<東京怪談ノベル(シングル)>


天から堕ちし者……

 ヒュォォォ……
 夕暮れに染まる丘の上に、風が吹き抜ける。弱くも無く強くも無い風が……その風の吹き抜ける丘には一面に花が咲き誇っていた。風に吹かれ花弁が舞い散り、丘一面を染めて行く中に一つの人影が見て取れる。
 虚ろな瞳で天を望むその姿は、女性特有の膨らみを持つ黒の動き易い鎧に包まれ、右手には身の丈程ある剣を握り地に突き立てていた。兜から漏れた青い髪は風にたなびき、白磁の様な白い肌が何処か神々しさを思わせるその背には、4枚の漆黒に染められた羽があった。
「あそこでは……まだ戦っているのだろうな……」
 遠く遠く夕暮れの空を見詰めながら、ポツリと呟いたその横顔には憂いの色……瞳には何処か悲しい色が点っている。
「何故?何故戦わねば為らないのだろう?」
 あの日、あの時思った事を再び口にする女性の想いはその時を巡り始めた……

「サクリファイスに命ず!地上に赴き、戦い死した者達の魂を集めて来い!」
「はっ!」
 神からの命に従い、サクリファイスは地上に赴き幾つ物戦場を巡った。地上は荒れ、戦地は広がり、死者の数もかなりの物に上るその場所から、サクリファイスは勇敢だと思える魂を幾つも幾つも集めて回った。
 帰還した際の神の喜ばしい表情は、サクリファイスにとって使命を果たした充足感に成り代わるものだった。だが……
「サクリファイスよ!これよりお前に戦士を与え、戦いの最前線へ赴いて貰う」
「……はい」
「戦いの要と成る場所だ、心して掛かれ!」
 神の命は絶対だ。逆らえる訳も無く、サクリファイスは戦地へと赴いた。その背後に、戦地で集めた戦士の魂を従えて……
「サクリファイス様!敵発見致しました!」
「分かりました。では、皆さん敵との戦いです。くれぐれも無茶はしない様に」
 バサッと4枚の純白の羽を広げ、サクリファイスが空を翔ける。一気に敵陣に突入するサクリファイスの後方から戦士達が雪崩れ込んで戦場は混戦へ。剣戟と悲鳴、砂塵と血風が舞う戦場を、サクリファイスは縦横無尽に駆け巡り、その身を血で染めて行く。
「大丈夫ですか!?みな……さ……ん……」
 最後の敵を倒し、後ろを振り返ったサクリファイスが見た光景は、自軍の兵の無残な姿……死した者、最早助からぬ者、呻きを上げ苦しむ姿が視界に入る。
「こんな、こんな事の為に……」
 呆然と呟くサクリファイスの目の前で、死した者が立ち上がり、助からぬ者が立ち上がる。その傷と命を癒しながら。
「……」
『これが理由?これが彼等の此処での意味なの!?』
 黙し見詰めるその光景に、サクリファイスは剣の柄を強く握った……

 幾つ物戦いを繰り返して来た。そして、幾つ物戦場で同じ光景を見続けた。死して尚、戦い続けねば為らない魂達の姿を……
 安息を与えてあげたかった……戦い傷付いた魂達に、その辛い過去を消し去る程の安息を……だが、現実は絶える事の無い戦いだけの日々、倒れても傷付いても繰り返される闘争の中で、必死に戦う彼等の姿を何時も何時も傍で見たのはサクリファイスだった。
『何故?何故戦わねば為らないのだろう?此処まで苦しんで……』
 戦地からの帰路、後ろを振り返り後を着いて来る魂達を見詰める。一様に疲弊し、一様に瞳に苦しみを浮かべる彼等をただ黙って見ていた。
「お疲れ様サクリファイス。主神がお呼びよ?」
「……はい」
 帰って早々の神の呼び出しに、サクリファイスは重い足を引き摺りながら謁見の間へと赴いた。荘厳さと神々しさを備えた主神の館を見て、サクリファイスは溜息を吐く。
『この栄華は、魂達の苦痛の上で成り立つ物……そんな物の上に立つ事が神なのだろうか?』
 想いを馳せ見詰める先に、謁見の間の大扉。衛兵が厳かに開ける扉を潜り、神の前に片膝を付く。
「サクリファイス、負かり越しました」
「良くぞ来た。今日は折り入って話しがある」
 厳粛に言う神の周りには、他の神や衛兵の姿が見えていた。
『今度は何?また戦えというのでしょうけど……』
 半ば呆れながらもサクリファイスは口頭して居た。
「サクリファイス、お前をこの神界より追放する」
 サクリファイスは自身の耳を疑った。口頭した頭を上げて主神を見ようとするより一瞬早く、その体が強い力に押さえ付けられる。
「くっ!?一体何を!?」
「私が何も知らないとでも思っているのか?お前は私のやり方に疑問を感じている。だが、此処では私が正義であり全て。それが認められぬと言う事は、即ち私への反逆だ」
 冷淡に見下ろす神を、愕然と見詰めていたサクリファイスだが、その言葉に憤慨する。
「何が神ですか!?多くの魂を何時までも苦しみの中に居させておきながら!この栄華がそれ程までに惜しいのですか!?神と言うだけで、全てを奪う権利があるとでも仰るのですか!?」
「黙れ!!貴様如きに何が分かろうか!!貴様には、大いなる意思は分からぬ!!」
 立ち上がり吼える神、周りの神々は黙しただ見詰めるだけ。
「貴様には失望した。所詮は、その程度……今すぐ此処より追放してくれる」
 主神が手をかざし、その手が光り始める。
「ぐっ!?きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 同時に悲鳴を上げるサクリファイスのその背の翼が、徐々に漆黒へと染まって行く。最後の羽先が完全に漆黒に染まった頃、サクリファイスは意識を失った……

 夕暮れに染まる丘の上に、風が吹き抜ける。弱くも無く強くも無い風が……その風の吹き抜ける丘には一面に花が咲き誇っていた。風に吹かれ花弁が舞い散り、丘一面を染めて行く中、サクリファイスは遠く空を見詰めながら呟いた。
「未だ戦い続ける者達よ。あなた達に安息は無いのだろうな。だが、私には訪れるかも知れないな……」
 スゥと眼を細めるサクリファイスは剣へと視線を向ける。振るえば振るう程、力を使えば使うだけ、自分自身の中から何かが抜けて行く、そんな感覚を覚える。心も、理性もそして……命すら抜けて行くような感覚……サクリファイスは眼を閉じる。
「だが……それで良いのかも知れない……」
 終わる事が出来る事、少しだけの罪悪感を感じながら再び眼を開き、眼下に広がる世界を見詰める。
「此処が、私の新たな戦場だ」
 今までの世界とは違う世界を見下ろしながら、サクリファイスはバサリと翼を広げた。漆黒の翼が羽ばたき、紅く染まる世界を翔んで行く。風が、丘の上を吹き抜けた……