<PCクエストノベル(1人)>


揺らぐ心は親父色 〜揺らぎの風〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
泉の神

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 揺らぎの風――
 麗しの瞳と同じく、修得方法の曖昧さと魔法そのものの効果において、半ば伝説のように噂される魔法の名。

 どこか分からない日中の海面上に時折現れる文様、そこにあるアイテムを持ったものがその上で祈ると授かると言う。
 必要なアイテムが何なのか、海面と言うのはどこの事なのか、文様が現れるのはいつなのか…それらは全て謎に包まれたままで。
 『アイテム』を手に入れたくとも、それが何かすら分からないのだから。
 だが、それだけの不利な条件にもめげず、揺らぎの風を求めてユニコーン地方を彷徨う男がいた。
 オーマ・シュヴァルツその人である。
 麗しの瞳を手に入れたはいいものの、効果が無いよりはマシと言う程度ではお話にならず。また、魔力の反発と言うのか――効果が切れた瞬間の反動は、自分が操られていたと言う腹立たしさも相まって最早笑うしかない程、オーマは追い詰められていた。
 特に、とある女性が魔力発動後、自前の巨大な鎌の刃の鋭さを増すよう手入れを繰り返すのを見てしまってからは。
 揺らぎの風の効果である、陽炎になり様々な場所へ…通常は無理という隙間でさえも自在に通り抜け出来る、つまりは恐怖の仕返しを喜んでするであろう何人かの心当たりから逃げるための魔法を探し回っていたのだった。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

オーマ:「だああああああ!!!!」
 ごろんごろんごろんごろん。
 一体何処から持ってきた、と思う程見事に真ん丸い岩が、緩やかな下り坂を上から転げ降りてくる。
 これで幾つ目のダンジョンだろうか?何だか風聞で聞いた以外の迷宮にも潜ったような気がするが、いちいち数えてはいられない。
 とにかくそれらしいもの。イロモノ親父のハートを直撃するようなアヤシサに満ちたアイテム…魔法物品だろうが、それらしき物を探して、探して、探して…。
 吊り天井に耐えてみたり、
 落とし穴のトラップから何とか脱出してみたり、
 幻影のちびドラゴンを幻と気付いて堂々と部屋に入ってみれば成長し、ダンジョンの部屋から出られなくなっていらついていたドラゴンにいきなり炎を吐かれたり…。
 そして今も。
 追尾装置でもついているのか、分かれ道もオーマの後を律儀に追いかけてくる真ん丸い岩が、息付く間も無く転がり落ちてくる。
オーマ:「う、うおおおおおお……っ!」
 不幸な事に、両脇にも天井にもひと1人分が避けられるような隙間は無く、また、走り回りながら鋭く目を走らせてみるものの、この岩が通り抜け不可なくらい細い通路も見当たらない。
オーマ:「い、いい運動に、なりそうだぜ…」
 ぶんぶんと腕を上下させながらばたばた走り抜けるオーマ…だったが、途中で妙な事に気付く。
 気のせいかどうか、いつも自分が坂の下に向かって走り続けているように思えてならないのだ。先程から同じ箇所をぐるぐる回っているにも関わらず。
 もしかして、自分の踏んでいる床が常に沈むよう出来ていて、その勢いで岩が後を付いて来ているのでは……。
 それが分かったからといって、今の状態ではどうにもならないのが現実。
オーマ:「何のこれしき、あれに追われてると思えば……!!」
 首筋に、背に迫る鋭い鎌。
 殺気と同等の笑みを浮かべつつ本気で向かってくるその姿を思い浮かべれば、ただこうして侵入者を追い出そうとしているだけの岩など怖いものではない――!
オーマ:「っいよっし!掛かってきやがれっっ!」
 覚悟を決めて、ぐるりと向き直る。
 その身体に圧しかかるように、ごろごろと岩が転がってきた。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

