<PCクエストノベル(2人)>
母なる腕(かいな)
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】
【2086/ジュダ /詳細不明 】
【助力探求者】
なし
【その他登場人物】
イン・クンフォー
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イン・クンフォーのカラクリ館。
アセシナート公国で魔法兵器を作っていたと噂されるイン・クンフォーの作り出した塔は、普段はそんな奇妙な呼び名で親しまれている。
それと言うのも、この館の主が侵入者撃退のためか様々な障害を凝らし、もしくは自らの研究の実験を繰り返しているからで、そう言った噂に興味を持つ冒険者のような者でなければ普段は訪れる者も無い。
そう――鼻歌混じりで、しかもかなりの長身の体格のいい男とは言えたった1人で訪れる者は滅多にいない。
尤も、そういった常識はこの男…オーマ・シュヴァルツには通用しないのだろうが。
オーマ:「つーわけで来てやったぜ俺様。偉いぜ俺様。どうだ?今までで最短距離だったんじゃねえのか?」
イン:「……………」
無言で睨み付ける男、館の主、イン・クンフォーの視線を意にも介さず。
ぽっかりとひと1人分空いた壁からよいせと這入りこんだオーマが、ふっと胸を逸らしてにやりと笑った。
*****
イン:「最短距離にも程があるわ。おそらく前回の折り、この部屋の座標を覚えていたのだろうが」
むうとした表情のまま、男が恨みがましくオーマを見る。
イン:「魔法障壁を越えて来られてはかなわん。仕方ない…部屋を移動するしかないな」
ぶつくさと新たな研究室の設計図を書き始めたインにオーマがぽりぽり頬を掻きながら、
オーマ:「急ぎの用だったんでな、あんまりやりたくなかったんだが」
そう言って苦笑いする。それは本心だっただろう。ちょっぴりちりちりになった前髪や、火傷のような跡を一面に付けた両手を見れば、オーマも防護していたのだろうがそれを通り越した障壁の破壊力を物語っていた。
この室内は、一見普通の塔の一室に見えるが、実は塔の何処の位置に存在するのか、通常からは分からないようになっている。知るものからすれば地上と同じ高さにあり、知らぬ者からすれば塔のてっぺんにあるかもしくは辿り付く事すら叶わないのだ。
イン:「それで何用だ?まさか兵器を作れと言うのではないだろうな」
オーマ:「惜しいな」
だが外れだ、そう言うとオーマがべろんと一枚の紙を広げた。そこには簡略化されたこの国の地図が描かれており、
オーマ:「さて質問だ――アセシナート公国の国境に、俺様のように特殊な能力者が通り抜けられないような壁を作るにはどうしたらいい?」
ぐるりと、エルザードを囲うように線引きされた地図を、ぱん、と手で叩く。
その質問は、インの興味をいたく引いたようだった。
イン:「お主の事ではないのだな。行くも行かないも自由意志なのだから」
オーマ:「まあな。あー、インのオッサンはウォズって知ってるか?」
ここに篭っている男の事、知らない可能性もある。知らなければ説明しなければならないが…と思っていたオーマに、しかし地図から顔を上げたインはすっと目を細めて、
イン:「知らぬものか。最近街を騒がせているモノの事だろう…実際に出会った事は無いがな」
で?と目で促すインに、
オーマ:「そいつらを公国にどうあっても行かせたくねえのさ。自分の意思だろうと、強制だろうと、な。そうだな、ある特定の条件のみ通行を不可に出来りゃあいい。ウォズと特定できる条件は俺様が知ってるからオッサンはそこまで調整しなくてもいい。出来るか?」
イン:「無理だな」
あっさりと。
そう言ったインが、皮肉な目をオーマへ向ける。
イン:「それをするならこの国を巨大なドームで覆った方が早い。軽い障壁なら出来なくはないだろうが、上にも下にも果てしなく続くような壁は出来ず、その上主のような力があれば通過出来てしまう。それに、条件付けではなく全員に効果を及ぼすだろうな」
オーマ:「それじゃあちぃっとばかり困るんだよな。国策じゃあるまいしでけぇ壁を作るだけの権利はねえ。俺様1人の考えだからな」
イン:「…ほう?随分と大それた考えを持つ男だな」
