<PCクエストノベル(1人)>


時越の扉 〜ルクエンドの地下水脈〜

------------------------------------------------------------
【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】



------------------------------------------------------------
 水の渦巻く、地下水脈。
 決して枯れることなく、滾々と湧き出る清冽な水は、壁に穴を穿ち、長い長い年月を経て入り組んだ迷路を作り上げた。――それは、まるで神の悪戯のように、『その先』を求める者たちを誘い、迷わせ、そして二度と覚める事の無い眠りを与え続け。
 そうして出来た伝説には、異界への扉や、地底に広がる湖の噂などがある。かく言うオーマ・シュヴァルツ自身も、何度か単体で、あるいはパーティを組んでやって来たのだったが…。

*****

オーマ:「……んん?」
 今日は何処のイロモノに会いに行くか、そんな事を考えつつ歩いていたオーマの足がぴたりと止まった。
 ふと流れた風に、名を呼ばれた気がしたからで。
 足を止め、どこからか流れてくる、気になる『声』に、じ、っと耳を澄ます。

 ―――マ

オーマ:「何だ?」

 はっきりと聞こえている訳ではない――いや、それどころか言葉なのかさえも分からない。
 だが、妙に心騒ぐ『声』だった。

 ――オ――――――

 聞こえる方向は何となく分かる。何故なら、その方向から、声とは別に、やはり誰かを招くように緩やかな波動が、ひたひたとオーマに押し寄せて来ていたからだ。
 ほとんど消えかけのそれを掴むように、手を当ててきゅっと握り締めると、オーマは躊躇うこと無く自らを呼ぶものの所へと足を勧めた。

*****

 着いた先に見えるのは、川に囲まれた島と、いくつも見える穿たれた穴。
 入り口に着くと、最初気付いた時よりもずっとしっかりした声と波動の両方から招かれ…ふうむ、とオーマがわざとらしく腕を組む。
オーマ:「お。もしかして俺様、ここのヌシに呼ばれたのか?」
 …そんなものがいるのだろうか。
 それはともかく、
オーマ:「そーかそーか、そんなラブコールを受けとっちまったらしょうがねえなぁ」
 納得したのか、にんまりと笑みを浮かべると、いくつも存在する迷路にきょろきょろと目を向けた。
 自然、身体が、足が向かう方向はすぐに分かった。
オーマ:「入り口まで連れて来ておいて、ゴールで待ってるっつうのも魅力的だが、こうして強力なお誘いのもと連れて行かれるのも悪くないなぁ」
 その先で待ち受けるものが何なのか、オーマに分かる筈は無い。
 だが、いかにも不思議な呼びかけを無視する事など、オーマの性分から言ってあり得ない事だった。こうした怪しい誘いに応じて行ってみれば、罠たっぷりのダンジョンが控えていたとしたら、その先に何が待つかはともかくとして、オーマ自身は嬉々として中へ踏み込んで行っただろう。
 スリルを求める事。
 それが、オーマにとっての楽しみのひとつだったからだ。

