<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 『魅惑の!?シフォンケーキ』


「う〜ん。今日もいい天気になりそう」
 ルディア・カナーズは、昇り始めた太陽を見ながら大きく伸びをした。
 早朝という時刻にあっても、アルマ通りには様々な店が並んでいるので、開店準備をする人々や、また夜通し営業していた店から出て来る客、帰宅する店主などで、それなりの活気に満ちている。
 彼女は開店準備組みである。店の前と店内の掃除をとりあえず済ませると、発注した食材の仕分け作業に入った。
 だが、そこに見慣れないものを発見する。
「シフォンケーキ……?こんなの発注したかな?」
 一口サイズの小さなシフォンケーキが二つ、透明な袋に入り、ピンクのリボンで可愛らしくラッピングされている。
 彼女は首を傾げながらも、好奇心からリボンを解くと袋を開け、そのケーキを口にしてみた。
「うわっ!すっごい美味しい!」
 程好い甘さに柔らかな口どけ――今まで彼女が食べたケーキの中でも五本の指に入るくらいの絶品である。
(誰だか知らないけどありがとう!)
 暫し訪れる至福の時。彼女は思わず心の中で感謝の念を送る。
 しかし。
「あれ?」
 先ほどあったケーキは二つ。彼女が食べたものはひとつ。だが、差し引きひとつになるはずのケーキは、まだ二つあった。
(気のせいかな……)
 そう考え、彼女は業務を再開した。
 ふと何気なく、ケーキの入った箱を見てみる。
 そこには、ケーキが四つあった。
「ええ!?嘘っ!!」
 とにかく気のせいだと思い込み、再び仕事に専念する。でも、どうしても気になり、恐る恐るケーキの方を見遣ると――
 ケーキは、八つになっていた。

 それから暫くして、白山羊亭の壁に一枚の張り紙が出されることになる。

 ■美味しいシフォンケーキ、いかがですか?■
 絶品のシフォンケーキ、無料でお召し上がり頂けます。大食いさん大募集!!――というより、職業・方法は問いません。とにかく何とかして下さい。このままでは店がシフォンケーキによって潰されます。大至急!!


 ■ ■ ■


 霧雨水月は、自室に籠もり、魔法の研究を続けていた。
 昨夜からずっと没頭しているのだが、どうも彼女の思うようには行かない。
(畜生!睦月がこの前手に入れた魔導書さえあればな……)
 もしかしたら、新種の魔法が開発出来るかもしれない。
 だが、魔術士で蒐集家という共通点はあるものの、彼女と鞍馬睦月は仲が悪い。頼み込むのも癪だったし、簡単に向こうが魔導書をくれるとも思えなかった。
 水月が、ペンを片手に思案に暮れていると――
 窓を叩く音がした。
 そちらを見遣ると、旧知の仲である群雲蓮花の姿があった。にこにこと笑いながら手を振っている。

「何か用か?」
 水月がドアを開けざま、ぶっきらぼうにそう言うと、蓮花は笑顔を崩さないままで答える。
「うん。ちょっと白山羊亭に、お茶でも飲みに行かない?」
 その言葉に、水月は少し考え込んだ。そういえば、研究に熱心に取り組むあまり、昨日からほとんどまともなものを口にしていない。
「ああ、わかった」
 水月の承諾で、二人は白山羊亭へと向かうことになった。

 アルマ通りを歩くこと暫し。
 白山羊亭の看板が見えてくる。
 中に入ろうとした二人の目に、一枚の張り紙が留まった。水月がそれを読み上げる。
「ん?『美味しいシフォンケーキ、いかがですか?絶品のシフォンケーキ、無料でお召し上がり頂けます。大食いさん大募集!!――というより、職業・方法は問いません。とにかく何とかして下さい。このままでは店がシフォンケーキによって潰されます。大至急!!』――何だこれ?」
 前半の内容はともかくとして、後半の『このままでは店が潰される』という意味が良く分からない。
「ま、とにかく入ってみようよ」
 蓮花の言葉に、水月は疑問を抱えながらも、頷いた。


