＜PCシチュエーションノベル（ツイン）＞
重なる道……
伝承に曰く――魔龍の力は禁忌の力――と伝え聞く。故に、多くの人がその力を欲した。その力が意味する事すら忘れ去り……
「んじゃ、俺はそいつの足止めすりゃ良いんだな？」
薄汚れたあばら家の一室、煙草の紫煙を燻らせながら男は目の前の男に言った。
「ああ、後はこっちが引き受ける。お前はそれさえしてりゃぁいい」
細面ながら何処か鋭い雰囲気を醸し出す男は、目の前の男に告げる。その言葉を聞いた男は、ガリガリと頭を掻き毟るとニィと口元に笑みを見せる。
「オッケー。んじゃ、その仕事引き受けっとするわ」
フゥ〜っと吐き出した紫煙が、部屋中に煙草の臭いを充満させた……
穏やかな日差しが降り注ぐ午後、一人森の中を歩くのはフォルトゥナータである。ゆるく伸びた銀髪に日の光が反射し、キラキラと輝いている。その髪の下、エルフ独特の美しさを持つ顔立ちにちょっと不似合いなのは左眼の眼帯であろうか？だが、それすらも程好く纏めた黒い男装のお陰で何処か神秘的ですらある。背には愛用の弓と矢立ちが見て取れた。
「此処までくれば、あと少しかな？」
微かに笑み、独白しながら森の中の道を歩くフォルトゥナータの目的地はまだ随分と先ではあるのだが、宿場町はこの森を抜けた先だと言う情報は得ている。久しぶりにベットで寝れるかと思えば、思わずとも口が緩むと言う物。男装してはいても、やはり其処は女性であるのだ。
だが、その笑みは直ぐに消え、フォルトゥナータの表情は一変険しい物へと変わる。
「何だ？この敵意と奇異の気配は……」
呟き、警戒しながら辺りに気を配れば、明らかな敵意と何処か落ち着かない気配を感じる事が出来た。歩調はそのまま、油断無く先を進むフォルトゥナータの目の前に唐突に男が現れたのは直ぐの事だった。
「やぁ〜れやれ……森ってのは嫌いじゃねぇんだけどなぁ」
森の茂みから突然現れた男は、開口一番そうぼやくと徐に煙草を口に咥え火を点けると深く吸い込み吐き出す。口から吐き出された紫煙が風に消え、点された煙草の煙を流して行く。
「あなたは何者です？」
不意に現れた男に声を掛けながら、手に持っていた荷物をその場に置きフォルトゥナータは男を訝しげに見詰めた。背中まで伸びたぼさぼさの髪、何処か油断ならないその瞳、大柄なフルプレートの鎧は右腕だけ篭手が無く、代わりに巻かれた包帯が異様さを醸し出す。見れば見る程、獣の様だとフォルトゥナータは密かに思う。
「あ〜まぁ、ちょっと待てよ。取り敢えず煙草吸わせろって」
そんなフォルトゥナータを一瞥すると男は美味そうに煙草を吸うと紫煙を吐き出し、改めてフォルトゥナータを見詰めた。
「俺の名前は、ラグナ＝バリスタってんだ。あんたは？」
ニィと口の端だけを笑みの形にするラグナに、フォルトゥナータは眉根を寄せた。
「答える必要は無いと思うのですが？」
警戒が強まる。徐々にだが、ラグナと名乗った男から敵意に近い物が流れ始めていた。
「まっそりゃそうか。んじゃ、単刀直入に本題に入らせて貰うわ」
吸っていた煙草を口から離しピンと指で弾くと同時、ラグナの右手に付いていた包帯の下が妙な形に動き出したかと思うと、金属の光沢を覗かせた刹那、その手に一本の剣へと形を成す。
「恨みはねぇけどよ、仕事なんでな！！」
言うが早いか、ラグナが一気にフォルトゥナータへ迫る！間合いに入った瞬間、横薙ぎの一閃！
ヒュン！
だが、手応えは無く虚しく空を切り裂いただけだった。ラグナは徐にその場から飛び退き上を見詰めた。
「これが本題か？」
ラグナの視線の先、木の枝に乗ったフォルトゥナータは弓を番え狙いを定めて居た。その瞳は既に剣呑な気配を漂わせる。