く、と喉を鳴らす。どうやら笑ったらしく、インの口元は少し歪んでいた。
オーマ:「それとな、障壁のノウハウなら多少は持ってるんだ。前に住んでた所にもあったからな」
こことは違う異世界で、浮遊大陸に展開されていた防護壁を思い浮かべる。…確かに、それでも力あるウォズなら難なく通過出来ていた。そこまで完璧な障壁はオーマも無理だろうと思っている。
イン:「そうか。お主の世界にはあったのか」
――何気なく言ったオーマの言葉に、インの目がすぅっと細められた。
イン:「特定の条件にのみ発動する魔法は無い訳ではない。持ち主以外には攻撃を加えるアイテムも存在するからな」
ぶつぶつと地図の線をなぞりながら、インが何かの公式めいた言葉を暫く呟き続け、そしてオーマへ目を向けると、
イン:「そのノウハウとやらを教えてくれ。方法によっては、あるいは使えるかもしれん」
オーマ:「おうともさ。俺様の知識喜んでぶちまけてやるぜ、ありがたく聞くんだな」
イン:「頼みに来た者が何を言うか」
ふっと鼻で笑うインに、オーマが、それでも心底嬉しそうな表情を浮かべてとくとくと語りだした。
*****
オーマ:「こんな小さいモノで本当に役に立つのか?」
よっこいせと再び肩に担ぎ上げた、無骨な金属の光沢を持つそれは、ラッパのような筒を取り付けた箱で、トリガーらしき部分もあり、見ようによっては銃に見えなくもない、不思議なものだった。
イン:『――良いか。本来、こうした機械と魔法は溶け合うモノではない。その、どうしようもない溝をどうにかして埋めるのがこちらの仕事だ。お主の持つその『具現』とやらがお主の世界での魔法と溶け合うのも道理、元から同じモノ同士が派生したのだからな』
オーマにこの機械を手渡した際、インは複雑な表情をしながらこう告げて来た。
イン:『だが、この世界はその魔法も具現も拒絶するぞ。この機械もそう長くは保つまい…幾重にも魔力で覆いをかけてもこの通り、反発しているのだからな』
今オーマの肩にあるそれは、こうして歩いている間にも端から空気に触れた氷のように融け始めているのが分かる。それと同時に、オーマが具現化させた『障壁を作る機械』とそれを国内一杯に反映させるために埋め込んだ魔力増幅機から漏れる高濃度の魔力が、じわじわとオーマの身体を侵食しているのが感じとれた。
オーマ:「たーく。魔力浴び続けで巨大化したらあのオッサンに責任取らせてやる」
軽口を叩きつつ、急ぎ足で向かう。…国境が一番確実なのだが、公国の見張りに怪しまれても拙い。最低でもここまでは行けとインに示された地点から国境側で、封印結界を試みてみるつもりだった。
オーマとて、これが相当無謀な試みだと言う事は分かっている。インに指摘された通り、この世界での『魔法』とオーマの知る『魔法』は力の発露する根本からして違うのだから。
だが、この世界での魔法を使って成功させなければ意味が無い。結界めいたものの巨大さも理由のひとつだが、下手に異世界の力のみで作り上げてしまった場合の、この世界からの拒絶と反発による副産物――巨大な、破壊のみに向かう力――こそ、避けなければならない事だったのだ。
オーマ:「…おうおうおう。何だよ、そんなに俺様信用ねえか?」
半壊しかけた機械を手に、目的地に着いたオーマがにやりと笑いかける。
そこには、異世界からの住人の行動を見届けようと言うのか、それとも今回の目的を手伝おうと言うのか、聖獣たちが並んでオーマを見下ろしていたのだった。
オーマ:「手伝ってくれるならありがたいが、お前さんたちでも出来るかどうかわからねえぞ?」
笑いながら言い放つその言葉は真実。
だが――この地を守護する聖獣だからこそ分かるのだろう、あまり見慣れない具現機械へほんの僅か戸惑いを見せつつも、ウォズの危険性を知ってか、
――やれ
と、機械に含まれた高濃度の魔力をも易々と上回る魔力を上乗せしようと、それぞれの聖獣がこぞってオーマを促したのだった。
*****
オーマ:「……っちぃっ」
オーマの手にある『機械』は、もう殆どその原型を留めていない。
今にも空中分解しそうな脆さを見せる機械に、もう一度と力を搾り出して皮を被せると、
オーマ:「おお……ッッ!」
