<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
【結界の消えた謎の洞窟】
これだけ多くの者が旅立ってもまだ冒険の余地があるのがソーンという世界の嬉しいところで、今日も黒山羊亭のエスメラルダの元に情報が寄せられた。持ち込んだのはエルザードにほど近い村の男だった。
「俺の村のすぐ近くにある洞窟はな、昔から何故だか結界が張られていて――こう、バチバチっと青白い稲妻みたいなのが――とにかく誰も入ることができなかったんだ。それが昨日見てみたら、消えていた」
「結界を張った本人の力が、時を経てなくなったってところかしら?」
エスメラルダが問うと、男はだろうな、と頷いた。
「ま、俺ら村の人間も入りたいのはやまやまだが、怖くてな。でもここに出入りするような戦士なら、行ってみる価値はあるんじゃないかね」
「面白そうね。何があるのかしら」
エスメラルダはさっそく店内の者たちに呼びかけてみた。
冒険者たちが困ったことには事前情報がまったくない。考えなしに突っ込むのでは三流である。アイラス・サーリアスはまず村の付近の歴史や伝承などを調べようと提案した。
「急ぎの冒険じゃないですし、数日間はじっくり調べましょう」
そうですね、と紅乃月雷歌とレピア・浮桜も意思を同じくする。
「ガルガンドの館の図書室がいいでしょうね。並行して装備も揃えておきましょう」
「図書室は夜開いてないわよね。あたしは出発まで待機かな」
それから3日間、アイラスと雷歌はガルガンドの館の膨大な蔵書の中から、洞窟周辺の地域に関する文献を集めて読みふけった。
わかったことはふたつ。予想されたことだが、張られていた結界というのは邪悪な怪物を封じ込めるためのもの。過去に偉大な賢者が怪物の抹殺を試みたが叶わず、封印だけに留まったらしい。怪物は石化の魔力を持つという。もうひとつは、その洞窟はもともと盗賊の秘密基地で、まだ見ぬ宝が眠っている(賢者は宝には興味がなかったので放っておいた、とある)。いずれにせよ、今こそ怪物を退治しておかなければ、周辺に危機をもたらすことは間違いなかった。
依頼を受けてから4日後の昼に、一行は黒山羊亭を発った。エスメラルダに用意してもらった洞窟までの地図のほか、食料、油式ランタンやマッピング用具など、装備は充分すぎるほどに用意してある。レピア像はアイラスが背負っている。
さほど困難な道のりでもなかった。彼らが洞窟の前に到着したのは、ちょうどレピアの石化が解けるのと同時だった。陽が沈み夜の帳が下りてくる中、ポッカリと開いた洞穴はさながら魔界へ誘うかのように混沌として黒い――。
「よし、行きましょ」
目覚めたレピアが先頭に立って、3人は黒の穴へ入っていった。
ランタンが照らす内部は、馬車くらいなら通れそうなほど幅が広い。高さもちょっとジャンプした程度では届かない。
レピアが気配を最大限に研ぎ澄まし、不審物や敵の襲来に備えている。アイラスは釵をすでに握っている。しんがりの雷歌は、目印の五色米を撒きつつ付いていく。当然左手には弓を持っている。
「敵は出てこないわね」
立ち止まり、マッピングをしつつレピアが言う。声がずいぶんと反響する。
「まあ、結界が張られていて誰も出入りはできなかったでしょうから。別の出口があるとしてもそれはとても小さくて、せいぜい虫や小鳥しか入れないでしょう」
アイラスの意見は的を射ていた。姿は見せないが、さっきから何か羽音はしている。
「つまり、件の封印された怪物しかここにはいないわけですね。いにしえの怪物だけが」
雷歌がパックの血液を飲みながら呟く。
分かれ道があった。レピアは右を選んだ。雷歌が米を撒いたのを確かめてまた進んだ。
刹那。
邪悪な気配が波のように、3人にかぶさってきた。全身を針で刺されるような殺気である。彼らは横一列になって、慎重に歩みを進めた。
やがて開けた空洞に出た。黒山羊亭がスッポリと入ってしまうくらいに広かった。
朽ち果てた調度が散在しているところを見ると、かつての盗賊のリビングのようなものか。
荒い息がこだまする。冒険者たちは構えを取った。正面に、それがうずくまっていた。一目で異形とわかる。
「――人間か?」
顔を上げ、かすれた声で聞いてきた。爬虫類じみた面相だ。離れた目は黄色い光を放っている。
「何故ここに入ってこれた。――まさか結界が解かれたのか?」
途端に、顔をしわくちゃにした。嬉しいのだろう。
「そうか、そうか。――なら祝いの手始めに貴様らを殺すか!」
有無を言わさず、怪物は突っ込んできた。3人は散る。
雷歌がなるべく離れ、破魔矢を射た。空を切って怪物の胸に一直線に進む。
怪物は醜く笑い、矢に向かって右手をかざした。手の平から灰色の波動が放たれた。すると破魔矢は、ピタリと動きを止め――石に変わって――地に落ちた。
石化とは、あの衝撃波のことなのだ。
「目が手に変わっただけか。汚い顔してメデューサの真似事なんて」
レピアが言って、ミラーイメージを繰り出した。幾人ものレピアが雪崩れ込む。怪物は再び波動を放つが、どれも通り抜ける。怪物が目を剥いた瞬間、本物のレピアが脇腹に蹴りを見舞った。
銃声が響いた。肩から血が吹き出て、怪物はさらによろめいた。アイラスがヘビーピストルを撃っていた。遠距離攻撃が吉と判断したのだ。
「貴様ら、妙な術を使いやがるな。だが俺も石化ばかりではないぞ」
怪物は思い切り背を逸らし、深呼吸をした。そして大口を開けて、空中に叫んだ。
純度の高いエネルギー体が口から出て拡散する。光線が同時に冒険者たちへ迫る!
