<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
希望の卵2
------<オープニング>--------------------------------------
「よぅ、エスメラルダ。なかなか良い奴を紹介してくれたな」
相変わらず飄々とした雰囲気を漂わせ、ジェイは黒山羊亭へとやってきた。
「お褒め頂きありがとう」
順調に育ってるんでしょ?、とエスメラルダが尋ねるとジェイは頷く。
「やっぱり子供はああでなくちゃな」
ただなぁ、とジェイは言葉を濁す。
「何よ。なんかあるの?」
「うーん、確かじゃないんだが今まで外界と交流を絶っていたレンが動き出したってことで、その周りの世界もざわめきだしたっていうかな……このままレンを乗っ取ってやろうと思ってる奴らが居るようなんだ。意志の力があれば強固なフィルターがかかっている世界だから平気なんだが、今の王があれじゃあな。次王を潰してしまえばレンを無傷のまま手に入れることが出来ると考えているらしい」
なにそれ、とエスメラルダは呆れたように呟く。
「あんなちっちゃい子をまさか殺しにやってくるっていうの?」
「そのまさかだ。でも何時やってくるか分からないし本当にやってくるかも分からない。対策練れないからなぁ」
ただし、とジェイは続ける。
「歴代の王の力を調べたんだがそれぞれに特殊能力持ってたようなんだ。風を起こしそれを障壁にしていた人物が多かったようなんだが。王候補の得意な点を伸ばしてやればそれがその王の強さの源になるという話だった。だからその能力を高めてやればそいつらに抵抗する力を得ることが出来るんじゃないかと思うんだが…」
ぼりぼりと頭を掻いてジェイは溜息を吐いた。
「ただまだ子供だからな。本来ならあちらの世界で何年もかけて育てていく能力をこっちの世界で倍以上の早さで教えているような形だから。飽きさせないように上手く機嫌をとってその能力を伸ばしてやるしかないな」
「また面倒ね……で、それあんたが伝えるの?」
「もちろん。その方がいいだろうな。聞きたいことがあったら俺が知ってることであれば教えるし。んじゃ、ちょっくら行ってくるか…」
「何よ、ここへは愚痴りに来ただけ?」
いいや、とジェイは苦笑する。
「愚痴りにきたんじゃなくて相談しに来たんだよ」
「今のどこが相談だっていうのよ…全く」
相変わらずなんだから、とエスメラルダは去っていくジェイの後ろ姿を見送った。
------<頼み事>--------------------------------------
レピアは黒山羊亭のエスメラルダの部屋へ引っ越すことにした時に、きちんとエルファリア王女の承諾を得ていた。
昼間、石像になってしまうレピアを、これ以上勝手に他の場所へ連れて行かれることを心配したエルファリア王女が自分の所有物としたのだ。自分の持ち物だと公言していれば、レピアを勝手に持って行く者などいないに違いない。
もちろんそれをレピアはありがたく思っていたし、感謝もしていた。
エルファリア王女は自分の大切な友達の一人だと思っていた。
その王女に一言もなしに消えてしまっては申し訳ないし、それに理由を話せば王女が快く承諾してくれることくらい分かっていた。
レピアの思っていたとおり王女は、それは凄く素敵な事ね、とまるで自分のことのように喜んでくれた。
そして、いってらっしゃい、とレピアを笑顔で送り出してくれたのだ。
それがどんなに嬉しかったことか。
王女に、アリガトウ、と告げてレピアは黒山羊亭での暮らしを始めたのだった。
夜になり、レピアが目を覚ます。
やっとレピアの時間が訪れたのだ。
すると足が何故か重い。
レピアが不思議に思って足下を眺めると、石像になっていたレピアの足下にフィリルがちょこんと寄りかかり小さな寝息を立てていた。
「フィリル、ちゃんと寝る時はベッドの上って教えたでしょう?」
起こすのは可哀想だとも思ったが、躾はきちんとする、というのがエスメラルダとの約束だ。
レピアは心を鬼にしてフィリルを起こす。
「んー……おやすみなさい、ママ」
「フィリル。寝るのならちゃんとベッドに行きなさい」
そんな聞き分けのない子は知りません、とレピアは抱いていた手を離して床にフィリルを横たえる。
肌の露出した部分から石の冷たさが伝わって、フィリルは体を震わせると身を起こした。
「つめたーい!」
一気に目が覚めたようだ。
「それじゃ分かるわね? こんなに冷たい寒いところで寝ていたらどうなるか。だからベッドで寝なさい、と言ってるのよ?」
