<東京怪談ノベル(シングル)>


旅人は荒野を越える

 拙者、中つ国の天剣士、琴蒼鷺黎羽(きんそうろ・れいは)でござる。中つ国も平和になり、拙者も流しの楽師として各地を旅する毎日。今日も今日とて、相棒の陸鳥と共に次の町へと……。町……。
 なんとっ。これはどうしたことでござるか。いつの間にやら、草原のど真ん中ではござらぬか。これ陸鳥。きちんと拙者が言ったとおりに動かぬからこんな所に……。

「くえええっ!」

 わかった、わかった。……はぁ……。また拙者、迷子になったでござるか。とにかく、どこか人の住んでいる所に出るでござる。地図一つ持たぬ身なれど、何となく人の臭いのする方に進めばよいでござるな。さて……。おおっ、こんな所に丁度良い枝が。これをこう立てて、手を離して……。うむ、こっちでござるか。では行くでござるよ。

     *     *     *

「おじいさん、そろそろお茶にしませんか?」
「おや、ばあさん、もうそんな時間かの?」
「毎日、精が出ることで」
「体が動くうちは隠居する気はないからの」
「元気が何よりですよ。……あら、おじいさん。ほら、あそこ。珍しい格好のお方が、珍しい鳥に乗っていますよ」
「ほう、こんな所に旅人が来るとは珍しい。しかし、あの御仁、一体どこに行こうというんじゃ? あの先は、モンスターの出る岩山しかないはずじゃが」
「さあ? それより、おじいさん。今日はおじいさんの好きな芋饅頭を作りましたよ」
「おお、ありがたい。早速いただくかの」

     *     *     *

 これは……、随分と足場の悪い所でござるな。ここから先は、陸鳥の足では無理でござるか。かと言って、このまま引き返しても、さっきの草原に戻るだけでござる。ううむ、となると、こちらに方向転換するしかないでござるな。……ん? 何を嫌がってるのでござる? まさか、疲れたと言うのではあるまいな? 町に着いたらいくらでも休めるでござるよ。だから……、ぬああああっ!

     *     *     *

 はあ、酷い目にあったでござる。あんな所からバケモノが現れるとは……。それにしても、陸鳥の臆病さにも困ったものでござるな。あの程度のバケモノなら、拙者がズンバラリンと退治してくれるものを。陸鳥から振り落とされないように掴まるのが精一杯でござったよ。
 肝心の陸鳥はと言えば……、呑気に草など食んでいるでござる。美味いでござるか? そうか、それは良かったでござる。拙者は腹が減って、目が回りそうでござるよ。

 しかし、これだけ歩いても、人っ子一人いないとはどうしたことでござるか。まさか……。いやいや、中つ国は完全に平和になったのでござる。……ん? すると、さっきのあのバケモノは一体……? ううむ、何やら激しく嫌な予感がするでござる。ほれ、腹一杯になったら出発するでござるよ。
 ……って、まだ食うでござるか、おぬしは。一体、何がそんなに美味いのでござろうか……。はて、面妖な。先ほどまでは気づかなかったでござるが、ここに生えている草はどれも、拙者が見たことのない草でござるな。
 ううむ……。どうやら拙者、とんでもない所に来てしまったようでござる。これは素直に、元の場所に戻るのが良さそうでござるが……。拙者、どちらからどちらに向かっておったのでござろうか?
 とにかく、いつまでもここにいても仕方ないでござる。もう草はいいから、行くでござるよ。行き先は……、もはや勘だけが頼りでござるな。はあ……。

     *     *     *

「おじいさん。そろそろ暗くなりますよ」
「ああ、最後にこれだけ束ねてしまうからの」
「あら、あそこにおられるのは、昼間見かけた旅の方ではありませんか」
「おお、あの服と鳥は間違いないのう」

 やっと人の姿が見えたでござる。拙者の勘も捨てたものではないでござるな。
「もし。お尋ねしてもよろしいでござるか? 拙者、旅の者で、黎羽と申す」
「レイハさんと仰いますの? 私はヴェルナと申します」
「つかぬことをお伺いするが、ここは何の国でござるか?」
「国……? 国って何ですの?」
 ううむ。国という概念がわからぬでござるか。これはまた、どえらい辺境に来てしまったでござるよ。
「では、都へはどう行ったらよいでござるか?」
「エルザードの都ですか? 三日はかかりますよ?」
 なんと。やはり辺境でござった。
「レイハさんとやら。珍しい鳥をお連れじゃが、どちらから参られた?」
「この辺では陸鳥が珍しいでござるか?」
「リクチョーというのか。うむ。初めて見る鳥じゃ」
 沸々と嫌な予感が膨らんできたでござる。拙者、中つ国の辺境に迷い込んでしまったと思ったでござるが、まさか、もしかして……。
「ええと、ご老人は『中つ国』をご存じでござるか?」
「ナカツクニ? はて? 何のことかの?」
 失礼ではあるが、田舎の老夫婦に聞いても駄目なのでござろう。そうでござる。そうに違いないでござる。
「不躾な質問、失礼つかまつった。さて拙者、先を急ぐ身。ここから一番近い町はどこでござるか?」
「ファーナの町ですわね。ここをまっすぐ下りて半日ほどですけれど、今からでは途中で夜になってしまいますよ。もしよければ、ここで一晩……」
「いや、お言葉だけ有り難く受け取らせていただくでござる。それでは失礼つかまつる」

「あらあら、せっかちな旅人さんですこと」
「ばあさんや。それより、レイハさんは反対方向に行ってないかの?」
「あらまあ本当に。でも、あちらに行っても、丸一日すればティルベの町に着きますよ」
「そうじゃな。あの調子では、野宿は覚悟の上じゃろうて。わしらが心配することもないか」

     *     *     *

 結局、拙者が町に着いたのは、あれから丸一日経った後のことでござった。何しろ、途中で陸鳥が勝手に走り出してしまったのでござる。おかげで遠回りを……。

「くえええっ!」

 なんだ、その不服そうな声は。まあ、とにかく、無事に町に着いて一安心でござるな。ははは。

「あー、もし。お尋ねしてもよろしいでござるか?」
「はい。何でしょう?」
「ここは……あー……花の町でござるか?」
「花の町? そう呼ばれたことはありませんけれど……。ここはミゲルの村です」
 なんと。町ではなくて村でござるか。しかも、名前も全然違うではござらぬか。
「ところで『中つ国』はご存じでござるか?」
「ナカツクニ……。ああ」
「知っているでござるか?」
「はい。何ヶ月か前のことですけれど、『中つ国』という世界から来たという旅人さんとお会いしました」
「『中つ国』という世界……」
「ここは『ソーン』という世界です。何か特別な力が働いているとかで、そうやって、別の世界の方が時折訪れるのです。ひょっとして、あなたも『中つ国』からいらしたのですか?」
「え……あ……まあ……そういうことになるでござる……な、たぶん」
「そうなのですか。では、ソーンの旅を楽しんで行ってくださいね」

 なんと、まあ、とんでもない迷子騒ぎでござるよ。拙者、中つ国に帰れるでござろうか。とほほ……。