 出発には絶好の日だったな。
 乾燥させた薬草をパンパンに詰めた袋を背負って、俺は旅立ったね。
 みんなに、しばしの別れを告げて、うきうきした足取りでよ。
 ふんふんふ〜ん♪
 俺様はぁ〜、旅に出るぅ〜
 腹黒イロモノどんとこい〜
 悪さをしているウォズはいねぇか〜
 骨折しているボウズはいねぇか〜
 歌にすれば、そんな感じだな。
 いや、実際に鼻歌まじりだよ。悪いか?
 聖都エルザードを離れるのは、久しぶりだった。俺は、古びた地図を広げた。とりあえずアクアーネ村に行ってから、西に進路をとることになる。ちゃんと訪ねる順番が決まってやがるのさ。


 ▼ ○月×日 曇りときどき晴れ 同行者出現 ▼

 アクアーネ村は、水の都だ。
 運河に映る空の雲、漂う水の香り、いいね。よすぎる。
 俺は、契約している家々をまわって、薬草を届けた。ちゃんと仕事してるぜっ!
 むかしからうちと取引のある一軒の家に、その晩は泊めてもらった。断ったんだが、いまは村の祭りの準備で各地から人が集まっていて、宿を取るのが難しいんだとか言うからよ。たしかに人が多いし、村全体が祭りに向けて活気づいてる様子だ。こういうときはけが人も増えるようで、薬草も飛ぶように売れる。
 いい兆候だ。だが、全部売っちまうと他に回す分がなくなってしまうんで、気をつけないとな。
 村を出るとき、一人の少年と出会った。
 俺には別に変な趣味はないんだが、追いかけてきたその少年を見たとき、俺はなんつーか、無視してしまうわけにはいかない魅力、をそいつに感じたんだ。この気持ちは、何だろうな。俺様も生まれて初めてさ、こんな気持ち。妙なことが起こると、ウォズじゃねぇかって疑ってしまうのが俺のクセになっちまってるけど、どうやらそういうのでもないみたいだ。
 その少年の声は、いつかどこかで聞いたことのあるような、高音だった――

=・=・=・=・=・=

「おじさん、待ってくださいー!」
 オーマ・シュヴァルツが振り返ると、小さな影の少年が走ってくるのが見えた。
「ん? なんだ坊主。腹痛でも起こしたのか?」
 少年は汗をかき、息を弾ませて、駆けてきた足を止めた。
「いえ……おじさん、ハァハァ……歩くの、早いんだもの」
「おお、悪いな。なんか用か?」
 オーマが水筒を差し出してやると、少年は一口飲んで一息ついて、言った。
「僕を連れていってください! おじさんの旅に、ついていきたいのです」
 一陣の風が―― 水分をたっぷり含んだ村の風が二人のあいだを通りすぎ、少年の髪を逆立てた。
 オーマは少年の顔をじっと見下ろす。赤い瞳、黒い髪、芯の強そうな顔立ち、華奢な体つき。10才を少し超えたくらいだろうか。 
「だめだ」
「えっ? ……どうして」
「親父道をナメるなよ」
「……は? どういうことですか」
「俺には、お前みたいな子供が考えてることが一瞬で全部わかるってことよ。わかりすぎるくらいわかっちまうってことだよ。いいか、言ってやる。お前はいま、冒険心に溢れている。自分の力を試したくて、大人たちの言いつけに反発したくて、ウズウズモゾモゾしている。みんなが思っているより自分はすごいんだって認めさせたいと思ってるのさ。だろ? そんな不満があったとき、ふらっとどこかの薬師がやってきたと知った。俺様のことだな。世界各地の村々を巡っているらしい。チャンスだ、とお前は思った。すごい冒険ができるかもしれない。きっと、みんなに自慢できる武勇伝的レジェンドストーリーを経験できるに違いない。ここは、親にも知らせずに出掛けよう! 言ったら止められるに決まってる、決断するのはいましかない!――ま、坊主の考えはそんなとこだろうな」
 オーマは、その巨大な手を少年の肩にぽんと置いた。
「どうだ、違うか? でもな、俺は遊びで薬草を配ってるんじゃねぇんだ。それに、保護者つきの冒険なんて、あり得ないんだぜ。さあ、帰んな」
 少年は、なにか胸が苦しいような表情で、オーマを見上げていた。
 なぜだろう……オーマはその顔、その立ち居振る舞いに惹きつけられる。
 恋?
 いや、そんなことは天地がひっくり返っても、起こることはない。
 しかし、理由はわからないけれど、オーマにとってその出会ったばかりの少年は魅力的だった。
 妻にも、娘にも、仲間たちにも、敵にも、いままで感じたことのない魅力。
 それは、何だ?
「どうした、坊主。俺の言ってる通りだろ?」
「いえ、全然違います!」
「な!?」
 オーマは普通に驚いた。観察眼には自信があったのだが。
「隣村まで行く用事があるのです。だから、ついでに連れていってもらおうと。ただ、それだけ」
「……だったら、一緒に旅したいだとか、紛らわしいこと言うなよ」

