<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


□■おとぎの国〜Sneewittchen〜■□

■オープニング■
 そう、それは突然に。
 穏やかな日差しの中、白山羊亭の昼食を楽しんでいた暁 鳴海は、瞬きをした次の瞬間、ただただ真白な空間に居た。
 目を擦ってみても何も変わらない。夢――にしては奇妙。
 ただ愕然と辺りを見回す鳴海の背後に、音も無く現れ出た何かが耳元で低く笑った。
 思わず振り返った鳴海の瞳に映ったのは、道化。
『いらっしゃイ、迷い人サン♪』
 そう言っておどけた一礼を見せる。
『此処ハおとぎの国。私は道先案内にゴざいマス。――オヤオや、チョット、人の話はせめて最後マデ聞いて下さいナ』
 回れ右した鳴海に、道化が更に言う。
『エルザードに戻りたけれバ、私の話ヲ聞いた方が利口デスよ?戻りたケれば……ネ?』
 何かを含むように微笑む道化の、目元を飾る星型の化粧が歪む。笑っていながら、どこか寒気を覚える様な――。
 鳴海は一つ溜息を落とすと、先を促す様に道化を見つめた。
『白雪姫を知っていらッシャる?雪の様に白い肌を持った、美しいお姫サマ。彼女の美に嫉妬しタ継母ニ、お姫サマは命を狙われテ、森に逃げ込ムんダケドね?それが今困った事に、彼女を守っテくれル役目の小人サン達は、旅に出てしまっているのサ。ダカラさ、君にお願いスルよ…!小人に扮して継母かラの刺客ヲ退けておくレ!!見事姫サマを守り切れバ、彼女が君達を元の世界に戻してクレルから♪』

 そう言い置いて道化の姿がスッと消える。そしてその瞬間に、鳴海はまた違う場所に立っていた。そこは森の中。目の前には木造の小屋が一つ。そうして背や服装まで小人のソレに変わっている。
 ――どうやら、拒否権は無いらしい。

 ***

 ――等と、冷静でいられる筈も無し。
「何で私がこんなか弱く小さな存在に成り下がっているんだあああぁぁぁぁぁぁ!!?」
 鳴海は己の姿を見て、そう叫んだ。視界が低い。小さな体をわなわなと震わせて、顔を歪ませる。あり得ない、あり得ない、あり得ない。現状もさる事ながら、この姿はあり得ない。唯一救われた事はと言えば、己の獲物である腰の刀も自身に合った姿に変じている事か。
「キミ、五月蝿いよ……」
 動揺を微塵も隠さない鳴海の背に、聞きなれた者の声がかかる。鳴海はおや、と振り返った。向いた先には、同じく小人姿の群雲 蓮花。
「蓮花!!これはどういう事だ!?」
 うんざりとした態の蓮花に走り寄ると、彼女は大きくため息をついてぐるりと視線を巡らせた。鳴海もそれに続いて、そこでやっと自分以外にも人の姿がある事に気づく。小さな子供が、自分と蓮花の他に四人。いずれも、困惑顔ではいるが……。
「キミは道化の話の何を聞いてたの」
 眼前には、煙突から白い煙を吐き出す木造の小屋。鳴海には、それでも自分の体の変化の方があり得なかった。


