<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


温もりを編み込んで





一編み一編み想いを込めて
貴方の元へと届けましょう



 がやがやと集まった人々の間を掻き分けながら、一人の男性が両手をパンパンと鳴らして静かにするよう告げる。
「はいっ、皆さん。今日は編み物教室への参加どうもありがとう。編み物は、愛。日頃の想いを伝えるのに編み物は最適なの。だから今日の教室で皆さんも編み物の楽しさを覚えて日々の生活に活かせるようにして頂戴ね」
 そう言って静かになった人々を見渡すのは編み物研究家として名高い男性だった。
 ウェーブしてる長い髪を後ろで一つに結いあげている。細身なので後ろからみたら女に見えないこともない。言葉遣いも独特で言葉の端々に女性らしさが垣間見えるのだが、それは本人の特徴ということで皆から黙認されている。
 今日は街にある手芸屋でクリスマス前の編み物教室が開かれているのだ。クリスマスまでにマフラーそしてセーター等を作って渡そうと思う多くの女性達が集まっていた。中には数人男性の姿もあったが誰も気にする者は居ない。
 その編み物教室へと参加している人々の中に、シノン・ルースティン、ティアリス・ガイラストとカルン・タラーニの三人が居た。
 もちろん三人とも編み物初心者でマフラーすら編んだことがない。

「多分、ここに居る人達は皆初心者だと思うから簡単に説明させて貰うわね。編み物っていうのは単純に言えばだけれど、毛糸と編み針があれば出来てしまうの。糸と編み針、たったこの二つでマフラーやセーターなんかが出来てしまう。まるで魔法みたいでしょ?」
 教室に来ていた少女が、はーい、と手を挙げて講師に尋ねる。
「先生ー、編み物って魔法なの?」
 くすり、と笑った講師はあっという間に小さなマフラーを編むと、質問をした少女の持っていた人形の首にそれを巻いてやる。パチパチと回りから拍手が上がった。
「そうね、魔法は魔法でも心の魔法かしらね。編むことが出来れば誰にでもできる魔法。とっておきだからよく聞いててね。編み物をする時に一番大事なのは、想いを込めること。出来上がり図を思い浮かべながら、出来上がったものがどのように使われるかを考えて。もし、それがプレゼントならその人への想いも編み込んでしまうの。一編み一編み、想いを込めてね」
「そうするとどうなるの?」
「多分、自分の心の中に暖かいものが生まれると思うわよ。そして顔には笑顔かしらね」
 うーん、と考え込む少女に講師は告げる。
「誰かが貴方の為に一生懸命編んでくれたものを貴方は貰ったら嬉しい?」
 大きく頷く少女。
「ほらね、貴方も笑顔になるし私も笑顔になるでしょう? そういうこと」
 少女の他愛ない質問にもしっかりと答えてあげているのを見てシノンは、すごいね、と小さく声を上げる。こういう教室などでは多くの人を相手にするため、余計な質問には答えずさっさと先に進めてしまうことが多いのだが、この講師は違うようだ。
 シノンの呟きに、本当に、とティアリスとカルンも頷いて講師と少女の会話を聞いていた。
「今日一日でマスター出来ないという方は、いつでも私を訪ねてきてくださいね。出来る限りお手伝いしますから」
 ではまずは毛糸を選んでください、と講師は集まった人々の前に色とりどりの毛糸が入ったバスケットを置く。
 その中から三人も毛糸を選ぶ。
「どうしようかなー。うーん」
 悩んでシノンが選んだのは明るいオレンジ。
「私は‥‥これかな」
 ごそごそとバスケットの下の方にあった毛糸玉を取り出したカルンは、よし、と頷く。自分の髪の色に少しだけ似ている灰色の毛糸だった。もう少し明るければカルンの銀色の髪とそっくりかもしれない。
 そしてティアリスがにこりと微笑んで手にしたのは、モカブラウンの毛糸だった。
「そうね、私はこれにするわ」
 それぞれがそれぞれの相手を思い選んだ毛糸。