=・=・=・=・=・=

 そういうわけだ。なんだかわかんねーけど、同行者ができちまったな。
 旅は道連れ、世は情け。俺様一人の旅ってのも、わびしいからよ、隣村くらいまでならってことで、俺は同行を許してしまった。それでアクアーネ村をあとにして出発し歩き続け、日が暮れたいま、野宿して火を囲みながらこの日誌を書いてるって寸法さ。
 そばで、少年が眠っている。そういや、名前すら聞いてない。まあ、いいか。
 橙色の光が明滅するなか、俺は、そいつの顔を見る。
 その顔は、俺に何かを訴えかけている。
 確かだ。それは確かなんだ。
 だが、俺は思い出せない。ウォズたちを封印するたび、己の具現能力を使用するたびに、俺は何かを失う。それは精神の断片であったり、肉体の一部であったりする。そして、大切な思い出であったり。
 ヴァンサーの業だ。
 その宿命を背負って、俺は生きている。それを、本懐としている。
 だがときどき―― そう、ちょうどこんな風に大事なことが思い出せないとき、俺は少しだけ悲しくなる。いつもの俺らしくない一面がでてくる。
 あー、何書いてるんだ、俺はっ!
 マッスルヒートの腹黒親父パワーは、どこへ……。
 この日誌も、燃やしてしまわないとな。こんなの読まれたら、寝込んでいるあの野郎に笑われっちまうぜ。旅を始めて、すぐこれだ。もしかして、すでにホームシックになってるのか?
 今夜は、寝る。以上。


 ▼ ○月×日 霧と驟雨 そこに岐路あり ▼

 次の朝、同行者と共に道をズンズン歩いていった。
 ふと気づくと、道に標識が立っていた。

 『左← サンタフール村』
 『右→ 鏡の村』
  
 俺様の奥底に眠る、いやほとんど表面に出ているわけだが、好奇心ムキダシオーラが全開に輝きだしたね、その標識を見たとき。
 なんだ、鏡の村って? 聞いたことないぞ。最近できたのか。
 まだ時間もたっぷりあるし、ちょっとくらい寄り道してもいいよな、って思った。
 オーマ・シュヴァルツともあろう者が、ここでおとなしく決められた道を進むわけがない。そうだろ? 親父道ってのは、保守的になることを意味しない。すべてを受け止める寛大寛容なる精神と、それを支える鍛え上げられた強靭隆々たる肉体をさすのである!
 ただ問題は、一緒にいる少年だった。
 俺が向かうべきは、サンタフール村。おそらく少年もそうだろうと質すと、意外にも行き先は『鏡の村』だと言う。願ったり叶ったりとはこのことかぁ!
 それで、俺たちは鏡の村へと向かうことになった。
 険しい山道が続きそうな、少々危険の漂うその方向へ。

