<東京怪談ノベル(シングル)>
始動
――具現は、想いの強さであると言う。
かつん、
それは、本来ならば内証的世界。
かつん、
自らの想いを形にする程の意思の力を必要とし、
かつん、
故にその反動も大きいもの。
かつ…
エルファリア別荘――その地下にあると言うダンジョンとは別に、自ら展開した具現能力によって奈落へ落ちるが如き黒々とした闇へ続くダンジョンとその先にある螺旋階段…それは、常に陽気であり笑みを浮かべる男の作り上げるものにしては、あまりにも印象から掛け離れたものだった。
これが内面を現すものだとするなら、自身が語る腹黒と言う言葉に対しこれ以上の信憑性も無いのだが。
ぎぃぃぃ……
永遠に続くかと思われた螺旋階段を降りた先にある扉を開け、誰も入り込めないよう階段の上を閉じる。
そして、その場にごろごろと転がった異様な品々に、男――オーマ・シュヴァルツはにんまりと大きな笑みを浮かべた。
ここは、オーマの、オーマのためだけの個室。
誰1人として侵入者を許す事無く作り上げた、心置きなく楽しめる、言わばおもちゃ箱だった。
*****
がたがたといくつかの品を取り上げては、違う、と呟いて元に戻し、あるひとつの品に行き当たってうんうん頷くとカチカチとスイッチを弄りつつ壁へスクリーンを貼り付ける。
薄暗い部屋の中、スクリーンへ投影したもの――
「…ついこの間のことみたいだな。いや、この間のことか」
何か分からない力に放り出されるように、過去の世界を旅して来た男。
目の前に映る映像には、その当時の自分たちが映し出されていた。
「ああ、そうだ。馬鹿やって、騒いで、子供みたいだった。いや…何も知らなかったんだ、子供と変わりない」
まだ、ヴァンサーソサエティは発足前。いつか自分たちの思うような世界を作り上げようと意気込んでいたあの頃、オーマが洒落で作り上げた映像記録機に映し出される、2人の笑顔。それが、何故だか見る度心に響いてくる。
『ちょっとやめなさいよオーマ。映すならもっと華麗な衣装に着替えてからにしてよね…って、こら、着替えまで映さないのっ』
『いいじゃねえか減るもんじゃ無し』
『オーマに見られると、確実に減るのよ!もう…』
『ぼ…僕も減ると思うよ、だって、その…そういう目で、見てるんだし』
『おう?言ってくれるなお2人さん。お前さんらの子供に将来見せるための切り札にしようと思ってたんだぞ、これは。ほーれ、もっとこの映像の前に自らをさらけ出せ出せ』
撮影者は間違いなくオーマ自身。画面の中に入らず、声だけを拾い上げている向こうで、苦笑しつつ見ている2人の視線は酷く穏やかだ。
続くと、きっと続くと思っていた、こんな日々。
『オーマもこっち来なさい。どうせあんたの事だから呼びでもしなければ自分が映るつもりないんでしょう?』
『ち、ばれたか。…ああ、お前は映ったままでいい。この台に乗せて固定映像にしちまえば問題ねえさ』
撮影者を交代しようとする青年を押し留めた、若かりし頃のオーマがずいと画面へ入り込んでくる。
『何だよ、エンターテイナーなら決めポーズがいるんだぞ?そんなゆるい姿勢で立ってねえで、ほれほれ。こうやってだな…』
『え…、こ、こう?』
ぐいとマッスルポーズを取るオーマの真似をしつつ、隣の青年が見よう見真似で動きを真似るのを見て、
『こら、変な事教えないの』
2人に割って入った女性が、カメラの位置をちらと見つつ、にこっとカメラへ笑いかけ、それから2人を真ん中から抱きしめると左右にある頬へちゅっちゅっと音を立てつつキスをする。
『!…!、っ、!!!』
『…おう』
「馬鹿だなー。俺まで緊張してやがる」
わたわたと慌てふためく青年に比べれば、オーマの動揺は少ないものの、心音がかなり高いだろうと言う事は、カメラを通して恥ずかしい位に良く分かり。それを見るオーマが、苦笑を漏らした。
もしかしたら。
これが最後の記録になると言う事が、その女性には分かっていたのかもしれない。
途中から女性の華やかなドレスの数々を見せ付けるファッションショーに変わったり、各々の『武器』を見せ付けてみたりと、不思議なくらい楽しそうに、画面の中ではしゃぎまわる3人。
「おう、そういやあれが俺の武器だったか。懐かしいねえ」