 シノンはいつも笑顔をくれる孤児院の子供達に。
 カルンは腐れ縁の人物を見返すために。
 ティアリスは大切な恋人未満である彼の為に。

 真剣に選んでいた三人に微笑みかけながら、毛糸を選ぶ所から想いを込めるという行為は始まっているのだ、と講師は告げ笑う。
「さて、それではその毛糸を使ってマフラーを編んでいくことにするわね。まずは編み方の基本から」
 そう言って講師は毛糸を指に絡め、両手で編み針を持ってみせる。
「こういう感じに持って‥‥そうそう。良い感じね」
 一人一人の編み針を持つ形を確かめながら講師は続ける。
「最初に作り目‥っていうのを作って、マフラーの幅を決めるの。そうね、まずは数えやすいように偶数でいきましょうか。編み目は20目で」
 実演して見せながら講師が一番初めの作り目をしていく。
「えっと‥まずは20回これを繰り返せば良いんだよね」
 よしっ、と気合いを入れてシノンが目を作っていく。
「こう? あっ、はずれた‥‥」
 上手く出来ずに目をはずしてしまったカルンに丁寧に作り方を教える講師。
 その横でティアリスは慣れない手つきで目を作るのに必死だ。
「目が出来たらあとは好きな長さまで編んでいくだけ」
 やり方は簡単よ、とすいすいと編んでいく講師に倣い、三人も教えられたばかりの技術を使い編み始める。
 しかし見ている時は結構簡単そうに見えるのに、いざ自分がやるとなるとなかなか難しい。

「編む時に想いを込めるんだよね。‥絶対に、凄いね、って言わせてみせるんだから」
「カルン気合い入ってるね。あたしも頑張らないと。クリスマスまでに全員分編み終わるかなぁ‥‥」
 シノンは孤児院にいる子供達の数を指折り数えて首を傾げる。その仕草にティアリスは微笑みながら自分も編む手を休めず言った。
「お互い頑張りましょう。ちゃんと相手に渡すことが出来るように」
 その言葉にカルンとシノンは頷いてもくもくと編み始める。
 しかしその静寂も少しの間しか持たなかった。
 一番初めに声を上げたのはシノンだ。それに続くように騒ぎ始めるのはカルン。
「うわっ!! 目がずれちゃったっ!」
「あれ? シノン、ティア姉さまー、なんか目が多いんだけど‥‥どうしてかな???」
 わたわたとカルンは両隣のシノンとティアリスを交互に見て、最後に自分の編んでいるマフラーを眺める。
「失敗? もう駄目なのかな?」
 せっかく渡して驚かせようと思ったのに、とカルンは瞳を伏せる。
 たまには女の子らしいところをみせてやろうと思ったのだ。いつも口うるさく世話を焼いてくる人物を驚かせる為に。
 いつも驚かせられてドキドキしたりするのが自分一人だなんてつまらない。
 そう思っていたのに、ここで終わりになってしまっては哀しすぎる。もう一回作り直そうかとカルンは考えて、編んだものをほどこうとしたが、それを遮るようにシノンが言う。
「失敗したってきっと修正出来るはずだよっ。あたしのなんて目がずれちゃったから穴あきだけど模様に見えなくもないし!」
 シノンも自分の少し失敗してしまったマフラーとカルンのマフラーを見比べるが、沈んだカルンとは対照的に明るい。シノンはいつでも前向きだった。
「‥そうよ。きっとなんか手があるはず」
 ティアリスも編み物のことはよく分からなかったが、目が増えてしまったからといってそのまま駄目になるということはないだろうとなんとなく予想できた。
 そのティアリスの言葉を受けて近づいてきた講師が先を続ける。
「その通り。大丈夫よ。これはね‥‥」
 シノンとカルンの間違ってしまった箇所を修正して手渡してくれる。
「はい、これで大丈夫。また続けられるでしょ?」
「わっ! 本当だ。ありがとうございます」
 カルンは途端に笑顔に戻るとシノンと楽しそうに続きを編み始める。
 ティアリスは二人の顔に笑顔が戻ったのを嬉しそうに眺めて、自分の編み物を再開する。
 思い浮かべるのは渡した時に見せる相手の笑顔。
 自分だけに向けられるその表情を思い描くだけで、口元に笑みが浮かぶ。
 普段あまり表情を変えないその人が、自分に向けてくれる表情の変化が嬉しい。
 その人を独占できたような気分になって、嬉しくてたまらない。

