<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
微妙な距離
二人にしか分からない事がある
二人の間には謎もたくさんある
腐れ縁たる二人の微妙な距離感
「さぁ、ジュドー。ここなら誰も聞いてないでしょう?」
歌の練習には最適、と告げエヴァーリーンは後ろから歩いてくるジュドーを振り返る。
大分冷たくなった風が二人の髪を揺らしていく。
ジュドーの眉間に刻まれた皺。
「どうしても…か?」
「何のために此処まで来たと思ってるの?」
呆れたように呟かれる言葉。
二人がやってきたのは街から随分とはずれた場所だった。
瓦礫と化した家の壁に腰掛けたエヴァーリーンはジュドーを見つめる。
ジュドーはまるで歌う気がないらしく、なんとか誤魔化して歌わずに済む方法を捜していた。
「いや、しかしだな……」
「……笑ってたでしょう?」
うっ、とジュドーは言葉を詰まらせる。
先日エヴァーリーンが歌を盗まれるという事件が起きた。
そしてその時、エヴァーリーンはいつもの物静かな雰囲気は何処へやら。
かなり動揺しながら黒山羊亭へとやってきてジュドーを引きずり調査に乗り出したのだった。その時の慌てっぷりを密かに笑ったのがどうやらばれていたようだ。
「それは……悪かったと思ってる」
ぼそぼそとジュドーは呟くが、エヴァーリーンは聞く耳持たぬといった様子でジュドーを急かす。
「これから歌を歌う機会があるかもしれない。その時のために練習するっていうのもいいんじゃない?」
「その時はエヴァが歌えばいいだろう」
「一緒にいないかもしれないじゃない」
エヴァーリーンの言うことは尤もである。
いつも一緒にいることが多いとはいえ、一緒にいる時ばかりそんなことが起きるとは限らない。しかし歌う場面がやってくることもあるかどうか分からなかったが。
ジュドーはエヴァーリーンに言い返すことが出来ず項垂れる。
刀や闘気の扱いだけは超一流のジュドーだが、他のことに関してはさっぱりである。もちろん、エヴァーリーンとの会話についても同じだ。今もエヴァーリーンのささやかな報復に言葉を返せないでいた。
「歌は…上手く歌えないから余り好きではないんだ」
「知ってるわ。でもジュドーの場合、腹の底から声を出していないからよ。ちゃんと出してみたらどう? 声質的には悪くないんだから結構聞けると思うんだけど」
この間のだって恥ずかしがってるから変に聞こえるのよ、とエヴァーリーンは言う。
先ほどからエヴァーリーンが言ってることは全て正しかった。
いじめ半分、本音半分というところだろうがエヴァーリーンは的確なアドバイスをジュドーに贈る。
しかしジュドーはそれでも歌いたくなくて言葉を濁していた。
「そう言われてもな……」
「言い訳は良いから早く歌って」
珍しく小悪魔的笑みを浮かべたエヴァーリーンがジュドーを急かす。
エヴァーリーンが本気で自分で遊ぶつもりなのだとジュドーは今更ながらに気付いた。
「どうしてもなのか? 歌の上手い奴の前で歌わせるのは酷だと思わないか?」
「ジュドーと私の仲でしょ。別に良いじゃない」
今更よ、とエヴァーリーンは笑う。
がっくりと項垂れるジュドーだったが、ふと脳裏に疑問が過ぎる。
いつも歌を口ずさんでいるエヴァーリーン。
思い出したように口ずさんでは懐かしそうに目を細めていたりするのをジュドーは見ていた。
その歌を歌う時はいつもそうだ。
いつ頃その歌を覚えたのだろう。
そしてエヴァーリーンは何故歌を歌うのだろう。
エヴァーリーンの様子を見ていると、歌には特別な思い入れがあるようにしか思えなかった。
純粋な興味が湧いてジュドーはそれを尋ねてみる。
「なぁ、エヴァはなんで歌を歌うんだ?」
「………」
