<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
【奪われた竪琴を追え】
「こんにちは……」
明らかに沈んだ声で来客があった。給仕に忙しいルディアが振り返った先に、カレン・ヴイオルドがいた。
「いらっしゃいですカレンさん。……あれ、竪琴はどうしましたですか?」
「……奪われてしまいました」
絶句するルディアに、カレンは涙ぐみながら語った。
吟遊詩人として次第に名声が高まっていくカレン・ヴイオルドである。彼女の持つ竪琴が価値のあるものと認識されるのは当然の流れといえた。カレンとて無用心だったわけではない。人気の少ない場所には決して寄り付かなかったし、最近はボディーガードを雇っていた。しかし犯人はそのボディーガードを倒して強奪していったのだからどうしようもなかった。
「他の方に聞いた結果、犯人は近頃幅を利かせている盗賊集団とわかりました。アジトも突き止めました。でも彼らは恐ろしく強く、これまでに被害に遭って奪還に向かった者はことごとく返り討ちにあったそうです。今や誰もそこには向かわないらしく……」
ルディアはとうとう泣き出したカレンにハンカチを差し出す。
「わっかりました。冒険者の皆さんお願いしますです!」
いかなる時も焦らないのが一流の冒険者の証である。アジトがわかっている以上、充分に作戦を立ててから向かったほうがいい。全員の意見はそう一致した。軽食と飲み物を囲みながら、彼らは店の隅で話し合う。
「問題は見張りをどうするのかですよね」
アイラス・サーリアスが発言すると、山本建一も思慮深く言う。
「闇雲に突入するのではすぐに知らされて、外でやりあっている隙に裏口から宝を持ち逃げ……とかされる恐れもあるでしょうね。あまり興奮させると竪琴を破壊、なども」
「そうですね。意外と難しいことになりそうですか」
紅乃月雷歌は腕を組んで考え込む。すると、レピア・浮桜が挙手をした。
「あたしに考えがあるわ。とてもいい案だと思うんだけど」
涙を流すカレンを見かねて参加することにした彼女である。心の内は怒りに燃えていたが、やはり冷静に頭を働かせていた。
彼女の案には皆がすぐさま同意し、その大胆さに感心した。
昼間石化するレピアを盗賊たちに売ってしまうのだ。彼女を宝物庫に入り込ませたら日が沈むと同時に竪琴を確保。そしてアイラスたちが突入する。――要は騙す。相手は悪党である。いくら罠にはめようと、何ら良心の呵責に囚われることもないわけだ。
翌日、昼過ぎになってから一行は出発した。
アイラスたちはカレンに渡された地図と美しい形で石化したレピアを携え、借りた馬を走らせる。向かう先はエルザード郊外の森の奥深く。そこは昔何かの工場だったらしいが、業務がうまくいかなかったのかいつしか廃墟になった。盗賊は打ち捨てられるままだったその廃墟をそっくりアジトに改修してしまったらしい――カレンが語っていた『被害に遭って奪還に向かい返り討ちにされた者』の談である。
これまで、殺された被害者はない。つまり盗賊は滅多やたらに殺しは行わないらしい。となればなるべく穏便に済ませたいというのが、一同の共通した思考だった。穏便といっても、もちろん痛い目に遭ってもらうことに変わりはない。人々の大切な物を盗むなど、決して許せぬ蛮行である。二度とそんな気を起こさぬようにする必要がある。
目的の森に入った。雑草を掻き分け、陽光が零れる木々の合間を進んでゆくと、やがてうらぶれた灰色の建物が見えてきた。2階建ての建物で、それなりに中は広そうだ。
入口には案の定、見張りがいた。腰に剣を下げ、視線は油断なく周囲を見渡している。見張りはすぐに馬を止めたアイラスたちに気づいた。彼は怪訝全開の表情で歩み寄ってきた。
「おい、ここがどこか知っての来訪か?」
「怪しい者ではありません」
「私たちは旅の商人です」
アイラスと建一が和やかな顔で言って馬を下りる。雷歌も下馬すると背負っていたレピア像を降ろす。
「これを、皆様に買って頂きたいと思いまして」
雷歌がそれを恭しく地に置く。見張りの目に麗しいフォルムの石像が飛び込んで唾を飲み込ませた。
彼は少し待てと言い置いて、建物の中へ入っていった。しばらくすると男をひとり連れて戻ってきた。長身で肉の締まった体格。悠々とした髭面で、眉間の皺が深く刻まれている。風格があった。おそらく頭領なのだろう。彼はすぐに言った。
「なるほど、このような美麗な石像は他に見たことがない。特別に買ってやろう」
商人を装った冒険者たちは笑顔で礼を述べた。作戦が成功し、心の中でも愉快に笑っている。
「しかし、これほど素晴らしい物をたかが旅の商人が持っているはずはない。お前らも盗賊なのだろう、うん?」
頭領は豪快に笑った。
日が暮れた。帰ったと見せかけた偽商人――アイラスと建一は、入口がよく見える場所に隠れてじっと雷歌の合図を待っていた。
雷歌は吸った者をパニックに陥れる霧醒粉を風上からアジトに流し、まず撹乱させると提案した。自分自身は後方から侵入して、花火で合図する手筈になっている。
西の空を見た。日が暮れる。もうレピアも目覚める頃だ。
パアアアン!