■麗しき白雪の姫■
 小屋に入る前に、六人はまず自己紹介を始めた。怒り露にする黒髪の男性は暁 鳴海。大きな眼鏡が特徴的なアイラス。狼の耳を生やしたロイド・ハウンドに、燃えるような紅い大きな瞳を持つのは群雲 蓮花。巨大な黒塗りの刃を背中に携えたシルヴァに、鋭利な印象を持つ、レニアラという女性。
 突然切り替わった世界に騒ぎ立てた者もあったが、とりあえずは白雪姫を刺客から守ろうという事に落ち着き、それ以外にこの世界を脱出する術が無いと理解するとそれに全力を傾ける意志で統合された。
 物語を説明されたものの、道化の奇妙さや含んだ笑みに、それをそのまま鵜呑みには出来ないだろうと意見が纏まる。
「では、白雪姫様を守る為に」
「まずはご挨拶をしておきましょう」
 守るべき対象である白雪姫に、自分達が刺客扱いされては意味が無い。明るい内に話を通しておこうと頷きあって、六人は扉に手をかけた。
 二度ほどノックをすると、扉の向こうから少女のような可愛らしい声が聞こえた。消え入りそうな声は、鳴海達に室内へと入るよう促す。
 おずおずと扉を開けた先――目当ての人物を見て、六人は固まった。
 白磁の肌はまるで淡雪のように美しく滑らか。大きな黒い瞳は光沢を放ち、目鼻立ちの美しい顔貌に添う様なクセッ毛が愛らしい。柔らかな肢体を包むドレスは彼女に合った色合いで纏められている。
 扉の外で固まる六人に向かって、娘……白雪姫はゆっくりと小首を傾げた。
「どうかしましたの?どうぞお入りになって……?」
誘われるままに慌てて室内へと入り込むと、白雪姫は腰を追って鳴海達に視線を合わせてきた。小人姿である彼等の頭身は子供のそれ。
「まあ、今度の小人さんは……1、2、3……6人なのですね。私は白雪。どうぞ白雪と呼んで下さいね」
どうやら完全に事情を察しているらしい白雪姫に怪訝な視線が投げかけられると、彼女はさも当然と瞳を見開いた。
「お知りで無かったの?この世界の小人さんは交代制ですのよ。一話が終わる度に、道化の方が新しい小人さんを連れていらっしゃるの」
――初耳である。
「ですけれどあの道化の方はどこか抜けていらっしゃるから、きっと言い忘れてしまったのでしょうね……。要は義母様の刺客から私を助け、王子様と無事に出会う事さえ出来れば、出口は自ずと生まれるものなのですわ」
「そもそも、そこがわからないんです」
 簡単でございましょう?と言葉を続けた白雪姫に、アイラスは身を乗り出した。メンバーで物語を知っている者は半数にも満たないが、事実を知る者はうんうんと頷いた。
「何がだ?」
 シルヴァの問い掛けにアイラスが振り返る。
「僕の知る白雪姫のお話は、刺客と言われる者は狩人一人だったと思います。けれど狩人はイノシシの心臓を白雪姫の心臓と偽って継母に渡すわけです。そしてそれを知った継母は自らが此処へ赴き――」
「リンゴ売りに化けて、白雪姫様に毒リンゴを食べさせるのです」
続きを引き取ったのはロイド。
「つまり、物語の中では刺客と呼ばれる者は狩人のみという事なのですが……」
「確かにそうですわ」
 澄んだ声が話を遮って、白雪姫が部屋の小窓から外を覗き見る。六人もそれに続き、外の気配を窺う。
「ここは物語に添ってはいますけれど、それとは異なるのですわ。物語では義母様が私を憎んだ末――なのですけれど、この世界では義母様がお恨みになっているのは道化の方ですの。……対立しているのはその二人ですもの」
 つまりこういう事なのだ。この世界のこの現象は、道化と継母の対立が成すもの。ある種のゲーム。継母が連れてきた刺客と、道化の連れてきた小人に扮する者達のどちらが勝ち、白雪姫を手にするか、というゲーム。どちらにせよ最後には白雪姫は王子と恋に落ち、メデタシメデタシという設定ではあるものの、その様な理由から鳴海達は連れてこられ、刺客と戦う事になったのだ。最初に居た本物の七人の小人は、それに愛想をつかせて旅立ってしまったとか。
「本当に、困った二人なのですけれど……」
 信じられない面持ちで立つ六人に白雪姫は大仰に溜息を漏らし、その曇りない瞳で窓の外を見据えた。
「また、刺客の方がいらっしゃってしまったわ」