「いらっしゃいませ〜!」
 中に入ると、ウェイトレスのルディアの声に迎えられる。店内は、ほぼ満席状態で、男性もいることはいるが、圧倒的に女性の数の方が多かった。
 それ自体はどうということはないのだが――
 店内の中央に置かれた大きなテーブルの上に山のように積み上げられた、透明な袋に入り、ピンクのリボンで可愛らしくラッピングされているシフォンケーキ。
 後ろには『ご自由にお取り下さい』と太い文字で書かれた立て看板。客たちは、まるでバイキングのように、そこからケーキを自分の席に持ち帰っている。
 店内を見回すと、テーブル席に睦月の姿を見つけた。彼女はこちらの姿を認めると、開口一番で言う。
「ちょうど良かったわ。あんたたちも手伝って!」
 蓮花が不思議そうに赤い瞳を瞬かせる。
「手伝うって、何を?……あ、もしかして表にあった張り紙?」
「そうそう」
 蓮花はケーキの山を見遣る。不気味に動き続けるその有様を見て一瞬動きが固まったが、意を決したのか、小さく頷いた。
「まあ……私は別にいいけど」
「私は断る」
 それまで黙っていた水月が、不機嫌な表情で言い放つ。睦月の頼みというのも気に入らなかったが、まともな食事もしていないのに、いきなりケーキなど口にしたら胸焼けを起こしそうだったからだ。
「手伝えって……そんなもんお前、自分で解決しろ!第一、頼む相手間違えてるだろ!」
 その言葉に、睦月はニヤリと不敵に笑うと、こちらに向かい、言った。
「手伝ってくれたら、この前手に入れた魔導書あげようかと思ったんだけどなぁ」
(何っ!?)
 以前から欲しい欲しいと願い続けていた魔導書が手に入る。このチャンスを逃す手はない。
「ふ、睦月よ……何でそれを先に言わないんだ♪」
 そうして大股でテーブルへと近づくと、睦月の隣に腰を掛ける。蓮花も一緒について来た。
「じゃあ、始めるわよ!」
 睦月の言葉に、一同は無言で頷いた。

 とりあえず、ケーキの山から幾つかを手に取り、包装を解くと、不安に駆られながらも口の中に入れてみる。
 ケーキは、相当な美味だった。柔らかな口当たりと、程好い甘さが何ともいえない。
「美味しい〜!」
「うん、すっごい美味しい!」
「旨いな」
 睦月に続き、蓮花と水月も感嘆の声を上げる。
 三人は、次々とケーキを片付けていった。

 それから暫し。
「段々辛くなって来たわね……」
 睦月がげんなりとした声を上げる。
 幾ら味が良いからといっても、これだけ食べれば腹も膨れるし、飽きて来る。
 他の客は皆帰ってしまい、今は三人だけになっていた。
「私も……」
 蓮花も食べるスピードが落ちて来ていた。
 ケーキの方を見ると、数は一向に減っていないように思える――というより、さっきよりも増えている気がする。
「……なあ、私の魔術でこいつら全部消し炭にするってのは無しか?」
「そんなことしたらここは勿論、近隣の区域や通りの人達が無事じゃすまないでしょ!バカなこと言わないでよ!」
 水月の言葉に、声を荒げる睦月。
「じゃあ、私はもう抜けた。馬鹿馬鹿しくてやってられん」
 そう言った水月を、睦月は揶揄するように言う。
「へぇ……魔導書、要らないんだ」
「うう……」
 席から立ち上がりかけた水月は、その言葉で大人しくなり、再びケーキに取り掛かり始めた。

 さらに時は流れる。
 既に、三人の間に会話などない。
 包装を開ける音と、咀嚼する音だけが静かな店内に響く。
「そうだ!」
 唐突に水月が静寂を破った。
「ハナだ!ハナで食えばいいんだッ!!」
 そう言ったかと思うと、口内だけでなく、鼻の穴にまでケーキを詰め込み始める。
「ちょっと、何やってんのよ!?あんたバカじゃないの?」
「む……むぐぅ」
 睦月の言葉も届かず。
 水月は、窒息して気を失い、テーブルに突っ伏した。
 意識が、暗転する。


