<東京怪談ノベル(シングル)>
いじめ、カッコワルイ
「おいおいおいおい!」
とりあえず怒鳴ってみる。八つ当たりに近い。
「なんでこんなことになってんだ? ええ?」
独り言だ。彼の周囲には八つ当たりできる者はいないのだ。
上空で不気味に鳥が鳴く。……という雰囲気ならまだいいが、そうでもない。可愛らしく鳴いて飛んでいってしまった。
しばらく渋い顔で沈黙したのち、なるほど、と小さく洩らした。
「そうか……俺が迷ってんのはアレだ。ウォズのせいだな……」
遠い目をして呟く。
また、鳥が一声。
「出て来いオラー! 封印してやるーっ!」
大声で叫ぶものの、その声は徘徊している森の中をただ木霊して小さくなっていくのみ。
オーマ・シュヴァルツはまたもマジメな表情に戻った後、自分がどうしてこうなったのか最初から思い出すことにした。
ウォズを封印するために来たのは確かだ。だって自分はヴァンサー……。いや、それは迷った原因ではない。
地理をきちんと把握しなかったのが悪いのだろうか。いや、こんな見渡しのいい森で迷うなんてこと……考えないだろ、ふつう。
いや、なんつーかあれよ。
(……こんな明るい森で迷うなんて……)
一瞬だけ、冷ややかな娘の顔が脳裏をよぎった。
慌てて頭を振って追い払う。
(違う違う。俺が迷うわけねぇだろ?)
苦笑いのような、微妙に引きつった顔のまま歩き始める。
別に見通しが悪いわけでもなく。
夜や夕方という、闇の中というわけでもなく。
(へっ。太陽がまぶしいぜ……)
心の中で呟いても返答してくれる者はいない。
病院にいる間の喧騒が思い出されて、余計に腹立たしくなってきた。
こんなにのどかだと、逆になんだかイライラしてくるのは当然ではないかと考えてきてしまう。
ウォズ封印に、病院での患者の治療……その合間のふとしたやすらぎは大切だ。だがそれは、長く続けばきっと苛立ちに変わる。
立ち止まるということに似ているからだ。変革がないのが耐えられないからだ。
これほど平和な森で、鳥がさえずり、風で草木が揺れ、誰もが安息を願う場所で自分がいかに異質か再認識してしまった。
だからそう。
「わかってんだぜ! 俺を迷わせてなにしようってんだ!」
近くの木に、八つ当たり気味に蹴りを食らわす。がん! と足の裏で力を加えただけなので、木が多少……いや、かなり激しく揺れたがその程度だった。
しかし。
ぽてり、と小さな音をたてて目の前に落ちた物体にオーマが動きを止め、目を点にする。
「……ふ。よくぞ見破ったあああ〜?」
落ちてきた『モノ』をひょいと摘み上げ、オーマはしげしげと見つめる。これはウォズに間違いない。自分のそういう本能がビビッと告げている。
顔をしかめ、口元を少しだけいびつに歪めてから。
「んじゃ、封印すっからよ」
一言だけ、呟いた。
ジタバタとオーマの親指と人差し指で摘まれている『モノ』は突然動かなくなる。
10秒ほど経ってから、再度乱暴に左右に振ってみせた。そう、さながら薬草を持って帰った際に「もうないよな」と袋を逆さに振って確かめるようなしぐさで。
「……おいおい死んだふりたぁ、すげぇウォズもいたもんだぜ……」
しかもなんだ。なんでこんなにちっちぇーの?
(……すげぇ弱そうじゃねーか。よりによって愛らしい小動物の姿とはな……つーかよ、おかしいんだよな。普通の小動物のさらにミニ版なんだけど……。わざとか? ええ? これはわざとなのか? いや。絶対わざとだ。わざとに違ぇねえ!)
