<PCクエストノベル(1人)>
闇の中の永久
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【冒険者一覧】
【 2399 / 紅乃月・雷歌 / 紅乃月 】
【助力探求者】
【 ヴァルス・ライオンハート / 剣闘士 】
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▼0.
夢。
それはあらゆる意味で聖獣界ソーンを示す言葉だ。人々は夢という形でソーンへ訪れ、また夢を持って冒険へと繰り出す。もともと暮らしていた世界からすれば、正に夢のような光景が拡がっているという意味で使うことも出来るだろう。
夢という言葉は何処となく心躍らせるようなイメージがあるけれど、しかし紅乃月である雷歌にとっては、そうも言ってられなかった。
―――凶都の街には、未だ魍魎が蔓延っているというのに。一体、私は何をしているのだろう。
この世界で夢から覚めるには、一体、何が必要で、何が足りないのだろう。
▼1.
剣闘士であるヴァルス・ライオンハートは人間でありながら、一度剣を握れば優れた戦闘能力を発揮する。
それでいてその性格は礼儀正しく、実直だ。だからこういった冒険の際は、何よりも頼りになる。特に日本というソーンからは遠く掛け離れた世界から来て、冒険に繰り出そうとする雷歌にとってその存在は大きかった。
雷歌:「私が後衛ですね。そしてヴァルス様が主に物理線の主軸で、私がそのサポート、と」
ヴァルス:「ああ。何度も云うようだが、強王の迷宮で一番厄介なのが、それぞれ“灰色の恐怖”・“黒の恐怖”・“白の恐怖”と呼ばれるものだ。“黒の恐怖”は物理攻撃に弱いから、私が一発叩けばそれで終わる。“白の恐怖”はその逆だから、白い球体を見つけたら容赦なく魔法攻撃を仕掛けるんだ。ただし、“灰色の恐怖”と決して間違わないように」
雷歌:「物理攻撃も魔法攻撃も効かないんでしたっけ」
ヴァルス:「そう、同時に叩き込まない限りは。だからそのときは私が合図を出そう。とにかく、キミははっきり白と見えたときだけすぐさま魔法攻撃を頼む」
雷歌:「判りました。それから、私は弓矢を使って、遠距離線ですね」
ヴァルス:「何が出てくるか判らない。万が一探索中のギルドと顔を合わせることもあるかも知れないし、その辺は慎重にいこう」
雷歌:「はい。じゃあ早速行きましょうか。あ、これ雇用の報酬です。もしかしたらすぐに帰る方法が見つかったりするかも知れませんので、先にお渡ししておきますね」
もちろん、ヴァルスの性格があってこそ出来ることだ。それでもきちんと勤めを果たしてくれると、数々の評判からもまた顔を合わせて話をした感じからも判っている。雷歌は前金と言わず、全額をヴァルスに袋ごと手渡した。
ヴァルスは軽く頭を下げてお礼を言ったが、その感触が気になったのだろう、「ちょっと失礼」と紐を取り外しにかかった。疑うわけではないのだが、と言葉をつづけながらヴァルスが袋から出したものは、金貨にしては楕円形で細長い―――小判、だった。
ヴァルス:「ええっと、これは……」
雷歌:「一枚で一両です」
きっぱりと毅然とした態度で告げる雷歌に、ヴァルスもそれ以上は何も言えず、「金貨は金貨だな…」と呟いて剣を持ち直した。
▼2.