「まっ、それが俺の仕事なんでね」
ニヤリと笑ったラグナに、フォルトゥナータの眼がスゥと細まると躊躇いも無く矢を放った！鋭く放たれた矢を交わし再び枝を見れば、其処には既にフォルトゥナータの姿は無い！
ヒュ！
一瞬聞こえた風切り音にラグナは反射的に横に飛ぶ！
カッ！！
先刻まで居た場所に矢が突き刺さる！
「ヒュ〜危ねぇ危ねぇっとぉ！？」
安堵したのも束の間、再び聞こえる風切り音にラグナは飛び退く！どうやらフォルトゥナータは空を駆けながら攻撃しているらしく、攻撃と同時に移動し攻撃の方向を悟らせない戦法の様だった。
次々と放たれる矢を何とか交わしながらもラグナはその顔に笑みを見せる。
「やるじゃねぇの……んじゃ、いっちょ行きますかぁ！！」
言葉と同時、ラグナの動きが止まると剣を地面に突き立て眼を閉じ左手を剣に添える。ニィっと口の端が笑みの形を作るラグナを見やりながら、フォルトゥナータは迷わず矢を放つ！同時に場所を変えるべ翔びながら矢の行方を追ったフォルトゥナータは眼を見開いた。矢が、ラグナの手前１ｍ弱の辺りに折れて落ちていた。
「いっくぜぇ！！」
ラグナの声が響き渡ったと同時、周囲の気配が一変する！
「ぐっ！？なっ何だこれは！？」
木々がしなり、その異変を現す。ラグナの周囲全体が今や強力な重力波の影響を受け、通常では考えられない過重を与えられていた。フォルトゥナータにも同様にかけられた過重は、翔んでいたフォルトゥナータを捕らえ地面へと叩き付ける！
「ぐは！？ぐっ……」
叩き付けられた衝撃と過重で身動きが取れないフォルトゥナータにラグナが近付いて来る。その手には剣の光……フォルトゥナータの目の前まで来たラグナは、フォルトゥナータの襟首を掴むと引き上げ、その姿をまじまじと見る。
「…………あ？……女ぁ？」
愕然とした様な、間の抜けた様な声を上げるラグナ。それと同時に重力波が解ける。
「悪かったな……女で」
ぶっきらぼうに言い放つフォルトゥナータを見詰め、ラグナは空いている手でぼりぼりと罰の悪そうな顔で頭を掻く。
「良くやったな」
声は、ラグナの後ろから聞こえて来た。
「おい、俺は聞いてねぇぞ？相手が女だってなぁ」
「当然だ。言っては居ないからな」
ラグナが視線を向けたその先に、鋭い雰囲気を醸し出す男が立っていた。そして、ラグナとフォルトゥナータを囲む様に盗賊と思しき男達が数名取り囲む。
「さて、お嬢さん？此処からが本当の本題だ。魔龍の力を此方に頂こう」
掴んでいた襟首を離しラグナは煙草を取り出し火を点けると紫煙を吐き出す。
「魔龍？なんだそりゃ？」
「お前は知らなくて良い事だ。最も、お前は此処で死ぬんだがな」
次々に得物を抜き放つ盗賊達を見やりつつラグナはガリガリと頭を掻く。
「最初からそういうつもりかい。やれやれだぜ……報酬は剣の錆って訳だ」
「そう言う事だ。有り難いだろ？」
「涙が出てくるぜ。有り難過ぎてなぁ」
フゥ〜っと紫煙を吐き、男を見詰めるラグナの瞳が剣呑な光を宿した瞬間、フォルトゥナータの声が聞こえた。
「……力……力……力か……」
大きな溜息を吐き、何処か冷笑染みた笑みを見せながらフォルトゥナータは立ち上がると眼帯に手を掛ける。その様子に、その気配に、ラグナの背筋を冷たい物が走りぬけ、ラグナは一歩後ずさる。
「……そんなに力が欲しいなら……くれてやる！！」
低く唸る様に言い放つと、フォルトゥナータは眼帯を剥ぎ取る。その下から見えた瞳は、深紅の瞳……紅く燃え盛る様な焔を思わせる瞳があった。そして、その瞳の中には全てを憎悪する色しか存在していなかった。
