＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
「怪盗現る！？」
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「あの、依頼をしに来たのですが……」
夜の黒山羊亭に一人。ここには縁の無さそうな女性がエスメラルダの元を訪れた。
「依頼？わかったわ。こっちで話を伺うわね」
ステージを終え、一息ついたエスメラルダは冷水の入ったグラスを一人傾けていたが。女性に話し掛けられるとすぐに応じ、立ち話も難だから、とカウンターの隅の席へと移動した。
「それで、依頼っていうのは？」
隣に座った女性の前に冷水のグラスを置きながら、エスメラルダは問い掛けた。どう見ても普通に暮らす普通の家庭の女性に見える彼女が一体何を依頼しに来たのだろう？と興味を持ちながら。
エスメラルダの問いに女性は、はい……と返事をしてからゆっくりと事の次第を話し出した。
「実は……ビスクドールをとり返してもらいたいんです」
「ビスクドール？ビスクドールって確か……粘土を素材にして作られる磁器製の人形よね？」
「はい……」
エスメラルダの問いに、女性はこくりと頷いた。
「代々受け継がれてきた子なんですが……先日、盗まれてしまったんです。権利書と共に……」
女性の話ではこうである。代々受け継がれてきたとても価値の高いビスクドールを家の中に飾っていたところ、偶然通りかかった人が窓から見えたビスクドールを気に入り、売って欲しいと大金を持って押しかけてきたという。
「ですが、手放す気は無いとお断りしました。いくら大金を積まれてもお売りできません、と。そしてその日は帰っていただいたんですが……その後も何度も来て……」
女性は暗い表情をしながら話を続けた。
「一昨日も丁重にお断りして帰っていただいたのですが……昨日の夜のことです。ガシャーンと窓の割れた派手な音がしたので慌てて起きて行ってみると……ビスクドールとその権利書だけが消えていて……」
「あなたの話からすると……犯人はその何度も大金を持ってきた人だって言ってるように聞こえるわね。確証があるの？」
「はい！確証ならあります！」
女性はしっかりと頷いてエスメラルダを見た。
「人形を返してもらおうと今日、その人の家を探して訪ねたんです。そうしたらその人の居間に、堂々と権利書付きで飾ってあるのを見せられたんです……！欲しかった人形によく似ている人形が手に入ったと」
女性は今にも泣き出しそうな表情でエスメラルダに懇願した。
「権利書が向こうの手にあってはわたしが被害届けを出すことはできません……。お願いです！人形をとり返してください……っ！」
「なるほどね……わかったわ。盗まれたビスクドールを上手くとり返して欲しい、というのが依頼ってことね。公にはできないけど……良い人たちを知ってるから訊いてみるわ」
【１】
シグルマ：「ようエスメラルダ！用事ってのはなんだ？」
エスメラルダ：「いらっしゃい。早かったのね」
黒山羊亭が開店して十数分後。店に現れたがっしりした体系の男性、シグルマはエスメラルダの姿を見ると軽く右手をあげた。
エスメラルダは艶やかに笑みをうかべると、カウンター寄りの一番隅の席へとシグルマを案内した。そして、席についたのを見ると周りに人がいないことを確認してから口を開いた。
エスメラルダ：「受けて欲しい依頼があるの。これは公にはできないからわざわざ個人的に呼び出させてもらったんだけど」
シグルマ：「公にはできない依頼？それは面白そうだな。で、何があったんだ？」
エスメラルダの隣に座る女性が依頼人らしいな、と思ったシグルマは女性へと問いかけた。
女性は緊張していたためか急に話し掛けられて少々慌てていたが……すくっと席を立つとお辞儀をしながら言った。
女性：「は、はじめまして……！イレーヌといいます」
シグルマ：「イレーヌ、か。俺はシグルマだ」
二人は簡単に自己紹介を済ませると、イレーヌは席について事の次第をシグルマへと話し出した。
イレーヌ：「……という訳なんです……」
シグルマ：「なるほどな。で、権利書と人形を取り返せばいいんだな？」
イレーヌ：「はい……！」
話を聞いたシグルマは、エスメラルダの公にできない、という理由が判明し、一人頷いた。泥棒をしてくれ、と言っているようなものだ。これでは公にはできないな、と。
イレーヌ：「わたしの家は代々人形師の家系なんです……。その人形も祖父から受け継いだもので……」
シグルマ：「この人形は本物です、っていう印みたいなのはないのか？」
イレーヌ：「印、ですか？はい……ありますが……」
シグルマに問われたイレーヌは、瞬時に困った表情をうかべるとうつむいてしまった。
シグルマ：「ん？何かあるのか？」
イレーヌ：「……はい……その印は代々血縁の者以外には話してはいけないと……言われてまして……」
シグルマ：「そうか。それなら無理には訊かないが、他に何か印になるようなものはないのか？」
イレーヌは次の問いに対し、しばし考えこんでいたが……
