<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


□■□■ 迷宮までお使いに ■□■□


「ふいーん……でも絶対迷う森って、どーゆー構造なんだろうねー天夢」
「それが判っていたら誰も迷わないでしょう……強力な磁場があると脳に影響して、方向感覚を狂わせるとは言うけれど。錯覚や魔法も、大したことが無いのなら深刻な問題にはならないわ」
「あはは、それはそうだけどねっ? しかしながら天夢と組むのも大分慣れてきたような気がするなあ……」
「そうね……」

 歩き回り続けること数時間ともなると、テンションも落ちてくる。無理に引き上げようとしても相手がクールな言葉を崩さないのではどうしようもない、溜息を吐きながら群雲蓮花はくるくると自分の剣を回した。手持ち無沙汰と周囲への警戒――割合は7:3程度だろうか。
 見上げた空はまだ暗い。閉店間際の白山羊亭でお使いを頼まれてそのまま出て来た為、まだ時間は夜中だった。視界が利かないのはそれほどの脅威ではないが、迷子は脅威だ――蓮花は傍ら夜月慧天夢を見遣るが、彼女はさほどの疲労も見せずに黙々と歩いている。

 頼まれたのは料理酒の調達と、簡単なお使いだった。だがその行き先がどうにも悪い。必ず迷うという曰くつきの『迷宮の森』――あまり噂を聞かない場所だから大した脅威もないだろうと思ったのだが、もう何時間歩いているのだか判らない。道もなく導になるような物も一切無い。帰れるのだろうか、一抹の不安に、だが二人は気付かない振りをしていた。

■□■□■

「うー……」
「蓮花……さっきから唸ってばかり」
「だ、だって、さっきからどこ歩いてても同じところにいるみたいじゃないっ!」

 うがぁっ! と私は腕を振り上げてみせるんだけれど、天夢はちっとも気に止めないでさくさく歩いて行っちゃう。うう、冷たい……クールでも良いから、せめて突っ込みぐらいしてくれなきゃ反応に困っちゃうじゃない。諦めて天夢の後を付いて歩くんだけれど、いい加減脚が痛い。夜空も白んで来てるってことは、本当に長いこと迷い続けてるってことなんだろう。
 大体、ルディアも人が悪いよ。もうちょっと攻略方法とかそういう情報を与えてくれるのが親切ってものなのに……あうー、と小さく唸ると、やっと天夢が振り向いてくれる。

「疲れた?」
「流石に疲れたよー……」
「少し休んだ方が良いのかしら」
「そーしてくれると蓮花ちゃんは大助かりっ」
「そう、それじゃ休憩ね」

 ぺた、と木の幹に腰掛けて、私は深く息を吐いた。
 森に囲まれてるって言うのは中々にいい気分になれるはず。自然の感覚が身体中を包んでくれるものだしね? 森林浴って言うのかな、嫌いじゃないんだけれど――それにしたってこんなに長い時間、迷ってるついでに森に包まれてますー、なんて状態じゃあ気が滅入る。大体、暗い中の森林浴なんて清涼感の欠片も無い。破片も無い。痛む足を軽く叩くけれど気休めにもならなくて、私は溜息を吐く。

 天夢も同じように軽く脚を叩くけれど、すぐにそれを止めて森を睨むように見据えた。私も同じ方向を見てみるけれど――別に、何の変哲も無い森にしか見えない。ああ、でも暗くてちょっと怖いかなー、なんて……この暗がりで魔物でも出たら、かなり面倒臭いわ。足場悪いし。方向見失って更に迷いそうだし。

 いや、迷うも何も――ちゃんと歩いてるのかどうかすら不安になっちゃう。
 だって、どこを見ても木ばっかり。同じ所をぐるぐるぐるぐる旋回でもしているみたいな気分すら生まれる。視界が明瞭でないからそんな事を考えちゃうのかも、だけど――でもやっぱり気持悪い、って言うか早く抜けたい。それが何より偽らざる本音。

「うー……」
「また唸ってる……」
「だってなんか、ずっと同じところ回ってるみたいで変な感じなんだもん。天夢はそんな感じしない?」
「しないこともない、かしら。普通は入り組んだ森でもここまで迷う事は無い筈………大体本当に自然の森なのかしら?」
「わかんないけど……そだ、私ちょっと飛んで上から森を覗いてみるねっ!」
「無駄だと思うけれど、行ってらっしゃい」

 無駄? 首を傾げながらも私は軽く地面を蹴って、身体を浮き上がらせる。高度を順調に上げれば、やがて木々を軒並み追い越せた。そろそろ良いかな、と思って下を眺めると――
 そこには鬱蒼と生い茂る森。
 天夢発見、ちびちびサイズだけど。
 て言うか――これは一体何事でございましょう?

 くるくる、空中で回ってみるんだけれど、どこを見回しても見渡しても森、森、森。いくら広くたってこの広さはありえないでしょう、突っ込みどころ満載過ぎだわ。普通にエルザートより広いから、これじゃあ。
 入り口が見えない、出口が見えない、エルザートも見えない、何にも見えない――森しかない。それはいくらなんでもおかしいから、おかしすぎるから。迷宮って言うか、なんだか鏡に囲まれてる状態? いや、それって、つまり――どうしようもないって言うか。ちょっとちょっと勘弁してくださいな――ひく、っと口元が引き攣る。

 あれだけ歩き回ってこんなに足痛くして、出口不明。まったく不明。
 ……うーっ!

