<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


■オープニング

 寂しさの影にあるものは何?
 弱さを盾にして暴徒と化すのは誰?

「助けて…誰か」
 裸木立が凍える夜。月が声を届ける。それは眠っていた耳にさえ、明瞭に聞こえた。飛び起きて窓の外を見ると、ひとりの少女。揺らぐその姿は透明で、舞い散る枯葉が体を通り抜けていた。
「助けて、ここに来て。あたしを連れ出して……」
 再び響く。無理やり入り込む声に、堪らなく飛び出した。夜の街を駆ける。煉瓦の道。危険の臭いがするのは気のせいではないはず。聞こえていたのは自分だけでないことに、重なり合う足音で知った。顔を見合わせ、互いに息を飲んだ。何があるか分からない。けれど、行かずにはいられない。そんな抗うことの出来ぬ悲しみの佳音。

 指し示すものは何?
 遠ざかるものは?

 誘うが如く、声は三度囁いた。
「あたしを助けて…。ここから…連れ出して」
 と。

■オプタルミオス(邪の石) ――榊遠矢+リラ・サファト+シグルマ
                    シェアラウィーセ・オーキッド+クリス・ハイフマン

 足音が5つ。そのどれもが行くべき場所を知らぬままに、闇の向こうへと闊歩している。見合わせた顔はやはりどれも青ざめていた。それは得体の知れない不安が胸を掛け上がるからに違いない。
 重苦しい空気を助長するかの如く、煉瓦道を照らしてくれていた月が雲に隠れてしまった。深くなる闇。ライラックの柔らかな髪が冷えてくる風に凍えるように揺らぐ。
「リラさん、僕より先に行かないでくれ」
 騎士然とした長身の青年。髪と同色の瞳にどこか悲痛な陰りを隠している少女の腕を取った。
「……あ、ごめんなさい。私、どうしても声の主に逢いたいんです、遠夜さん」
「気持ちは分かるけど、何かあって彼に怒られるのは僕の方だ。もちろん僕も弱いものいじめは感心しないから手助けするよ。――この辺りどうにも闇が濃過ぎる……」
 確かに辺りには異様な空気が漂っていた。ソーンにきて短くない榊遠夜にとっても、珍しく感じるほど澱んだ気配。小さく申し訳なさそうに首を傾げたリラは青年の一歩後ろへと下がった。
「そなたの感覚は正しいようだな……」
「というと? あなたも僕と同意見なのですか? ……と、先に名前をお聞きしてもいいですか?」
 遠夜は自分の横を進んでいる女性に問い返した。長い黒髪、威厳ある表情は余裕すらある。それは人としての寿命から解き放たれた者が発するそれであり、亜人として神と同等である心情の表れだった。
「私はシェアラウィーセ・オーキッド。シェアラと呼んでくれれば良い。織物の納品を終え黒山羊亭で酒を少々嗜んだのでな、そのまま宿屋に泊まったのだ。その時声を聞いた。――話を戻すが、これはかなり高い能力者が関わっている。あの助けを求めた少女すら幻かもしれぬ……」
「…え………幻ですの?」
 リラが敏感に反応した。なぜなら、リラは声の主に自分を重ねていたからだ。

 ――過去、事故で手術を受けて以来サナトリウムに半ば監禁状態だった日々。自分で叶えられない願いは、誰に祈れば良いのか…閉じ込めた父に? それとも神様? 自分を外に連れ出してくれた人、そして今一番近くに居てくれる人を想いながら、今度は自分に何か出来るのだろうか、と。