強王の迷宮は、遺跡と云えど地下3階までは強王であるドワーフ・ガルフレッドが造ったものであるから、造りは割に判りやすい。それより下を探索しているギルドによって舗装されてもいるから、雷歌とヴァルスは特に迷うことも危険に遭うこともなく3階の最後の部屋まで辿り着いた。
其処から先は何時、誰によって造られたのかも判らぬ言葉通りの迷宮だ。しかも、ガルフレッドを下僕化したというヴァンパイアはその中に潜んでいると見てまず間違いないだろう。
魍魎の跋扈する凶都とは異なる異様な空気が漂うのを感じ取って、雷歌はぶるっと身震いした。けれどすぐにその震えを溢れた先から渇へと変え気を取り直し、弓矢をぎゅっと掴むとヴァルスを促した。
ヴァルス:「平気か?」
雷歌:「はい、決心はとっくについています。入りましょう」
まだ人の暮らしていた気配が僅かに感じられた3階とは違い、部屋の先はそのまま取り込まれてしまうような錯覚に陥らされるほど、陰鬱としていた。
どういった仕掛か薄っすらと先も見えるが、其処には闇が取り巻いていて、ヴァルスの手にしていたランプは周囲の闇を余計に色濃く見せていた。
ヴァルス:「まだこの辺りはギルドの手が入っているが、奥につれてきっと入り組んでいるのだろう。迷宮にはやはり目印をするか、糸の片側を入り口に縛り付けて進むという方法を聞くが、もし何か潜んでいるとしたら、それはあまり効果がないかも知れないな」
雷歌:「私の法術が使えます。その辺は大丈夫です」
ヴァルス:「では、何処へ進むのかは雇い主であるキミに任せよう。分れ道があったら、判断を下して欲しい」
雷歌:「は、はい。まずは真っ直ぐ行きましょう」
ヴァルスは流石経験豊富なだけあっててきぱきと判断を下してくれる。一体どちらがどちらを雇ったのか判らぬほどだ。己が雇い主とは云え、雷歌は迷惑だけは掛けないようにしようと固く心に誓った。
入り口からして既に複雑な分れ道となっていた通路の、二人は真ん中を選んで進み出す。相変わらず、先に待ち受けるものは単なる分れ道で、更にその先には闇がつづいていた。
ヴァルス:「これでは“黒の恐怖”があっても分かり難いな……」
雷歌:「そうですね……気配も探り難いですし、」
白ければ見えるかも知れない、そう云い掛けた雷歌の視界の端で、何かが蠢いた。
雷歌:「あった!」
叫ぶ否や雷歌は前衛であるヴァルスを追い抜き、斜め前方に見えていた白い靄のかかった球体へ炎の剣を打ち込んだ。
と同時、その白いものは二人の耳を劈くほどの悲鳴を上げて霧散した。
雷歌:「す、凄……」
狭い通路だ。
“白い恐怖”の破裂音は埋め尽くす壁に反響し何時までも響き続けた。
ぐわんぐわんと頭の中で何度も音が響いて、漸く耳が正常に戻った二人は、ほっと息を吐いてお互いの顔を見た。
ヴァルス:「流石、良く気付いたな。しかも、有害な煙を吐き出したばかりのようだ。あと少し遅れていたら、攻撃する間もなく私たちは咳き込んでいただろう」
雷歌:「間に合って良かった……でも、今度はちゃんと耳も塞がないといけませんね」
ヴァルス:「そうだな」
その後も何の変哲もないように見える球体は幾度も唐突に現れては二人に襲い掛かった。しかし、始めこそそれが白かったから良かったようなものの、黒かったり灰色だったりしても構わず雷歌はヴァルスの前に立ち、攻撃を仕掛けようとする。魔法攻撃が無効化され跳ね返ってしまったことも何度かあった。
その度、ヴァルスは雇い主と承知の上で仕方なく声を上げて雷歌に注意を促すのだった。
雷歌:「すみません……色など確認する間もなく何か動いているとつい身体が動いてしまって……」
ヴァルス:「それで危ない目に遭うのはキミの方なんだから、気をつけないと危ないぞ」
雷歌:「はい。白いときだけ私が攻撃、ですね」
ヴァルス:「そうだ。それにしても、随分奥まで来たようだな」
ヴァルスの科白に辺りを見渡した二人の耳に、唐突にバサバサというけたたましい音が届いた。
はッと構えを取った二人だったが、音の正体は蝙蝠の大群が押し寄せてくるだけのようだ。特に二人に襲い掛かるというわけでもなく、その場で蹲ってそれをやり過ごした二人は蝙蝠の向かってきた方をそっと窺った。
ヴァルス:「……あれだけの蝙蝠ということは、少し開けた場所があるのかもしれないな」
雷歌:「蝙蝠はヴァンパイアの眷属ですよね。もしかしたら、少し近づけたのかも」
もう随分と進んでは行き止まって引き返し、を繰り返している。幾層にも分かれているとも云われる迷宮なのだから、何処かに階段でもあって良い筈だ。
そう判断を下して蝙蝠が来たと思しき通路を選んで進むと、果たして、期待通りの朽ちかけた階段が更に下へ向けてぽっかりと黒い口を開けて待ち構えていた。
ヴァルス:「行くか」
雷歌:「勿論です」