 そして、言い訳しようもないんだが、道に迷った。
 まったくよお!この俺様としたことが、とんだことになっちまった。
 そこは、木々が鬱蒼と茂る、狭い山道。いつしか獣道となり、そしてどこが道なのかもわからなくなった。
 山深い森には霧が立ち込め、ときには細かい雨となって俺たちを濡らす。
 どこからか聞いたこともない獣の咆哮が響き、ときに雑木の向こうで何かが蠢く。
 俺は自分の勘だけを信じ、歩を進める。
 ときどき休息をとり、わずかな食料をともに食べ喉を潤し、再び歩き出す。
 俺は薬草は有り余るほど所持しているが、食料はそれほど備えていない。まったく、食べ物がなけりゃ、薬がいくらあったって仕方ないんだよな。笑っちまうぜ。
 少年は、不平ひとつ言わず、俺についてきた。
 思った以上に根性のあるやつだ。きっと俺についてきたことを後悔してるだろうに。
 俺たちは木の根に開いた穴に眠り、人の痕跡がないか痛む目で探し、霧深い山の中をそうやって数日間、彷徨い続けた。
 ああ、冒険さ。冒険なんだ!
 生きて戻れば、これだって懐かしい思い出の一つになるもんさ。そうだろ?
 実際、迷ってる者たちにしては、俺と少年は和気あいあいとしたもんだったんだよ。変だけど、ホントさ。特に語り合うことはねぇんだが、こういう迷子も悪くねぇな、なんて雰囲気が漂ってたぜ。仕事のことなんて、すっかり忘れていたけどな。俺は少年に、サバイバル術をいろいろ教えてやった。こういうのは、やはり世界の荒波にもまれてきた俺のような親父魂炸裂、それっくらいでへたばるかよ精神横溢な人間に分があるわけだ。
 木の実やきのこを食べ、獣や妖に怯え、そしてそんな放浪生活になんとなく馴染んできたような頃、唐突に俺たちは開けた場所に放り込まれた。
 山に慣れた瞳には、それは異空間に見えた。
 村だ。
 隠れ里だろうか、静まり返った村。
 ついにたどりついた。
 幻のような。
 鏡の村。