 だからこそ、歩みを緩め耳を傾けてくれるシェアラウィーセの顔を見つめた。
「可能性の話だ。影しか送れなかった……とも取れるが、影を送るだけの能力を持っている少女とも言える」
「確かにそうですね。では、これは罠だと?」
「そう、可能性がないわけではないという意味だ」
 遠夜が足を止めた。急な停止にリラが遠夜の背中にぶつかった。慌てて青年の長い腕がぐらつくリラの身体を支えた。冷たい手が彼女がサイバノイドであることを示している。夜気に当り、さらにその冷たさを増していた。
「俺もその話に乗るぜ」
 突然、3人の背後から声が掛けられた。三様に振り向くと、腕を4本生やした屈強な男が立っていた。いかにも奮戦を潜り抜けたという風体。男はシグルマと名乗った。
「ハァ…ハァ……。ボ、ボクを置いていくなよ!」
「小僧、帰らなかったのか!?」
 シグルマは驚きを含んだ呆れ顔で、足元を凝視した。そこにいたのは少年というにはあまりにも若い男の子。
「小僧じゃないクリス・ハイフマンだ! ボク、これくらい恐くないや! それに、女の子が助けを求めてるのに放っておけないもん」
 赤い髪に緑の大きな瞳。ひどく幼く見えるのは夜道に似つかわしくないからだけではないだろう。しかし、シグルマが黒山羊亭を走り出た時、ぶつかったクリスは一度シグルマに恫喝されたにも関わらず、彼の後をついてきていたのだ。
「恐い、恐くないの問題じゃねぇ! 危ねぇっつったろうが」
「お母さんが女の子には優しくしなさいっていつも言ってる。ボクは助けたいんだ、あの子のこと」
「お〜お、オモチャのレイピアと鎧で粋がる奴だな」
 シグルマとクリスの言い合いを制したのは、困惑に眉を寄せたリラだった。
「今はそんなことを言っている場合じゃないです。……クリス…くん? 私もね、あの子のこと助けたいの一緒に行きましょう」
「リラさん! そんな小さな子を連れて行ける場所じゃないと、さっき僕ら話してたじゃないか」
 遠夜がリラの発言に慌てて口を挟んだ。けれど、リラは振り向きもせず遠く助けを呼ぶ声のした方角を見据えて言った。
「でも! ……でも、私罠でもいいと思ってるから……。罠でも、声の主に逢ってみたいんです。だって、自分の世界を閉ざされてしまった気持ち…私には痛いほど分かるから」
「ボク、一緒に行くよ!」
 クリスがまっすぐにリラの顔を見て言い切った。シグルマが肩をすくめる。
「小僧……なかなか骨があるじゃねぇか。誰もお前のことを助けられねぇかもしれないが、それでもいいんだな?」
 小さな身体が跳ねるように頷いた。遠夜がリラの肩に手をやり「仕方ない」と緩く微笑んだ。リラが嬉しそうに目を細め、その手に自分の手を添えた。
「では、ここにいる5人全てがあの声の主に逢う覚悟ができた――というわけだな」
 ことの成り行きを傍観していたシェアラが場を締めた。
「ひとつ気がかりな話を宿の主人に聞いた。邪の石の話だ」
「それはもしかして、人が消える…という噂の巨石のことでしょうか?」
 遠夜の言葉にシグルマが思い出したように頷いた。
「…そうか、あれはこの辺りだったな。で、関連性があると?」
「あれはオプタルミオスと呼ばれる邪まなる石。魔界から弾き出された石とも言われている……」
 シェアラウィーセがクリスの頭を撫ぜつつ、視線を地面に落した。リラが柔らかなライラックの瞳を曇らせる。
「魔界…ですか?」
「異世界だよ。こことは違う次元の狭間。行こうとしても行けぬ場所。けれど、行きたくないと願っても辿りついてしまう場所でもある」
「ならば、それは――――」
 『罠』という言葉がことさら強く耳に蘇る。5人の中に危険の匂いがする場所へこれから行くのだという実感が、澱んだ河が流れる葉を溜めていくように蓄積されていった。

 再び、声が聞こえた。
 先ほどとは違う。もっと鮮烈な声。間近であるとはっきりと分かった。
「向こうだ! 行くぞ、小僧遅れるなよ」
 シグルマが叫んだ。5人は一斉に走り出した。闇が更に深くなった森の奥へと。


■幻影と偶像

「クソォ! こんなことってあるのかぁ!」
 シグルマの叫び。暴風の中でリラの悲鳴が掻き消される。懸命にリラを庇っている遠夜の顔が苦痛に歪んだ。シェアラウィーセは周囲に魔方陣を張り、辛うじて身体の自由を確保しているに過ぎなかった。クリスはシグルマに襟首を掴まれた状態でほとんど風に舞っている。

 森を抜け、現れたのは黒い巨石だった。半分を崖の一部に提供し、まるで王座に鎮座するが如く周囲の空間を歪めていた。それは瞬時の出来事。一同が巨石を目にした途端その歪みは広がり、瞬く間に全員を飲み込んだ。
 荒れ狂う風。戦う相手すら見定まらない状況下で、身体を支えることが唯一。
 が、それだけではなかった。

 ――助けて…あたしを。
    ここから連れ出して!

