<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


【白山羊亭襲撃!】
「狙われてるぜ、ここ」
 その男は来店するなり、ルディアを呼び止めて耳打ちした。
「店が襲われる? 何でですか?」
「そりゃだって、冒険者の拠点だろう、白山羊亭は。ここを潰せば幅を利かせるいい機会だ……って賊連中が考えるのも不思議じゃあない」
「……どうしてあなたはそんなことを知っているんです?」
「俺はその賊に出入りする情報屋なんだよ。ま、別にそこの専属って訳じゃないからな。てわけで、あとで情報料は請求させてもらうよ」
 ルディアはたどたどしく礼を言って、店内を見据えた。
「あの、皆さん!」
 決心し、すべてを語ることにした。客たちは何事かと彼女を見る。
「落ち着いて、よく聞いてください……」
 こうして、白山羊亭はかつてない緊張の中に包まれることになった。

「まったく、バカなことを考える方もいるものですね」
 アイラス・サーリアスがそう吐き捨てる一方で、ジュドー・リュヴァインはわずか微笑んでいる。
「集団戦もなかなか良いな。ひとつ、参戦させてもらおう。個人としか戦えぬ武士など役に立たん。しかし闇雲に突っ込むわけにはいかないな。……罠を仕掛けるのは任せたぞ、エヴァ」
「……まあ、いいわ」
 ジュドーから爽やかに肩を叩かれ、エヴァーリーンも頷く。常にビジネスライクの彼女も、白山羊亭に何かあっては困る。
 名乗りを上げたのは彼ら3人だけだった。今、店にいるのは、普通の客が多い模様だ。
「みなさん、どうかお願いしますです」
 ルディアが頭を下げた。頼むぞ、と店中から声がかかる。
「でも、いつ来るんでしょうね。夜もいいところですが」
 アイラスが言うと、
「今すぐに来ると思ったほうが良いだろう」
 ジュドーはハッキリと言った。店内がざわめいた。
「とりあえずは通りの住人に説明して、避難させましょうか」
 エヴァーリーンが言って、戦士たちは店を出た。一般人に被害が及ぶことだけは絶対に避けなくてはならない。
 不穏な気配を感じ取ったのは、ちょうどあらかたの住人たちを避難し終えた頃だった。人の気配が薄れただけに、静寂の夜では匂うほどに――向かってくる敵の存在が感じられる。あと1分もあれば来る。
 戦士たちは各々の配置についた。アイラスは白山羊亭前。ジュドーはアルマ通り入口。エヴァーリーンはアルマ通り入口付近の家屋の上。
 やがて、明らかに夜には不自然な音が聞こえてくる。金属製のガチャガチャという音。
 見えてきた。腰に剣を提げ、鎧に身を包んだ男たち。全部で8人。
 みな、ご丁寧にも布で口元を隠している。面が割れないようにとの配慮だろうが、自分が賊だと言っているようなものだ。
 ジュドーが刀の柄に手をかける。賊たちも目前にいる女を、障害だと瞬時に認めたようだった。
「邪魔すると怪我するぜ!」
「それはそっちだ」
 ジュドーが気合を発する。
 賊たちは蛮声を上げ――間もなく悲鳴に変わった。
 最初にジュドーに突っ込んできたふたりの体に、糸が絡み付いている。
「だああ、何だこりゃあ!」
 いくらもがいても、ますます動きが取れなくなるばかり。彼らは糸の先を辿っていき、屋上に佇む影を見た。漆黒の夜に映える暗殺者に戦慄した。
「ひとまずは成功かな」
 エヴァーリーンはそっとつぶやく。勢いを弱め、出鼻を挫くことはできた。もとよりすべての敵を鋼糸の罠で捕らえられるとは思っていない。
 混乱しながらも糸を逃れた賊の残りは、ジュドー、そしてアイラスとすでに剣を交えている。3人ずつの相手だ。