「今、兄貴のこと考えてた?」
 ふふふー、と笑ったシノンがティアリスの顔を覗き込んでいた。
「え? 顔に出てた?」
「ティア姉さま、すっごい幸せそうだったよ」
 シノンの横でうんうん、と頷くカルン。
 嘘、とティアリスは頬に両手を当てて熱くなった頬を隠す。
「兄貴、きっと喜ぶと思うよっ。ファイトっ!」
 あたしもがんばろーっと、とシノンは自分の作業に戻る。
「あーっ、私よりもシノンの方が進んでるぅー」
 負けないんだから、とカルンはシノンに対抗意識を燃やして編み始めた横で、ティアリスはまだ冷めない頬の熱を必死に抑えようとしていた。

「これぐらいの速度で編めたら大丈夫かな‥‥クリスマスまでは間に合うかもっ!」
 やる気出てきたぞー、とシノンは編む手を休めることなく続ける。大分慣れてきたのか講師を呼ぶ回数も減ってきていた。
 クリスマスまでに全員分作って孤児院の子供達にあげると心に決めたのだ。
 少々睡眠時間が減っても皆の笑顔を見れるなら構わないとシノンは思う。
 いつも自分に暖かい笑顔をくれるのはあの子達なんだから、と。
 自分が笑っていられるのも、こうして楽しい時間を過ごせるのもあの子達が笑ってくれるからだと。
「ねぇ、これをあげたら笑ってくれるかな」
 カルンの呟きにシノンは大きく頷く。
「もっちろん。だって、こんなに一生懸命想いを込めて編んでるんだから。魔法がかかってるんだよっ」
 全開の笑顔を浮かべるシノン。
 シノンがそう言うと本当に信じられるから不思議だ。
「‥‥ちょっと編む時の強さが違うからでこぼこに見えるけど‥‥でも想いは人一倍詰まってるんだしねっ」
「私もちょっとでこぼこだけど」
 カルンも半分まで編み上がったマフラーを眺めて笑う。

「あら、良い感じに出来上がってきたじゃない」
 初めてにしては上出来、と回ってきた講師が告げてそのマフラーを褒める。
「短い時間だったから最後まで編めないと思うけど。そうね、最後の糸始末とかフリンジの付け方まで今日は無理だからまた後で教えてあげるわ。編み終わったらいらっしゃい」
「えっ? いいんですか?」
「もちろん。だって頑張ってる子は応援したくなるし。それに編み物好きな子が増えたら嬉しいしね」
 ラッピングの仕方まで教えてあげるから、と講師は軽くウインクをして去っていく。
 その仕草が三人の目には嫌みではなく格好良く映った。

 三人の手元には編みかけのマフラー。
 多少でこぼこしていたが想いの詰まったマフラーがあった。
 一編みに想いを込めて、渡した時の笑顔を思い浮かべて。
 きっとその笑顔を見て自分の心も温かくなるのだろう。
 手編みのものが暖かいのは、編み手の心の温度まで編み込まれているからなのかもしれない。

「クリスマスまでもう少しっ! 頑張らないとねっ」
「最後の方はでこぼこじゃなくなってるかもしれないし」
「暖かいマフラーが渡せると良いわね」
 三人は微笑みあって、編みかけのマフラーを見つめた。