妙に足音の反響する階段を下り、期待半分得体の知れぬものに対する気後れ半分で次の階への入り口へと辿り着く。
雷歌:「あれ? これって……」
何処も変わっていないようでいて違っている通路。しかし、この複雑な入り組みようはまず4階へと足を踏み入れたときに確かに見たものだった。
ヴァルス:「……そう云えば、聞いたことがあるな。同じ階が複数存在しているらしい、と」
雷歌:「ええ……この階段は此処までですもんね。戻った方が良いのか進むべきなのか……」
ヴァルス:「あくまでも判断はキミに任せるが……この階段は少し長すぎた。もしかしたら、1階分飛び越しているかも知れない」
雷歌:「なるほど。階段のある場所が一箇所とは限りませんよね。では、行きましょう。造りが同じなら、行き止まりの場所くらいは覚えていますし」
ヴァルス:「それもそうだな。他の階へ行ける階段もあるかも知れない」
同じような景色でも、分れ道には特徴がある。
先ほど通ったばかりの道だから、記憶を頼りに少しだけ道筋を変えて進む。相変わらず出くわすのは白かったり黒かったりする恐怖や、数羽の蝙蝠くらいだったが、確実に空気は濃いものへと変わっているように感じられた。
雷歌:「ずっと昔から居るヴァンパイアなら、この世界のことも色々知ってそうだと思っていたけど……迷宮が何処までつづいているか判らないくらいだし、やっぱり出会うのは難しいかな……」
ヴァルス:「出会えたとして、話に応じるとは思えないが……」
雷歌:「血を飲むのは私と変わらないのに……じゃあせめて何かアイテムとか!」
ヴァルス:「そうだな、それくらいは……」
???:「何物だ?」
何処からか響いてきた声が、耳ではなく直接頭に反響して、二人はばっと辺りを見渡した。だが、姿は見えない。
気配を探ろうと声を潜めて辺りを窺っていると、ソレは、自ら闇より姿を現した。
???:「冒険者……か?」
人影のようなものが見えるだけで、はっきりとは判らない。声が頭に響いたと感じたのは狭い通路の中で反響した所為で錯覚しただけらしく、今度の声ははっきりと耳に届いて二人は身体を固くした。
ただ、相手からも殺気にも似た気配が伝わってくる。それは警戒のようだったが、雷歌はその気配と声に背筋に何かが這ったような気さえして、思わずヴァルスを庇って人影の前へ踊り出た。
雷歌:「喰らえ!」
正体は知れぬが、警戒心が拭えない雷歌は破魔矢を取り出した。
これでヴァンパイアなら効くし、そうでないのならそれほどの痛手は受けないはずだ。
???:「何をする!」
しかし咄嗟であったので狙いは甘く、相手は避けると同時に進み出て何か判らない呪文を吐き出した。
ヴァルス:「くッ……」
何か黒いものが押し寄せてきて、魔法系の攻撃に通じていないヴァルスは少し喰らってしまったようだ。
しかし雷歌が庇ったのと持ち前の反射神経で避けたお陰でそれほど深くはないらしく、肩口を抑えただけでしっかりと立っている。それに雷歌は安堵して、得体の知れない攻撃を仕掛けた相手をひたと見据え、続けざまにまだ少し離れている奴に次から次へと破魔矢の他、思いつく限りの攻撃を繰り出した。
雷歌:(魔法系の攻撃が主軸……しかも、こちらの攻撃は上手く躱す。接近戦になったら危ない。ともなれば、)
アレを使うしかない。
雷歌:「『炎獄呪滅式』」
雷歌の体力を大幅に削ってしまう、反動の強い禁じ手だ。しかし、この場では致し方在るまい。そう判断した雷歌はヴァルスを守るためにも躊躇わずその大法術を繰り出した。
???:「まっ……待て待て待て!」
雷歌:「え!?」
大技と判断してのことだろう、相手は何故か殺気を研いで必死に雷歌の方へ詰め寄ってきた。
まさかこのときに向かってくる奴が……そう思った雷歌は詠唱を思わず中断して其奴を見据えた。
段々と明るみに曝されるその姿は……
雷歌:「人……?」
ヴァルス:「ギルド、か?」
男:「ああ。アンタ方は単なる冒険者のようだな。悪かった、こんな奥まで来てるから思わずとうとうヴァンパイアが姿を見せたかと思っちまったよ」
始めこそ警戒したものの、見かけは間違いなく人と変わらず、ギルドの証である徽章を見せてきた。ギルドならばあの魔法系の攻撃にも納得出来る。ヴァンパイアと対峙したことはないが、攻撃としては種類が違うような気もした。
漸くそれで信用しかけた二人だったが、武器にはしっかりと手を掛けたままだ。きっとその警戒は相手にも伝わっているだろうが、相手はひょいと肩を竦めただけで大して気にはしていないようだった。この迷宮の謎に惹かれて訪れる冒険者は跡を絶たないと云うし、慣れているのだろう。
雷歌:「こちらこそ調査中失礼しました。すみませ……」
それでもお詫びを、とお辞儀をした雷歌はその弾みにくら、と一瞬眩暈を起こし、雷歌は咄嗟に差し出されたヴァルスの腕に寄り掛かった。