 ―オ――――マァ――

オーマ:「はいはい、今行くぜ、っと…」
 断続的に続く呼びかけは、次第に耳に聞き取れるようになってみれば、最初感じた通り、何度も何度もオーマの名を呼び続けていた。細く、長い声は意思をあまり感じさせず、繰り返し、繰り返し、1人の男の名を音に乗せている。
 懐かしさを甦らせるその声に、聞き覚えは、無い。
 行ってみれば分かるだろうとの考えでいるだけで、行ってみてもそこにいるのが誰か分からないのであれば、いっそ知り合いになった上一気に腹黒同盟御1人様ご入会〜、とまで考えてはにやりんと堪えきれない笑いを漏らしてみたりしている。
 入り組んだ道を、てくてくと歩きながら。壁に手をつくとじめっとした冷たさが、水脈が確りとここにある事を伝えていた。
オーマ:「こりゃ大変だな…入り口からここに来るまでの道、覚えられねえぞ」
 いくつめの枝分かれを過ぎただろうか。手の平大の蠢くムラサキ色の『何か』を具現能力で生み出しては、ぺたりと目印代わりに壁に貼り付けて先へと進む。こうでもしなければ、まさに迷路状に入り組んだ地下水脈は、簡単に地上へ帰る事も覚束なかっただろう。
 道は時折、思いも寄らない激しい段差をつけて下へと降りていたり、天井にも穴が開いてそこから水が滴り落ちていたりする。その中を、少しずつ強くなる気配に導かれ、決して楽ではない道を越えて降り立ったそこは――。
オーマ:「…なんだぁ?行き止まりかここは」
 おそらく、柔らかな部分のみを水が掘り進めて行ったのだろう。オーマがぺたぺたと触れる壁は巨大な岩の一部らしく、その足元に通じている水の流れは、岩の脇に細い道を作っていた。
 今からここの通路に新たな道が出来るようになるまでは、人の世界で幾世代が交代すれば良いのか分からない程、長い時間が必要に違いない。
 とはいえ。
オーマ:「俺様、そこまで辛抱強くないんだが、というか――」
 ぽつ、とオーマが言葉を切った。…触れた壁の感触が、先程まで触れていた『もの』と成分が変わったのか、と思うくらい変化していたからだ。それは、白々とした岩から、塗りたての漆喰――いや、粘度の高いミルク並の柔らかさを持ち。
 ずぶり、とその腕がオーマを飲み込んだ。
オーマ:「――呼びかけは――この中か!」
 巨岩とオーマが見た、行く手を塞いだ壁。
 抗い難い呼びかけは、その中から、強烈にオーマへと送られてくる。
オーマ:「―――」
 飲み込まれた腕を引き戻すと、その手は触れる前と同じく、何処にも汚れは付着していない。と言う事は、身体ごと入っても、オーマ自身に影響は無さそうだ――そんな事を考えながら、その白い壁を見る。
 見た目は只の岩のようだが、それはすでにオーマを待ち受ける何かでしか無く。
オーマ:「ラブラブなアプローチだけして、入るは俺様の自由――か」
 呼びかけの中心部に行くには、オーマ自身の意思を持って来い、と言うことらしい、と判断したオーマは。
 一度だけ、軽く呼吸を整え。
 ごく自然な足取りのまま、唇には挑戦的な笑みさえ浮かべて岩の中へと進んで行ったのだった。

 その、ほとんど直後、

オーマ:「――――!?」

 光と共に、絶大な喪失感がオーマの身体を包み込む。
 何もかもが失われる――全て、砂のようにさらさらと零れ落ちて行くような――

*****

 違和感と、喪失感と――安心感と。
 それらをぐちゃぐちゃに混ぜて焼き上げたら、今のこの身体を形作れるかもしれない。
オーマ:「………」
 不意に、ぱちりと目が開いた。
 全身がぴりぴりと神経痛のような、気持ちの悪い痛みと、かすかな吐き気を覚えながら横たわっていた身体を起こし。
 強力な魔力に浸された後の感覚に似ている、そんな事を思いながら乱れているであろう髪を掻き上げようとして、その手がぴたりと止まった。
オーマ:「嘘だろ、おい…」
 風が――懐かしさと悪意を含んだ風が、オーマの居る事に気付かぬように通り抜けていく。
 不毛の大地、淀み、異形の生き物が住まう海。
 毒素で満たされた空気が、怨嗟の声を風に乗せて運び、それを糧に生きるモノらが肥え太る、地。
 顔を上げれば、遥か上に――宙にゆったりと、大地にその姿を見せ付けるように、宙に浮く大陸が見えた。

 間違いない。

 ここは、浮遊大陸――オーマが居た頃のままに、悠然と空に浮く、異世界の、いや…『オーマの居るべき世界』だった場所だった。
 それにしても、と実感の沸かない大地の感触を足でとんとん、と踏みながらオーマが思う。
 どう表現したらいいのか分からない、もやもやした違和感に包まれたまま、とりあえずはあの場所へ向かわなければ…そう思った、その時。
 何か黒いモノが、浮遊大陸の端から飛び出して来た。