 そこは、色とりどりの花々が咲く場所だった。
(ここは――?)
 水月は、辺りを見回す。
 どこからか鳥の鳴く声が聞こえ、蝶がひらひらと舞っている。
 とりあえず、水月は歩みを進めてみることにした。
 柔らかな日差しや、吹き抜ける風が身体に心地よい。
 花々の穏やかな芳香が、鼻腔をくすぐる。
 そこに、何か別の甘い香りが混じった。
(ん?ケーキ?)
 確かに、ケーキのような匂いだ。
 その途端。
『私たちは♪』
『私たちは♪』
『シフォンケーキの精♪』
『シフォンケーキの精♪』
 目の前に突然、キツネ色をし、丸っこい顔をしたぬいぐるみのような物体が二つ、現れる。背中には小さい羽がついており、天使を想像させた。
(何だ?こいつらは?)
 戸惑う水月をよそに、シフォンケーキの精たちは、つぶらな瞳をこちらへと向け、羽をパタパタさせながら、どんどん近寄って来る。
『私たちを食べて♪』
『私たちを食べて♪』
「く、来るな!気色悪い!!」
 水月の言葉も届かず、シフォンケーキの精たちは彼女の顔面に突撃して来た。急なことだったので、水月は思わず尻餅をつく。
『イヤ〜ン、キスしちゃった♪』
『でも、口を開けてくれなきゃ、私たちが入らないわ♪』
「だ、だから来るな!」
『きっと、もっと私たちが欲しいのね♪』
『食いしん坊さんなのね♪』
 すると。
『これでどうかしら♪』
『一杯食べてね♪』
『まだまだ増えるわよ♪』
 さっきまで二人だったシフォンケーキの精たちは、既に数倍の数に膨れ上がっていた。よく見ると、さらに数を増やしている。
「うわぁぁぁぁ!」
 水月は、全身に鳥肌が立つのが分かった。それと同時に思わず魔法を発動させる。
 周囲が静かになった。
(これであいつらも消し炭になったはずだ……)
 安堵の溜息をついた間もなく。
『イヤ〜ン、こんがり焼けちゃった♪』
『これでもっと美味しくなったわね♪』
『グルメさんなのね♪』
 先ほどよりやや茶色くなった程度の、おびただしい数のシフォンケーキの精たちが現れる。
 そして、周囲を取り囲まれた。
『さあ、私たちを食べて♪』
『私たちを食べて♪』
『さあ♪』
『さあ♪』
「ぎゃぁぁぁぁ!!」


 冷たい感触に、水月は我に返る。
 金の髪から、水滴が滴り落ちていた。
 目の前には、バケツを持った蓮花の姿。
「う……うーん……あれ?シフォンケーキの精は?」
「何寝ぼけたこと言ってんの!?さっさと起きなさい!ほら、睦月も帰るよ!」
 そう言って、うな垂れている睦月の手を取る蓮花。
「そうだ。睦月、魔導書……」
「あんたは役に立たなかったんだから、あげるわけないでしょ」
 晴れない顔で、しかしにべもなく言い放つ睦月に、水月は抗議の声を上げる。だが、聞いてももらえない。
 三人は、ルディアの感謝の声に見送られながら、よろよろと白山羊亭を後にした。


 水月はあれから三日三晩、シフォンケーキの精たちの夢にうなされた。
 寝覚めが相当悪い。
 睦月には散々魔導書をせびったが、その度に突っぱねられた。
(くそっ!何で私がこんな目に……)
 クシャジはというと、多数の人々に迷惑を掛けたとして、ルディアにより通報され、役人に突き出されたらしい。
 ――水月にとっては、そんなことはどうでも良かったのだが。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2398/鞍馬 睦月(くらま むつき)/女性/17歳/七色の人形遣い】
【2371/霧雨 水月(きりさめ すいげつ)/女性/16歳/普通の黒魔術士】
【2256/群雲 蓮花(むらくも れんか)/女性/16歳/楽園の素敵な巫女】

※発注順

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■         ライター通信          ■
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初めまして。今回は発注ありがとうございます!鴇家楽士(ときうちがくし)です。
お楽しみ頂けたでしょうか?
初めてのソーンということで、緊張しました……

■鞍馬 睦月さま
過去の納品物がなかったので、口調で迷いましたが、あんな感じで大丈夫だったでしょうか?

■霧雨 水月さま
今回は、事件が解決するまでの間、幻覚に苦しめられて頂きました(笑)。

■群雲 蓮花さま
今回は、一番の活躍どころです。最初のウィンドウショッピングのシーンは、勝手に作り上げてしまいました(汗)。

同じPLさまということで、私信を、お三方一辺に纏めてしまいました……
プレイングは、ほぼ反映出来たと思うのですが、如何でしたでしょうか?
毎回悩むのが、口調や日常生活のシーンなのですが、イメージと違っていたらすみません。
お話を、楽しんで頂けていることを祈るばかりです。

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。