<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
【黒色の塔】
「新しい依頼です!」
ルディアがメニューを掲げながら店内に叫んだ。客たちは一斉に振り向く。
「えーとですねえ、ここから北へ3日間行った場所に、その昔どこかのお金持ちが建てた『黒色の塔』と言われるものが建っていまして。全部で30階。高いです。で、そこにはいつしか魔物が住み着くようになっちゃったんです」
「怪物退治か。たいして新鮮味のない話だな」
客のひとりがにべもなく言う。冒険者もベテランになると、ありふれた依頼では食指が動かない者もいる。しかしルディアは微笑む。
「いえいえ、何とですよ、そこにはお金持ちさんの残したお宝が……山というほど眠っているらしいです! きっと欲しいものは何でも手に入りますです。すっごくすっごくすっごくチャンスです!」
おおお! 店内にどよめきが駆け巡った。
きっかり3日後の昼、冒険者らは目的の地に到着した。
まるで黒槍だった。白雲を攻撃して汚そうとするかのように見える。
側まで来てみると、この黒色の塔は実に高い。見上げるとすぐに首が疲れてしまう。
「僕らが一番乗りみたいですね」
アイラス・サーリアスが嬉しそうに言う。この黒色の塔に旅立った者は他にもいるはずだが、まだ誰の姿も見えない。
「途中に魔物が出たせいもあるだろうな。我々は無事に退けられたが」
ジュドー・リュヴァインの言葉に、シグルマが鼻を鳴らす。
「あれっぽっちの敵を倒せないようじゃ、ここに上っても無理だろうよ。さあて、さっさと行こうぜ」
立ち止まっている意味も暇もない。一行は開かれている扉から、慎重に歩みを進めていった。
内部は単純な構造だった。すべて石造りで、同じ形の石が延々と積み重なっている。凝視していると目が回りそうである。道は直線で、遠くに右方への曲がり角が見える。脇に扉がいくつかあった。宝があるのかもしれないがすべてをチェックするのは時間がかかるので、ひとまずは進むことにした。
角に差し掛かろうとしたその時、邪悪な気配と、そこらに響くような低い唸りが聞こえた。3人は身構えた。
現れたのは、灰色のオオカミだった。ただし普通の人間より一回りは大きい。戦いの心得のない者ならば、その鋭利な牙と爪で瞬時にバラバラにされてしまうだろう。
「最初からなかなかすごいのが出てきましたね……」
「血に飢えた魔獣か。1匹だし、ここが私がやろう。ふたりは下がってくれ」
ジュドーが音もなく前へ出た。蒼破を抜いて上段の構えを取る。
一呼吸もなく、オオカミは全身のバネを使って跳躍した。明らかに一撃必殺する気だった。10本の爪と無数の牙が襲ってくる。
ジュドーは動じない。思い切り身を屈ませ、突進する。ちょうどオオカミという穴をくぐる体勢になった。
相手の力を利用して、顎から腹までを一気に引き裂いた。オオカミは悲痛に叫び、おびただしい鮮血の中で絶命した。あっという間の決着である。
「隙が少々多かったな。一撃で倒されたのは己のほうだったか」
ジュドーが死骸で刀の血を拭ったところでアイラスが聞く。
「どうします? 宝探索に精を出すか、早々と上に行くか。僕はそれほど宝には執着はないのですが」
「私もだな。むしろ戦いのためにここに来たようなものだから」
「よし、決まりだ。上って上って上りまくるぞ。きっとてっぺんには大ボスが潜んでいるぜ?」
シグルマが言って、一行は走り出した。角を曲がると螺旋階段があった。駆け足で上り終える。
2階。また直線の道があり、その向こうは左方への曲がり角。どうやら交互に右、左となっているようだ。
脇の扉に目もくれず走ると、ふいに斜め上方から黒い影が降ってきた。アイラスたちは散開して新たな敵を見据える。
「うわ、ずいぶん大きなコウモリですね。やっぱり血を吸うんでしょうか」
アイラスがコウモリに打って出る。右手には魔力を増強するマジカルナックル。殴打はあえなくかわされた。さすがに素早い。
敵は冒険者たちをあざ笑うように宙を旋回する。ひとしきり回るとアイラスの首筋めがけて飛来する。噛み付かれたら一巻の終わり――!