*****

 流石にここからでは、いくらオーマの目が良くとも見る事は出来ない。何気なく双眼鏡か何かを具現化させようとして、その手に何も浮かんで来ない事に気付き、愕然とする。
オーマ:「どう言う事だ?出来ないっつうのは…」
 再度、今度は意識を集中させてみるのだが、いつもの具現化の兆しはまるで現れず。
 そうこうするうちに、今度はその影を追うように、3つの影が同じく大陸の淵から飛び出して来た。
 ――ぃぃぃぃ
 黒い影が、吠えたのだろう。遠いながらも、遮るもののない大地にまでその声は響いてくる。
 そして、空中で数度、光が交錯し、

 いぎぃぃぃぃぃぃっっ!

 歪な声を上げながら、影が、いや、巨大な竜のようなモノが落ちてくる。どおお…っ、と地響きを立ててオーマの目の前に落ちてくるそれは、腐食ガスでも浴びたのだろうか、みるみるうちに骨となり、大地と同じ色に染まって行く。
???:「おう、見事に骨になっちまったな」
 骨に見とれている間に、その3つの影も降りてきたらしい。思いがけず近い所から聞こえたその声に、勢い良く顔を上げて――そして、目を見開いた。
 肩に、身長以上に長い銃をかけ、空いた片手でその長身を支える1人乗りの飛行機械を操りながら、致死性の重いガスの上に浮く、男。
 服のセンスは今と左程変わらない。だが、黒髪のその姿は、『もう1つの姿』を現す時には今よりも遥かに大きな代償を必要とする筈で――
???:「まあったく。これでアンタの尻拭いするの何度目よ?分かってるの?いくら卵が孵った時目の前にいたからって、『コレ』はペットになるようなものじゃないんだからね?」
???:「ご、ごめん…で、でもさ、生まれたばっかりの時って可愛かったんだよ?きみらだって、可愛いって言ってくれたじゃないか」
???:「あれはあーれ。だからって飼い主を餌と間違えるようなペットを認めたわけじゃないわよ。そりゃ確かに産まれたての雛はふわふわで可愛かったけど」
???:「わはは。お前の負けだ負け。っつうか、いい加減そう言った変なモン拾って来るの、考えた方がいいぞ?」
 にやりにやりと人の悪い笑みを浮かべながら、笑顔で怒ってみせると言う器用な真似をする若い女性に言い込められて、おそらくこの骨の元に突付かれたのだろう、ぼろぼろの服と髪の若い男が曖昧に笑う。
???:「さあ帰りましょ?――こんな場所、美しくないわ」
 くいっと顔を上に上げて、女が艶やかに微笑む。
???:「う、うん、――っとととと」
 慌てて方向転換しようとして、思い切りバランスを崩し、機体から落ちようとする所を、
???:「ほら」
 ひょいとその倒れ掛かった男をその腕に抱きとめ、元に戻してやる――いやと言うほど見慣れたその顔は、
オーマ:「…俺…だよな」
 ぼそりと、意識しないまま呟いてしまう程の、衝撃だった。

*****

 『ここ』が過去の世界と分かるには、そう長い思考を必要としなかった。
 その理由のひとつは、『オーマ』と一緒にいた若い男女の姿。あの頃、友人と呼べる存在はその2人以外にはおらず、そしてまた――オーマがオーマたる所以でもある『ヴァンサーソサエティ』、そう言った名で呼ばれる機関が存在していない事がすぐに分かったからだった。
オーマ:(――と、なると…ゆうに8000年は前ってことか…)
 8000年。
 今更ながら、どれだけ膨大な月日を費やしてきたのか、しみじみと思う。
 あの頃は。
男:「…このままじゃ、いけないよね」
女:「分かってる。分かってるけど…まだ人手も何もかも足らないわ」
オーマ:「何。俺様1人でも十分役に立てるさ。そうだろ?後はお前さんたち2人が協力してくれるだけでいい」
女:「――ほんとうに、いつも自信たっぷりね。それに実力が伴うんだから世の中分からないわ」
 くすくすと女が笑う。
 夕暮れ、それぞれが仕事を終えて集まるのはいつもその時刻。