レピアは諭すようにフィリルに告げる。
「はぁい。ごめんなさい。……ママがいつ目を覚ますかと思って待ってたら寝ちゃったの」
その言葉にレピアは胸が熱くなる。
誰かが自分が目覚めるのを待っていてくれる。
それはとても嬉しいことだ。
「ありがとう。嬉しいけれど、あたしはフィリルが風邪を引いて寝込んでしまったらとても哀しいわ。一緒に踊ることも出来ないし、遊ぶことも出来ない。フィリルはそれでも良い?」
ぶんぶん、とフィリルは首を左右に振る。
「イヤ。ママと会えないのはイヤ。フィリル、ちゃんとベッドで寝るから……」
「それじゃ今から寝る?」
レピアが告げるとフィリルは首を振った。
「せっかくママが起きたんだもん。一緒に踊りたい。あと、ご飯も食べよう?」
ふふっ、とレピアは笑ってフィリルの手を取った。
手を繋いで酒場へと下りていく。
あっという間に二人を賑やかな喧噪が包み込んだ。
二人で遅い夕食をとっている時だった。
あと一週間後にしか来ない人物がレピアの元を訪れる。
「ジェイ……どうしたの?」
「あぁ、ちょっと頼み事があってな。フィリルの特性を生かしてやってくれ。詳細はエスメラルダに伝えておいたから後で彼女から聞いてくれ」
ちょっと待って、とレピアがジェイを追いかけようとするがすぐに人混みに紛れ消えてしまう。
「オジサン、悪い人?」
きょとん、とした表情でレピアを見つめるフィリル。
レピアは首を振って、違うわ、と告げた。
「でも一体何かしら……」
不安が胸を過ぎるが、聞いてもいないうちから悩んでも仕方がない。
あとでエスメラルダから聞くことにして、レピアはフィリルとの時間を楽しむことにした。
長いようで短い時間だ。
有効に使わなくては勿体ない。
フィリルもレピアがいつもの雰囲気に戻ったのを感じて、辺りを興味深げに見つめながら食事を再開したのだった。
------<踊りを教えて>--------------------------------------
踊り疲れてフィリルが眠りについた頃、フィリルを優しく枕元で見つめるレピアの元にエスメラルダがやってきた。
「お疲れ様」
レピアはエスメラルダに労いの言葉をかける。
「そっちこそ。ねぇ、さっきジェイが来たの」
「えぇ、会ったわ。エスメラルダから詳しい話は聞くようにって言われたけど」
ふぅ、と軽い溜息を吐いてエスメラルダはフィリルを起こしてしまわないようにレピアをもう一つの部屋へと誘った。
「あのね、フィリルを狙ってレンの周りの世界が動き出しているようだって。次期の王であるフィリルを殺してしまえば、今の力のない王など取るに足らないものだから無傷でレンを手に入れられると思っているそうよ。でもいつ頃フィリルを狙ってくるかも分からない。ただ、その対策として一つあるのが王の特殊能力だそうよ。特殊能力を伸ばすことによって、身を守る力を使えるようなの。ただ、フィリルはまだ幼いでしょう?飽きやすいし、機嫌取りながらそれを伸ばしてあげなくちゃならないから……」
「そんなことが? 今ならあたし達がなんとかしてあげられるかもしれないけれど、あっちの世界にいってしまったらあたし達は手を差し伸べてあげることが出来ない。自分の身を守る力が無くてはいけないわね」
「えぇ、それでフィリルの特性ってなにかしらって考えたんだけど……」
二人は同時に同じ言葉を発する。
『踊り…よね?』
声が重なって二人は吹き出す。
「やっぱりそれが一番よね。私たちが二人で教えてあげられることの一つだし。それに得意分野だしね」
「えぇ、エスメラルダなら同じ事を言ってくれると思ってたわ」
「それにあの子は私たちの娘ですもの。踊りが好きで当たり前」
「そうよね。さっきも一緒に踊りたいっていって疲れて立てなくなるまで踊ってたんだから」
レピアはくすくすと笑う。
艶やかな笑みが浮かぶ。エスメラルダがその笑顔に口付けた。
「大切に育てましょう。あの子を」
「もちろんよ。踊ることが楽しいと感じてくれれば、体が勝手に動くわ」
エスメラルダは頷く。
そして二人はもう一度気持ちを確かめ合うようにキスをした。
それからは、お転婆盛りのフィリルがエスメラルダと一緒に酒場のステージに立ちたいと駄々をこねたりと段々難しい年頃になってきた。
ステージに立つこと自体は構わないのだが、目に見えて育つフィリルが奇異の目で見られるのは耐えられないとレピアは思っていた。
自分はそういう目で見られ、何度も苦しい思いをしたのだ。
その思いはさせたくはない。
だからあのステージで踊れるのは、きちんと踊りを極めた者だけ、と教えた。