■アイラスVS賊■

「くそが。何だってんだよてめえは」
 細面の男に毒づきながら、賊は剣を振り回す。当たらないのだ。確実に捕らえたと思われた刃は、いつの間にか空を切っている。速すぎる。涼しげな顔をして、何という実力者か――。
「言うまでもないですが、一歩も入らせませんよ」
 アイラスは白山羊亭の前に立ち塞がり、確固たる自信を持って言った。
「おかしいぜ。事前に待ち構えていたなんてよ」
「……まさか俺らの中に裏切り者が?」
 別の賊に寝返ったメンバーが自分たちを滅ぼすために、情報を誰かに流したのではないか。彼らの頭に、そんな考えがよぎっていた。深読みしすぎである。焦りが頂点に達しているのだ。無論、アイラスは彼らの思考など歯牙にもかけない。
 鞭のようにしなるハイキックが、向かってきた賊の延髄を刈った。彼は泡を吹いてうつ伏せに倒れる。
 残りふたりが猛然と斬りかかってくる。アイラスは釵で牽制しつつ、蹴りを乱射する。先ほどの一撃を見た後だからか、ふたりは勢いがあるかに見えて、もう一歩踏み込んでこない。腰が引けている。
 この分なら自分から間合いに入るのも容易だ。アイラスがそう考えて腰を落としたその時、ふたりはいったん後退した。
「おい、やべえぞ兄さん」
「しょうがねえな。殺しまではしたくなかったんだが」
 どうやら兄弟らしい。それよりも今までは本気でなかったとわかり、アイラスは緊張を高めた。油断は禁物だ――。
 バアン!
 轟音が爆ぜたのとアイラスが横っ飛びしたのは同時だった。
 兄弟は、大型の銃を手に取っていた。
「どうよ。さる高名な職人による一品、その名もグレートピストルだ」
「それが2本。こうなったら勝ち目はないぜ。それとも泣いて命乞いするかい?」
 兄弟揃っていやらしく笑う。完全に勝ちは自分たちのものだと思っていた。
 市街戦で銃などもっての他である。だからアイラスはいつも持ち歩いているヘビーピストルを絶対使うまいと決めていた。
 所詮は周りの迷惑など考えない人種か。アイラスの心に怒りが生まれる。
「おい、お前は脳天を狙え。俺は心臓をやる」
「あいよ、兄さん」
 ふたりが同時に構え――引き金を引いた。
 アイラスが叫ぶ。目にも止まらぬ弾丸を、為すすべなくその身に受け入れる――
 わけはない。

 魔力を込めた釵で、弾丸を地に弾き落とした。

「は?」
「い?」
 呆気に取られる兄弟。何だ、今のは。
 気付いた時には、アイラスは超スピードで背後に回っていた。
 ふたりの意識はそれで途絶えた。首筋にキックを叩き込まれたのだ。主の手を離れたピストルがカラカラと地面を滑る。
「あんなこと初めてでしたが、上手くいってくれましたね」
 生か死かの狭間だからこそ、あんな芸当ができたのだろう。自分のことながら、能力というものは予想がつかない。
 入口を見る。ジュドーもエヴァーリーンもすべての敵を倒したのが確認できた。アイラスはほっと息をついた。

■エピローグ■

「はあ、助かったです」
 外の騒がしさが失せ、すべて終わったと確信したのだろう。ルディアがちょこんと入口から顔を出して安堵の表情を浮かべる。
「みなさん、お怪我はないですか?」
「これといって。でも、もっと数が多かったらまずかったですかね」
「謙遜は止すことだアイラス。あと5人はまとめてかかってきたとしても平気なのではないか?」
「それはあなたも同じでしょう、ジュドー」
 戦士たちは疲れを見せるでもなく談笑しあう。
 簡単に言えば、相手が悪かったのだ。賊たちも不憫だとルディアはひそかに思った。ともあれ、白山羊亭、そしてアルマ通りの危機は免れたのだ。こんなに嬉しいことはない。
「お疲れでしょうから、うちでいっぱい食べて行ってくださいね!」

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】
【1149/ジュドー・リュヴァイン/女性/19歳/武士(もののふ)】
【2087/エヴァーリーン/女性/19歳/ジェノサイド】

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■         ライター通信          ■
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 silfluです。このたびは発注ありがとうございます。
 この作品でソーン納品100を迎えました。これもひとえに
 冒険者の皆さんのおかげです。

 それではまたお会いしましょう。今後も200、300と
 頑張っていきます。
 
 from silflu