<東京怪談ノベル(シングル)>


この世で一番熱い漢
 今年もそろそろ雪が降ろうかと言う季節になったある日の事。
「おうし、集まったな。まあ良く来た、これでも食って暖まってくれ」
 外界の寒さなどなんのその、きらきらと点灯する色とりどりの灯りを室内に飾りつけ、中央に大きな鍋を置いて豪快に叩き切った食材を入れてぐつぐつと煮込んでいる男――オーマ・シュヴァルツの言葉に、恐る恐る中へと足を踏み入れた数人の、いや数体のウォズが戸惑ったように辺りを見回した。
「用があるって聞いたけど、ヴァンサーが何の用?まさか、こんな見え見えの異空間作ってまとめて封印でもしようって言うの?」
 ヴァンサーに対して警戒心の解けない女性が、片足だけ中に踏み入れて、室内の様子を見て顔をしかめる。
「安心しな、封印するために呼んだわけじゃねえよ。これからの事を話し合おうと思ってな」
 これしかなかったのか、大柄な身体に真っ白なフリルのレース付きのエプロンをびし、と身に付け、次々と中央の大鍋にぽいぽい材料を放り込むオーマが、湯気の匂いを嗅いで香辛料を放り込み、ふむ、と頷く。
「これから?」
 声を上げたのは他のウォズ。おう、と答えたオーマがおたまを振り上げ、
「今日呼んだのは、多かれ少なかれこの世界で生きるのに不都合を感じてるヤツだからな。そうだろ?…まあ、あの世界でも同じ事だっただろうがな。――うむ、いい出汁だ。でな、この世界で上手く生きるためにちょいと会合を開こうと思ったわけだ」
「ば――バカじゃないの!?あたしたちが、あんたたちヴァンサーと馴れ合うなんて」
 からかわれたと思ったか、それとも堂々とこんな事を言い出すオーマに呆れたのか、思い切り眉を寄せつつ顔を赤らめる女性のウォズ。こくこく、とそれに賛同して頷くウォズたち。だが、オーマはそれに動じる事も無く、
「こう考えてみたらどうだ?…俺様は、他人様に迷惑をかけねえ限りお前さんたちに手は出さない。だが、きちんとした理由も無く人を襲ったり、むやみやたらと破壊行動を繰り返すようなヤツは、容赦しない」
 これは、交渉だ――そう言うオーマの目は、嘲笑を押さえ込むくらい真面目なもので。
 ふ、と目元を和ませてにやりと怯んだウォズににやりと笑いかけると、
「その辺はウォズ同士でも同じ事だと思うがな?ウォズだって、場合によっちゃ仲間内で『裁く』事もあるんだろ?」 その言葉を聞いて、ウォズが表情を引きつらせた。
 何故なら、ヒトにはそうしたウォズの生態は分かっていない筈だったからで…その事を事もなげに言い切るオーマに、薄ら寒いものを感じ取ったらしい。
「な、何であんたがそんな事知ってるのよ」
「わはは。まあその辺は年の功――って事だ。俺様だって無駄に生きてきたわけじゃねえからな」
 丁寧に浮いてきたアクを掬い取って捨て、ちょいちょい、と入り口に立ったままのウォズを呼ぶ。
「完璧だと思うんだが、味見してみるか?」
「え――あ、あの」
 ほいと差し出された小皿には、透明なスープが一口分だけ入っていた。
「……う……わ、分かったわよ。話だけは聞いてやるわよ…」
 そして。
 一口そのスープを飲んだウォズは、しぶしぶと言った様子で中へと入ってきたのだった。
「流石ですわね、オーマ。やっぱり、私の専属コックになりません?」
「いやいや、そりゃ嬉しい申し出だが俺は医者なんでな。料理は単なる趣味さ。さーてと、それじゃ始めるか?他にも噂を流したんだが、まあ、これだけ集まりゃ御の字だろ」
「て、誰?そこのヒトは」
「お。紹介がまだだったな。この女性はな――」
「初めまして。エルファリアと申します。この国の王女をしていますわ」
 にっこりと。
 何の邪気も無く発せられた笑顔に、思い切り毒気を抜かれたウォズたちが口々に挨拶を返し、
「え…えええ――っっ!?」
 直後、驚きの声が上がった。
「なんだなんだ、一体何にそんな大声上げてるんだよ」
「この国のトップが何でヴァンサーと一緒にいるんだよ!…お前、何やったんだ」
「人聞きの悪ぃこと言うんじゃねえよ。俺様はな、イロモノ親父として王国に認められてるんだ。その交流の一環さ」
「そう言う事ですわ。ええと、何と言ったかしら。腹黒同盟、というモノを認めてくれとオーマが言いに来たんですのよ」
 異世界…オーマのいた世界では全く考えられなかった自体に、付いていけないウォズが口をあんぐり開けたままエルファリアを見詰めている。
 異質なモノに対する姿勢は、どの世界であっても同じだろうと思っていたのだが…ウォズに限らず、ヴァンサーさえ、『掃除屋』程度の認識しかされていなかったと言うのに。
「そう言う事だ。おうそうだ、お前らも入るか?腹黒は楽しいぜぇ?」
 にやにや笑いながら、具現化したどんぶりにがばがばと出来上がった料理を注ぎつつ言う。豪快なつくりの割りに非常に繊細な味をしているその料理は、湯気までが見るからに美味そうだった。
 こくり、と誰かが喉を鳴らし、そっと手を差し出す、それを実に嬉しそうに見たオーマが手を伸ばし…。
「――――…、……!」
 その時、どんぶりを手渡していたオーマもウォズも、外から聞こえて来た何者かの声と、微振動を感じとって本能的に後ろに下がる。
 その直後、カーテンのように垂れ下げていた異次元空間の入り口がばりばりと引き裂かれ、
「何やっとんじゃぁワレぇ!この腹黒イロモノヴァンサーがぁ!!!!」
 腹の底から響くような声と同時に、黒い塊が数体中に飛び込んできた。

     ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

「……誰だ?お前ら」
 たっぷり一呼吸のち、オーマが手渡し動作を再開して、それから困惑した声で闖入者たちに向かって問い掛ける。
「おう、いい度胸じゃワレ。わしのシマで好き勝手しとるヴァンサーが居るっちう話は聞いていたんだが、ワレだったんかい」
 ずい、と、オーマに負けず劣らずの…いや、体格の良さでは横にも広さを見せるこの男の方に分がある、大柄な男が深々とえぐられたような傷跡の残る顔をオーマへ近づける。
 手には、『乾坤一擲』と文字が掘り込まれた木刀を持ち、つばの割れた黒い帽子と、窮屈そうな黒く長い上着とズボン、そして真赤な裏地に黒々と『森羅万象』と刺繍された黒マントを着けたその男は、子分を引き連れて後ろに従えさせ、オーマのみならずじろりとその場に集まったウォズたちも睨み付ける。
「おう。思い出したぜ、妙なウォズがいるって噂になってた…お前か。確かに妙な格好だな」
「人の事言えねえだろうが、なんじゃいそのちゃらちゃらした格好は」
 仁義、とか、上下関係がどうとか言う規律を定め、一般人には今の所迷惑をかけている様子は無いが、この近隣のウォズを束ねている変わったウォズがいると聞いていたが、聞いていたよりもずっとパワフルな存在だった。
「そりゃ俺様自ら料理してるんだからよ、エプロンくらい必要だろ?つうかお前さんも食うか?たっぷり作ったんでな」
「ふざけんなワレぇぇ!!ウォズとヴァンサーは決して相容れぬ宿命、それこそが漢の道じゃあぁ!!!!」
 視線だけは鍋に釘付けになりつつも、ウスッ!と腕を組んだままでいる子分たちに、オーマが憐れみにも似た視線を送りながらも、木刀を振り回すウォズを避けて移動し、その後を追ったウォズがぶんっ、と木刀を振り回した直後、
「きゃあっ」
 がしゃん、と入れ物が割れる音と小さな悲鳴が上がり、
「ち、しまった。大丈夫か王女さん」
「え、ええでも、せっかくのお料理を落としてしまってすみません」
「いいっていいって。それよりも王女さんに火傷や怪我をさせちまった方が後々大変だ」
 それでも多少服に跳ね返った汁が付着したのを見て、
「すまねえ王女さん、後でその服は洗って返すから、後でうちで着替えてってくれ――それよりまずは、この責任を取ってもらわねえとな」
 何故か追撃して来ないウォズを訝しく思いながらも、腹立ちもあり立ち上がってくるりと振り返る。
「…どうした。変なものでも見たような顔して」
「お」
 オーマの言葉ではっと我に返ったウォズが、
「お、おい、そ、そこの女性は――」
「ん?…ああ、そうだ。この女性はな、この国の王女でだな」
「初めまして。エルファリアと申しますの」
「え、えええるふぁりあ、さん」
 にこりと微笑まれて顔を赤くしたウォズが、はっ、と表情を変えて、エルファリアを庇うように前に立ち塞がるオーマと王女とを何度も何度も見比べた後、
「何でワレと王女様が一緒にいるんじゃい!!――ま、まさか、ワレ、この女性と……くぅぅうぅ、ゆ、許せん、許せんぞおおおおお!!!!」
 懐から出した紙にさらさらと『果たし状』と書き付けると、オーマに突き付け、
「いいか、遅れるんじゃあねぇぞワレ…」
 それだけ言い放つと、ちらと酷く強い視線を王女に注いで胸を張り、外へと出て行った。
「…何しに来たの、あれ?」
 ウォズにも、彼が一体何の目的で来て、そしてあっさり帰ったのか分からないようだった。
「あー…」
 書付けを読み進めるうち、オーマの表情がだんだんと困ったものになって行く。
「王女さん」
「はい?なんでしょうか」
 全て読み終えたオーマが深々とひとつ息を付くと、
「申し訳ねえな、王女さんを巻き込んじまったらしい。――王女さんを懸けた決闘状を置いて帰りやがった。事もあろうにあいつ、王女さんに惚れたとさ」
 思いきり呆れた顔のウォズの面々。そして当の本人は、
「あら」
 そう一言だけ呟いて、くすくす、と実に楽しそうに笑ったのだった。

     ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

「――来たか」
「ああ、まあな。…最初に、聞きゃしねえだろうが一応言っとく。俺様は妻子持ちでな、王女さんとは別に何も…」
「さ、妻子持ちだと!エルファリア王女様がいながらその態度とは、ぐはあ、も、もう堪忍袋の緒が切れたわ!」
「いや、だーかーらーな」
 午前中は良い天気だったのだが、こうして夕方近くに、決闘する草原に来てみると流石に冬が近いためか寒風が強く吹き付けて、互いの服をばさばさと煽っている。
 ウォズの男は、オーマに伴われてやってきたエルファリアにひたりと目を止め、
「おう、王女様、わしが貴女様を救って差し上げますからな!――さあにっくきヴァンサー、勝負を始めようか!」
 王女へは熱い視線を注ぎつつ、それ以上に熱い、義憤に燃えた瞳をオーマへ向けた。…ふう、とオーマが首を振りつつ溜息を付き、
「…で?どうやって勝負するんだ」
「そんなもの決まってるわ!わしと同じ、刀で勝負せい!飛び道具なんざ漢の勝負には邪道じゃぁ!!」
「…邪道、なあ…でも俺様、それ以外の武器はもうずっと使ってねえんだが」
「ぬかせ!わしと同じ具現使いが、使えねぇとは言わせねぇ」
「――まいったな。本気か」
 がしがしと頭をかき回し、もう一度ちらと男を見、
「最後にもう一度だけ聞く。――本気で、『刀』で遣り合えと?」
「応!漢の武器は、手に持って切り結ぶモノ!または拳じゃぁ!わしはこの木刀で手加減してやる!ワレは同じ木刀でも、不安なら刃物でも構わんぞ」
「…本気な訳だ。そうか――そうか。じゃあ、俺様もちぃっとばかし本気出してみるかね」
 ふぅ、っと、オーマが息を吐く。
 その手に、銃ではないモノを形作るのは、随分と久しぶりの事だった。
 あれはいつだったか。互いの得物を『交換』した時から、具現化する事を極力避けていたモノ――刀。
 ただし、それは手に馴染んだものではなく、その上一刀のみ。
 それを正眼に構えると、

「安心しな、…後悔だけはさせてやる」

「ぬかせ!」

 うおおおおりゃああああ、と闘志と腹からの雄叫びを上げて突っ込んでくるウォズと、じっとしたままぴくりとも動かないオーマ。
 それは、直前まで安心して見ていたエルファリアが思わず手を揉んでしまう程、オーマは動く事が無く、

 ――鈍い音が、風に乗って運ばれて来たその時には、もう、勝負は付いていた。

「オーマ!」
 立ったまま、崩れ落ちたウォズには目もくれず空を眺めていたオーマの横顔に、どこか不安になったエルファリアが声をかけつつ駆け寄って行く。と、振り返って笑顔を浮かべたオーマは、もう既にいつものオーマで。
「おう?王女さん、そんなに心配してくれたのか?そりゃ悪い事をしたな」
「心配などしていませんわ」
 ぷん、と横を向いた王女が、下で白目を剥いているウォズを心配そうに見て、しゃがみこむ。
「オーマ…この方は?」
「ああ?大丈夫大丈夫。力の差だけは叩き込んだから、暫くは起きねえだろうが、どうせこの男の事だ、真冬に野宿したって死にはしねえだろ」
 ほっとけほっとけ、と苦笑いするオーマに、でも、とエルファリアがオーマとウォズの顔を何度も見比べる。
「あーもうしょうがねえな。特別サービスだぞ」
 流石にこのまま放置するのは気が咎めるのか、オーマが渋い顔をしつつも、ウォズを包み込む寝袋を具現化させて、
「これでいいだろ?さっさと帰ろうぜ、王女さんが風邪引いちまう」
「あら、私これでも丈夫ですのよ」
 更にテントまで張ったのを見て安心したらしい王女が、オーマに伴われて街へと戻って行く。
 ――今夜は、冷え込みそうだった。

     ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

 それから。
 聞くたびにオーマが微妙な顔をする噂が流れ始めたのは、そんな事があったすぐの事だった。
 王女に良く似た人物が街を歩いていると、その後ろから付かず離れずの距離を保って、いつも数人の、黒尽くめの男たちが現れるのだと言う。
 その女性にはほとんど接触が無いまま、だがその女性に対する危機が迫ると…例えば、野犬に絡まれたり、野犬よりも性質の悪いナンパ男や酔っ払いに絡まれた時など、颯爽と現れてものも言わず障害を排除し、そして再び颯爽と姿を隠すのだと言う。
「…まあ…お陰で王女さんも安心して街中を徘徊出来る訳だし…って、懲りねえなあいつらも」
 今日も、恐らく隙を見ては城を抜け出しているのだろう、王女の姿を思い浮かべ、それ以上に大きな図体を縮めつつ、こっそりと警護しているつもりになっているあのウォズの事を思いながら、オーマは何度目になるか分からない溜息を付いたのだった。


-END-