<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
エルザード仁義無視の戦い<嵐の大食い大会>
●オープニング【0/9】
「風よ! 雨よ! エルザードよ! 私は帰って来た!!」
真っ暗な空に走る稲光が、叩き付けられる雨の中、城の上に立つ影を浮かび上がらせる。
「これから始まる世紀の戦いを、その目でしかと見るが‥‥にゃにゃにゃーーーッッッ!!??」
吹き荒ぶ風に押されて、ひらひらと飛んで行った影は糸が切れた凧の如く、エルザードの空に舞い上がり、そして‥‥。
「大食い大会?」
日当たりのよい窓際で微睡む猫の背を撫でながら、シェリルが頷いた。
ここ白山羊亭には、いろんな情報が集まって来る。
今日、彼女が顔見知りに告げたのは、延期されて久しい大食い大会がようやく開催されるとの噂であった。
「あー‥‥予選で死人が出たとか言うアレ?」
「死人は出てないわよ。でも、司会者が異世界に飛ばされていたとか、幽霊に捕まっていたとかで延期されていたみたい」
肩を竦めて、舌を見せるとシェリルは1枚のチラシを彼らに見せた。
「興味があるなら、参加してみたら? 今回は作る人と食べる人の無制限勝負みたいよ」
どうやら今回は、料理を作る者とそれを食べる者を募集しているようだ。ルールは至って簡単。味であれ、量であれ、作る側は食べる側に、食べる側は作る側に「参った」と言わせればよいだけだ。
−但し、
チラシの最後に書かれた文字を、肝に銘じておくべきだろう。
−但し、命の保障なし−−−−−
●楽しいお料理【5/9】
じぃ、と広瀬勇太は彼女の手元を凝視していた。
今しも、見た事があるような、無いような物体が彼女が煮込む鍋の中へと落とされようとしている。
「どうかしたの?」
勇太の視線を怪訝に思ったのか、サフィール・ヌーベルリュンヌは小首を傾げた。小鳥のような仕草に合わせて、ふわふわの金髪が揺れる。
「ねぇ」
サフィーの鍋から目を離さずに、勇太は尋ねた。
さっきからずっと、彼の中に渦巻いていた疑問を。
「何作ってるの?」
くすりと笑って、サフィーは背丈程もある木べらを手に踏み台から降りる。鍋の周囲に転がっている空き瓶を避けて勇太の側まで行くと、彼女は胸を張った。
「サフィー特製の和風ビーフカレーなの!」
お子様の大好きな料理ベストテンに入るカレーという言葉に、懐かしいその響きに、勇太はキラキラと目を輝かせた。
「ほ‥‥本当に!?」
「本当だよ♪」
そういえば、ぐつぐつと音を立てる鍋からは香しい香りが漂って来る。
記憶の中にある母が作ってくれたカレーの匂いとは違っているような気もするが、それは気のせいだと結論づけた。
「本当だ! カレーの匂いがするね!」
母が聞いたらショックのあまり寝込んでしまうに違いない。
だが、目出度く1つ目の疑問が解決した勇太は、白く小さなサフィーの手に似つかわしくない、黒い毛で覆われたモノを指し示し、次の疑問をぶつけた。
「手に持ってるそれは何?」
「熊の手☆」
「わぁ、ビーフって熊のお肉の事だったんだ! すっごーい!! 僕、1つ賢くなったよ!!」
「ソレ、違うからッ!」
聞くとは無しに彼らの会話を聞いていた結花の合いの手も、彼らの耳を素通りしていくだけだ。
「あとね、いっぱい隠し味をつけているの。出来るのを楽しみにしていてね☆」
天使の微笑みを残して、踏み台を上ったサフィーが鍋の中に熊の手を放り込む。
途端に黒い煙が立ち上ったのを見なかった事にして、結花は鍋を掻き混ぜるサフィーに背を向けた。中味を知ってしまった以上、もはや普通の料理として見る事など彼女には出来なかった。
例えるなら、魔女の大鍋。
「やったぁ!!」
それを無邪気に喜ぶ勇太も、結花の理解の範囲を超えていた。
「‥‥もしかして、勇太くんとサフィーちゃんって‥‥味オンチ?」
自分の事を棚上げして、結花は身震いをした。
サフィーのカレーにだけは、絶対に手を出さないと誓いながら。
●甘い幸せ【8/9】
「おかしいにゃ」
司会の指人形の呟きに、サフィーのカレーを美味そうにぱくついていた勇太が目を瞬かせた。
「なに? 何かおかしな事でもあった?」
ソレを平然と食うお前からしておかしいわッ!