■白雪姫を守れ!!■
 刺客は、小人になった鳴海達から見れば当たり前なのだが、かなりの大男達だった。手の長さ、足の長さがまるで違う。子供と大人そのもの。
 眼前の資格達を見据えながら、鳴海は刀を抜いた。戦闘力の無いロイドを白雪姫と共に小屋の中に残し、仲間の制止の声を無視して刺客へと走り出す。横には鮮やかな赤髪を揺らすシルヴァの姿がある。
「危なくなったら、呼びな」
 瞳をギラギラと燃やす彼の顔は、この状況を楽しむ色が伺える。そう言って、鳴海から左へと離れていくシルヴァに鳴海は誰が要るかと毒づいて、切り込んだ。
 背後には数歩遅れた位置に、蓮花の姿。小屋を守る様に立つアイラスとレニアラを見とめて、自分たちが道化に選ばれた理由が何となくわかった気がした。
 抜刀した禍々しさを放つ刃が風を切る。刺客を威嚇する為のそれに一瞬走り来る刺客の足が止まり、鳴海は更に一歩を踏み込んで、男の腹に剣の柄をお見舞いする。そのまま倒れる男の体を避け、飛んできた矢を身を沈めてかわした。
 馬に乗った大柄な男達が十人。大地に立つ者は三十余人とかなりの数である上に、その身体は屈強な戦士だ。だが仲間の誰も、それに怯む様子は無い。場慣れしている――それが頼もしくもあった。
 変じたのは姿形だけで無く、体力もそれに伴っている。刃の重みは何時ものソレでも、攻撃を加えた際に感じるのは、確実な達成感では無い。思った程の威力を与える事が出来ず、また自身に返る反動は逆に大きかった。
 刺客といえどその正体は継母に連れられてきた存在。それはやはり自分たちと同じように異世界から連れてこられたのだろうと推察する。敵対はしているが自身同士に恨み辛みがある訳でもなく、それこそ向かって来ない程度の傷を負わすだけで良いだろうというのが、六人の見解だった。
 故に手加減はしているものの、加減の与え方が難しい。普段の加減には男達が呻くだけ。少し力を強めれば大きな傷を与えてしまう。
  小屋の周りは、丁度良く開けた平地だった。この人数での戦闘には少しだけ窮屈な場所である。全員が考えていたかは思案ものだが、小屋に近づけまいと戦うだけに自然と混戦状態になってしまう。
 つまりはあらゆる意味で消耗が激しかった。
 長時間の戦闘は自身達には不利にしか働かない。
 斬撃を繰り出しながら、鳴海は小さく舌打ちをした。


■白雪姫を逃がせ!!■
「……凱皇が鍛えし邪刀現世妄執に……斬れぬものなど、あんまり無い!」
 あんまりと言いながらその自信満々な鳴海の様子に押されてか、刺客達が恐れていいのか笑っていいのかわからないといった体で後ずさる。
 戦闘に慣れた人間ばかりが連れてこられたのは強運だ。もっとも道化が自分を選んだのはそのような理由からだったのかもしれないが。
 強引に突き進む鳴海に刺客が飲まれている事は明らかだった。そして自身が場を支配している事は、ある意味では有利だ。けして己の隙を、弱さを悟らせてはならない。
 いつの間にやらすぐ近くで戦っている蓮花と、言葉を交わさずとも連係した攻撃が生まれる。彼女が符を放った隙をカバーし、彼女の符により体を縛された刺客を昏倒させる。
 鳴海は返した刃で男の両足を凪ぐ。背後から頭部を狙った突きが来るが、風の動きだけでそれを悟り、頭をその軌道からずらした。艶やかな黒髪を僅かに掠りはしたもののそれは空を切り、振り向きざまに刃で男の刀を押し広げる。驚愕に眦を歪めた男の頬を、腰に下げていた短刀『一念無量劫』が鞘のままで振るわれた。
「此処は御伽の世界……現世の住人よ、迷い出る事無かれ!」
 程よいと思われた底で大声を張るとビリビリと大気が振るえ、刺客は鳴海の華麗な戦闘と相俟って攻撃を仕掛ける事を躊躇っている様だった。気づかぬ内にじりりと後退を見せ、太い幹をバックにそこに五人程の男が集まっていた。
 今だ。鳴海はその勝機を確信し、スペルカードを取り出した。
「暁式抜刀術、人符『現世斬』!!」
 カードを媒介にした必殺技に、五人の刺客は斬りつぶされた。

