<PCクエストノベル(1人)>


忘れられた浮島

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
イフリート

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オーマ:「…おっ」
 薬を積んだ棚が、振動で崩れかかるのを押さえ、収まるのを待つ。
オーマ:「まただな」
 この所急激に増えた微振動。日が経つにつれ、その振動も大きくなって来ているような感覚に囚われ、最近では、人が寄ると大抵この話から始まる。それも無理の無い事だった。
 …揺れが止まるのを確認し、今度は揺れても落ちないよう積まれた棚から薬を降ろして床に並べ、オーマ・シュヴァルツはふうと息を吐いた。これで数日家を留守にしても、倒れて容器が割れたりはしないだろう。
オーマ:「何処かで火山活動でも開始したのか、こりゃ。――さあてと、これで準備は完了だな」
 日持ちのする薬と特製栄養剤をぎちぎちと病院マークの鞄に詰め、すっくと立ち上がる。
 その脇に控えているのは、筋骨隆々たる偉丈夫の姿。
オーマ:「待たせたな、オッサン。…いるか?」
イフリート:『出かけている。――外へ出る理由を作ったと言うのに何を怯えるのだ』
オーマ:「わっわっ、声がでけえよ。しーっ、お、俺様一大事で外に出かけるんだからな、理由を作るなんて不審がらせるような事は言わなくても宜しいだろうが」
イフリート:『…承知』
 少し不満そうな声が聞こえ、すう、と息を吸い込んだオーマが、
オーマ:「さーて、行くかぁ!」
 意気揚々と、少し急ぎ足で外へと出て行った。

*****

 ――話は数日前に遡る。
 仲間内で『落ちた空中都市』の話に興じていた時の事。
 遥か昔には魔法で空に浮き、何らかの事情でか今は地の底、水中に没してしまったその都市は、オーマの元居た異世界への連想を容易くさせた。
 今も威容を誇っているだろう、巨大な浮遊大陸。それもまた、古代都市のように落ちる危険性を常に孕んでいるのだろう、と。
 そんな思いに耽っていたオーマの耳に、沈んだ都市の他に、今も浮いている都市があると言う噂が飛び込んで来た。思わずがばと身体を起こす。
オーマ:「そりゃ本当か!?」
 あまりに勢い込んだオーマの声に、こくこくと頷きを返すしかなかった男が、
男:「う、噂だけどね。第一何処にあるかも知らないし。空飛ぶ都市なんて見たことないだろ?」
オーマ:「ねえからって無いものと決め付けちゃぁいけねえな。かくれんぼしてる事だってあるだろうさ」
男:「まあね――でも、どんな所なんだろうな?今も飛んでるって事は古代の魔法とか、当時の都市の姿がそのまま残ってるのか?いや、今も都市として機能してたり、古代人が住んでたりするかもしれないね」
オーマ:「ほほう!そりゃあいい。じゃあ探してみるか」
 ぐ、と乗り気になったオーマ…だがそこに、
男:「でもオーマさん、そんなに家を出て大丈夫なんですか?今の時期忙しいってこの間ちらっと聞きましたけど」
 他の男から鋭い突っ込みが入る。ぐ、と言葉に詰まったオーマ…その脳裏に浮かぶのは、病院をこっそり抜け出したのがばれた時の事。薬のストックはあるからその辺は気にしていないが、当の院長が行方不明になったと知れたら間違いなく巨大な刃物を持って殺しに来る者がいる。
オーマ:「お、おおおおう、だだだいじょうぶだ。こ、こうしよう、俺様無医村で発生した怪我や病気の薬配りに救援頼まれたと言う事で。ほほほらその浮いてる都市だって人がいりゃ俺様の患者だしよ、なっなっっっ」
男:「オーマさんがそれでいいならいいですけどね…」
 後でどうなっても知りませんよー、と言う声援?を受けて、帰る道すがら言い訳を考え、どうにかそれで納得してもらい。
 そして助っ人と称して自らの守護聖獣であるイフリートにまで登場してもらい、今日の運びとなったのだった。
オーマ:「つーか、空の上だよな。オッサン、乗っけてってくれねえか?」
イフリート:「乗せて乗れぬ事も無いだろうが、我が背にいい年の男を乗せると言うのも奇妙なものだ。いっそ抱きかかえて連れて行くか」
オーマ:「………」
 筋骨隆々の男にお姫様だっこされるオーマの図を想像したらしく、少々沈黙のあとぷるぷると首を振り、
オーマ:「俺様は背の上の方がいい。どうもぞっとしねえ光景だからな」
 心底からの声で、そう懇願した。イフリートは特に反対も無く、そうか、と呟いたのみだったが。

