<東京怪談ノベル(シングル)>
『友愛or恋心? 揺れる想い。気付く想い。カルンの想いの形』
七月七日。天の川に頼んだお願い事は二つ・・・
お父様とお母様がどうか無事でありますように、という願いと、
―――――幼馴染みとずっと一緒にいられますように、という願い。
お父様とお母様の無事はいつも願っている。
だって大好きだから、二人とも。
そう、私のとても大切な人たち。
二人に置いていかれて哀しくなかった、寂しくなかった、と言えば嘘になる。
顔で笑っていても、心の中ではいつも泣いていた。
だけど私を包んでくれる優しさも温もりもあったから、だから大丈夫だったの。
幼馴染みと、その家族。
ちょっと口煩くって、ケチな幼馴染みの男の子。
いつも私の隣に居てくれて、手を握ってくれて、微笑んでくれる彼。
――――彼の隣にいられる私は、嬉しい。
――――彼に手を握ってもらえる私は、ほっとできる。
――――彼に微笑んでもらえる私は、どんなに哀しくって、どんなに寂しくっても笑うことができる。
私の居場所は彼の隣。
私の居場所は彼の家族の中。
居場所のある私は幸せ。
幸せな私。
嬉しい私。
笑ってる私。
私の大切な幼馴染みの彼。その家族。
そう想う想いの形は、お父様とお母様を大切に想う想いの形と一緒なのだと想っていた。
だけど・・・
「カルン、友愛と恋は違うんだよ?」
今日の昼間、指摘された、その想いの形。
友愛と恋は違う?
私があの子に抱いている想いは、
友愛?
それとも、恋心?
わかんないよ、そんなの…。
わかんないよ………そんなの――――――。
――――――――――――――――――
【Begin Story】
秋の夕焼け空。
温かな橙色とどこか吸い込まれるような深い群青色とのコントラスとが織り成される空を見上げながら私は溜息を吐いた。
「はふぅー」
抱く花鉢に植えられた青い薔薇の葉が風に揺れてかさかさと鳴る。
それは哀しい少女の歌声。愛しい人に問い掛ける切ないほどの歌。
あなたは、どこですか?
もう来てはくれないのですか?
あたしはどれだけの太陽と月のワルツを見送った事でしょう?
太陽を送り出し、
月を迎え、
また月を送って、
太陽を迎える。
あなたは朝の光の筋がカーテンの隙間から零れて入ってきて、あたしを照らしてくれるのと同時に、やってきて、
そして真っ赤な太陽が沈む頃に帰っていく。
運んできてくれるのはあたしの知らない世界の話。
あたしはあなたの唄を歌う歌声にそっと耳を澄ませ、
あなたの歌う声にあわせて、あなたが教えてくれる世界にそっと想いをはせるのです。
あたしはあなたと共に世界を見る。
あなたの後ろ姿を見られるあたしは幸せ。
あなたを想う事のできるあたしは幸せ。
あたしの幸せはあなたと出逢えたこと。
あなたがあたしの幸せ。
だからあたしは待つのでしょう。あなたがまたあたしの所へと来て、唄を歌ってくれるその時まで。
今はそっとあたしはあなたが聞かせてくれた唄を想い出しながら、その身を頑なに閉じて、時が満のを待つのです。あなたがあたしの所へ来てくれるその時まで。
「逢いたいよね」
私はぎゅっと花鉢を抱きしめた。
逢いたい人に、逢えないのは悲しい。
逢いたい人に、逢えなくなるのは哀しい。
私もお父様やお母様に逢いたいから。
いつも一緒にいる空気のようなあの子と逢えなくなったら哀しいから…。
哀しいから…。
「あれ、私は、何で泣いているんだろう?」
この涙は誰のため?
―――青い薔薇の精を想って。
彼女が逢いたい人を想って泣くから。
それは同情。
青い薔薇の精がかわいそうだから。
そしてその身を自分と重ねてしまったから。
じゃあ、私は誰を想うの?
――――誰と逢えなくなるのを哀しく想うの?