「一体何がどうなっているのよ〜〜〜〜!!」

 よ〜〜〜〜〜…
 よ〜〜〜…
 よ〜…

 絶叫に虚しく響く山彦、って、山じゃないけど。

 それに引き寄せられるように――
 何かの羽音が、近付いてきた。

「ッわひゃう!?」

 背中を掠めていった気配に、私は慌てて高度を落とした。下で天夢が何か叫んでいるのにようやく気付く、そして、確認する。夜空に溶ける黒い色彩のそれは――翼を持った黒豹の、魔物。しまったぁ、疲労してるところで呼び寄せちゃった? 自爆行為?
 慌てて剣を取ろうとするんだけれど、飛ぶのに邪魔だったから下に置いて来ていたのに今更気付く。あっちゃあ――でもどうせ空中戦なんだし、剣よりは符の方が良いか。数枚懐からカードを出して、私は構えた。ばさ、と羽音を立てて、もう一度向ってくる。

「ッと!」

 一直線に向ってこられれば、避けるのは簡単。
 空中は地面よりも移動の勝手が効かない、とくに翼に頼っている場合は。体制派常に安定しないようなものだし、隙も常より溢れることになる。空に慣れていない相手ならまだしも、私は――その程度の小物じゃない、つもりだし。
 体勢を整えさせずに軽く背に触れる。一枚置いた符から小さく炎が上がった。バランスを崩して、慌てて翼を動かす――その隙、大きすぎなんだよね?

「剣を使うまでも無かった、よね? 夢想……妙珠ッ! 全弾をブチ込んでやるわよ!」

■□■□■

 一仕事終えた気分は気分だけ――私はひょい、と天夢の待っている場所に降り立つ。剣を拾ってくるくる回すと、やっぱり森の一角を睨んでいた天夢が、ぽつりと呟いた。

「ねぇ――私には普通の森が見えるのだけれど。この程度のカラクリなんて、全然役に立たないんじゃないかしら」
「天夢?」
「手の内はバレているのよ。私が伊達に境界を操る術を持った魔物だと思って?」

 ふ、わ。

 森が歪む。
 霧でも掛かったのか、目が霞んだのか。ごしごし私が眼を擦ると、歪みは消えていて――同時に、空気も変わっていた。景色が変わっている、気がする。辺りを見回して状況を飲み込もうとすると、不意に草陰から小人達が姿を現した。ドワーフサイズ、私の膝丈ぐらいの――
 森の、精霊?

「……凱皇、でしたか」
「その通り。茶番で随分と手間を掛けさせてくれたわね」
「こちらも自衛の手段です――なんの御用か。私達を狩りに来たというのならば、また術で迷っていただく。その間に逃げますのでな」
「失礼ね。ただのお使いよ。エルザートの白山羊亭、ルディアから料理酒を持ってくるようにと」

 天夢の言葉に、そこら中の木陰から小人達が出て来た。わらわらわらわら、私は思わずひゃっと声を上げる。うー、だって精霊さんの気配は掴みにくいんだもん……人間や魔物より、断然薄いから。

「ルディアちゃんの?」
「ルディアのお使い?」
「お客さん?」
「これは――失礼しました、すぐに持って来ますので」
「早くして頂戴ね。私、そろそろ眠いから」
「って、天夢……?」
「ああ。見ての通り、森の精霊の自衛手段と言うことみたい……確かに稀少種族は乱獲の恐れがあるものね。仕方ないといえばそうなのだけれど、少し手間を掛けさせられすぎたわ……フルコースのタダ券がお駄賃だったけれど、三枚は貰っておこうかしら……」
「そ、それは貰いすぎ! ルディアに悪いんだからっ!」
「あの――宜しければお詫びに私達もおもてなしをしたいのですが」

 おずおずと申し出られた言葉に、ふる、と天夢が首を横に振る。

「一度でも敵対した身なのだから、食事なんて――」
「あ、はいはい食べますっ! ね、天夢……悪気があったわけじゃないんだから、それで手を打とうよ?」

 ね?
 私の言葉に天夢は、はぁっと溜息を吐いて。
 小さく、笑った。

「しょうがないわね」



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

2256 / 群雲蓮花  / 十六歳  / 女性 / 楽園の素敵な巫女
2363 / 夜月慧天夢 / 九九九歳 / 女性 / ゲートキーパー

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは初めまして、ライターの哉色と申しますっ。この度はご依頼頂きありがとうございました、早速納品させていただきます。
 今回は同じストーリーを、それぞれキャラの一人称・視点で挑戦してみました。まるっきり同じお話が二つでも面白くないと思いましたので。キャラクターの性格に食い違いなどが無いかと冷や冷やしておりますが、大目に見て頂ければ幸いです;
 それでは少しでもお楽しみ頂けている事を願いつつ、失礼致しますっ。