<東京怪談ノベル(シングル)>
セイギのヒロイン
ミリア・ガードナーはうるささに眉をひそめ、小さく唸った。
なんで。どうして。
眠りを妨げるのか。
眉間の皺がますます深く刻まれた瞬間、彼女はパカリと瞼を開け、その金の瞳を音のするほうへ向けた。
木陰と草むらのおかげか、音を発している者たちは気づかず通り過ぎたようだ。
ミリアは音が完全に遠ざかったことを確認して、立ち上がる。ついた葉をささっと払った。
「もうっ! せっかく気持ちよく眠ってましたのに!」
暖かい日差しと、丁度いい風。こんなに気持ちよい日は滅多にないくらいの絶好の休憩時間だったのに。
だが、ふと気になる。
(そういえば……馬の蹄の音、でしたけど……)
一頭ではない。十頭以上いたと思う。
「……まあいいです。とにかく出発の準備を」
*
一時間前のその行為に、ミリアは腹が立った。
なにを呑気に放っておいたのか!
草むらで頭を低くして様子を見ていた彼女は視線だけ動かして数を把握する。
(人質が……一人。盗賊は……いち、にぃ……全部で)
十一。
多い、と思う。
囲まれて自分の動きを妨げられると攻撃ができない。
「……」
むぅ、と顔をしかめてしまった。
ついさっき、村だと思って遠目に見た瞬間、ミリアはさっと頭を伏せたのだ。そしてここまで近づいてきた。
小さな村だったが、そこに明らかに不似合いな連中がのさばっている。
盗賊だった。どいつもこいつもいかめしい面構え。
村の若い娘が喉元に剣を突きつけられた状態で人質になっていることまでは確認した。
すぐさま飛び出して全員をボッコボコのグッチャングッチャンのベロベロにしてやりたいのは山々だが、そうはいかない。
(とにかく数を減らさないと……)
人質をとっているのはおそらく盗賊の首領だろう。その男の周囲に、ニヤニヤと笑って村人を見ているのが二人。
他の者……姿を確認できる人数は、あちこちの家に押し入って物を奪っているようだ。悲鳴もあちこちから聞こえる。
怒りに拳が震えた。
(こんな小さな村であのような傍若無人! 許しがたいですわ……!)
こそこそと移動していくミリアは、荷物を草むらに隠し、その上に葉をたくさん乗せていく。荷物が見つからないようにするためだ。
そしてすぐさま腰を低くした状態で、素早く駆け出した!
「おらっ、よこしな!」
乱暴に子供からオモチャを奪う男は、にやにやしながら言う。子供に駆け寄って抱きしめる母親を、笑って見下ろした。
「おまえらが悪ぃんだよ。襲ってくださいって言ってるような、警備もないチンケな村なんだからよお」
「襲うあなたたちが悪いに決まってますわ」
唐突に聞こえた若い女の声に男がぎょっとして振り向くが、その眼はすぐさま天井を見上げることになった。
背後からの回し蹴りが男の側頭部に炸裂したためだ。
どさ、と音をたてて倒れる男は完全に失神している。
母親と子供が驚いて少女を見上げていた。
「通りすがりの正義の味方、とでも思っておいてください」
にっこりと微笑んだ彼女は男の手首と足首を縄できつく縛り、さらに猿轡までさせる。
そして「静かに」というようにウィンクをするや、近くの窓に目配せするなりさっと近寄ってそのまま音もなく外に飛び出していった。
「アニキぃ、そういやなんか静かになってません?」
手下の言葉に首領はそういえばと思う。
家具などを壊す音もしなくなっているし、悲鳴もあまり聞こえない。
「大変だ〜っ!」
手下の一人が慌てて駆け寄ってくる。
「み、みんな、なぜかわかんねーけど縛られてて……! アニキ、村の連中以外に誰かいるみてーだ!」
「なにぃ!?」
眉を吊り上げた首領の手に力が入り、人質の娘の喉に剣の先端が当たる。