息苦しい。
とても心が息苦しい。
心がとくん、と脈打つの。
あなたを想うと・・・
あなたを心から求め、望み、欲しいと願う。
いつまでもずっと隣に居て、
私の手を握っていて欲しいって。
離してもらいたくないって。
そう想い、望み、願うの。あなたが欲しい、って。
前にも想った。
七月七日。天の川の伝説。
引き裂かれた彼と彼女の話を聞いた時、私はたまらなくなった。
一年に一度しか逢えない彼と彼女に同情した。
それで…
――――ああ、それで私は不安に想ったんだ。
だからひとりで、どこまでも高い空まで伸びる笹に、二つ目の願いを書いたしおりを飾りに行ったの。
あなたとずっと一緒にいられますように
青い薔薇が想い人を待ち望む想いはわかるよ…。
好きな人とは好きなんだからいつも一緒に居たいと想う。
ふとした瞬間に好きな人の温もりを感じて微笑んで、声が聞きたいと望んで、そんな自分に幸せを感じて、また微笑んで、胸に灯った温かな灯火をそっと抱いて。
想い描く一日の始まりは…
朝は見送るのもいい。
見送られるのも。
それで一日の終わりを報せる教会の鐘がどこまでも響き渡る中、空から降りる橙色のカーテンが優しく包み込む道を真っ直ぐに好きな人の居る場所まで全速力で走りぬけて、その人の胸に飛び込みたいって。
温かなシチューを食べながら、その日あった事を好きな人に夢中になって話すの。
自分とその人との間にある空間を好きな人にその日あった事を報せたい、っていう想いで埋めるように。
―――あなたの幸せそうに微笑む顔を見ながらそれに私も幸せを感じて。
おやすみのキスは当たり前。
そしてまた数時間後に眩しく温かい朝の陽光の中でおはようのキスをする事を微塵も疑う事無く、太陽の匂いに包まれた布団の中で眠りにつくのだ。
それが想い描く私の一日。
「逢いたいよね」
ぽつん、と涙が零れ落ちて、それが青い薔薇の葉に当たった。
赤い夕日が沈みゆく空。
橙色に塗り染められた雲は風に流されて、
公園の周りに植えられた木々の枝が揺れて、葉が音色を奏でる。
ざぁー、っと吹く風に揺れて顔にかかる髪を耳の後ろに流しながら、私はもう片方の手を沈んでいく真っ赤な太陽に伸ばすの。
あなたの背中を想いながら。
『カルン、友愛と恋は違うんだよ?』
そして私はその手をぎゅっと握り締める。
わからなかった。自分の気持ちが一番。
あの子は私の幼馴染みで、
お供で、
隣に居てくれる子で、
居場所で、
空気みたいな子で、
そう、私の隣に居てくれるのがいつの間にか当たり前で、当然だ、って想っていた。考えてもみなかった。
――――いつか私の隣から居なくなるのなんて。
「あなたは、考えた事、あった? あなたの大切な人がいつか突然、いなくなってしまうのなんて…。今、あなたが泣きながら過ごしているこの時間を…」
私はね、あるんだよ。
七月七日、彼と彼女の話を聞いた時に想ってしまったんだ。
――――いつか居なくなってしまったら………、って。
だからお願いしたの。
お父様とお母様が無事でありますように、ってお願いしたのと同じぐらいの想いを込めて、
あなたとずっといつまでも一緒にいられますように
って。
一緒に居たいから、いつまでも私は。
隣に居てもらいたいから、これからもずっと。
手を繋いで…
手を、私の手を…。
ル………
それは何故?
あなたが私の隣に居るのが当たり前だから?
今まで当然だったから、だからそう想うの?
じゃあ、どうしてそう想うの?
あれ、これまでがそうだったからって、
だからって、どうして、これからもそうじゃないとダメなの?
どうしてそう願うの?
縛るの、私に、あの子を?
ダメだよ、そんなの。
そんなの、ダメだよ。
じゃあ、どうなればいいの?
どうすれば納得するの?
そう想った自分に………。
どう想えばいいの?
過ごせるの、あの子が隣に居ない時間を。
居場所が無くなっちゃうよ。
掴む手が無くなった私の手は、じゃあ、何を掴めばいいの?
望むのは自分の事ばかり?
自分の想いばかり?
私は私をぶつけるの?
我が侭、この想いは?
苦しい、苦しかったんだ。
ぐるぐる回る思考が、胸を一杯に満たす不安が息苦しくって、それで私は呼吸するように、それをあの人に相談した。
相談したのは師匠と崇める彼女だった。
本を読んでいた彼女は額の瞳だけを私に向けると、その瞳を柔らかに細めて言ったのだ、
「カルン、友愛と恋は違うんだよ?」
って。
言われた瞬間はわからなかった。
ただでさえ、ハツカネズミだった頭は余計にハツカネズミ。
思考はぐるぐる回る。
彼は私の居場所。
空気。
ずっと隣に居てくれた存在。
これからも一緒に居て欲しい人。
そう想うのは………
「友愛はお友達に抱く心。恋は…恋心は好きな人に抱く想い」
恋してるから、いつまでも一緒に居たいの?