 ロストソイル――

 この大陸が、孤独な飛行を続けざるを得ないのは、災厄の二つ名であるある現象が起こったからだった。
 それまで肥沃な地で恵みを得ていた人々は、ロストソイルにより死しか生み出さなくなった大地に、海に絶望し、唯一の逃げ場である中空――それも、尋常ではない高度まで自らの住み処を移動させねばならなくなった。
 つまり、大地にへばりついている山々よりも上、死の雨を降らす雲よりも更に上に。
 大地との鎖を断ち切って空へと飛び出した大陸は、それでも生き残った人々を全て乗せきる事など叶う筈も無く――残された人々は地に血の涙を流し、悠々と自分たちだけ安全な場所へ逃げ去った大陸を、死ぬまで…いや、死んでも許す事無く、死したる大地より見上げ続けていた。
 ひとまず災厄は去ったと、持てる科学力と異質なる力を結集させて大陸を浮かばせた彼らの安堵の息は、やがて再び悲鳴と沈黙にかき消される事になる。
 それは、大地に取り残された人々の呪いのように感じただろう。
 突如現れ、見境なしに街を、空飛ぶものを叩き落そうとするかのように暴れ始めたウォズと言う謎の生物。
 『優れたもの』として選ばれ、空へと移動する権利を得たと思い込んだ一部の人々による確執と権利争い。
 家族を捨てさせられ、自分ひとりの命のみで上へ上がってきた者の反発と、各ブロックで増え続ける犯罪、テロ。
 力でもってしても心まで押さえつけられないのは世の常だが、この『楽園』とはじめ銘打った大陸は、今や空飛ぶ地獄へと化していたのだった。

オーマ:(俺と同じ『力』を持つ仲間と出会ったのも、この頃だったか――)

女:「近いうちに出来るわ、きっと――そう信じてる」
男:「そうだね。きみがそう言うなら、間違いないよ。そうだろ?オーマ」
オーマ:「あん?そうだな。我らが姫君なら、この大陸を掌握するくらい朝飯前だ。俺様が保障する」
女:「またそういう人聞きの悪いこと言って――」
 偶然にも、同じ力を持つ者同士知り合ったその時から、こうして交際を繰り返し、繰り返し、いつかはウォズを退治する機関を作るのだと決めていたのだ。
 彼らが居心地の良い自分の居場所に身を置きながら話しているのを、部屋の片隅…壁に寄りかかりながら、オーマが眺めている。
 そう、ヴァンサーソサエティはこの後誕生した。
 だが、今はまだ――夢物語でしかなかった。

*****

女:「右に回ったわ!」
オーマ:「了解――」
 ここに来て、何日目になるだろうか。相変わらず日を置かずに襲い掛かってくるウォズの対処に飛び回る3人――中でもオーマの戦闘は、『今』のオーマを知る者から見れば、戦慄せずには居れなかったかも知れない。
 今も、
オーマ:「遅い」
 ぼそりと呟いた次の瞬間、すでに照準を合わせていた巨大な銃から、数百発のマシンガン並に打ち込んでいく。それも、一発一発がミサイル並の威力を持ち、その上弾に目でも付いているのか、軌道を変えながら、のた打ち回る敵に全て被弾させ。その弾の当たり具合から急所を見抜くと、間髪入れず新たな弾を今度は集中的に、その皮膚を引き裂き身体の中を蝕むように撃ち込んで行く。
男:「駄目だよオーマ、それ以上は――!」
 ウォズの死を目前に男がオーマを牽制するように声をかけ、だが――オーマは最後の一発をその体内に穿った所だった。
 瞬間。
 ウォズの身体の中から光が溢れ出し――その光が収まる頃には、ウォズもその姿を消し去っていた。
女:「…弾に封印を施してたのね?」
オーマ:「ああ、死ぬ間際に発動する仕掛だ。ヘマはしねえよ」
 『敵』に対しては無表情でことにあたっていたオーマが、2人を振り返りにっと笑う。
男:「焦らせることないじゃないか。せめて俺たちに仕掛を教えてくれたって…」
オーマ:「わはは、すまんすまん。まあ片付いたんだし、良しとしてくれや」
 ばんばんと背を叩かれて、青年が痛い痛いと半泣きの声を上げ、やれやれ、と自然な動作で肩を竦めた女がふっと小さく、呆れたような笑みを浮かべた。

