<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


エルザード仁義無視の戦い<嵐の大食い大会>
●オープニング【0/9】
「風よ! 雨よ! エルザードよ! 私は帰って来た!!」
 真っ暗な空に走る稲光が、叩き付けられる雨の中、城の上に立つ影を浮かび上がらせる。
「これから始まる世紀の戦いを、その目でしかと見るが‥‥にゃにゃにゃーーーッッッ!!??」
 吹き荒ぶ風に押されて、ひらひらと飛んで行った影は糸が切れた凧の如く、エルザードの空に舞い上がり、そして‥‥。


「大食い大会?」
 日当たりのよい窓際で微睡む猫の背を撫でながら、シェリルが頷いた。
 ここ白山羊亭には、いろんな情報が集まって来る。
 今日、彼女が顔見知りに告げたのは、延期されて久しい大食い大会がようやく開催されるとの噂であった。
「あー‥‥予選で死人が出たとか言うアレ?」
「死人は出てないわよ。でも、司会者が異世界に飛ばされていたとか、幽霊に捕まっていたとかで延期されていたみたい」
 肩を竦めて、舌を見せるとシェリルは1枚のチラシを彼らに見せた。
「興味があるなら、参加してみたら? 今回は作る人と食べる人の無制限勝負みたいよ」
 どうやら今回は、料理を作る者とそれを食べる者を募集しているようだ。ルールは至って簡単。味であれ、量であれ、作る側は食べる側に、食べる側は作る側に「参った」と言わせればよいだけだ。
−但し、
 チラシの最後に書かれた文字を、肝に銘じておくべきだろう。

−但し、命の保障なし−−−−−

●災厄の備え【2/9】
 壁にぴたりと背をつけ、スフィンクス伯爵は今見たばかりの光景に戦いていた。
 ごくりと喉が鳴る。
 見間違えるはずがない。1度でも会った事があるお嬢さんを彼が忘れるはずがない。
「うむ。間違いない。あれは真白嬢じゃ」
 つまり、一緒にいるのはかの白猫の友達であり、大食い大会予選において死人を出した伝説の料理人だ。
 フィンのこめかみを嫌な汗が伝う。
 彼女がここにいると言う事は。
 しかも、手に持っているのが指人形なのは。
 幾つもの可能性を探ってみても、同じ結果しか示さない。導き出されたのは、彼にとって最悪とも言うべき答えであった。
「なんという恐ろしい事を‥‥」
 ガクガクブルブル。
 このままでは楽しいはずの大食い大会で大惨事が起きてしまう。
 何とかせねばならない。何とか‥‥。
「誰も、私の愛を止める事は出来んッ! そう、私はここで宣言しよう! この大会で私の愛!! を証明してみせる事を!」
 ふはははははははは!
 壁に隠れ、声を潜めつつ高笑いして、フィンはマントの端を追いかけていた構成猫を指先で招く。
「良いか、構成猫2046よ。お前の初めてのおつかいじゃ」
 みぅ?
 首を傾げた子猫の仕草に、フィンは続ける言葉を失った。
「わしと一緒にいかないかッ!?」
 こんな愛らしい子が1人でおつかいだなんて、危険過ぎる!
 がばりと構成猫2046を抱きしめて、彼はそう叫んでいたのであった。