身の丈を越す、中華風の両刀。それは今の主武器である銃よりも、『殺す』事に特化された武器。これ以外の武器を具現させる事は、新たな戦闘実験以外では滅多に無かった筈だ。
何よりも、自ら敵を砕く感触を確かめたくて使用していたのだから。
*****
異変は、今まであった細かな動きから、突如激変する。
異世界の歴史上尤も凄惨な『異端殲滅戦争』が勃発したのだ。
異端――オーマらの持つ具現化能力が、ウォズのそれに酷似したものと気付いたある人々から、未知なるウイルスのように一斉に拡大感染した『恐怖』。
それが、のちの歴史で戦争とまで名付けられた、騒動の根底にあったものだった。
繰り返し、繰り返し、過去に映し出した映像を流しながら、オーマの心はそこには無い。
殺戮と、発狂。
殲滅を望む者の『想い』は、さほど強力ではない能力者を、汚染し尽くし、そして――恐怖に底が無い事など知らぬかのように、目に入る者たちへひたすら攻撃を繰り返した人々の攻撃になす術も無く打ち倒されて行った。
オーマ自身も例外ではない。
あの2人と合流しようとして果たせず、自らが守っていた人々に拒絶されて――どうしたか。
気付けば、1人きりだった。
自分の大刀の色が変わっていた事を、ぼんやりと覚えている。
*****
「で、いつの間にか終わっちまってたんだよな」
戦争は――ある『事象』により、終結した。せざるを得なかった。能力者であろうとなかろうと、関わったもの全てと――そして、あの青年は死亡してしまったのだから。
ヴァンサーソサエティが、戦争に至ったにも関わらず能力者を擁護する施設としてすんなり認可されたのは、それからすぐ後の事だった。
尤も、この辺りの流れはオーマ自身完全に記憶しているわけではない。
と言うより、オーマの記憶そのものが一部ぽっかりと抜けていたのだから。あれだけ親交を深めていた親友2人の事に関して、全て抜け落ちていたのだ。
だから、戦争…その後の事象による死亡者のリストに、青年の名があった時も何の感慨も――いや、あの時だけは、何故か胸を鷲づかみにされたような衝撃を受けたのだったか。その理由が分からなかったのですっかり忘れていたのだが。
そして。
オーマがヴァンサーソサエティに入ったのは、創立されてから数年は軽く過ぎた後の事だった。
それまでは――
「探してた」
打ち捨てられた大地を彷徨い、空に浮かぶ虚栄の地を何度も何度も見上げつつ、
何かを、探して。
それは、零れ落ちた記憶だったのかもしれない。
だが…結局は、見つからなかった。ソサエティ創立者に出会っても、それが親友だったとお互いに思い出しもしなかったのだから。
ウォズに対し、共存の道を求める…そんな今のような望みも、考えもしなかったどころか、鼻で笑い飛ばしていただろう。
*****
今は決して見る事が出来ない、あの日の笑顔が、痛い程眩しい。
こうして――全ての記憶を思い出した今となっても、取り返せる物ではないと分かってしまったから。
ぎゅ、っと自分の大きな手を握り締める。
これだけの大きさの手でさえ、親友2人の将来を守りきる事が出来なかった。それが、純粋に悔しかった。
「おまけに生きてやがるしよ。可愛くなくなっちまったしなあ」
からかい甲斐ねえぜ、呟くオーマの嘆きは、それでも柔らかく。目は、あの日の映像を延々と追い続けている。
『あいつ』の目的がなんなのか、死んだ筈の身体、生きていたにしてもほとんど年を取った様子の無い姿、その正体は――分からない事だらけだが、それよりも。
「何よりも、誘ってやらなくちゃ失礼だな」
ふっふっふっ、と低く笑いながら、総帥として腹黒同盟への強制参加を目論んでみる。
場合によっては戦う事もあるだろうが、それでも彼はオーマにとって『敵』ではない。
仲間であり、親友であり、…弟のようなものだ。それは、過去と変わらず思い続けているもので。
その思いを再確認しに降りてきた事は無駄では無かったと、ぐ、と拳を握り締めながら――参加要請プランを練り始めたのだった。
過去に、様々な想いを抱えて生きた人々が、ようやく揃い…
歯車はゆっくりと動き始めた。
指揮者の動きに合わせるよう、歯を噛み合わせ、歪な音を奏でながら。
――その、誰の耳にも届かない音は。
どこか、心音に、似ていた。
-END-
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