青ざめる娘はすでに気絶寸前のようだ。
「みんな気絶してるし、ぶぎゃ」
言葉の途中で彼は首領の視界から姿を消した。屋根から助走をつけて飛び降りた誰かに、勢いよく踏みつけられてしまったからだ。
「お、」
おまえ、と言おうとした首領に向けてにっこりと微笑んだ少女は一瞬で身を屈め、両手を地面につくやそのまま首領の足首目掛けての蹴りをお見舞いする。
いきなりのことに対応できなかった首領は見事にそれを食らい、バランスを崩した。
その隙を見逃さず、首領の右手にある剣の、柄の部分を蹴り上げる。剣が手から跳ね飛び、びぃん! と音をたてて近くの家のドアに刺さった。
「ぎゃっ!」
倒れて後頭部をぶつけた彼は、しかし人質の娘を離しはしなかったようだ。
「アニキ!」
子分の二人が状況を呑み込めていないようで、目を白黒させている。
首領は後頭部の痛みに顔をしかめたが、娘を拘束する力をさらに加えた。しかし、瞼を開いて動きが止まる。
自分の喉の上に、足がある。
いや……カカトだ。
触れるか触れないかのところに、ブーツのカカトがあった。
冷汗を流して視線を動かし、カカトの主を見遣る。居たのは、先ほど足蹴りを食らわせた少女だ。
「人質を解放し、降参してください! それを承諾してもらえないというなら、仕方ないのでこのカカトを下ろします」
「へ、へっ、ば、バカかてめぇよ……。てめーこそ、娘を解放してほ……」
一瞬あがった足が、びゅ、という音をたててまたも同じ位置で停止する。
「どうやら、わたくしの攻撃のほうがどうあっても速いみたいですけど」
ねえ?
可愛らしく言われて、首領がだらだらと汗を流し始めた。
「わたくし、こう見えても実はものすごーく怒ってますのよ?」
首領は手を離してしまう。娘は慌てて逃げ出した。子分は動けない。
「そちらのあなたたちも、こうなりたくなければ動かないように!」
ぴしゃりと言い放ったミリアが指差したのは、報告に来た子分だ。彼女が飛び降りて踏みつけたせいで、完全に泡を吹いて沈黙していた。
両手を挙げて降参ポーズをした首領を見て、ミリアはにっこり微笑む。そしてカカトを戻した。
「わかっていただけて嬉しいです」
「いつつ……」
首領はゆっくりと起き上がったが、ぎろりとミリアを見て殴りかかった。拳を振り上げ、勢いをつけて下ろすそれは。
「なんて言うわけないでしょう?」
と呟いたミリアが軽くジャンプするや、首領の肩にそっと手を添えた刹那それを放つ。
膝が鼻骨をへし折った音がしたようなしないような。
首領の拳が振り上げられた時にはすでにミリアは跳んでいた。見事なミドルビートを彼の顔に炸裂させ、彼女は軽く着地した。
ゆっくりと仰向けに倒れる男を見て彼女はニッと微笑んだのだった。
*
村長や村人に散々お礼を言われ、盗賊を残らず縛り上げたあと、ミリアはまた旅を再開させていた。
「しかし、わたくしもまだまだですわ……。あの馬の蹄の音は盗賊のものだったんですものね……。もっと早く気づいていなければいけなかったのに」
森の中を歩いていた彼女はふいに太陽を見上げた。
「こんな明るいうちに盗賊が出るなんて……。奇襲のつもりだったのでしょうか」
ぽつ、と音がして「ん?」と彼女は周囲を見回す。
「今の音はどこから……。何か落ちた……」
そこで言葉が止まり、みるみるミリアは口元を引きつらせていく。ついでに顔色も青色に染まって……。
肩で動いている毛虫を見て、彼女の口から盛大な悲鳴があがり、穏やかな森に響き渡った。
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