*****

 …今の高度はどのくらいだろうか。
 息苦しさを感じるのは、山の上と同じく空気が薄くなっているからだろう。
 尤もここは山の上ではなく――雲の上だったが。
オーマ:「…本当にあるとは、な」
 話に聞く『落ちた空中都市』の大きさに比べれば、都市ではなくこれは街レベルだろう。随分崩れているが、今のエルザードの建築様式ではない建物がずらりと軒を連ねている。
 顔を上げれば、その街を覆わんとする巨木の枝が張り出され、自然の傘が心地良い影を作り出していた。
 ――オーマの知る浮遊大陸とは、期待していたわけではないが、その理からしてまるで違う。確かに魔力は未だに浮力を保っている。…だが…それだけだった。
 これは、打ち捨てられた街だ。
 もしかしたら――落ちた空中都市よりも、作られたのは古かったのかもしれない。浮遊実験に選ばれたのだろうか、保護シールドも無いこの街は風にさらされ、当時はきらびやかに見せていただろうその建物の模様も全て削り取られている。
 詳しい年代や様式などは研究者をここに呼んで調べさせればいいのだろうが、何しろ相当の高度を誇る小さな街跡だ。1人2人ならまだしも、研究者たちをぞろぞろと呼ぶ方法は無いだろう。
 人が住むための場所は少なく、街としての機能を持っているとは言い難い。雲の上にある故、雨の心配は無さそうだがとにかく風が強く、おまけに飲み水も確保出来るかどうか…。
オーマ:「人の気配は、無さそうだが――」
イフリート:『どうした?』
 言葉を切り、中央に向かって円錐状に盛り上がっている、その頂点。今もざわざわと葉を鳴らす音が聞こえて来そうな程の巨木がそこにはある。
オーマ:「オッサン。――この街に生きもんは存在してるか?」
イフリート:『……人はいないようだ。獣の類も…そうだな、鳥も見当たらない』
オーマ:「そうだな…『ほとんど』生き物はいない」
イフリート:『なんだと』
 ざ、と強い風に構わず、街を出る時よりも急ぎ足で、街の中央に向かうオーマ。その足取りは迷う事無く一点を目指している。
イフリート:『この街に、まだ生きているものがいると言うのか』
オーマ:「いるじゃねえか、目の前に。…地面も少なく雨も期待できねえようなこの街で唯一、あれだけ青々とした葉を茂らせてる樹がよ」
 滑り台のような階段を上り、地肌の露出した地面に足を付け、ずんずんと上へ上へと足を進めるオーマ。その後ろを同じようにイフリートが移動しつつ、次第に表情が険しくなっていく。
 気付いたのだろう。
 あの巨木が、一体『何』で出来ているのか――を。

オーマ:「よう――初めまして、かな」

 張り出した根を越えて、幹の足元に立ったオーマが、目を細める。

???:『お おお おおお』

イフリート:『!?』
 オーマの言葉に反応したか、びんびんと周囲を震わせる『声』が、樹から放たれる。『それ』を目にしたイフリートは声も無く、オーマの後ろで立ち止まり、じっと見上げた。
 それは、どれほどの年月を過ごしてきたのか分からない大きさの、巨大な木。
 だが、木は元々話す事は無い。無い木が話すと言うのは――

???:『わたし を かりに きた か  う゛ぁん さー よ』

 意思を持った『何者か』が、木の形を取っていると言う事。
 だが――この木は、どう見ても、オーマの使う具現や魔法で作られたものでは無かった。ただ…普通の木とは何かが違ったのだが、それはイフリートでも分からず。
 オーマは、木から発せられた言葉にゆるりと首を振り、
オーマ:「お前さん次第だ。だが――お前は、何者なんだ?ウォズにしちゃあ、随分と気配が薄いんだが」
 そう、穏やかに問いかけ、答えを待つ。
 暫くの間、木は沈黙していた。言葉を捜していたのか、その間ざわざわと葉を鳴らし、そして、