オーマ:「…何とかなるもんだな」
 完膚なきまでに粉砕された真ん丸い岩の残骸を見て、ぱむぱむと手で埃を払いながらオーマが呟く。
 やはり想像した通りに、このフロア全体が、どこかを中心点にして傾ぐように出来ているようだった。ただ、フロアに入った途端襲い掛かってくる岩に気を取られ、逃げる事に精一杯で気付かなかっただけだったのだ。
 ぐるぐると、今度はゆっくりフロアを移動してみて、ぴたりとある点で足を止める。
オーマ:「ここだな?」
 足元が揺らぐことの無い中心点。そのあたりを探ってみると、隠し扉だったのか、下へと降りる螺旋階段が現れた。 ――そして。
 きらきらごてごてと光り輝く装飾を施した宝箱――の中に置かれた、あっけないほどシンプルな指揮棒のようなモノを、ひょいとオーマが摘み上げる。
 大きさにして、10センチという所か。
 だが、それの持つ魔力はその大きさに似つかわしくなく、分かる者には分かるずしりとした『重さ』があった。
オーマ:「ううむ」
 ただ、その効力は不明のまま。オーマに取って必要なものなのかは分からないが…と、そう思いながらそれを手に外へと戻る。
 ――そしてその棒が、日光を浴びた途端。
 ぶわっ、と魔力が膨れ上がり――それが、宙を駆けて一直線に、海へと飛び出していった。
オーマ:「お…もしかしてビンゴか?」
 手の中の棒から溢れ出す魔力を頼りに、一路海へと向かうオーマ。
 海面に浮かぶ文様を探すために、具現化で翼竜などを出して、空へと飛び出し…。
オーマ:「……」
 棒の魔力が、引き寄せたのか、その逆か。
 ゆったりと動く波の上に、日の光をインク代わりに描いた複雑な文様にしばし見とれ。はっ、と気付くと、その文様の真上に移動し、そして一身に祈り始める。どうか、その素敵な魔法を俺様に授けてくれ、と――。
 願いは、叶えられたのか。
 ぱあ…っ、と。
 その文様が海面から宙に浮かび上がり、オーマの身体を包み込んだ。文様が全てオーマの身体に吸い込まれるように消え、そしてなんとも言いようの無い自由に満ちた感覚に身体を支配される。
 それと同時に、手に持っていた小さな棒が、しゅるんと風に溶けるように消えていった。
オーマ:「おおっ」
 発動方法も、その文様が身体に入った事で自動的にインプットされたか、昔から慣れ親しんだ方法のように思え…雲ひとつない日差しににんまり笑うと、その場で魔法を発動させた。
 ――ゆら…
 通常の陽炎よりも、何故かピンクがかっているが、オーマから見えることは無く。そのまま、来た時に数倍する速度で街へ意気揚々と戻って行く。
 今までどうやっても通り抜け出来なかった細い隙間を抜け、病院までの最短ルートを通り、そして――
 ――!?
 明らかに感じた鋭い殺気に思わずその身体をかわすと、今までオーマが居た空間を鋭い鎌が通り抜けた。…陽炎状の今でさえも、あの恐怖の眼差しから逃れる事は出来ないのか?と、ぶるっと身体が震える。
 その直後に再び、オーマの居る場所を狙い済ましたかのような一撃が来、慌てて避けるとその場に長居はせず病院を飛び出した。
オーマ:(な…なんでバレたんだ!?)
 するすると陽炎が街を走りぬけ、どうやっても絶対すぐには追いつけないだろうと思える森の中へと走りこんでいく。そこで変身を解き、ふうーっと大きく息を吐いて額にびっしり浮かんでいた脂汗を拭い。
 さらさらと流れる水の音が耳を打ち、それに誘われるようにふらふらと足を向ける。
 それは、小さな泉だった。湧き出す泉から溢れる水が、小さな小川となってどこかの川へと流れて行く、その音にオーマが誘われたらしい。
 冷たそうな水。透き通ったその色に、顔でも洗って心を落ち着けるかと屈み込んだ、その瞬間。
???:「ちょいとあんた邪魔よそこどいて!!」
 どっしん。
オーマ:「うおっっ!?」
 一体どこから湧き出したものか、エプロン姿で買い物籠を抱えたおばちゃん――いや、ウォズが、丁度通り道だったらしくせかせかと一直線に森を抜けて行く。その向こうには、オーマが逃げてきた聖都があり。
???:「ああああッ、タイムサービスに間に合わないわ〜〜〜ッッ!!」
 ――しかも主婦だったらしい。
 今にも泉に顔から突っ込んで行きそうな身体を必至に留めていたオーマだったが、
オーマ:「ふんッ」
 ぐっ、と足を踏ん張り、何とか秋口泉ダイヴだけは避けられた――が。
 まだ、新しい身体に馴染んでいなかったのだろうか。

 ――ポゥ…

 桃色に輝く、びっしりと文様が書き込まれた魔力の塊…『揺らぎの風』が、オーマの身体から出でて、

 ぽちゃん…

 なんともあっけない音を立てて、泉の中に転がり落ちてしまった。
オーマ:「ノオオオオオッ!せ、せっかく手に入れた魔法がああッッ」
 底まで見通せる程の透明度がありながら、水に溶けてしまったのか魔法の姿はもう何処にも見えない。
 こうなったら泉に潜るしかないのか、と眉で八の字を描きながら泉の中を覗き込んでいた時。
 泉の表面がぱぁっと輝き、手に入れた魔法など児戯にも等しいと思える魔力が溢れ出て――
???:「ハァーイ♪魔法を泉に投げ込んだのは、ユーデスか〜〜〜〜ッ!?」
 ずん。
 ずずん。
 身の丈2メートルはゆうに超える、筋肉に満ち満ちた渋い壮年の男性が、泉からぬぅぅっと姿を現した。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