「ふう……」
 額に浮かんだ汗の玉を裾で拭い一息をついた鳴海の目に、何やら話し込む蓮花とアイラスの姿が映った。その周りに刺客の類は多くない。だが異常を感じ、鳴海が刺客をなぎ倒しながら声をかけた。
「何だ?」
「白雪さんを、馬でこの場から離します。レニアラさんとロイドさんと共に――二人にはその行に刺客を近づけさせないで頂きたいんです」
「……それで大丈夫なのか?」
アイラスの言葉に鳴海が眉根を寄せると、彼は困ったように
「ここに居るよりは、と思うのですが」
「――何してんだよ!来い!!」
 鳴海が頷くより前に、シルヴァの大音声が呼ばわった。
 ハッとして振り返れば、小屋の前で馬の手綱を握ったシルヴァが片手で刺客をいなしている姿。話の最中刺客の攻撃が止んだのは、刺客がそちらに殺到したからだったのか。
  レニアラが白雪姫を馬上に引き上げ、もう一頭にロイドがやや危なげに馬上へと乗る。
 その三人が逃走を決め込む事は目にも明らかで、刺客達はその面に初めて真剣味を乗せた。白雪姫達の逃走経路を確保しようと、鳴海達残り四人が動く。
「ここは任せた」
「任せてよ!」
 レニアラが馬の腹を蹴り、一瞬遅れてロイドが続く。馬は次第に速度を上げて足を早め、刺客の放った弓がそれを狙う。だが軌道は見るも明らかで、鳴海はそれを難なく切り落とした。
 だが刺客の目には言いようもない怒りが浮かび、戦闘の激化は避けられなかった。
 馬の嘶きが遠ざかり、戦闘下で三人が無事に逃げおおせた事を知らせた。


■白雪姫と六人の小人■
 ピーと大気を切るような音が響き、四人は耳を塞いだ。気絶する刺客は山積み。ただ数人残った内の刺客が口に含む何かが、救援信号の様になり響く。実際、救援を呼ぶつもりなのだろうが。
「まだ出やがんのか!!」
 鳴海のうんざりした言葉にシルヴァが無言のまま頷き、
「勘弁してよ〜」
と頭を抱えた蓮花に、アイラスが溜息を漏らす。
 疲労も確かにあるが、それ以上に何時間相手をさす気だ……と嫌気がさしているのも事実。
 西日が辺りを染め上げ、やがて夜を呼ぶだろうというのに。
 白雪姫の言う通りこれが道化と継母の醜い勝負だとして、それに付き合わされる自分達も、また刺客達も可愛そうなものだと思ってしまう。もう勝敗は決まっているというのに刺客達が引かないのは、そういう事情あってのもので。
 刺客という名の通りに、暗殺者として小出しにされたならばまだ勝機はあろうが、ただ真正面から向かってくるのでは完全に負けは決まっている。そこまで考え付かない所が、やはり温室で育った者なのだろう。
「我慢しろ、俺達だって辛いんだ!!」
 悲痛な叫びを上げる刺客の一人が、そのまま背後を振り返る。何やら地響きが近づいているような気がするのだが。気のせいか、何か森から飛び出たものが近づいてくるのだが。
「これで最後だから、よ?」
 次第に姿を露にしたソレは闇と共に現れて、四人は驚愕を貼り付けて微動だに出来なかった。
 巨大な機人が金属音を発しながら立っていた。消え行く太陽を反射させて、刺客の誰もが勝利を確信したように笑む――。