イレーヌ：「……すみません……他に印になるようなものといえば権利書だけなんです……」
質問の答えは見つからず、更に俯いてぼそりと答えた。
シグルマ：「なるほどな」
そいつは困ったな、とシグルマは内心思ったが……しょうがない。
シグルマ：「取り返してみればわかるってことだな？じゃあ人形の特徴を教えてくれ」
イレーヌ：「はい！」
【２】
シグルマ：「ここだな」
依頼を受けたその日の夜。いつもなら黒山羊亭で楽しく飲んでいるその時間に、シグルマは豪邸の前に立っていた。
シグルマ：「すげー豪邸だな。一体いくらかかってるんだか」
邸の周りを取り囲む頑丈な壁。その中にどんっと構える豪邸。正面に見えるのはおそらく噴水……。贅沢の限りを尽くした見事なところである。
シグルマ：「さて、はじめるか」
邸から少し離れたところへ移動すると、背中に装備していた剣を抜き放ち、シグルマはにやりと笑みをうかべた。
シグルマ：「存分に暴れてくれよ」
そう言いながらシグルマは上から下へと勢い良く剣を振り下ろす。すると……！剣が怪しく光を放ち、そこから出てきたものはなんと。狼のような狐のような鋭い眼光を持った魔獣であった。
シグルマの持っていた剣、ヴァングラムから現れた魔獣は、まるで彼の意図を汲み取ったかのように邸に向かって駆けていってしまった。
魔獣が邸へ駆けていってしまってから程なくして。邸のほうからおそらく警備兵のものであろう声が聞こえてきた。
シグルマは計画通り、とそれを聞いてから邸のほうへ駆け出した。
邸の門前につくと、そこにいた警備兵は一人は気を失い、一人は門にしがみ付いていた。そこへシグルマが走りこみながら言った。
シグルマ：「大変だ、魔獣が豪邸の方へ逃げたぞ。そいつを捕まえてくれ」
警備兵：「ままま魔獣ならあっちへ行った……！捕まえるなんてと、とんでもないっ！あんたが追ってきたんだろ！？任せるっ！！」
シグルマ：「わかった。じゃあここに入らせてもらうぜ」
すっかり混乱し、怯えきってしまった警備兵は、魔獣が向かったという方向を指差すとその場にへたりこんでしまった。
警備兵がいる意味があるのか、これは。と内心思いつつ、シグルマは門を通って邸を目指した。
シグルマ：「（予想以上に簡単に入れたな）」
先ほどシグルマが警備兵に言ったセリフ、実はあからさまにわかるくらいの棒セリフであったのだが……。気が動転していた警備兵はそれに気づかなかったらしい。まったくもって役にたっていない。
魔獣を追って中に入ったシグルマは、魔獣がどこへ行き、どこで暴れているのかはわからなかったが。そんなことは問題ない。
だが、うまい具合に邸の中で魔獣が大暴れしているようなので、シグルマはそれに乗じて一暴れすることにした。
武器をそれぞれの手に装備し、邸の中へと堂々と入っていく。
シグルマ：「魔獣はどっちに行った？」
侍女：「……」
途中、廊下でぺたりと座り込んでいる侍女がいたのでシグルマはそう問いかけてみた。
しかし、侍女はシグルマを見上げはしたものの……話すことはできず。ただ首を左右に振っただけであった。
シグルマ：「そうか」
侍女の様子を見たシグルマは、この辺りも魔獣が通過したんだな、と思いつつ。今回の目的である人形を探して駆け出した。
シグルマ：「一体どこにあるんだか。わかりにくいところだな」
魔獣が適度に暴れてくれているうちになんとか見つけ出さねばならないのだが……とにかく、この邸は広すぎてよくわからない。
シグルマ：「この辺りじゃねーのかな？ん？」
廊下に並ぶ調度品の数が増えてきたため、そろそろ邸の主人の部屋も近くなったんじゃないかと思いつつ。シグルマが廊下を駆けて行くとそこには……シグルマには訳の分からない光景が広がっていた。
シグルマ：「こいつらなんで床に転がってんだ？」
俺はまだ何もやってねーぞ、と思いつつ。シグルマは床にのびている警備兵を転がしてみる。……特に外傷もない。ということは、魔獣にやられたわけではなさそうだ。
シグルマ：「まぁいい。とにかく目的の物を探さねーと」
なぜかのびている警備兵をそのままに、シグルマは片っ端からドアを開け、人形を探していくことにした。どこにあるのかわからないので。
鍵がかかっているところは適当に壊したり、こじ開けたりして突破し、中を調べていく。開けていく部屋は物置だったり、洋服がいっぱいかかっているクローゼットだったり、何があるのかよくわからないような部屋だったり……と外ればかりが続いていたそんなときである。
シグルマ：「なんだ？この部屋の鍵だけやけに頑丈だな」
これはもしかして、と思ったシグルマはためらわずに、持っていた武器で豪快に扉の鍵を壊した。すると……。
シグルマ：「当たりだな」
シグルマが鍵を壊したその部屋には、盗まれた人形が飾られていた。
シグルマ：「この紙に描かれているのと同じだし、間違いねーな」
イレーヌからもらった人形の図案を見て同じ人形であることを確かめ、にやりと笑みをうかべると。シグルマは手に持っていた武器をしまい、
シグルマ：「こいつは確認したからいいとして。権利書は……」