いつまでも一緒に居たいから、恋しているの?
「どういう動機だろう? それとも、動機なんて、後から付けたモノ? あなたはどうしてその待ち人さんを好きになったの、青い薔薇さん」
―――――答えは出ない。
呼吸をするために、苦しさで一杯の胸に新鮮な空気を入れるために相談したのに、
与えられたのはちょっと意地悪な微笑と、この青い薔薇。
『カルン。この青い薔薇はね、ある老婆の家にあった物なのだよ。だけどその老婆は亡くなってしまって、それで決して枯れる事が無いと言われているこの魔法の青い薔薇はそれからは持ち主を転々と変えて私の所へ来たのさ。カルン、その青い薔薇をあなたにあげる。わかるといいね、あなたの胸にあるその想いの形が』
この青い薔薇は想い人と引き裂かれてしまった。
知らないんだ。自分の方こそがその想い人の前から消えてしまった事を。
「逢いたいよね」
―――想い人に。
夕焼け空。
もう何度も見た空。
見た空の色が手に残るあの子の手の感触と、温もりを思い出させてくれる。
そうだ。いつも一緒に見ていた、夕焼け空を。
ちっちゃい頃はいつも夕方の空にどっちが一番星を見つけられるか競い合ったよね。
空はいつも同じようでいて、だけど違う。でも、空にある太陽と月はいつも変わらずにそこにある。
月は私。
太陽はあの子。
月は昼間の空にもあるよね。真っ白な月。
月は太陽の傍に居たいから、昼間でも空に居るの?
どうなのかなー?
だけど、カルン・タラーニという月は太陽の傍にずっと居たいよ。
そうだ。ずっと考え続けてはっきりとしたのは、あの子に私の隣に居てもらいたいんじゃなくって、私があの子の隣に居たいんだ、という想い。
いつからそうだったのかなー?
――――――それはきっと、
『カル、見つけた』
『どうして、わかったのよ?』
初めて迷子になって、
その迷子になった私をあの子が見つけてくれたその瞬間に…………
「ああ、馬鹿だなー、私は」
私はぼろぼろと零れる涙を両手で何度も何度も拭った。
ずっと覚えていた。あの初めて迷子になって、見つけてもらって、一緒に夕焼け空を見ながら帰った日のあの子の手の感触と、温もりを。
『あ、オニオン座』
『違うよ、カル。オリオン座』
『言ったよ、ちゃんとオリオン座って』
『言ってないよ。オニオン座って言った』
『言ってないよ』
『言いました』
『言ってない』
『言った』
泣きながら私はくすくすと笑う。
「ねえ、青い薔薇さん。あなたは伝えたの? その想い人さんに自分の想いを?」
風が葉を楽器にしてかさぁっと音色を奏でさせた。
「だったら伝えようよ。一緒に想いを。待ってます、っていう唄じゃなくって、伝えるんだよ。私はここに居るよ、って。歌は人の心を和ませ、癒し、そして伝わっていくから。心から心へと」
さぁ、唄を歌おう。
愛しい人へと届け、この想い―――――
今、あなたへと声を届けたい、ここへ来てよ、と。
遠くからここへやって来るあなたを見守ってます。
昨日まで気付けなかった想い。
だけどこの涙が誰のためかわかったの。
世界は今、何よりも澄んで透明に目の前に広がる。あなたが居る世界が。
見つけて私を。
私はここに居るよ。
世界の中心で私は唄を歌うから。
だからこの唄を聴いた人は届けて、次の人に。
覚えていますか、手と手が触れ合ったこと。
覚えていますか、目と目が重なったこと。
巡りあいはそう、奇跡。
幾億もの星が輝く空の下で、私は唄を歌うから。
手は覚えています。
あなたの感触と、温もりを。
その温もりがあるから私はいつまでもあなたを待ち続けられるから。
誰よりも大切な人だと気付いたよ。
別れが教えてくれたよ、あなたの本当の優しさ、大切さ。
瞼を閉じれば、微笑んでいるあなたが居る。
その優しさを信じている。
瞼を開いて、一番最初に見られるのがあなたの微笑みならば、私は何ももういらない。
好きなあなた。
私のあなた。
想いよ届け。届けて、彼の下へ。
さぁ、唄を歌おう。
愛しい人へと届け、この想い―――――
夕焼け空が深い藍色に塗り替えられる。
輝く星々の下で、降るような星空の下で、
声が聞こえたんだ。
「あたしはここよ」
――――そしてそれを私はなんと呼ぼう。
私の前に置かれていた花鉢に植えられていた青い薔薇の蕾が開いて、
そして青い薔薇は蒼銀色の満月の輝きに照らされたかと想えば、美しい青い髪の少女へと変わる。
花鉢に膝まで植わった彼女は薔薇のツタが絡まった両手を空へと伸ばして、
涙を流しながら青いルージュが塗られた唇を動かせる。
そうして月の光りの筋の中を空から少女のもとへ飛んでくる一羽の光りの鳥。
それはやっぱり背中に翼を生やした少年へと変わって、
そして少女の手と少年の手が繋がれる。
二人はそのまま抱きあって、唇を重ね合わせて、涙を流しあった。
「よかったね」
抱きあう二人は私を見て幸せそうに微笑みあうと、私の前から消えた。
世界は再び自然の奏でる音色に包まれて、静かな美しい普通の夜の光景を取り戻す。
私は小山型の滑り台の上で抱えた両足の膝に額を埋めた。
「逢いたいよ」
寂しいよー。
寂しいよー。
彼は青い薔薇を見つけたよ?