どぉんっ、と音にならない音を立てつつ、その機械から核ともなるべき部分を発射する。
それこそが、封印結界の要であり根本である、ウォズにのみ反応して結界の外へ出さないようにする部分。後はその核にこの世界の魔力で肉付けし、増殖させて国をぐるりと囲めば完成――だが。
オーマ:「…かあーっ、また駄目かよ」
べっちんと額を手の平で叩きつつ、オーマが大きく首を振った。
核の力がどうやっても魔力と融合しないのだ。魔力が少なければそもそも結界が広がらないし、魔力が少しでも核を越えればあっと言う間に魔力に侵食され崩れ落ちてしまう。
そもそも、互いの力の元が違うのだからそれは予想出来た事。
土壌に合わない種は、芽生える事が無いのだから。
数度に渡るこうした魔力の放出も、あと1回が限度になる。あまり高濃度の魔力を続けると、聖獣たちの護り手としての力をも削がれてしまうし、公国側にも気付かれてしまうだろう。
オーマ:「何かが違うんだよなぁ…」
それでも、方法自体は間違っていない筈だ。ならば、あと1度――
息を整え、オーマにしても今日最後くらいの力を持って具現を補強すると、
オーマ:「おうっっし、行くぜぇっ」
そう言って機械を改めて持ち上げ、狙いを定めた、その時。
???:「――違う事に気付いていながら、それでも続けるのか…希望はゼロに等しいと言うのに」
ざく、と。
土を踏みしめる音が背後から聞こえ、
オーマ:「当たり前だ。ゼロに等しくたってゼロじゃねえ。確率の問題で言えば、どんなに可能性が低くても必ず起こり得るんだからな。…ひさーしぶりじゃねえか、ジュダ」
ジュダ:「……ああ」
持ち上げた腕を一旦下ろし、オーマが楽しげに笑いかける。
ジュダ――過去に於いてオーマの友人であり仲間であった男。だが現在、ジュダを『仲間』と見なす者はどれ程存在するだろうか。オーマの身内でも、ほとんどが敵対し、警戒し続けているだろう。
が。
オーマ:「丁度良かった、お前も手伝え」
もう1度持ち上げた手にある機械を、ジュダは何の感情も浮かんでなさそうな顔で一瞥し、
ジュダ:「……最初から、そのつもりだ」
そう呟くように言うと、すたすたと近づいて機械をオーマから取り上げた。
*****
ざわ、ざわ――そんな声が聞こえてきそうな気配が、あたりに充満している。
それは、聖獣たちの持つ意識が漏れているためだった。
彼らの『視線』は、ジュダにひたりと注がれている。ジュダの持つ何か計り知れないものは、聖獣すらをも畏れさせてしまうものらしい。
オーマ:「おうおう、駄目だぜお前さんたち。こんなヤツに萎縮しちまっちゃ、増長しちまうじゃねえか。なあジュダ」
ジュダ:「簡単に増長するのはそっちの方だろう。――」
特に何の力を込める様子も無く、ジュダは機械を点検しオーマへ手渡した。
ジュダ:「…撃ってみろ」
オーマ:「おう」
最後の一発。
それを、先程のような気負いも無く、オーマが持ち上げると、狙いを定め、
オーマ:「おりゃぁっ」
ずどん、と力を込めて撃ち出した。すかさず、聖獣たちが同じように魔力で核を包み込んでいく。
と――
どくん。
核が、まるで生き物のように1度鼓動を皆へ聞かせると、
――どくん、どくん、
与えられた魔力を餌に、みるみるその姿を変え、膨れ上がり広がり、一瞬だけ空に七色の光を煌かせつつ、国内を覆い尽くしていき、
オーマ:「……おお」
再び数瞬後にはその姿を消していた。だが、その存在は消えた訳ではなく、オーマたちヴァンサーには確実に分かるよう仕掛までなされている。
張り巡らされた結界は、それ自体生き物のように、穏やかに国をすっぽりと包みこんでいた。
ジュダ:「……これでいい」
ぼそりと、誰に言うでなく告げたジュダが、用は済んだとばかりにくるりと踵を返す。
オーマ:「ジュダ」
ジュダ:「一言、言っておく。…俺は、おまえたちとなれ合うつもりは無い」
目を合わせる事無く、風に乗せるように呟いたジュダ。だが、ふうっ、と大袈裟に肩を竦めたオーマが、
オーマ:「おいおいおい、何言ってんだ?なれ合うも何も、お前は最初っから俺様の舎弟だろうが」
ジュダ:「……下僕の間違いだろう、それは」
に、っと笑ったオーマに、ジュダが小さく溜息を吐いてゆるりと顔だけ後ろに向け、
ジュダ:「俺のやる事は済んだ。他に何か、用でもあるのか?」