途中で取りやめたとは云え、大法術を使おうとした余韻はしっかりと雷歌の身体を蝕んでいたらしい。しかも、随分と歩いたことの疲労と、こんな中で人と出逢ったことで気が抜けたのもあったのだろう。
ヴァルス:「だから気を付けろと……」
ヴァルスはそう云いながら特に気にもしていない様子で雷歌を担ぎ上げた。
男:「まだこの少し先でギルドが調査しているくらいだから、この辺はまだ危険だよ。もう戻るなら、道は判るのか?」
ヴァルス:「覚えていないこともないが……私では時間が掛かるかも知れない」
男:「なら案内しよう。丁度、違うグループに合流しに行くところだったんだ」
ヴァルス:「それは助かる」
ギルドであるその男は、ずっと此処の調査にあたっているらしく中に関して非常に詳しかった。それでも時折まだ空白も多い地図を広げて、「こっちだ」と先導してゆく。
ヴァルス:「同じ階が複数あるというのは本当なんだな」
男:「同じだと判るだけでも凄いもんだよ。大抵は景色の違いなんか判らず迷うだけだから」
ヴァルス:「ふむ。流石は迷宮だ。さっき来たのとは違うところからでも上へ行けるんだな」
男:「この嬢ちゃんの使った技と云い……あんた方は見込みがあるかもなぁ。ギルドでさえその通路はなかなか見つけられなかったというのに」
ヴァルス:「そうなのか」
男:「ああ。流石にあの技でヴァンパイアじゃないと判ってな。しかも、こんな狭い中であんな大技使っちゃ俺ら諸共木っ端微塵だよ。折角調査してきたのに、壊されるのは困る……っと、この先が3階の部屋だ。此処からなら判るだろう?」
ヴァルス:「ああ、判る。わざわざ済まなかったな」
いいや、と男は首を振って、俺はこっちだからとまた何処へつづくのか判らない通路を曲がった。
確かに其処は二人が通ってきた通路で、もう男に対する疑いもなかったが、他にギルドの居る気配は感じられなかったと思うと何処か釈然としなかった。
まだ少々意識の朦朧としている雷歌ともそんな話をしていると、部屋へと入りドアを閉める瞬間、また先ほどのように耳ではなく頭へと直接声が響いた。
???:「食事と、面白い技を見せてもらった礼だ。こんなに良い住処を壊されるのは忍びないしな。ただし、次会ったときは容赦なく眷属にしてやろう」
雷歌:「え……」
ヴァルス:「今のは……?」
まさか、という思いでそれでもその声の鋭さに危険を感じ地上へと上がると、其処にはギルドの一団が今から調査をするらしくアイテム等を取り揃えている最中だった。
ギルドの男:「おお、冒険者か。何か発見はあったか?」
ヴァルス:「いや……今から調査の開始か?」
ギルドの男:「ああ、そうさ」
ヴァルス:「他の一団はもう中に入っているとか……」
ギルドの男:「そりゃないさ。何だ、中で何かに遇ったのか?」
ヴァルス:「あ、」
肯定しようとしたヴァルスを、雷歌は不自然にならない程度に顔を上げて遮った。
雷歌:「いえ……あまり奥に行くまでに疲れてしまって」
ギルドの男:「そうかそうか。まあ俺たちが長いこと調査してるのに簡単に見つけられちゃ困るからな」
ギルドたちは笑いながら中へ入っていったが、雷歌とヴァルスは何となくその背中を見送りながらそのままその場で立ち竦んでいた。
ヴァルス:「報告しなくて良かったのか?」
雷歌:「一応、助けてもらったんだし……それに、何だかこっちがあのヴァンパイアの邪魔をしてしまったみたいだし」
ヴァルス:「それもそうか……それに話したところで何か手がかりがあるわけでもないしな」
雷歌:「あッ! それより怪我! 怪我はどうですか?」
ヴァルス:「うん? ああ、大したことは……」
ない、と云い掛けたヴァルスは、傷を受けた筈の肩口を見て固まった。
僅かでも流れた筈の血が、ない。
傷口は大した時間が経っていないわりに既に瘡蓋に保護されていたし、服は破れていたが鎧にも血はついていなかった。
雷歌:「そう云えば最後、食事と……とか云ってましたか」
ヴァルス:「いつの間に……」
雷歌:「あんなところに篭っていても、力は衰えていないってことですね。何だか、壮絶な経験をしてしまいました」
ヴァルス:「ソーンに何時から居たのか判らないだけはあるな。とても敵わない」
雷歌:「そうですね。ヴァルス様、色々と助けていただいて、ありがとうございました」
ヴァルス:「いいや。それに結局助けてもらったのは、キミのその力があってこそのようだ」
そうでしょうか、と雷歌は出てきた強王の迷宮をもう一度見遣った。
手がかりは得られなかったけれど、始めから寄り道のつもりでいたのだ。良い経験が出来たのではないかと思う。薄暗くなりかけた空に不恰好に飛ぶ蝙蝠の姿を見つけ、雷歌は今もあの穴蔵でひっそりと居るはずの、本当の姿も判らないヴァンパイアの様子を思った。
END.
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