ギラリとフォルトゥナータが視線を向けた男は、その圧倒的な存在感と瞳の色に震える。その瞳が持つ力を漸く理解した。
ヒュオ！！
「えっ！？」
ドサ……
フォルトゥナータに見詰められた男には、何が起きたのか理解出来なかった。理解するよりも先に、その命が終わったからだ。周囲に居た盗賊達も傍に居たラグナでさえも何が起きたのか分からなかった。ただ、フォルトゥナータが弓を構えて立っていた。
「味わえ……お前達が欲した力を……」
冷淡に言い放つフォルトゥナータが次の盗賊に視線を向ける。
「うっうわぁぁぁ！！！」
最早混乱に陥った盗賊は剣を振りかざし切り込んで来る！だが……
ヒュオ！！
『まただ！？音しか聞こえねぇ！』
ラグナは音を聞いた。そう、音だけ聞いたのだ。フォルトゥナータが何かしているのだろうが、ラグナには見えない。音だけがはっきりと聞こえるだけだ。音が聞こえたと同時、向かって来ていた盗賊が倒れるのを見てラグナは呆然とする。
「くっくそぉ！！！」
「やっちまぇ！！」
意地か無謀か、盗賊達は剣を振りかざしフォルトゥナータに向かって来る。その様を冷淡に見詰めるフォルトゥナータが弓を構える……そして……
ヒュヒュヒュォン！！！！
風を切る音だけが木霊した……悲鳴も何も無いまま……愕然とした表情を浮かべ全ての盗賊が倒れるまで、それは一瞬の出来事……ラグナはただ見ていた。
ザリ……
地を擦る音が聞こえ、其方に眼をやればフォルトゥナータがラグナを見詰めていた。その深紅と青の瞳で。冷や汗がラグナの背を伝う。そんなラグナを見詰めながら、フォルトゥナータは眼帯を左目に付け始める。徐々に薄れて行く存在感と気配。眼帯をフォルトゥナータが付け終わった時、其処にある気配はフォルトゥナータとラグナだけに成る。
「……」
「……」
お互い黙し、何も言わずただ見詰め合う。困惑した表情のラグナと憮然としたフォルトゥナータ。一瞬とも数分とも思える時間の中、2人は見詰め合う。
不意に、フォルトゥナータの体から力が抜け前のめりに倒れそうに成る。
「おっおい！？」
慌ててラグナがその体を受け止めれば、その体は熱を帯び激しく消耗していた。ラグナの腕の中、荒い呼吸を上げるフォルトゥナータを見やり、ラグナはその顔を見詰めていた……
「う……う〜ん」
うっすら開けた視界の中に、森の木々が見える。夕暮れなのだろう、紅く染まった森の木々が見えた。
「気が付いたかよ？」
その声に首だけ動かし声の方を向けば、男が一人煙草を咥えて座っていた。確か、ラグナと名乗った男だとフォルトゥナータは思い出す。まだだるさの残る体を起こしラグナを見やる。
「無茶してんじゃねぇよ」
憮然と言い放ち、ラグナは立ち上がるとフォルトゥナータから離れ荷物が有る場所へと歩を進めた。
「……あなたには関係の無い事だ」
周囲を見渡せば死体が無かった。記憶が正しいのであれば、盗賊達の死体が転がっている筈なのだが……どうやら、ラグナが処理をした様だ。
「まっそうだけどな」
言いながらラグナが荷物を持つ……フォルトゥナータの荷物も一緒に……
「ほら、もう歩けんだろ？行くぞ」
「何？」
「行くぞって言ってんだ」
呆然と見詰めるフォルトゥナータに煙草を燻らせ言い放つラグナ。
「何故だ？」
答えず歩き出したラグナに、まだよろ付きながらも憮然とフォルトゥナータが後を追う。漸くラグナの隣に並んだフォルトゥナータにラグナは言った。
「面白そうだから暫く付き合ってやるよ」
夕暮れが染める街道を、渋面のフォルトゥナータと煙草を咥えたラグナが先へと進む道を歩き出した……
了
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