???:『わたし は はるか かこに このちに きた もの   ねんりん は せん をはち こえた』

 たどたどしく、そう、答えを返した。
オーマ:「8千年――おい、それは本当か!?てことは災厄の前後――いや、まてよ」
 流石にその答えには驚いたのか、オーマが声を大きくする。
 8千年と言えば、オーマのいた異世界で異変が起きた頃の事。そして様々な事があり、この地に飛んで、追いかけるようにウォズたちも来たとばかり思っていたのだが、そうなると。
オーマ:「最初にここに来たのは、ウォズの方だったと言うのか…?」
 だが、オーマがこの地に現れるまで、ウォズが現れたと言う話も聞かない。となれば――それだけの昔からこのウォズだけがこの地に降り、ずっと今まで存在していたと言う事になる。
 8千年前のウォズ、と名乗った『それ』は、巨木から微かなウォズの気配を醸し出していた。その気配は風に乗り、宙を舞ってこの浮遊島の外へと流れ出。
オーマ:「融合…したのか」
 それも、自力で。
 あり得ないとは言わないが、それが出来るのは余程の能力者で無ければ叶わないもの。どう見ても、今のこの木から感じ取れる力では、奇跡にしか思えない。
 ざわり、とまた葉が鳴った。そして、聞き手を得た事で何か思うところでもあったのか、大樹になったウォズがオーマを見下ろし、

ウォズ:『あるひ とつぜん せかいが かわり きがついたら このちに いた』

 言葉を、ひとつひとつ、パズルのように並べながら、語っていく。

ウォズ:『この ちは わたしを きょぜつし  いきる ことが できず  だが』

 感情はもう擦り切れているのか、淡々と言葉だけが流れて行くのを、オーマたちは黙って聞く事しか出来なかった。こちらからかけるべき言葉も見つからないまま。

ウォズ:『わたしは それでも この みしらぬちで くちはてたくは なかった』

 何かの気まぐれのような異次元の扉に飲み込まれ、辿り付いた先で自らの存在すら否定され。
 それでも。
 この地で消えて無くなるくらいなら、と――。

ウォズ:『わたしは この きに わたしを あたえた』

 そして。
 ウォズは、その頃はまだそう大きくなかったこの樹に全てを託し、身を投じた。――栄養と言う点でなら、この世界に受け入れられる可能性があると。全く属さない異端子なら、そもそもこの身が朽ちる筈は無い。例え死を迎えても、身体はそのまま残ってしまうのだろうから。だから、生きるに向かないこの世界で、死に近い行動を起こした。

ウォズ:『わたしは わたしを とりもどした   きがくるいそうな じかんをかけて すこし ずつ』

 木として育ちながら、変容しつづけたそれは、木でありながら木ではなく、ウォズでありながらウォズではなかった。だからこそ、この地にありながらあれだけ青々とした葉を付けていられたのだろう。
 ふと、オーマが何か思いついたように口を開ける。
オーマ:「なあ。お前さんの望みは何だ?俺に出来る事なら手伝ってやるが」

ウォズ:『かえり たい』

 次々とこの世界へ現れるウォズたちが、ある意味でこの世界に『認められた』時には、この樹と一体化したウォズは樹から抜け出る事も叶わない身体へと変化してしまっていた。
 とろりと流れ落ちる涙は樹液。明瞭な言葉を話す事も出来ず、そして常に拡散していく自身を何かで縛り付けておかなければならないこの身は、8千年の時を経てようやく限界を迎えていた。
オーマ:「簡単には、いかねえんだろうな」
イフリート:『然り。この存在は、既に樹そのものだ。今更分離は不可能に近い』

ウォズ:『わかって いる  だから せかいを よんだ』

オーマ:「…なん、だって?」
 オーマが感じていた、もうひとつの違和感。それは、肌を這い上がる何かの気配に似て…ごく微かなものだったから、今まで考えないようにしていたのだが。
イフリート:『扉か――!』

 少しずつ、指先で石に穴を穿つような、気の遠くなる年月を重ね。
 雲に身を乗せて宙を移動しながら、必死で手繰り寄せたもの。
 それが…空にじわりと見え始めた歪んだ『道』。このところの地震の原因。

 ――自力で呼び寄せた、異次元の扉。

オーマ:「どうあっても帰りたいんだな。だがなぁ…いいか?お前がこの地を離れてその身体のまんま向こうへ渡ったとする。――受け入れられると、思うか?」
 今はもう、ウォズとは言い難い存在のウォズ。この世界の物質と混じり合ったものは、異世界で易々と受け入れられるだろうか。再び…今度は故郷で拒絶される事になりはしないだろうか。
 そうなってしまえば、残るは絶望だけ。