 ▼ ○月×日 晴れ 鏡の向こう ▼

 そこは本当に、鏡の村だった。
 この俺様だって、そりゃ驚くさ。世界には、まだまだ未知なものがあるぜ。

=・=・=・=・=・=

「誰もいないんだね。どうしてだろう」
 オーマと少年は山の頂付近にあるこの村を探索していた。
 少年の言うように、辺りに人気はまったくない。
 家はレンガ造りの立派なもので、朽ち果てているわけではないのだが、かといって炊事の煙が立っていたりといった生活臭も全くなかった。
「おーい、誰かいねぇのか? 道に迷って、ここまで来たんだ」
 呼びかけに答える者は皆無だった。ただただ、家の窓や共同広場にある銅像がキラキラ光るだけだった。
 そう、キラキラと。
「おじさん、なんだろう。眩しいね」
「そうだな。でも、お前はここへ来たことがあるんだろ?」
「実は、来たのは初めてなんだ」
 急速に回復した天候により、太陽が燦燦と輝きだしている。それにともない、村のあちこちからそれを反射する光が二人を射すくめる。
 鏡だろうか、とオーマは思う。
 用途は不明だが、建物外壁のあちこちに、鏡が使用されているらしい。
 外壁だけではない。中央の銅像も、荷車の車輪の一部も、道端に咲く花さえ鏡でできているようだ。
 何かがおかしい。
 意味がわからない。
 そして、二人がさらに歩いたとき、そこに光に包まれた家が出現した。
「あっ」
 少年は、息をのんだ。
 家全体が鏡張りになっている。回りの景色を映すので、それが家だとなかなかわからない。
 二人は、そこに近づいた。
「なんなんだ、この村は。坊主は、この村のこと、知っていたんだろ? お前の目的は?」
 そう言いながら、オーマは鏡の家に近寄り、ふと覗き込んだ。
 なかなかハンサムなんじゃねぇの、と常々思っている自分の顔が壁に映し出され―― るはずだ。
 放浪のせいで髭が伸び放題になっている顔が。
「な……なんだ!」
 オーマは、鏡に映った自分の顔を見て、慌てて両手で自分の顔をさすった。
 確かに両手は、顔の上を動いている。
 しかし、その顔自体は―― オーマの顔ではない。
「どうなってる!? 何かのトリックか?」
 そこに映し出されていたのは、オーマの顔ではなく、少年の顔だった。
 少年の顔を、オーマのゴツい手が撫で触っていた。
 驚いた彼が、隣りにいる少年を見た。少年も同じように鏡の壁に向かって立ち、そこに映っている鏡像を凝視している。
 少年の顔が映し出されるはずのその部分には、オーマの顔があった。
「おい、どうなってる? なんなんだ」
「僕……」
「信じられねぇ! いったい、これはどういうことだ?」
「これは……」
「おい、坊主! お前は何か、知っているんだろ?」
 その信じられない映像から顔を背けるように、二人はお互いの顔を見つめ合った。
 鏡に映らなければ、オーマの顔はオーマだし、少年の顔も少年である。
「なにか仕掛けがあるのか? そうだよな」
 オーマは、不思議な戦慄に襲われ、そう呟いた。
「俺の顔がお前で、お前の顔が俺……なにか仕掛けがあるんだ。そうに違いない!」
「でも、僕たちは一緒だから」
「―― 何言ってるんだぁ、坊主!」
「僕とおじさんは一緒だから、ちょっと可笑しいけど不思議なことじゃないよ」
「な―― ウォズっ!?」
 オーマの反射神経が危険因子、あるいは本能的な恐怖を感知した。
 オーマはその場から一気に後方へ飛びのいて、少年との距離をとった。
 瞬間、具現の能力を使い、巨大な銃を出現させ、少年に狙いを定めた。
「まさか……そんな……」
「おじさん、やめて」
「なんてことだ……。いや、お前からは何もウォズの波動は感じなかった」
「信じて、おじさん! 僕は、おじさんと同じなんだ」
「何言ってやがるっ!」
 少年は、ゆっくりと歩きながらオーマに向かって歩いてくる。
 その愛らしい、魅力的な顔で。
 そして、聞き覚えのあるその高い声で言葉を続ける。
「僕は、昔のおじさんなんだよ。僕は、少年の頃の、オーマ・シュヴァルツなんだ」
「なんて……昔の、俺?」
 オーマの記憶は、時間を遡り、遠くへ遠くへと飛翔する。
 それは、普通の人間にとっては楽な作業。幸福だった幼い日々の回想。
 しかし、オーマは何も思い出すことができなかった。彼が小さかったころのこと……その記憶は、ヴァンサーとしての罪によって失われたのか、あるいはそもそもなかったのか。
「俺を模倣したな、ウォズ! それで説明がつく。お前からウォズの波動を感じなかったのも、その波動が俺自身のものと同一であったからだ。慣れ親しんだ匂いには、なかなか気づかない」
「違うよ、おじさん! 僕はおじさんなんだ」
「それ以上言うな!」
 敵を模倣する、というのは、古来より有効な戦法だ。ウォズの中には、敵の状態をコピーするような能力を持つものがいたに違いない。オーマの強大な能力に対抗するために、何者かがオーマを真似ようとした。
 しかし、ウォズが生き写しできたのは、いつか失われたはずの、少年時代のオーマだった。
「僕は、おじさんを殺せなかった。なぜなら、僕はおじさんの心の中と同化してしまったから。もう誰も傷つけたくなかったし殺したくなかったんだ」
 オーマは、銃を下ろさなかった。いつでも少年を封印する準備ができていた。
「おじさん、お願い、撃たないで。僕を愛して。自分を愛して」
「悲しいかな、ある意味俺も、お前たちウォズと繋がっているってことだ。そうだろ? 俺自身の匂いだったため気づかなかったのも、背負った罪という弱点を突かれていまみたいなことになっちまったのもそのせいだ。だが、俺は俺の信じた道を行くだけだ。たとえ、それによって、いろんな物を失ったとしてもだ」
「冒険……楽しかったよね。木の実を取ったり、根の穴で寝たり。でもおじさん、僕を撃てば、この思い出も消えるんだよ? それでもいいの? 本当にいいの? もう二度と、僕という思い出は戻ってこないよ」
「親父道をナメるな、と言ったはずだ、坊主」
 少年は、不意にその赤い瞳から涙をあふれさせた。しかしそれは一時のことで、すぐに微笑みを取り戻した。
「この村のことも覚えていない? いつかおじさんが少年だったころ夢みてた、魔法の村だよ。僕が創りだしたんだ」
「忘れてしまったんだよ、坊主。なにもかも。忘れてしまったんだ」
 少年は両手をいっぱいに広げて、オーマを見つめた。
 いつかの少年。
 つかの間の邂逅。
 ヴァンサーとして敵と戦うたびに自らを失い、思い出を忘れても、微かにあった残像。
 それをオーマは、いま感じている。
 そして、自分の手で、幼い日の自分を消そうとしている。
 太陽の光が降り注ぐ、こんなに静かな、眩しい村で。
 少年のころ夢見た魔法の村……そこにある鏡だけが、幼い彼を知っていたのだ。
「さよならを言わせて、おじさん」
「殺しはしない。しかし、永遠にお別れだぜ」
「おじさん、大好きだよ! 会えて嬉しかった。僕がずっとずっと理想にしていた男だったから!」
 一発の銃声で、少年は永劫に封印された。
 森の中の霧が晴れるように。
 しかし、オーマの想いはそれで終わらなかった。
 村中の鏡という鏡を、その銃で撃ち、割っていった。
 方々で、鏡の割れる音が響いた。
 少しずつ薄れゆく意識の中で、誰かが叫んでいた。
 お前の大冒険は、いまもずっと続いているんだぜ、と。