しかしやはりエスメラルダとレピアがあのステージで踊っている姿を見て憧れていたのだろう。
ステージの上での華やかさも生きている熱情も普通に接しているのとは明らかに違う。
一気にその思いを燃え上がらせて、人々の目に焼き付けるのだ。
その姿を見て、フィリルは自分もそこで踊ったらそう見えるかもしれないと思ったのだろう。
フィリルはレピアの言葉を聞いて、あそこで踊れるくらいの技を磨くから教えて欲しい、とレピアに教えを請うた。
それはレピアにとって願ってもないことだった。
自分の娘に踊りを教える。
自分の思いを引き継いで踊りに全てをかける人物がいるのは嬉しい。
ただ、そればかりしていたのではバテてしまう。
適度に休ませ息抜きをしながら、エスメラルダと二人で踊りの楽しさを、そしてすばらしさをゆっくりと教えていった。
------<王の力>--------------------------------------
「ね、見ていてね?」
「えぇ」
エスメラルダとレピアは、部屋に簡易ステージを作ってやりそこでフィリルに踊らせてみることにした。
本当のステージでは無かったが、フィリルには特別なものに見えたに違いない。
そわそわとしながらもステージの上に立つと優雅に礼をする。
しかし顔を上げた時には別人だった。
少女特有の危険さを持ち合わせながらも艶やかな笑みを浮かべたフィリルは、指の先から足の先までピンと伸ばすと舞い始める。
その踊りには力があった。
まるで物語を見ているかのように胸を打つものがある。
そしてその踊りを見ている者を包み込んでいく大きな力。
ゆっくりと体に浸透していくようなそれをエスメラルダとレピアは感じていた。
フィリルから目が離せない。
人を惹きつけて放さないその動き。
動きを止めてフィリルが踊りを終えたのにも気付かないくらい、二人はその踊りの余韻に浸っていた。
それを打ち破ったのは大きな拍手だった。
「いやー、凄い。見事だった」
「ジェイ! いつの間に」
「だって、何回呼んだって返事がネェから」
バツが悪そうに頭を掻くジェイ。
エスメラルダが、全く、と深い溜息を吐く。
「まぁ、良いじゃネェか。オレもこれで安心したし。バッチリ引き出してるじゃネェか。王の力」
「ほら、フィリルご挨拶は?」
レピアに促されてフィリルは踊り子風のお辞儀をしてみせる。
「コンバンハ、いらっしゃいませ」
「なんだかえっらい見違えたっつーか、いい女……ぐっ」
エスメラルダに思い切り鳩尾を肘で突かれジェイは呻いた。
レピアはそれを笑って見ている。
そんなレピアとエスメラルダを交互に見ていたフィリルだったが、笑顔で告げる。
「フィリルね、いつかママ達みたいに仲の良い人と一緒に過ごせたらいいなって思うの」
その言葉にレピアは驚き振り返る。
「だってね、すっごい大事なんでしょ?フィリルもね、そういう人がいたらいいなぁって思うの」
にこにこと無邪気な笑みを浮かべるフィリル。
先ほどステージ上で見せた小悪魔的な笑みは消えている。
レピアはそう自分とエスメラルダを見てくれるフィリルを嬉しいと思いながらも、やがて来る別れのことを思いほんの少しだけ寂しそうな笑みを見せた。
===========================
■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
===========================
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●1926/レピア・浮桜/女性/23歳/傾国の踊り子
===========================
■□■ライター通信■□■
===========================
こんにちは。 夕凪沙久夜です。
子供を育てて頂くお話、第二弾でございます。
大変大変お待たせして申し訳ありません。
では早速第二回、子供パラメータなるものを発表です。
○フィリル
きれいさ-[8] 社交的-[6] 活動的-[8] 陽気-[8] やさしさ-[8]
料理-[1] 技術-[8] カリスマ-[7] 身体-[6] 論理-[5] 創作力-[8]
フィリルね、踊りは私の心を表してくれる気がするの。そう見えてるかな?
全てのパラメータはこれから上がる要素たっぷりとなっております。
あちこち動き回って吸収吸収、というフィリルさんの10歳時点のパラメータはこんな感じで。
どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。
|
|