 少女の懇願。脳に直接語り掛けられる言葉。叫び。すべてが共鳴し鼓膜を、心を揺らす。激切に――。
 空間は捻じ曲がり、一瞬意識を失う。その時、それぞれの耳に別の声が響く。そして繰り広げられる世界。過去、未来、現在。困惑の幻惑の偶像。

「ここは? なるほど、オプタルミオスの精神世界――というわけか」
 シェアラウィーセは冷静に状況を判断した。おそらくは精神に異常をきたすことで攻撃する性質のモノなのだろう。思考する視線の先に陽炎。その向こうに町があった。記憶に残る風景。それはかつて自分の死んだ場所。
「嫌な場所を選ぶ。さすがというべきなのかな……」
 歩みを止めることなく進むと、ひとりの少年が倒れている。それは記憶通り。身体は自由を失い、過去に起こったままの動きを見せる。シェアラウィーセはあえて抗うことをしなかった。
 抱き起こす。
 貼り付く申し訳なさそうな少年の笑み。
 深々と胸に突き刺さる幅広の短剣。
 耳に届く醜悪な言葉。
 『お前だけ高価な織物を独占しているからいけないんだ』
 『欲しい。金が、金があれば楽に生きられる』
 『織物なら、俺が奪ってやる。こいつに殺らせよう。イイ気味だ』
 『ごめんなさい。ごめんなさい…こうしないと、母さんが』
 亜人と言えど痛みはある。死が万物の上に平等にあるように、不死の身体であっても死はやってくる。復活に時間がかかるが、一度死を経験するのだ。胸を病む声が一気になだれ込んだ。
「まったく、いつ思い出しても嫌なものだな。人の欲とは…それに死の苦しみも――」
 すべてを受けとめる。それは長い歳月を生きる上で得たもの。だからこそ、今の己がある。シェアラウィーセは来た時と同様の冷静さを持って、手の平から膨大な量の力を放出した。
 神よりも苦悩する亜人。軽々と巨石の放つ歪な空間を抜け出ていった。

 シグルマは何もかもが消し飛んでいく空間の中にいた。意識しなければ心さえ飛ばされてしまいそうだった。
「チッ…まったく嫌がらせにもほどがあるぜ」
 現実を見据えるために、シグルマは胸元に忍ばせておいた酒の瓶を取り出した。量は少ないが強烈な覚醒作用を持つ薬酒。
「これに頼らなねぇといけねぇなんて! …酒は楽しい時に飲ませてもらいたいもんだ」
 酒豪と呼ばれる彼は素面よりも、酒が少し入っていた方が気合が入る性質。声を聞く前も黒山羊亭で一杯ひっかけていたのだが、さっきまで夜気に当てられすっかり覚めてしまっていたのだ。一気に煽る。喉元を熱い酒気が駆け上がってくるのを感じた。
 けれど、空間は変動しシグルマを翻弄した。自分では動いていないのに身体が持っていかれる感覚。そして、何より僅かに残されていた光が消え、真の闇が彼を包んでいた。
「……くそ、これだから変な力を使う奴は嫌なんだ」
 力なら自信がある。自負だけではない、多々の実績がそれを物語っていた。けれど、ここから抜け出す策もないのでは身動きをとることもできない。追い討ちなのか、女の叫び声がしきりにシグルマの耳に突き刺さっていた。
 幻聴。そんなことは百も承知。しかし、聞きたくないものには違いない。それは自分の力不足を思い出せるからだ。叫んでいる女を救うだけの力もないのかと、愚弄されている気分させられた。
「胸クソ悪りぃ……」
 眩暈が襲う。上下の感覚が失われているからかもしれない。このままでは意識を保つことが困難になりそうだった。シグルマは意を決し、腰から剣を抜いた。迷うことなく、切先を太腿に当て一気に刺し貫いた。
「……グォォッ…、この俺を…誰だと思ってやがる!!」
 雄叫びが歪み続ける空間にこだました。