●それは、愛【6/9】
「さぁて、いよいよ愛しい料理達とのご対面じゃ」
 ばさりとマントを翻し、含み笑いから高笑いへとテンションアップしたフィンの登場に、観客達が一斉に湧いた。
 どうやら出し物の1つであると誤解されたようだ。だが。
「うむ? おお‥‥これほどまでに私を待っていてくれたとわ‥‥」
 おいちゃん感激ッ!
 くくぅと唇を噛んで嗚咽を堪えると、彼は観客の声援に応えるかのように両手を広げた。
「諸君らの気持ち、確と受け取った! 安心するがよい! 今、この時から皆はネコネコ団の構成人じゃっ!!」
 まてまてまてーいッ!
 ‥‥と、いつもであれば、ここで止めが入るのだが、今日は様子が違う。
 ネコネコ団の野望を阻止せんと日夜戦っている探偵見習い坊主は、耳垂れ、尻尾最速振りのワンコと化してサフィーの大鍋に視線釘付け状態である。宿敵たるスフィンクス伯爵が同じ舞台上にいる事さえも気づいていないようだ。
 また、同じくネコネコ団と対立関係(?)にあるオルテリアの守護士は鍋に背を向け、目を閉じ、耳を塞いで「何も見なかった」と自己暗示をかけている真っ最中。
 故に。
 フィンの暴走を止める者は誰もいなかったのである。
 演出だと思っている観客の拍手も一層大きくなる。
 ネコネコ団結成以来、初めて経験する栄光の時、檜舞台ではなかろうか。感涙に噎びながら、フィンはテーブルに置かれていたグラスを手に取った。
「今、この時! 我が野望実現の大いなる1歩をここに記す! 構成猫よ、構成人よ、この‥‥」
 継いで、指人形がいそいそと運んでいた納豆を奪ってグラスに注ぐ。
「この、納豆カクテルで祝杯を上げるのじゃッ!!」
「お待ちなさいッ!」
 納豆カクテルのグラスを高く掲げたフィンの背後で、弾ける音が響いたかと思うと、5色の煙が湧き起こった。
「悪魔の料理で皆を苦しめるなんて、お天道さんが許してもこのアタシ、ユニコーンホワイトが許さないわッ! とうッ!」
 掛け声つきで舞台へと現れた白い衣装の人物に、フィンは首を傾げる。
「はて? お前さんは勇太少年のお仲間かな?」
 ちなみに、かの探偵見習いは、この騒ぎにも気づいていないらしい。こういう状況が大好きな彼にしては珍しい事である。恐るべし、食べ物の誘惑。
「まぁ、なんにせよ、良い所へ来た。お嬢さんも我がネコネコ団の門出を祝ってくれぃ」
 上機嫌で、フィンはグラスを一気に空けた。
「うむ。この粘り、喉越し‥‥何とも言えぬものじゃな」
 ひぃぃぃぃぃっ!!
 恐怖に喉が引き攣れた叫びを迸らせて、ユニコーンホワイト‥‥マリーは激しく首を振る。信じられない、この世のものとは思えない光景を見てしまった。耳にかけていた防護マスクの輪ゴムが弾けて飛んだ事にも気づかない程に激しく頭を振り続けるマリーを、更に衝撃が襲う。
「さあ、お嬢さんも」
 ニヒルな笑みを口元に乗せ、フィンが新たな納豆カクテルのグラスをマリーへと差し出したのだ。
「い‥‥いや‥‥近づかないで‥‥」
 迫り来る黒い影。
 少女は怯えて後退るのみだ。
「さあ」
「やだ‥‥こっち来ないでよ! 助けて!! マシロ!! ナ‥‥」
 魂千切れんばかりの絶叫が少女の口から漏れた‥‥。