オーマ:「投げ込んだっつうか投げ込まされたっつうか…で、お前さん…誰?」
 呆然と呟くように問い掛けた声に、目の前の男がにかっと白い歯をむき出して笑い。
???:「ハッハァ。知らないのも無理はナーイ!我こそは泉の神!ユーの嘆きに応じて参上した、伝説の親父神ッッ!」
 むきっ。
 おそらく、普段はローブを羽織っているのだろう。…今は腰まではだけ、上半身裸の状態だが。
 その状態で、壮年の光り輝く男性が筋肉を誇示するようにポーズを取る。確かに威圧感というか神々しいと言うかあまり直視したくないというか様々な感想が、目の前の男を只者ではないと思わせている。
オーマ:「伝説って自分で言うのもどうかと思うが。って、嘆きに応じてって事は、あの魔法を返してくれるんだな!?」
親父神:「神をあなどってはイケナイ、オーマよ。――さて」
 両腕を広げると、男の前に魔法が――それも、3つも並んで浮かび上がる。
親父神:「ユーが落としたのは地獄の番犬紅色ウィンド、ほんのり股引親父色ウィンド、親父桃源郷堕ち堕ちラブウィンドのどれデスカ?」
オーマ:「どれも俺様が落としたのと違うじゃねえかっっっっ!!!!」
親父神:「オオ、なんと正直な若者…ではユーにはこれら全てをプレゼント」
オーマ:「それはいらねえっつうかそれしかないのか!?」
 流石に3つ全て貰うと何かとんでもない事が起こりそうで、親父神の言葉を遮ってまで真剣に懇願する。
親父神:「はッはッはッ、神一流の御茶目にそう真剣にツッコンではいけないな。第一混ぜたら我でもどうなるか分からないのだから」
オーマ:「…いや…だから、それは俺様のと違うって…」
親父神:「ではこの中のどれかを選ぶが良い」
オーマ:「結局それしかないのか!?」
 俺様の落としたあの魔法は一体何処に、と嘆くオーマ。
親父神:「…あと10数える間に選ばないと我は帰るぞ。神は気短で気まぐれなのだ」
オーマ:「自分で言うな!ってあと10か!?」
 目の前に浮かぶ嫌な色3種。
 一体どれを選んだらいいのだろうか。そうこうしている間にカウントダウンはずんずん進んで行く。
オーマ:「こ、こうなったら…!」
 目をぎゅっっと閉じ、
オーマ:「これだぁぁっっっ!」
 びし!とどこかを指差し、そして恐る恐る目を開けた。
 その目の前には、指先に吸い寄せられるように…血の如く赤い魔法が浮かんでいた。
 と、言うか。
 その紅色の魔法は、確かオーマの記憶では別の場所にあった筈だ。実際、指差した方向には別の魔法も浮かんでいる。のだが…紅色の魔法は、自ら意思を持つようにオーマの指先まで来ていたらしい。
 何となく嫌な予感がして、つつつ、と指を別の方向に走らせてみると、その魔法も同じ速度で指に付いて来る。
 その様は、
 『選べ』と強要しているようで。
親父神:「フムゥ。どうやらユーはその魔法に心底好かれておるようだな。ではその魔法を与えよう。尚返却は効かぬからそのつもりでな――シーユー!」
 くるくると華麗な回転を繰り返して泉へ消えていく親父神。
 呆然とその場に残るオーマの身体へと、紅色の魔法が突進し――内部をぢりぢりと焦がされながら、その魔法がオーマの身体を侵食して行くのを、宿主はただひたすら耐えるしかなかった。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

オーマ:「………」
 ぼーっと。
 患者の来ない診察室で、オーマは平和なひとときを味わっていた。
 新たに修得した、というかさせられた魔法は、ある人物の願い――いや命令をこなす時に限って発動可となり、オーマがその人物から逃げる際にはまるで効力を成さないと言う非常にピンポイントな魔法になってしまった。
 ただ、唯一の救いは、その魔法による副作用?なのか、以前麗しの瞳事件で相当怒っていた時の事はきれいさっぱり水に流してくれたらしく、こうして病院に居ても突如襲われる事は無くなった。
 今までにも命令とあればほぼ無条件に言う事を聞いていたオーマにとっては、ほとんど無意味な魔法に等しかったが…。
オーマ:「まあ…機嫌が良くなったから善しとするか…」
 ぼそりと呟くその言葉は、ある意味では本心だが…。
 それでも、悔し紛れの、自分をなんとか納得させようとする言葉には、間違いなかった。


-END-