ウォズ:『かえり たい』

 それでも――それだけを、その想いだけを繋ぎ止めて自分を保って来たウォズにとっては、オーマが言った言葉の理解など出来る筈が無い。例えそのために、この浮遊島ごと異世界へ転移させるエネルギーで両世界に異変が訪れようと。
オーマ:「そーかそーか…それじゃ仕方ねえな」
 樹液の涙を指先で拭い取り、ぽんぽんと大樹の幹を撫でる。
イフリート:『どうするつもりだ。このままでは道が広がるばかりだぞ』
オーマ:「おうとも、分かってる。分かってるから…少しだけ、黙ってろ」
 最後の言葉は、聖獣であるイフリートでさえ従わずにはおれなかった程の威圧を含んでいた。
オーマ:「――よし」
 ひとつ、覚悟を決めた顔でもう一度ぽん、と幹を叩くと、がさごそと持ってきた鞄を探ってありったけの栄養剤を取り出し、片端からオーマが自分の口の中へと放り込んで行く。
イフリート:『何をするつもりだ』
オーマ:「とりあえず、出来るだけ力を付けておかねえといけねえからな。足りるかどうか正直分からねえが」
 ごっくん、と最後のひとつを喉を鳴らして飲み込むと、ふーっと息を吐いて、もう一度幹に手を付け、
オーマ:「オッサン、危なくなったら迷う事ねえ、逃げろよ」
イフリート:『…馬鹿な事を言う。守護するのは我の役目だ。封印とやらを行うのか?これだけの大きさ、確かに大変だろうが』
オーマ:「いーや、違う。俺様がやろうとしてるのはな、もっとでけえ事さ。――扉が開ききる前に、この中のウォズをひとつ残らずサルベージしてやる。なに、時間そのものはそれ程かからねえよ。単に俺様の根性次第っつーわけだからよ。まー、ひとつ任せてみろ」
 わははは、と、空笑いに聞こえない、自信に満ちた笑い声を上げると、にやりと笑いつつ、
オーマ:「さあ――行くぜ?」
 根の張り出した地面にぐ、と足を押し付け、
 手の平をのめり込む程の力で幹に当て、
 木の隅々にまで、一気にオーマの力を流し込んだ。

ウォズ:『お あ ああ あ    』

 ざっ、と、緑がかっていた葉が一気に時間を駆け上ったように色を変え、街へと降り注いで行く。
オーマ:「―――――っ、――――」
 ふつふつと額に玉の汗を浮かべ、ぎりぎりと噛んだ歯からは、押し殺しようの無い呻き声が漏れる。血管の浮き出たこめかみと手の甲、腕からも同じく汗がたらりと流れ落ち、

 ただ爛々と輝く赤い瞳は意思の力を失わず――そして、溢れ出す自らの力を制御し切れないのか、それともその力を発露するが故の事なのか、次第次第に黒髪の色は抜け落ち、

 ざ、ざ――、

 激しく鳴る風にイフリートが目を奪われた直後、銀の髪をなびかせた青年がオーマと同じ位置で更に易々と強大な力を使役し、大木中に自らの力を血液のように流し込んでいた。
オーマ:「ふ――く――っ」
 ぎりりと噛んだ唇から、ぷつりと言う音と共に赤いものが顎へと滴り落ち、

ウォズ:『あ ああああ ああ あ――――』

 ひっきりなしに叫び声を上げ続けるウォズの声は収まらず、
 そして、歪みつつ未だ開き続ける扉は、
イフリート:『む―――』
 オーマと背中合わせに立ったイフリートが、これもまた必死にこれ以上開く事は許さないとばかりに睨み付けていた。

*****

 めきめきと音を立てて、枝が落ち、ひび割れた幹からは血のような樹液が噴出してみるみる固まって行く。
 オーマはまだ動かない。こめかみをかするように、オーマの胴回りよりも尚太い枝が落ちても微動だにする事は無く。
オーマ:「――――」
 ほんの数分の間――その間に流れ落ちた汗がぐっしょりと水浴びでもしたかのように服を身体に貼り付け、また、足元に水溜りを作り上げていた。
イフリート:『まだか――』
 開こうとする力と、そうさせまいと閉じる力。その均衡は、開こうとする力の方が勝っている。
 じりじりと追い上げられたイフリートが、たったひとりのウォズが8千年の間呼び続けてきた想いの力に舌を巻き、
オーマ:「聖獣の癖に、もう根負けかよ――」
 意識を一点に集中し続けているオーマが、笑いながらそんな言葉を漏らした。
イフリート:『何を』
 ふんぬ、と再び力を込めるイフリートの背で、
オーマ:「いよっしゃあああ!!イフリートどけええええっっっ!!」
 そんな叫びが上がったと同時にどっかんと弾き飛ばされたイフリートが見たもの。