置かれていた大きな机の引出しをごそごそと漁りだした。
そして、机を漁り始めて数分後……。
シグルマ：「お！これか。ちゃんとサインもあるな」
イレーヌの家名が書かれた権利書が引き出しの一番奥から出てきた。偽物では無い証拠にその権利書には透かしの家紋とサインが入っている。
シグルマはその権利書をしっかりしまい、さぁ人形を持って退散しようとしたそのときである。
シグルマ：「ん？これは……」
何かをみつけたらしく、シグルマは人形を持たずに部屋にある戸棚に近づいていった。そして、にやりと笑むと……。
シグルマ：「こいつは上物じゃねーか。こんだけあれば何本か無くなってもばれやしないよな」
その戸棚にあったものを持っていた袋へと詰め、満足そうに笑んだ。その戸棚にあったものとはずばり。ワインの瓶であった。それも、シグルマには手を出すことができないぐらいの、上等なもの数本を。
人形も権利書も、そして意外な収穫物も得て目的を達成したシグルマは。部屋の窓を開けると、人形が途中で壊れてしまわないようにそーっと抱えて外に出し、続いて自分もさっと出た。
シグルマ：「人っ子一人いねーな。一体どうなってんだ？」
外に出れば見張りがいて戦闘になるだろう、そう思っていたシグルマであったが……庭には猫一匹さえいない。
期待はずれの展開に少々気が抜けたシグルマであったが、
シグルマ：「いないならいないほうが都合がいいけどよ。こいつは割れ物だしな」
気をつけて持ち帰るものが多いし、今のうちにと門を通って外へと駆け出した。
ちなみにシグルマが去ったのとほぼ同時ぐらいであったか。邸ではこれまた大騒ぎになっていた。
主人：「ないっ！私の人形がないぞっ！！」
魔獣が現れた、と聞いて一目散に逃げていた邸の主人が自分の部屋に戻るとそこには。人形の姿とそれから……
主人：「ああっ！？わたしのワインも無いっ！！」
ワインの瓶が数本消えていた。いや、正しく言うとそこに置いてあったワイン全てが消えていた。
【３】
エスメラルダ：「あら、早かったのね。お疲れ様」
途中でヴァングラムの魔獣を回収したとき以外は豪邸を出てから立ち止まらず。シグルマは真っ直ぐに黒山羊亭へと戻ってきた。
夜半も過ぎ、大盛り上がりを見せている黒山羊亭にシグルマが戻ってきたのを見て、エスメラルダは話を切り上げてきて話し掛けた。
エスメラルダ：「その様子だとちゃんと取り戻したようね」
シグルマ：「もちろん。それでイレーヌはどこだ？」
艶やかに微笑むエスメラルダに、シグルマは依頼人はどこにいると問いかける。すると、エスメラルダはこっちよ、と言ってカウンターの隅の席へシグルマを招いた。
エスメラルダ：「イレーヌ、シグルマさんが帰ってきたわ」
イレーヌ：「あ……取り返していただけたんですか！？」
シグルマ：「ああ、この通りだ」
カウンターの席に座っていたイレーヌは、エスメラルダに呼ばれてシグルマの姿を見た途端。手に持っていたものを見て笑顔をうかべた。
イレーヌ：「ありがとうございますっ！！本当になんとお礼を言えばいいか……っ！」
シグルマ：「俺は依頼をこなしただけだ。それに」
イレーヌのあまりの大袈裟なお礼の仕方にシグルマは笑いながら言った。
シグルマ：「土産にこれを貰ってきた。人形の奪還祝いにぱーっと飲もうぜ」
にっと笑みをうかべて袋からある物を取り出したシグルマに、イレーヌとエスメラルダは思わず目を丸くして絶句してしまった。
エスメラルダ：「……よくそんな余裕があったわね。それに……すごい上等物ばっかり」
イレーヌ：「……それ、全部持ってきたんですか？」
シグルマ：「全部って言ってもほんの一部だ。邸中の酒を持ってきたわけじゃねーからな」
ワインについているラベルを見てエスメラルダは苦笑した。シグルマの言っていることは間違いないだろうがおそらく、これは邸で一番高いワイン全部に違いない、と。
シグルマ：「盛大にいこうぜ盛大に！エスメラルダ、何か適当につまみ持ってきてくれ」
エスメラルダ：「はいはい」
依頼も無事終わり、待ってました！とばかりにワインの栓を開けたシグルマは、早速一本を空にして次の瓶を手にしていた。
黒山羊亭の夜は賑やかさが絶えることなく、今日も更けていくのであった。
…Fin…
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【０８１２／シグルマ／男性／３５歳／戦士】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、月波龍といいます。
お届けするのが遅くなってしまいすみませんでした。
今回はこういう話の展開になりましたが、
いかがでしたでしょうか？
至らない点がありましたらご連絡ください。
次回執筆時に参考にさせていただきたいと思います。
楽しんでいただけたようでしたら光栄です。
また機会がありましたらよろしくお願いします。
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