エヴァーリーンはその問いかけに浮かべていた笑顔を消し真顔になる。
ジュドーを見ていたがその視線の先は遠い日の誰かを見ているようだった。
ふぅ、と軽い溜息を吐いたエヴァーリーンは話し出した。
軽く目を伏せ紡がれる昔話。
「昔ね、拾われたの。暗殺者集団に。私においでと言った人が私の師匠。基本的なことから鋼糸の使い方まで教えてくれたわ。訓練している時は鬼のようだった。私が気絶するまで毎日毎日繰り返される訓練。でもねボロボロになった私が気が付くと、いつも丁寧に手当がされてるのよ。今思うと不器用な人だったのかもね」
苦笑気味に記憶の中の人物を思い出しながらエヴァーリーンは続ける。
「その人ね、私が気絶してる時に歌を歌ってくれてたの。その歌が聴きたくてわざと寝たふりをしてたこともあったけど。私がよく歌ってるのはその歌。教えて貰ったのよ、わざわざ。自分から教えて欲しいと願ったのはそれが初めてかもね。願わなくても暗殺術は教え込まれるんだから。だからその歌は特別なのかもしれない」
エヴァーリーンの瞳が優しい色に染まる。
普段はクールな部分が前面に押し出されており、初めてエヴァーリーンを見た人物には冷たいと思われがちだが実はそんなことはないことをジュドーは知っている。
強さも優しさも併せ持つ人物だということを。
それを知っているからこそ、一緒にいるのだが。
「その人はもうこの世には居ないけれど、歌にはその人の思い出があるでしょう? あの人には歌と一緒に一の心を教えられたから。今の私があるのはあの人のおかげだと思う。でもね、人の心の方はさっぱりだったけど」
肩をすくめておどけたように告げるエヴァーリーン。
「そうか……いいものを教えてもらえたな」
ジュドーはそう告げたまま瞳を伏せた。
二人の間に流れる雰囲気は穏やかで何処か暖かい。
風の冷たさもその瞬間だけは感じないほどに。
それ以上の言葉など必要なかった。
そこに流れる空気が全てを物語っている。
言葉にしなくても伝わる想い。
二人だけに分かる想いがそこにはある。
「柄にもないことを話したわね」
小さな溜息を一つ吐き、エヴァーリーンは表情を一変させる。
先ほども見せた小悪魔のような笑顔。
「さ、稽古の続きといきましょう」
「ちょ……ちょっと待て。ここは一つエヴァがお手本を見せてくれれば良いんじゃないかと……」
一歩ずつ後退するジュドーに近寄ったエヴァーリーンは、ジュドーの腹に手を当てて軽く押す。
「はい、声出してみて。腹筋に力を入れてね」
エヴァーリーンの意地悪笑顔は健在だ。
逃げ場を失ったジュドーは顔を引きつらせながら、駄々をこねる。
「くすぐったいから手を離してくれないか?」
「そうしたら逃げるんでしょ?」
「逃げない…逃げないから…とりあえず……」
「早く歌って」
エヴァーリーンはあくまでも譲る気はないようだ。
観念したジュドーは小さく声を出す。
「駄目。ジュドーやる気あるの? これは修行よ、稽古」
「私がやりたい稽古は戦闘技術を磨く方なんだが……」
「それは明日ね。今日は歌」
ほらほら、とエヴァーリーンは楽しそうにジュドーに笑顔を向ける。
師匠とやらよりエヴァの方が鬼だ、とジュドーはこっそりと思う。
流石にそれを口にするような愚かなことはしなかったが。
「私を笑った分はきっちり歌って貰うわよ」
ジュドーは観念してエヴァーリーンにつきあうことにする。自業自得だった。
いつもと同じ雰囲気が二人の間に流れ出す。
たわいない掛け合いが二人のいつもの光景。
互いの心の距離がきちんと分かっているつかず離れずの関係。
これが二人の腐れ縁という、離れようとしても離れられない微妙な距離感なのだ。
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