*****

 力を使えない理由が何となく分かって来た。
 今のオーマは、過去には存在しない8000年後のオーマである。だから、この時代にオーマが居る事はあり得ないし、存在しないのなら力が使える筈も無い。
 時間が経っても腹も減らず、眠くならないのもそのせいだろう。
 そして、目の前の3人にも、オーマの姿は見えていない――当然だろう。過去に、オーマが自分に会った事は無いからだ。
 だとすると。
 誰が、一体、何のために、オーマをこの世界に呼んだと言うのだろう。何の目的があって?
オーマ:「おまけにいつまでここに居ればいいんだか。過去の俺様が今の俺様に負けないくらい強かったって、そんな事くらい分かってる」
???:「そうかな?」
オーマ:「!?」
 初めて。
 オーマの呟きに反応する声があって。
 驚いて身体を起こしたオーマと、目を合わせた人物が、ひとり。
『オーマ』:「本当に、今の『おまえ』が『俺』より強いのかな?」
 落ち着いた物腰。揶揄を含んだ目元、口元。
オーマ:「はぁん?当たり前に決まってんだろ?」
 対するは、にやりと大きな口に嬉しそうな笑みを浮かべ、むん、と胸を張る親父。
オーマ:「俺様、完全体だぜ?まぁだ『代償』の大きすぎるその身体にゃ負けやしねえ。…つうか、招待くれたにゃいいけどよ、何のつもりだ?こんなトコに呼び出しやがって」
 ふう、と目の前の『オーマ』が、わざとらしい溜息を付いて立ち上がる。そして優雅な手つきで一礼すると、その大きな手で、ばッ、と幕を引くように大きく腕を振って見せ――
『オーマ』:「こんなトコ、か。元々おまえの存在した世界に戻るのは、そんなに嫌だったかな。ああ、心配せずともいい。どうせこの身体は何が起きたか知らないからな…それに、幸いなことに『ここ』は過去でも未来でもない。単なる時の狭間だ」
 ここなら誰が同時に存在しようが、意味を成さない。おまえの具現能力も、問題なく使える筈だ、そう『オーマ』が呟く。
『オーマ』:「ひとつ、質問しよう。返答次第では、ここで決着をつけてもいい」
オーマ:「ああ、どうぞ?将来の腹黒同盟総帥さんよ。好きなだけ現総帥に質問してみやがれや」
 わはは、と実に楽しそうに笑うオーマに、『オーマ』が、どういうわけか一瞬瞳を和らげ、そして再びふっと目を見据えた。
『オーマ』:「聞こう。過去のおまえは戦う事に対し非常に貪欲だった。『代償』すら厭わず常に最大限の威力を求めて戦っていたと言っていい。ある意味、無駄なくらいな――今は、どうだ?年を経て手に入れたのは、緩んだ代償のみか?それとも――戦いの心そのものまで緩んでしまったのか?」
オーマ:「………」
 すぅ、と『オーマ』の目が、細められる。
『オーマ』:「腑抜けになってしまったのか、と、聞いている」
オーマ:「腑抜けか。そう見えたのなら、それも良いかもなぁ」
『オーマ』:「…それが、今のおまえの、本心か」
 抜き手も――いや、具現化のタイムラグすら感じさせず、手元に小ぶりの、だが殺傷力を秘めた銃を手に『オーマ』が呟く。
オーマ:「そうだな。なぞなぞをひとつ、やってみようか」
 くるくる、と人差し指を顔の横で回して見せると、オーマがにぃ、と笑う。
オーマ:「獲物を捕らえるのには、どちらが難しいか――ひとつ。息の根を止める事。もうひとつ――」
 バァン、と『オーマ』の手元の銃が音を立てた。が、まっすぐに心臓を捉えた筈のその銃弾は、オーマの胸の皮膚を突き破る前に、ムラサキ色の蠢く謎のモノに行く手を塞がれ、火薬の代わりに篭められた極小にまで圧縮させた強大な魔力の塊を内部で弾けさせて、その役目を終えて消えていく。
オーマ:「生け捕りにすること」
 オーマの指先から放たれた、糸のように細く鋼のように強い紐が、『オーマ』の両腕を捉えて手の甲を合わせた形で拘束する。そうしておいてから、男の持っていた銃を自分の手に取り、ぽん、と空いた手で『オーマ』の肩を軽く叩いた。
オーマ:「どうだ?答えは、見つかったか?」
『オーマ』:「…わかりやすい、『答え』だ」
 さらりと腕を動かすだけでぱッと紐が外れ――具現化を弾けさせたわけではなく、ただ、最初から紐も何も無かったような仕草で元の姿勢に戻すと、
『オーマ』:「変わってしまったのかと、思っていたが…違ったようだ」
オーマ:「ふっふっふ。そう簡単に変わるようなら腹黒でなんざいられねえのさ。ま、お前も早く俺様のような超絶イロモノ世界を目指して早くやってくるがいいさ。…どうせたかだか8000年だ。欠伸をしてる間に追いつける」
 本来なら合い間見える筈の無い、過去の自分に対しさらりと無茶な事を言い、
オーマ:「まあ、出来るだけ相手に損害を与えないよう動くのみ。そのためにゃちぃとばかりこっちが損しても構わねえってだけだ。『代償』を得ていた時と、根本は変わらねえよ。アプローチの仕方がガキじゃなく大人のオトコのやり方になっただけで。つーことで、帰して貰えるんなら有り難いんだがな?」
『オーマ』:「――おまえをこの場に閉じ込めたら、将来の『俺』が困る。分かった――帰るがいい。ああ、そう言えば」
オーマ:「ん?何だい、『俺様』?」
『オーマ』:「おまえにとって向こうは既に『帰る場所』なのか?」
 ――その言葉で。
 オーマが、破顔した。
オーマ:「何言ってやがる。俺様にとっちゃ全てが『家』さ。…まあ、ちぃっとばかりあの世界にゃ俺様の心を残した奴らがいるからな、その分引きは大きいけどよ?少なくとも、過去のここには今の俺様の居場所はねえ。将来は――分からねえがな、そうなったらそうなったでやっぱりここも『帰る場所』になるだけだ」
『オーマ』:「そうか――」
 ぽつりと、息を吐くようにそう呟いただけ。
 それだけで、過去の男は何がしか答えを得たようだった。