おうよ、そんな声が聞こえそうな破顔した顔で、オーマがずんずんと近づいていき、
オーマ:「お前程の逸材はいねえ。実力もハンパじゃねえ。――だから腹黒同盟に入れ」
わしっと後ろからその両肩を掴む。
ジュダ:「……………」
ジュダの表情は変わらない。ただその深い黒々とした瞳で射抜くように見つめるのみ。
オーマ:「む。その沈黙は肯定と取っていいんだな?いやー話せる弟を持ってお兄ちゃんは鼻が高いぜ、わはははは」
ぎゅぅ、と握り締められた肩が痛いだろうに、ちらとも表情を変えないまま、ジュダはゆっくりと首を振った。
ジュダ:「残念だが」
オーマ:「残念?何言ってんだよ、お前が断わるわけねえだろうが。む、もしかして何か理由でもあるのか?うちは住所不定だろうが無職だろうが不定形だろうが何でも俺様の一存でどうにかしてやるだけだからよ、そんなもん気にすんな。いや、遠慮はいらねえ、ほんっとーに遠慮する事ねえぜ」
ジュダ:「遠慮などするものか。…俺は誰かとなれ合う気が無いと言っただろう。おまえも同じ事だ」
オーマ:「なにぃぃぃ。つー事は――まさかお前、今になって反抗期か!?いくらなんでもそりゃ遅すぎるだろう」
ほれ、と肩越しに差し出されたのは、手紙だろうか、手作りらしき封筒。
そこには目と口と、小さな翼が付いていた。
オーマ:「お前がサインさえすればどこからでも俺様の元へ戻ってくる『おたよりくん』だ。翼の左右バランス考えるのに苦労したんだぞこれ。最初は空飛ばせてもバランス悪くて落ちるか旋回しか出来なくてなぁ」
ジュダ:「……この場できっぱり断わってもいいんだが」
ひょいと、オーマが具現化したらしいそれを手に取るジュダが、じぃ、とその封筒を見つめる。それに返すは、不思議そうにジュダを見返す目。
オーマ:「気に入ったなら、文通用に預けておく。可愛がってくれ」
ジュダ:「話すのか?」
オーマ:「いや、それは表情用だ。褒めれば喜ぶし怒れば悲しむ。気に入ったみてぇだな?」
ジュダ:「……む…」
真っ直ぐ、ジュダを見続けるその目から視線を外さないまま、ジュダは反論せずにす、っとそれを胸に仕舞いこんだ。それから、にやにや笑うオーマの視線に、ごく微かだが微笑を漏らし、
ジュダ:「答えはわかっていると思うが……いただいておこう」
オーマ:「おうとも。つうわけで準会員入会おめでとうキャンペーン中なんだが、どうだ?これから飲みに行かねえか?」
ジュダ:「……準会員……悪徳セールスのようなやつだな、おまえは」
オーマ:「わーはは、何とでも言え」
聖獣たちの姿は既に無い。
具現を解かれた機械もとうに消え、高濃度の魔力は世界に融け、あるのは生まれたての『障壁』の気配のみ。
ぐりぐり片腕で首根っこを抱かれた過剰なスキンシップにめげず、
ジュダ:「……総帥の深い懐に期待しよう。まさか、住所不定無職に金を出させるような、無粋な真似はしないだろうからな」
暗にどころではなく奢れと言いながら、頭を幼児のようにぐりぐり撫でられつつ街へ向かうジュダと、これまた嬉しそうに任せろー、と大声を張り上げるオーマ。
2人の姿は、間もなく訪れる夕闇に次第に紛れ、見えなくなっていった。
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…融合するには、根底を繋ぎ合わせなければならない。
この世界のものでない具現の意思…核と、交わる筈のないこの世界の魔力。
ジュダは、万一にも成功する事の無い2つの溝を埋める術を知っていたのだろうか。いや、知らなければそもそも出て来る事は無かっただろう。
聖獣にすら畏怖の念を抱かせる存在、ジュダ。
彼は、核に『擬似生命』を与え、放出される大量の魔力を体内に取り込ませる事で自らの力とし、更にウォズのみを目標とした壁…結界を維持するよう、指示を出していたのだった。
これは、彼の元いた世界とは力の成り立ちからして違う。あちらの壁は完全な拒絶のための壁だったが、この地に出来た壁は、包み込むためのもの。
それはまさに、ウォズを護り抱きとめる、母なる腕とも呼ぶべき代物だった。
-END-
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