私の歌はあなたには届かなかった?
「見つけた」
想った次の瞬間に耳に…心に届いた声。
私はバネ仕掛けの玩具のように後ろを振り返った。
そこに居たのは彼。誰よりもいつも隣に居たいと望む大切な人。
嬉しくって、幸せで、ほっと安心して、だから私は泣きたくなった。
「迎えに来るのが遅い!!!」
「カル…また、無茶苦茶言うんだから」
苦笑を浮かべながら差し出された手を私はちょっと恥ずかしさに躊躇いながら握った。
本当は夕焼け空の下を一緒に手を繋いで帰りたかったけど、だけどまた明日も夕焼け空はあるから。その明日も、また明日も。
望むのは、願うのはただ私の手がずっとこの温もりを掴んでいる事。
好きだよ。
大好きだよ。
「どうしたの、カル。嬉しそうだね?」
「うん、とても嬉しいの。とても。だから明日もこうやって手を繋いで家に帰ろうね。またその明日も。夕焼け空の下を、また明日も。その明日も。ずっとだよ。約束だよ」
「うん、わかった。カル、約束」
「うん、約束」
一度見つけてしまったら止まらなくこの想いはあふれ出した。
好きだよ。
大好きだよ。
私の手は好きな人の手に握られている。
それだけで私はとても嬉しく、そして幸せになれるんだ。
好きだよ。
大好きだよ。
ずっとずっとずっと誰よりも大好きだよ。
私はこのあふれ出る想いをずっと伝えていこう。この温もりに抱かれながら。
――――ずっと大好きだよ。
― Fin ―
++ライターより++
こんにちは、カルン・タラーニさま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
今回はついにカルンさんが幼馴染みさんへの想いに気付く回という事で、とても書くのが緊張しました。
気に入っていただけると良いのですが。
歌は、文化ですよね。
世界共通の文化。
宗教は、それが争いの基となってしまって悲しい事に人を傷つけあう結果しか時にはもたらさないけど、でも歌は言葉が通じなくっても、生活習慣や宗教が違っても、人の心に無条件で入り込む事のできるもの。
歌は優しさの結晶だと想います。
だから人を奮い立たせる事もできるし、慰めて癒す事もできる。
じゃあ、そういう歌を歌える人はやっぱり、優しい人なんだと想います。
想い、というモノが形となったからこそ、歌は人の心に入り込めるのだと。
カルンさんの歌という想いの結晶が今回起こした奇跡は、別れ離れになってしまった恋人たちを出会わせて、そして彼にも見つけてもらえた事。
きっと歌声が聞こえたから、彼は来てくれたはずですから。
だから次は二人で。
カルンさんと彼が一緒に歌を歌って、その想いを形にして、自分たちを人を幸せにしていってくれたらなー、と想います。
二人の繋がりは繋いだ手の温もりだと想いますから、だからそういう繋がりで結ばれた二人は誰よりもとても綺麗で素敵な歌を歌えると想いますから。^^
カルンさんたち二人の幸せを願っております。^^
それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当に今回のお話を任せていただき、ありがとうございました。
また次にも機会をいただけたら嬉しく想います。^^
それでは失礼します。
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