 小さな身体は風に漂っていた。クリスの頬を暖かな空気が通り過ぎる。花の香りに気づいて、目を開いた。
「ここは? どこなんだ。 ……あれ? ボク、確か女の子を助けにきたんじゃなかったっけ?」
 身体を起こすと、そこは草原だった。あちらこちらに綺麗な花が咲いているのが目に入った。そして、泳ぐ視線の先に見えたのは淡い恋心を抱く少女の姿だった。クリスは思わず立ち上がり、走り寄った。
「ねぇ! どうしてこんなところにいるの」
 少女は何も言わずただ微笑んでいる。クリスは傍に座った。花飾りを作っている様子に、花を摘んでくることを進言した。かき集められるだけ集めて、息を切らせて戻ってみると少女は作るのやめて立っていた。
「ほら、たくさん花を持ってきたよ……? どうかしたの?」
「嫌い。あんたなんか嫌い…うふふ」
「え…?」
 クリスは絶句するしかなかった。大好きな少女。優しい笑顔のままで吐き出された冷たい言葉。理解したくなかった。けれど――、
「あんたの傍にいたくないの…どこかに消えてよ」
「う……う、うわぁーーーー!!」
 逃げた。声から。自分を拒絶する声から。聞きたくなかった言葉が輪唱のごとく繰り返し再生さていく。変わらず暖かな風の吹く丘を駆け下りた。目の前に赤い屋根。大好きな母のいる家。
「お母さん!! ボク、ボク……」
「まぁ、どうしたの?」
 庭先で微笑んで迎えてくれは母。クリスは安堵し、そしてその身体に縋りついた。途端、細い指先が自分の首に掛かるのを感じた。
「え? …お、母さん? ――――!!」
 母の指先に力が入った。食い込んで、空気が肺へと届かなくなる。クリスは迫り来る苦しさに現状をようやく把握した。
「…な…ど…し……て、苦しい…よ」
 もう駄目だと思った瞬間、母が笑った。今までのことは間違いだったのだと、微笑みを返そうとしたクリスを襲ったのは悲劇。愛してやまない母の身体は弾け飛んだ。声ともつかない叫び声が麗かな世界に亀裂の如く轟いた。

 この少女を守るのは自分だ。遠夜は必死に巨石の放つ精神波を防いでいた。リラは兄と慕う青年の背にしがみつき、邪魔にならないように必死に自分を律していた。
「僕から離れてはいけない。リラさん、しっかり掴まっているんだ」
「はい!」
 遠夜は騎士の胸当ての隙間から符を取り出した。それは魔方陣に使うそれとは違い、どこか異世界的な文様を刻んである。それは遠夜がこのソーンへの来訪者であることを示す。「黒衣の魔術師」と呼ばれて久しいが、本来は陰陽道を起点とする術に精通したただの学生だったのだ。この地にきて思うことは様々ある。けれど、一貫して変わらないものもある。それは「悪夢は醒めるためにある」という信条。
 足掻いて、それがどんなに徒労に終わるとしても、足掻いて、限りある命を守りたい。存在する意義はそこにあると信じているから。背に感じる暖かさ。これを失ってはいけない。ふいに、本来の自分が生きた世界に残した女性が浮かんだ。こうして、リラを守るように彼女を守りたい。今は、願っても叶わないことかもしれないが、ずっと同じ気持ちを持ち続けたいと強く感じた。
「世の理よ。すべて符陣の中に列を成し、我命に従いて結界を結べ!」
 符を頭上に掲げた。光が文字を貫くが如くほとばしり、リラと遠夜の周囲を囲んだ。それを確認すると、続けざまに3枚の符を取り出す。
「解呪! 麒麟」
 声に呼応して姿を表したのは馬に似た生き物。身体の周囲に炎を宿し、空を闊歩している。遠夜が名を連呼するごとに更に2体の式神が召喚された。白龍と猪神。雄々しきその姿に、リラは絶句した。
「す、ごい…あれは、何なのですか!?」
「びっくりしている場合じゃないよ。一気にこの場所から抜け出さなくては」
 リラは空間の狭間にぶつかっていく式神たちを見つめながら考えていた。あの助けを求めた少女は、本当に罠だったのだろうか、と。彼女は現実に存在しないもので、私達は巧妙な罠に掛かってしまった獲物なのだろうか?

 ――思いたくないです。そんな風に思いたくない…。

 だったら、もっと声に違和感があったはず。あの声には真実があった。その意味と辛さを自分も経験しているからこそ分かる。ひとりは寂しい。そこが例え安心できる、何者にも侵害されない場所だとしてしても。
 だから。
「お願い!! あの子に逢わせて!!」
「行け! あと少しだ」
 ふたりの叫びがリンクする。同時に発せられた強い願い。闇が避けた。僅かに星空が覗く。その一瞬を遠夜が見逃すはずもない。それを、その一瞬を狙っていたのだから。
「白龍!」
 最後の嘶きは、夜空を取り戻す一声となった。


■そこにいた者 そして去る者

 少年が立っていた。青白い顔に銀の髪。瞳は漆黒。手を伸ばし跪く。
「行かないで。どうか、行かないで」
「ごめんなさい。わたしはここでない場所も好き。あなたは優しい…だからこそ、わたしはここにいてはダメなの」
「なぜ?」
「世界は巡るから。世界は巡って出会いを繰り返すから。凍ったままではいられないから」
 少年は押し黙った。次の言葉を吐き出すのを諦めたかのように。