‥‥などと言うツッコミはこの際横に置いといて。
「なんか‥‥足りないよーな気がするのはサクリャちゃんの気のせいか?」
「ふえ?」
スプーンを咥えて、勇太は首を傾げた。お行儀が悪いと拳骨を食らいかねないが、今日は師匠がいない。今更、それくらいの事で目くじらを立てる者もいない。
「そういえば‥‥何か食べ足りない気が‥‥」
まだ食う気か!?
会場の誰もが、喉まで出かかった言葉を必死に押し留める中、ぽん、と勇太が手を叩く。
「ことりさんのオムレツとプリン、まだ食べてないや」
「オマエの認識は食べ物基準にゃか‥‥」
普通は1人足りない事を指摘するだろうと呆れを滲ませた指人形。だが、司会者の分際で参加者を今の今まで忘れていた人形に勇太を責める資格などない。
もっとも、純真な勇太は非難された事にさえ気づきもしないのだが。
「あ〜あ、楽しみにしていたのになぁ‥‥ことりさんのプリン‥‥」
「‥‥‥‥‥すまない」
突然に掛けられた声に、勇太と指人形は飛び上がった。
「び‥‥びっくりしたぁ」
ドキドキと飛び跳ねた心臓を押さえて振り返った勇太は、流れる銀の髪に顔を輝かせる。
銀の髪=ことりさんのプリンを作ってくれる人。
現在の勇太の認識はその程度である。
「その‥‥料理は間に合わなかった」
よもや、そんな図式が少年の頭の中にあるとは思いもしないのだろう。
リタは申し訳無さそうに俯いた。
「にゃ? なんでにゃ? 時間はいっぱいあったハズ‥‥」
作業場は数日前から参加者に開放されていたし、今日も早朝から作業場へ向かうリタの姿が目撃されている。はて? と頭を捻った指人形に、リタは居心地悪そうに視線をそらし、癖のない銀の髪を背中へ流す。
「そんなぁ〜‥‥楽しみにしてたのにぃ〜」
あからさまに落ち込んだ勇太に慌てたのはリタだ。これほどまでに自分の料理を待っていたのかと申し訳無さに加えて罪悪感まで抱いてしまう。
−それもこれも、アイツのせいだ!
邪魔をしてくれた男に心中毒づいて、リタは勇太を慰めるように言葉を紡ぐ。
「あ、ああ、そうだ! プリンだけなら完成しているんだ」
「ええ!? ホント!?」
現金なまでにころりと表情を変えた勇太に、リタはああと頷いて後ろを示した。
「ほら、あそこに」
リタの視線を追った勇太の目に映る、ふるふると揺れるクリーム色の山。カラメルの掛かったそれは、勇太の故郷、日本を象徴する山の形をしていた。
ふらふらプリンに近づいて、勇太はぺたりと床に座り込んだ。
「どうした?」
尋ねるリタを、勇太は瞳を潤ませて見上げる。
「し‥‥幸せってこんな形してるんだねッ」
「‥‥そ‥‥そうか?」
リタが戸惑ってしまうぐらい、体中で喜びを表現した勇太は、床に倒れる結花の体を揺さぶった。
「ねえねえ、ことりさんのプリン、食べる?」
「のーさんきゅー」
うぷ、と口元を押さえて呻く結花の様子など目に入っていないらしい。嬉々として、勇太は次の参加者に尋ねる。
「ねえねえ、ことりさんのプリン、食べる?」
「綺麗なお花畑ね‥‥おじーちゃん‥‥」
マリーの意識はアチラ側に行ったまま、戻って来てはいないようだ。
滲み出る嬉しさを隠す事なく、勇太は倒れている最後の人物、宿敵たるスフィンクス伯爵を突っついた。
「ねえねえ、ことりさんのプリン、食べる?」
「‥‥‥‥」
答えはない。
ただの屍のようだ。
勢いよく、勇太はカレー鍋を掻き回しているサフィーを振り返った。
「サフィーちゃんは? 食べる?」
「え? あ、うん。でも、いいの?」
いいよ、と勇太は上機嫌でサフィーにスプーンを差し出す。
「こんなに大きいんだもん。少しぐらい分けてあげるよ!」
「ありがとう☆」
独り占めする気満々だったな。
その場にいた者達の心の声に気づきもしないで、勇太とサフィーは美味しそうに程良い甘さのプリンを堪能したのであった。
●勝負の行方【9/9】
「む?」
きょろきょろと、司会の指人形は舞台の上を見回した。
倒れ伏しているのは結花とフィンとマリー。
料理が間に合わなかったリタは棄権扱いとなり、残っているのは心底幸せそうにプリンをぱくついている勇太とサフィーだ。
「むむむ?」
腕を組み、指人形は唸った。
これは、どう決着をつけるべきか。頭をぐりぐりして瞑想する事数十秒。
澄んだ鐘の音が聞こえそうな仕草で、人形は短い手を挙げて一声叫んだ。
「ヒラメいた!」
怪しげな笑い声を響かせ、指人形はたっぷりと勿体つけて観客を見渡した