*****

 …まだ、身体のどこかに帯電ならぬ帯魔力が残っているような気がして、しきりにオーマが自分の身体をぱたぱたと叩く。
 来た時と同じように、岩からぬう、と出て来た身体が全て外へ出るのとほぼ同時に、その壁は何の変哲も無い元の巨岩へと戻ってしまい、ぺたぺたと触ってみても固い感触が返って来るだけで、仕組みは最後まで分からず仕舞い。
 おそらく、オーマをあの世界へと招待した何者かが知っているのだろうが――。
オーマ:「まあいい。過去にゃ過去の俺様がいるんだからな、安全でない訳はねえさ」
 ん〜〜〜〜っ、と大きく伸びをしたオーマが、心地良い疲れを感じながら、ふと手を見る。と、そこにはあの場で男から奪ったままの銃が、返すのを忘れたままそこにあった。
オーマ:「しまった。返すの忘れてた」
 ちょっと考え込むオーマ。腕を組んで、再度考えるオーマ。それでも良い案が出ず、もう一度首を捻るオーマ。
オーマ:「…無かった事にしておこう。うんうん」
 結論は、それで良いのか、と言うもので。
 岩の隅を流れる水路――その中にぽとりと銃を落とし込むと、
オーマ:「さらばだ。さーって帰るかぁ」
 証拠隠滅とばかりにくるりと後ろを振り返り、意気揚々と戻って行った。途中、灯り代わりにもなっていた目印のムラサキの何かを忘れずに回収し。
 再びあの場所へ戻るつもりは無いと言う意思表示か、一度も後ろを振り返る事無く。


-END-