 現実に戻った5人の前に広がったのは夜空だった。辺りを包んでいた闇は消えうせ、淡い夜霧が漂うただの夜になっていた。そして、見つけたのは少年と少女。
 少女は緑の長い髪を一本抜くと、少年に差し出した。震える指がそれを捕まえた。そして、抱き締める。
「これを差し上げます…」
 こちらを振り向いた少女は、頭に飾ってあった白く大きな花を両手に乗せて差し出した。
「手にした者の願う場面を見せてくれるでしょう。わたしを助けてくれてありがとう…」
 少女が手の平を両側に開くと花は2つに分かれた。それぞれに花を分かち全員に手渡すと、少女は悲哀に満ちた微笑みを浮かべ星空を見上げた。全員がつられるように空を見上げた。声だけが響く。
「この場所は封印します。誰も二度と近づけぬように。――わたしが苗を残すから」
 視線を戻すと、すでに少女の姿はなかった。巨石の前に立っていた少年の姿も失われていた。ただ、ひとつ違っていたのは、巨石の上に小さな樹が植わっていたこと。
 耳に届いた。少女の最後の言葉。

 ――わたしは種を蒔く者。彼はひとつの世界に生きる者。相容れることのない者同士。
    苗は育ち、いづれ大樹に育つでしょう。叶わぬ願いを癒す、唯一のモノとなるでしょう。

 巨石の意識体であった少年は、この少女に恋をしたのだろう。おそらくは少女も。けれど、運命は別つ。石は動けず、命は漂う。
 振り向けば闇色の石。その閉ざされた世界のなかで彼は永遠に少女を求めていくのかもしれない。

                          +

「じゃあ、お休みなさい」
 リラは送り届けてくれた遠夜に手を振ってドアを閉めた。その閉じたドアにもたれ掛かって溜息を溢した。それは報われぬ想いを目の当たりにしたらからに他ならない。あの助けを求めた少女は、広い世界を目指した。好きだっただろう少年を置いて。

 ――私ならどうしたかしら? あの手を振りほどく勇気があったかしら?

 父が嫌いだったわけではなかったけれど、ただ与えられた世界のみで生きることの辛さは今でも思い出すことができる。そして、過去を思い出す時、いつも浮かぶのは母の顔。幼い頃、一度だけ抱いてくれた場面。父に何度も聞かされたシーン。
 けれど、リラは願わなかった。
「花は水に流しましょう……」
 呟いて、白い花をかき抱いて今閉じたばかりのドアを開いた。
 夜が忍んでくる。霧はまだ晴れていない。ランプの明かりを手に、近くの河原へと向かった。彼に知られたら「女の子が夜にひとりで歩いちゃだめだ」と怒られるかもしれない。でも、リラは今すぐにひとりで流したかったのだ。
 小川のせせらぎ。耳を澄ませて、ランプの暖かな光に揺らぐ水面へと白い花を浮かべた。

 ――さようなら。彼と彼女がどうか、いつかどこかで幸せに寄り添えますように。

 願いは流るる水の如く。
 辿り付く先は未来。歩むことをやめなければ、きっと届くその場所。
 大好きな彼と大切な人のいる場所へと。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)      ■
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+ 0812 / シグルマ            / 男 /  35 / 戦士     
+ 0227 / 榊・遠夜             / 男 /  16 / 陰陽師
+ 1879 / リラ・サファト          / 女 /  15 / 不明
+ 0578 / クリス・ハイフマン       / 男 /  3 / おねぇさまきらぁ
+ 0963 / シェアラウィーセ・オーキッド / 女 /  16 / 織物師

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■         ライター通信                   ■
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 こんにちは、ライターの杜野天音です♪
 守られっぱなしのリラさんでした。よかったのかなぁ…でも、意志の強いところはしっかり出ていましたね。同じ想いを持っているからこそ、少女の声を真剣に受け取り、行動したリラさんは素敵です。
 お守り役として遠夜さんがいてくれて本当によかったです。安心して攻撃(笑)できました。
 こんなに素敵な子がそばにいたら、守らずにはいられませんよね?

 白い花の部分は個別になっています。よかったら他の方のも読んでみて下さい。
 幻影を見なかったのはリラさんだけでした。でも、そんな選択肢ももちろんあるはずですよね。知りたいのは今。未来も過去もそれは時の流れ。歩くために必要なものではないのかもしれません。
 では、ご参加下さりありがとうございました(>v<)""