「ん、何だ?」
さすがに不審に思ったのか、見張りが中へ戻っていく。
それと同時に、アイラスと建一は誰もいなくなった入口から、いよいよ突入した!
金にモノをいわせたのだろう、工場の内部は絢爛な大広間に改装されていた。高価な美術品らしい絵画や像がそこかしこに置かれている。その中央で、
「こら、見惚れてねえでさっさと捕まえろ!」
「だってお頭、なんか体の調子がおかしくて……ぎゃあ!」
喧騒が聞こえる。悲鳴と怒号。倒れる男たち。その向こうに、竪琴を抱えたレピアが迫り来る男たちにキックを連発している。雷歌が立て続けに鋼矢を放ち、1本も外すことなく相手の剣を落としていく。青と赤の美女の共闘は、確かに見惚れるものがあった。
霧醒粉で混乱する盗賊たちはさらに焦燥した。いつの間にか侵入してきた男たち。背後から恐ろしい速さで接近され、殴り飛ばされ蹴飛ばされる。
「お待たせしました!」
アイラスが大声を上げる。レピアが手を振った。
「レピアさんは竪琴を第一に守ってください。あとは僕たちがやっちゃいますので」
「うん、よろしく」
レピアは竪琴を胸元でギュっと抱きしめると、人の間をすり抜けるように走った。当然盗賊は追いかけるが、ことごとくアイラスに急所を殴られる。運良く鎖でレピアの腕を捕まえた者があったが、雷歌の矢に断ち切られた。
「貴様ら、俺らをはめやがったな」
今さら気付いた頭領がたどたどしく喚き散らす。体はフラフラだ。そんな頭領の前に、建一が容赦なく立ちはだかる。
「覚悟はできましたか」
いつも柔和な建一が憤怒の表情である。部下の手前、精一杯強がりながら、頭領は幅広の刀を抜く。
「何だ小僧、そんな顔して変なものでも食ったか」
「調子に乗りすぎですよ。カレンさん……いえ、今まで被害にあった方の分も痛い目に遭ってもらいます」
頭領は建一の首を一気に撥ねるつもりで、刀を横に振るった。建一は難なくバックステップで避ける。頭領が構えなおす間に。
懐に入り込み、みぞおちに肘と膝を浴びせた。さらに水の精霊杖を突きつける。
先端から光が膨張する。鋭い高音が響いた。頭領の体は見えぬ力に引かれるように、前方に飛ばされて壁に激突した。一瞬の早業だった。
頭領は痙攣していたが、ピクリとも動かず気絶した。静寂が訪れた。
「レピア様、もう走らなくてもいいですよ」
雷歌がそう言うと、
「あれ、もう終わっちゃったんだ」
建物を出る直前だったレピアは振り返って、累々と横たわる男たちを眺めた。
こうして、構成数20を数えエルザードを震撼させた盗賊団は、たった4人の冒険者に壊滅させられた。その功績により後日4人は城から表彰されることになるが、それは別の話である。
■エピローグ■
竪琴は建一の手でカレンに返された。同じ吟遊詩人として、友人として、カレンの気持ちをよくわかっていた。だから嬉しそうにこう言う。
「取り戻せてよかったですね」
カレンは涙を浮かばせ、微笑んだ。
「感謝します、皆さん……」
そこへ笑顔のエスメラルダがやってきた。
「それじゃ、みんなへの報酬にやってもらおうかしら?」
もちろんカレンの歌声と演奏である。取り戻された竪琴はカレンの指が待ちきれなかったかのように美しい旋律を奏でた。踊り子のレピアがそれに合わせて舞うと、黒山羊亭はいっそう盛り上がった。
最上のワンステージが終わった。カレンはアイラス、建一、雷歌に順々に握手をして改めて感謝を示した。レピアには火照った頬にキスのプレゼントをしてあげた。そして竪琴を抱きしめて言うのだった。
「もう絶対に、この竪琴は奪われはしません。こんなに素晴らしい皆さんに、また迷惑をかけたくないですからね」
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】
【2399/紅乃月雷歌/女性/276歳/紅乃月】
【0929/山本建一/男性/25歳/アトランティス帰り(天界、芸能)】
【1926/レピア・浮桜/女性/23歳/傾国の踊り子】
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■ ライター通信 ■
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silfluです。このたびは発注ありがとうございます。
自分がカレンを書くと、ことごとく不幸な出だしですね(笑)。
でもこんなに冒険者が集まってくれるとは、彼女は幸せ者です。
それではまたお会いしましょう。
from silflu
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