 下界が何やら騒がしい。
 カレーを掻き回していたサフィーは、興味を引かれて踏み台を降りた。
「あらあら?」
 爪先に触れた「えすぺらんさ納豆」と書かれた包みを取り上げて考える事しばし。
「おや、幽霊のお嬢さんも納豆に興味がおありかね?」
「なっとう‥‥?」
 うむうむと頷いたフィンの姿が、サフィーの生前の記憶を刺激した。
−これは納豆だ
−この粘りがええんやで〜♪
 包装を丁寧に解くと、いつか見たものと同じ糸を引く豆が姿を現す。
−1粒1粒の豆が織りなす味の深みはキャビアにも勝るとも劣らないものだ。素晴らしい
「‥‥‥‥‥‥‥」
「ん? どうかしたかね? 幽霊のお嬢さん」
 とことこと小さな靴音を響かせて、サフィーは納豆を手に踏み台を上った。
「お嬢さん?」
 鍋の上に白い容器を逆さにして、スプーンで落とす。
 糸引く豆の固まりが、ぐつぐつと煮え滾る鍋の中へと吸い込まれて消えた。
「ッッッ!!!」
 目に映ったものに、フィンは何度か服の袖で左目を擦った。
 そうこうする内に、サフィーが再び降りて来て、抱えられるだけの納豆パックを抱えて戻って行く。じぃっと、フィンはその行動を見守った。
 先ほどのものは幻覚に違いない。
 今度は大丈夫と、しっかと目を見開き、フィンは落ちていく納豆を見つめた。
 ぷわり。
 納豆がカレーに吸い込まれる瞬間、蒸気が捲き上がった。灰色がかったそれは、蒸気と言うよりも煙に近いものだったかもしれない。
 ごくり。
 生唾を飲み込んだフィンの顔にだらだらと冷や汗が流れていた。ピンと立った耳と逆毛だった髪からも、彼の緊張度合いが察せられる。
−ド‥‥ドクロ!? 見間違いなどではないッ! ケ‥‥ケムリがドクロの形をしておったぞっ!!
 ああ、気のせいだろうか。
 鍋の縁から沸き溢れているカレーが七色に泡だっているのは。
 しかも、その噴き零れが落ちた場所が溶けているような気がするのも‥‥。
 フィンは、1歩後ろへと下がった。
「はーい! 完成でーす!」
 無邪気な声と共に、サフィーの手が挙げられる。
 待ってましたとばかりに、探偵見習いがMyプレートを手に彼女へと駆け寄って行く。炊きたてのご飯にどろりと掛けられたカレールー。
 歓声をあげる少年。
 間近の光景なのに、どこか遠い世界の出来事であるかのように感じる。
 呆けていたフィンに気づき、金の髪を揺らして少女が近づいて来る様も、現実の物とは思えなかった。
「おじさま? おーじーさーまー?」
 ひらひらと目の前で手を振られて、我に返る。
「あ、いや、なんでもない。なんでもないんじゃ」
 慌てて取り繕ったフィンを、サフィーは心配そうに見上げて来る。彼の身を案じる少女の純粋な好意が嬉しくて、フィンは小さな頭に手を伸ばした。
「本当に何でもないんじゃよ、幽霊のお嬢さん」
 髪を撫でられて嬉しそうに笑う様子は子猫のようだ。
 だから、ついつい絆されてしまった。
「おじさまも、サフィーの和風ビーフカレーを食べて下さるのでしょう?」
「た‥‥たとえこの身が果てようとも、自ずから食を放棄する事は出来ん」
 ここで否と答えられるのならば‥‥。
 だが、本能が鳴らす警鐘を固まった笑顔の下に押し止め、フィンはきっぱりと言い切った。少々声が震えていたのはやむを得まい。
「じゃが」
 余裕の失せた微笑みを貼り付かせ、フィンは用意していた食器を取り出した。
「わしのカレーはこれによそってはくれまいか」
 元気よく頷いた少女の手から、銀の皿にご飯とカレーがたっぷりと乗せられる。
−‥‥‥‥いいいいいいい色が変わったぞ!!??
 湯気で曇ったとか、そういうレベルの問題ではない。
 銀の食器がみるみる黒ずんでいくと同時に、フィンの顔から血の気が失せる。
「おかわりもあるから、いっぱい食べてねっ」
 はい、と差し出されたカレーは見た目はさほど悪くはない。だが、ところどころ覗く具に爪が生えているのは彼の見間違い‥‥でも無さそうだ。
「‥‥おじさま?」
 硬直した彼に、サフィーは悲しそうな顔で俯いた。
「食べてくれないの?」
「‥‥い‥‥いや、そう言うわけでは‥‥」
 潤んだ大きな瞳で見つめるサフィーの姿は、雨の中にうち捨てられた小動物のそれに酷似していて。
 冷たく突き放す事など、フィンには出来なかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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0520 / スフィンクス伯爵/男/34/ネコネコ団総帥
0914 / 藤木結花/女/17/オルテリアの守護士
0930 / リーズレッタ・ガイン/女/21/シャルパンティエ夫人
1182 / マリアンヌ・ジルヴェール/女/14/天界の大魔法使い(自称)
1795 / サフィーア・ヌーベルリュンヌ/女/18/貴族の娘
2396 / 広瀬勇太/男/12/探偵見習い

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■         ライター通信          ■
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 この度はご参加ありがとうございました。
 長らくお待たせして申し訳ありません。大食い大会本戦がようやく開催される事になりました。
 優勝者は‥‥本編にてご確認下さいませ。
 例によって例の如く、今回もいくつかのパートに分かれておりますので、繋ぎ合わせて読んで頂ければ幸いです。
 皆様、いずれも劣らぬ強者ばかりで、桜はにんまりと悪人笑いをしつつ戦いを見守らせて頂きました♪

☆フィンさんへ
 気絶しても食べ物は離さないという、おいちゃんの料理への情熱をもってしても、スペシャルカレーは刺激が強すぎたみたいです。
 銀の皿で予防は出来たのですけれど‥‥。