 闇が世界を支配していた。天空には雲一つ無く、眩いばかりに輝く満天の星が月の周りで煌く。月は優しい光を注ぎ、静やかな世界に梟の鳴き声だけが響いていた。
 何者の侵入も許さぬように昼間とは違う恐怖を潜む森の中の一軒の小屋からは、明るい光が零れ出ている。
「だ、大丈夫ですか……?」
 ロイドが疲れ切ったように椅子に背を預ける仲間達に、おずおずと尋ねた。
「……うん……」
応える蓮花は机に突っ伏し、その声は常に無く弱弱しい。
 室内に充満する匂いに、シルヴァがお腹を鳴らす。
「……飯……」
「はい、少し待って下さいませね」
 いそいそと夕餉の支度をするのは白雪姫。毎回の役目だからと笑って料理の準備を仕出した白雪姫の手際に、六人は全て任せる事にした。
「それにしても、白雪さんの義母さんは何を考えていらっしゃるんだか」
 最後の戦闘を苦々しく思いながらアイラスが呟く。機人の残骸は逃げ行く刺客共に捨て置かれて小屋の外に転がっている。通常の姿でも時間を要したであろうそれの撃退には、辟易し切ってもしょうがないのだが。
 硬質な体躯。重量を持つ攻撃。そのどれもが確かな疲労を四人に残す。
「それを言うならば、道化もな」
鼻を鳴らして冷ややかな視線を外に投げながらのレニアラの言葉に、憎憎しげに仲間達は頷いた。
「――出来た様だな」
 しばらくの沈黙の後、鳴海がのろりと立ち上がった。視線の先には白雪姫。彼女が料理を皿に盛り分けている所だった。鳴海に続いて誰とも無く立ち上がり、六人は全てを忘れてとりあえずは美味しそうな料理に集中する事に決めた。

 ――こうして白雪姫と六人の小人の夜は更けていった。


■白雪姫には毒林檎■
「……いい朝、でございますね……」
 大きく伸びをして、白雪姫は朝の空気を胸一杯に吸い込んだ。
 白雪姫の目覚めは何時も早く、まだ空が開けきらない時分から一日は始まる。最初の小人達は早起き――それぞれの仕事に行く彼等を見送るのが、何も出来ない白雪姫の役目だった。城に居た頃は昼過ぎまで寝ていたものだがと苦笑を漏らしながら、白雪姫は背後を振り仰いだ。
 小人の住んでいた小屋。小さなベッドも食器も何もかもそのままに。けれど最初の小人達は去り、今は新たな小人達の姿があるだけ。ベッドの中で静かな寝息を立てながら、昨日の疲れを癒しているだろう。
 白雪姫はこの世界に付き合ってくれた彼等に、毎度感謝を込めてこうやって小屋を見つめる。
 と、その背後にしわがれた声が掛かった。
「もし……」
「――え?」
 振り返った先には黒いローブを纏った老婆。表情は深く被ったフードのおかげで窺えないが、胸を流れる白髪と、皺の刻まれた指、身体を支える杖が老婆である事を伝えている。
「まあ、お婆さん。私に何か御用ですか…?」
 白雪姫は老婆に走り寄ると、よろいだ老婆を慌てて支えた。
「おぉおお、優しい方……」
 大仰な程の歓喜の声を上げる老婆の右手に、その時白雪姫は初めて気がついた。籠の中には赤々と良く熟れた林檎。形良く蜜をふんだんに含んで居そうなソレ。
「おお、これかい?――気に入ったかね?」
「え?」
自分が林檎を凝視していた事に気付いて、白雪姫は顔を真っ赤に染め上げた。だが老婆はそれに気付かない様子で続ける。
「実はお前さんに用というのはね、この林檎を――買ってもらえればと思ってね。……何、そう高い物ではないんだ…」
「――でも……」
 白雪姫は言いよどみ、再度背後を振り返った。小人に知らない人から物を貰っては行けないと言われているのだ。もちろん最初の小人達にだが。
 しかし老婆の様子が何故だか哀れで、白雪姫にはそれを断る事は難しかった。何より新たな小人のお陰で刺客は取り除かれた筈なのだし。
「では、七つ、頂けますかしら?」
 感謝の気持ちを込めて、この瑞々とした林檎でパイでも作ろうかしらと思いながら、老婆の手から林檎を受け取る。そして籠には一つの林檎が残った。
「有難う。一つおまけに差し上げよう……。食べて、感想を聞かせては貰えまいかね…?」
「まあ、有難う」
 最後の一つも受け取って、老婆に促されるまま口へと運ぶ……。そして、

 小うるさい足音に、鳴海は目を覚ました。ゆっくりと体を起こし文句の一つでも紡ごうと開かれた唇は、階下に消えようとする蓮花の異常を告げる背中だった。瞬時に自分のいる場所を思い出し、鳴海もそれに続く。
そして――。