 それは――つやつやと輝く、巨大な卵…のようなもの。
 抱き上げつつ、青年姿のオーマが走る。途中何か口走っていたようだがそれはイフリートの耳にまでは届かず、
 空中に展開しかかっている『扉』へ、走る勢いで巨大な獣へと転じたオーマが、異次元への扉の中へ、もう小さな粒にしか見えないそれをぽいと投げ込むと、

 オ――オオオオオオオオ――――

 びりびりと宙を震わせる程の大声で吠え、その声が何か作用したか、声が収まる頃には『扉』はその役目を終えて姿を消し去っていた。

オーマ:『………』

 その跡を感慨深げに眺めていた――ように見えた巨獣が、そのままぐらりと身を斜め下に向け、失速する。

イフリート:『何!?』
 空中でふわりと分解し、再び銀髪の青年に戻ったオーマ――だが、気を失ったのか、そのまま重力に導かれ、一気に下へと墜落して行く、その途中で。

 ずどん!!

オーマ:「ぐっはっ」
イフリート:『…………っっ』
 げほげほ、と激しく咳き込んだオーマがようやく顔を起こし、腹にぽこりと丸いクレーターを作ったイフリートと目を合わせて、自分に何が起きたか悟ったのだろう。ぼりぼりと頬を掻きながらにやりと笑い、
オーマ:「あー。…さすがは俺様の守護聖獣」
イフリート:『無謀な者を守護する程辛いものは無いがな』
 最後の力を振り絞って巨獣に変身したのだろう。
 人間の姿へと戻ったオーマは、げっそりとやつれていた。
イフリート:『さて戻るか』
オーマ:「おうとも」
 最早立ち上がる力も残っていないオーマがへろりと腕を上げるのを見たイフリートが苦笑いを浮かべつつ、
イフリート:『戻ってから言い訳が大変だぞ』
 ぱたりと腕を下ろして、その姿勢のまま寝入ってしまったオーマへと穏やかな声をかけた。

*****

オーマ:「――っぐしっ!」
 ベッドがきしむ程のクシャミをしたオーマが、ふーっとまだ熱のある体に手を当てる。
 結果から言えば、言い訳をする必要も無かった。
 力をほぼ使い果たしたオーマは抵抗力が薄れていたのだろう、盛大な風邪を引き、半分隔離された状態で非常に手厚い看護を受けている所だった。
 尤もそれがオーマの身体にとって良いのかどうか分からないが。
オーマ:「力が戻るのが先か、胃がイカれるのが先か…」
 治ってからたっぷりと今回の行き先に付いて聞かせてもらう、と宣言されている事でもあるから、治らない方がいいような気もするし。
オーマ:「……」
 ぼぅとした目で自らの手を見る。
 本気であの大木から攫い上げる事が出来るとは、あまり考えていなかった。
 ただ、そこまでしてでもあの世界に戻りたい――そう願ったウォズの『想い』を、あっさりと捨ててしまうような真似はしたくなかっただけだ。
 どうしても駄目なら、封印する。
 そう、ウォズにだけは聞こえるよう告げて、木々に散らばった小さな小さな欠片を拾い集め続けた時、いつからか、ウォズの方からも手を差し伸べるような動きが見えた。
 原初に近いウォズ。
 それは、例え全てを掬い上げる事が叶っても、やはりこの世界には合わない存在だろう。
 だから、自分のした事は間違っていなかったと、そう思う。
 塊を本来の姿に再構築するだけの時間は無かったから、ああいった形で放り投げるしか出来なかったが…。
 拾い上げた時に、幹と繋がっていたオーマの手をきゅっ、と握り締めたあれはウォズの意思だったのだろうか。

 うとうととまどろみながら、快方へと向かおうと頑張っている自らの身体を感じ取りながら、オーマは異世界――元いた自分の世界で再び居場所を見つけられたウォズの事を夢見続けた。


-END-