「じゃあ封印っと」
「へあっ!」
唐突の攻撃にオーマは対処できなかった。突然死んだふりをしていたウォズもどきはカッと目を見開いて手から熱のような衝撃を繰り出したのだ。
だが。
「アチ!」
それだけだった。料理中の油が散ってきた程度の熱さだ。
オーマの手から逃れたウォズはふ、と笑う。姿がリスなのでなんだか妙な気分になるオーマであった。
(……もっとデカくならねーのか? やりにくいぜ……。台所に出没する主婦の天敵のあいつのような素早さで逃げられたら、なんかヤだしよ……)
やりにくい。調子が出ない。
血のニオイをさせているわけでも、どこかしら禍々しい気配を漂わせているわけでもないのだから……なんだか、そう。
(気持ちわりい)
だ。はっきりと自分の気持ちが言葉になって、どこかスッキリする。
(攻撃だって、体が小さくて虫にチクッと刺された程度にしか感じねえしよ……)
かゆくならないだけマシかもしれない。
チュチュッと小動物のように鳴いてから、さらに笑うウォズ。
「よくぞ気づいたな……。オマエが封印しに来たのは気づいていたの……ぷぎょ」
「なんだよ……迷わせてたのはてめーか。あれ冗談だったんだけど、俺ってすごいのな」
やっぱスゴイと自分に感心するオーマの足に軽く踏まれたウォズはジタバタと前足と後ろ足を動かす。
踏みつけたままオーマはなかば自分に酔いしれるように両手を広げた。
「まあこんな、誰がどう見ても小動物イヂめてます、みたいな光景だけどよ。周囲に誰もいねぇってのは嬉しいじゃねえか! 確かに俺のMAX状態だったやる気がかなりの速度で消え去った挙句、てめーの姿になんだかイライラ最高潮で逆に気持ちが昂ぶってて笑いが出ちまうなぁ」
ふふふ。んーふふふふ。
低く笑うオーマは続けた。
「こんな場面を……なヤツや、……なヤツに見られたらと思うと、思わず腹の底から笑いがこみ上げてくるじゃねぇかよ。ほらほらほら」
言葉の途中が非常に小さくなったのでどんなヤツに見られたくないのかは不明だ。
足の下では柔らかい感触がむにょむにょしている。なにしろ一般的なサイズよりさらに小さいのだ。少し力を入れたらぺっしょり潰れてしまうだろう。
ジタバタしている様子を高い位置から見下ろしていたオーマは、なんだか途中でマズイなと思い始める。
そろそろ封印すべきだろう。こんなナリでもウォズだし、下手に誰かに見られたら「動物虐待。弱いものイヂメ」のレッテルを貼られる。いや、そこまではいい!
問題はそこからだ。
「なんでそんな小物をいたぶって遊んでんだい……?」
と、「さっさとしろよこのヤロウ」と言わんばかりの笑みを浮かべているとある人物を思い浮かべて思わず目元が痙攣した。
「つーわけでもう遊んでられねぇんだ! 封印するからなっ! 嫌とは言わせねーぞ、この野郎!」
「な、なにいきなり焦ってんだ! ふふん。どうやら我の力を思い知っ……」
「やかましいっ! そういうどうでもいいことじゃなくてだな、俺の存在度が危ういんだよ! わかるか? 俺の尊厳が落ちていく様がよッ!」
「はあ?」
愛らしい姿で眉をひそめるウォズに、オーマは拳を震わせた。
「だいたいてめーはなんだそのナリは! ウォズならウォズらしく、ウォズらしい格好で登場しやがれってんだ! 気分が萎えるどころか腹立つからやめろ!」
「……」
呆れている小動物の前でオーマは首を慌てて何度も振った。
「いやいやそうじゃなくてだな……。ウォズだからってそういう偏見とかじゃなくて……差別とかじゃねえんだよ。わかるだろ?」
「……オマエ、アホなのか」
瞬間。
なんだか遠くで糸がぷつんと切れるような音を、オーマは聞いた。
数日後。
薬草店での接客中、いつものように言葉をまくしたててからかおうと思っていたのに。
「そういえば、オーマさんて小動物をイヂメるの好きって聞いたんですけど、本当ですか?」
と、笑顔で客に言われて失神しかけたオーマの姿があったという。
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