「白雪姫様、それ、毒林檎です〜!!!」

 ロイドが、扉を開け放つと共に叫んだ。
 その時点でもやはりまだ状況がわからない。だが鳴海は小屋から出て、やっと理解した。
 太陽の光を燦燦と浴びるは白雪姫。その足元には彼女が落としたらしい良く熟れた林檎。それを白雪姫に手渡らしたらしい、初めて見るローブ姿の老婆。
 落ちたる林檎が毒林檎という事だろう。そして昨日聞いた物語中では――。
 この状況で、あの老婆が継母で無かったら何であろう。
 思うより早く鳴海、蓮花、シルヴァは老婆を戒めた。


■お幸せに、白雪姫■
 その後は穏やかなもの。継母を最後に刺客は居なくなり、昼を過ぎた頃王子がやって来た。
 何でも白雪姫の幼馴染みであるその王子は、白雪姫の現状をしりその身を預かりにやって来たのだという。
「これで、エルザードに帰れるんだね?」
納得がいったとばかりに微笑む蓮花に白雪姫はとろける様に笑む。王子に肩を抱かれて幸せそうだ。
「ここで少しお待ち下さい。私が去った後、ここに扉が現れますわ。そこからお帰りになって」
 有難うと、小人達の頬にキスを送り、白雪姫は馬車に乗り込んだ。
 去り行くそれに、鳴海は呟く。
「幸せに、な……」
 ぶっきら棒ながらにもその言葉には、白雪姫の幸福を心から願う思いが潜められていた。

 馬車の姿が見えなくなると、突然そこに扉が現れた。瞬きをした次の瞬間には、当たり前のように扉だけがある。
 場にそぐわない鉄の扉。分厚く鎧戸とでも言いたくなるようなそれ。
 鳴海は扉を開け、仲間達と共に暗闇へと入り込んだ。

 扉の中は世界を隔てる闇の中。共に侵入を果たした仲間の姿は見えない。
 しばらく待つと眩い光が生まれ、鳴海は瞳を固く閉じた。

『これで、十八勝十三敗十五引き分けだヨ★次もよろしく!!』

 道化の嬉々とした声が頭の中で響く。
 図々しい言葉に何かを言いたくても、道化の居場所は酷く曖昧でどこに向かえば良いのかわからなかった。


 次に目を開けた瞬間、そこはおとぎの国に入り込む前。昼食を取っていた白山羊亭の中だった。
 夜とは違い穏やかな雰囲気を醸し出す室内には人の数は少ない。ただウェイトレスであるルディアだけが忙しなく動き回っていた。
 何時も通りの光景を見やりながら、溜息を一つ。
 机の上には、すやすやと寝息を立てる幽々式の姿。そういえばおとぎの国には、何時も連れているこの子幽霊は居なかったなと今頃気づき、自分の困惑がそこまで深かったのかと苦笑が浮かぶ。
 穏やかな昼下がりと先程居た場所での違和感に、傷を負った筈の体が疼く。
 鳴海は騒ぐ心を落ち着かせるかの様に、瞳を閉じた。

……次、か……。

 それを喜こんでいるのか、嫌だと思っているのかは、彼の表情からは読み取れない――。


END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 種族】

【2364 / 暁 鳴海(あかつき なるみ) / 男性 / 399歳 / 幽鬼御庭番 / 半人半霊】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男性 /19歳 / フィズィクル・アディプト / 人】
【1505 / ロイド・ハウンド / 男性 / 666歳 / 契約魔獣 / 魔影狼】
【2256 / 群雲 蓮花(むらくも れんか) / 女性 / 16歳 / 楽園の素敵な巫女 / 日本人】
【1800 / シルヴァ / 男性 / 19歳 / 傭兵 / 半ドラゴン】
【2403 / レニアラ / 女性 / 20歳 / 竜騎士 / 人間】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターのなちと申します。この度は「おとぎの国」第二段にご参加頂きまして、有難うございます。
また、大変大変お待たせ致しまして本当に本当に申し訳ありません。
連れていらっしゃる筈の幽々式様には話の都合上、おとぎの国には参りませんでしたが……。少しでも楽しんで頂ければ、幸いです。

苦情の類、よろしければお聞かせ下さいませ。
また鳴海様にお会い出来る事を願っております。有難うございました。