「――抗魔陣」
凛とした発声。薄赤いフィールド――抗魔領域が形成される。雷歌の周囲で光線は消失していく。アイラスとレピアも同様である。少し体にかかったが、もののダメージではない。怪物の表情に焦りが見えた。
「何だ。何なんだお前たちは。かつて当代一の賢者を自負する人間でさえ、俺を封じ込めるのがやっとだったんだぞ!」
「時は流れたんですよ。冒険者もレベルアップしたんです」
アイラスの言葉は怪物にとっては刀だった。ザックリと心が斬られた気がした。
――このままでは負ける。だが石にしてしまえばそれで終いだ。
怪物はしばらく働かせていなかった思考をフルに稼動させた。そして出した結論。
「頼む、命だけは助けてくれ!」
頭を地にこすり付けて、懇願した。
しばらく静寂があった。哀愁のこもった完璧な演技という自信があった。冒険者たちは顔を見合わせているのだろう。
やがて足音がした。歩み寄ってくる。
もはや避けられない距離になった。
「くらえええいい!」
怪物は起き上がり右腕を突き出した。魔の波動が猛り狂う。その先はアイラスだった。
レピアがアイラスを突き飛ばした。波動は余すところなくレピアの体に浴びせられ、瞬く間に石像となった。爬虫類顔は高笑いした。
「どうだ、悲しかろう悔しかろう。その女は永遠の石のまま――」
怪物は言い終えられなかった。何か音がして、体に一瞬痛みを感じたのは確かだった。
額に弾丸、左胸に破魔矢。
崩れ落ちる。
――どうして何の乱れもなく俺を殺せた?
答えを出せぬまま、怪物は息絶えた。
レピアがより強い石化の呪縛に囚われていること――並の石化の術など効果がなく、また夜が来れば元に戻るということを、彼が知る由もない。
■エピローグ■
「うわ、すごいお宝じゃない」
斡旋料にしては破格である。テーブルに広げられた輝かしい宝物を触りながら、エスメラルダが柄にもなくはしゃいでいる。レピアに宝石の首飾りをかけてもらうと、嬉しさのあまりキスのお返しをした。
「怪物がいたところの扉の向こうが宝物庫でね。予想以上の収穫だったわ」
レピアもすでに、金とも銀ともつかぬアクセサリーを身につけている。不思議な光沢の金属でできた髪飾りやブレスレットはきっと、今夜の彼女の踊りにいつも以上に華を添えるに違いなかった。
「僕はこのナックルだけで充分です。どうやら何か魔法の品みたいで……かなり貴重品と見ました」
アイラスは拳に装着した手甲をマジカルナックルと命名して、何度となく上空に突き上げてみた。一時的に魔力が増強するものらしい。
「盗賊たちは多趣味だったみたいですね。こんなものまであったなんて」
雷歌が手にとっているガラス瓶には、伝説の大蛇バジリスクの血が入っている。あらゆる薬の材料になり、飲んでも多大な効果をもたらす。彼女は他の物には目もくれず、10個以上あったこれだけを持ち帰った。
「でもこんなにもらっていいのかしら」
「いいわよ。このお店って管理費も結構なものでしょう?」
そんなことより踊ろ、とレピアがエスメラルダの手を引く。
「ふふ、今夜は気分がいいわ。思い切って飲み放題と行きましょうか!」
店主の宣言に、黒山羊亭は沸きあがった。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】
【2399/紅乃月雷歌/女性/276歳/紅乃月】
【1926/レピア・浮桜/女性/23歳/傾国の踊り子】
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■ ライター通信 ■
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担当ライターのsilfluです。お楽しみいただけましたか?
怪物退治にお宝ゲットと、久しぶりに正統派の冒険だった
気がします。お宝に関してはそれぞれに似合いそうなのを
プレゼント、ということで。
それではまた。
from silflu
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