「‥‥何が閃いたんだ?」
叫んだ後、一向に喋る気配がない司会者にリタが尋ねる。
「んんん〜?」
睨め付けるように下から見上げて来る人形に不気味さを感じ、リタは1歩後退った。
「だから、一体何が閃いたんだ?」
「駄目にゃ! もう少し溜めないと、ミノしゃんに怒られるにゃ」
「‥‥誰だ、それは」
リタの問いに答えず、指人形はぐるりと会場を見回して大きく息を吸い込む。
「勝者、勇太〜〜〜っっ!!」
「ほえ?」
口の端にカラメルをつけた少年が、いきなりコールされた自分の名前に食べるのを中断する。何も分かっていないらしい勇太を放置して、司会者は判定の説明を始めた。
「STUDY! この大会は大食い大会! 最後まで残った2人のうち、より多く食べて尚且つサフィーしゃんのカレーも平らげた勇太を勝ちとするにゃ〜っっ!!」
会場にどよめきと拍手が起きる。
勇太の食欲魔人っぷりを見せられた観客にも異存はないようだ。
「勝った勇太には、キング オブ 胃袋の称号が贈られるにょッ!」
もし自分が勝っていても、その称号だったのだろうか。
それは嫌だと、リタは棄権扱いになった幸運を内心喜んだ。
「えーと」
そして、栄えあるキング オブ 胃袋となった勇太は
「これで終わりなの?」
と、些か不満げである。
「ほりゃ、キング オブ 胃袋! 何か一言言うにゃ!」
「すみませーん! 余った料理、このタッパーに詰めてくださーい!!」
まだまだ食べる気十分の勇太に、司会者、参加者を含めて会場中が笑みを浮かべたままで凍り付いた。
「そんなモン持って来とったんかーいっ!」
鞄の中から出て来る容器に、とうとう切れた司会者が優勝者の頭にハリセンを打ち下ろす。小気味良い音が、会場に響き渡った。
観客達は、解凍される前に起きた司会者の暴挙に青ざめた。
いくらなんでも、これには勇太も怒るに違いない。
次に訪れるであろうヴィジョン召喚の乱闘騒ぎを覚悟して、彼らは固唾を飲んで勇太の反応を見守った。だが。
「ウン。だって、夕飯のおかずになるでしょ? あ、ししょーッ!! これで今日の晩ご飯代が浮いたよーッ!!」
ぶんぶんと無邪気に手を振る勇太。
ちなみに、彼の師匠はこの場にはいない。
何を見て、どこに向かって手を振っているのか。甚だ謎である。
初代キング オブ 胃袋、広瀬勇太12歳。
職業、地球人の探偵見習い。
果たして、彼に挑む挑戦者は現れるのか。
そもそも、この大食い大会に2回目はあるのか。
優勝者は黙して食うのみであった‥‥。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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0520 / スフィンクス伯爵/男/34/ネコネコ団総帥
0914 / 藤木結花/女/17/オルテリアの守護士
0930 / リーズレッタ・ガイン/女/21/シャルパンティエ夫人
1182 / マリアンヌ・ジルヴェール/女/14/天界の大魔法使い(自称)
1795 / サフィーア・ヌーベルリュンヌ/女/18/貴族の娘
2396 / 広瀬勇太/男/12/探偵見習い
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■ ライター通信 ■
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この度はご参加ありがとうございました。
長らくお待たせして申し訳ありません。大食い大会本戦がようやく開催される事になりました。
優勝者は‥‥本編にてご確認下さいませ。
例によって例の如く、今回もいくつかのパートに分かれておりますので、繋ぎ合わせて読んで頂ければ幸いです。
皆様、いずれも劣らぬ強者ばかりで、桜はにんまりと悪人笑いをしつつ戦いを見守らせて頂きました♪
☆勇太くんへ
おめでとうございます。
「キング オブ 胃袋」の称号が大食い大会実行委員会(サクリャ)より贈られました。
銀の皿が曇ったカレーでさえも平気な勇太くんって一体‥‥?(笑)
なお、この後、残った料理を夕飯のおかずとして持ち帰った勇太くんは、師匠からお説教を食らったであろうと思われます。
底なし胃袋少年を養うお師匠様に合掌。
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