=・=・=・=・=・= 
  

 ▼ ○月×日 晴れ 旅路を急ぐ ▼

 やあ!
 今日も快調だったぜっ。
 新しい村に着いて、薬草を配り歩いた。こういう生活も、悪いもんじゃねぇな。大冒険だぜ! あはは、大冒険ってのは言いすぎか。しかしあの野郎、いままでこんな楽しい仕事をやっていやがったのか。店番ばっかりだった俺としては、許せんね、ほんと。
 でも、なんだ、あれだ、家族や仲間が恋しいのも事実だな。
 やっぱり俺様は、街で医者やって、飲んだくれてるほうがいいや。だから、早いとこ村々を回って、帰ろうって思ってるよ。帰ったとき、どうやって迎えの家族たちと抱き合おうか、その絵になる場面をパワー全開でどうキメてやろうか、そればっかり考えてるよ。
 そういえば、この日誌をちょいと読み返してたんだが、不思議な記述があるんだよ。
 魅力的な少年に出会ったとか、鏡の村にたどり着いたとか。
 わけわかんねぇよな。そんなこと、ぜんぜん覚えてないし、やってないはずだ。
 酒屋で酔っ払った夜に、夢でも見て書いたんだろうか? 俺もそろそろヤキがまわってきたんだろうか。まあ、いいや。
 不思議といえば、もうひとつ。俺が薬草詰めて背負ってる袋に、誰か落書きしやがったみたいなんだよ。俺が知らないうちに。子供の顔の落書きなんだけどな、誰だこのヤロー、チクショー、俺様の持ち物に落書きってのはリキ入ってるじゃねぇか、って感じさ。だが、なんとなく気になる顔なんで、消さずにそれを背負って歩いてるってわけだ。落書きだけど、旅の道連れさ。
 ってことで、明日も朝、早いんだ。ガッツリ寝るぜ。



  <了>