ドオン! 爆音が炸裂する。
「残念。殴るだけじゃないんです」
アイラスのヘビーピストルは見事に敵の中心に風穴を空けた。即死だった。
その後は魔物の襲来はなかったが、5階までやってきたところで一行は足を止めた。通路の真ん中に、筋骨隆々とした一つ目一本角の怪物が立っている。先程の魔物たちとは格の違う気配だ。
「区切りのいいところで中ボスってわけかい」
シグルマが剣を振り上げて疾走する。怪物は口から炎を吐き出す。通路全体を焼き尽くすような突風的火炎。己の技に酔いしれ、怪物は勝利を確信する。
それもつかの間。
彼の目の前に、炎を強引に掻き分けたシグルマが現れた。怪物は驚く間もなく一刀両断される。
「何だ、この程度か」
きな臭い臭いを放ちながらシグルマは言い放つ。さすがの仲間も心配する。
「シグルマさんが結果的に盾になって助かりましたが……」
「大丈夫なのか」
「なんの。いい"火焼け"をさせてもらったぜ」
いかに屈強な魔物が立ち塞がろうと、彼らが突破できぬものはなかった。敵も階層を重ねるたびに強くなっているようだが、かすり傷を負わす程度に留まっている。ジュドーの提案で戦闘は交代制を取ったので、疲労も少なかった。彼らはあまり自覚がないが、冒険者の中でも特級の腕の持ち主なのだ。
そうして、ほとんど休憩もなく最上階まで辿り着いたのだった。
「おお、予想通り――大ボスだ」
シグルマが前方を指差した。
燃えているような赤い鱗、一般人なら見るだけで失神してしまうだろう凶悪な顔、爬虫類じみた金色の目、背に見える巨大な翼。邪竜である。桁違いに巨大というわけではないが、殺気がこれまでのどの敵よりも勝っている。
邪竜はふいにやってきた人間たちを見て凄まじい咆哮を飛ばす。俺の住処に踏み入るなと言っている。
「さすがにこれは全員でかからねばな」
ジュドーが白い闘気を全開にし、刀に載せた。
開始の合図などなく、邪竜は巨大な頭を反り返らせ、大口を開いた。凍てつく吹雪が放たれた。
「野郎!」
アイラスとジュドーの真正面にシグルマが立つ。白い礫が容赦なく彼に激突する!
「前衛たる者、避けずに受けろ!」
吼えた。シグルマは言葉通りに一歩たりとも退かず、雪中行軍を続ける。
敵は目を血走らせた。思いがけない抵抗に怒っている。吹雪はさらに勢いを増した。それでもシグルマは倒れない。止まらない。
「よし、行け!」
シグルマの頭上からジュドーが飛び出す。彼女は小山のような邪竜の左肩まで跳躍し、全力で刀を振り下ろした。ほとばしる闘気が稲妻のような痛みを与える。
邪竜は振り絞るような叫びを轟かせた。あまりの蛮声に壁が揺れる。
叫びは続く。アイラスもまたシグルマの背後から飛び上がり、邪竜の右肩に釵を突き立てた。邪竜が壁に体当たりをして、ふたりは床に叩き落された。
「怒り心頭といったところですね。冷静さを失わせれば勝ちに近づきますが」
アイラスが壁に打ち付けた左腕をさする。ジュドーは右腕を押さえる。
「次はどう来るのか……む」
敵は作戦を変えた。口を開けたが、何も吐き出しはしない。そのままアイラスたちに向かってきた。
「ちっぽけな人間などひと飲みしてしまえばいいってわけか。そうは行かねえな!」
またしてもシグルマはその場に、仲間の前に踏ん張る。
「シグルマさん、避けるんだ!」
アイラスがたまらず言った。今度ばかりは人の身など盾にはなりはしない。
――だが、シグルマは食われない。
彼は器用にも4本の腕で、邪竜の牙を掴んでいる。敵は顎を閉じられぬまま、ありえぬといった表情で静止しているのだ。恐ろしい力だった。
シグルマのこめかみは痙攣し、どれだけ歯を食いしばっているのか、口からは血が流れている。それでも顔は笑っている。
アイラスとジュドーはあまりの光景に息を飲んでいたが、我を取り戻した。これを機会とせずに何が冒険者か。
ふたりは飛んだ。その脳天めがけて、マジカルナックルが、蒼破が落ちる。シグルマに掴まれている邪竜は逃げることも叶わず、必殺の一撃を受け入れた。
断末魔の悲鳴とともに、崩れ落ちる邪竜。
「とどめは俺がさせてもらうぜ」
シグルマの剣が邪竜の首に食い込んだ。最期の声をか細く出して絶命する。
3人はほっとして腰を下ろした。さすがに疲弊していた。
「それじゃあ休憩したら、気分転換に少しだけ宝探ししますか」
アイラスが会心の笑顔で言った。
■エピローグ■
「素敵です。もらっていいんですか?」
「斡旋料兼プレゼントということで」
テーブルに広げられたのは輝きを放つ宝石やアクセサリーなど。白山羊亭とルディアにと、アイラスが集めたものだ。
「僕はこの雪山の風景画だけで充分です。部屋にでも飾ることにしますよ」
「欲がないなアイラスは。私が言えたことではないが……。まあ宝というなら、この戦いの経験こそが宝だな」
ジュドーは満足げな顔で、注がれたワインを一気に飲んだ。彼女の視線の向こうには大酒を樽で飲むシグルマがいる。
「おおいルディア、もっと持ってきてくれや!」
「ええ、あんないいものを見せてもらいましたからサービスしますです。ジャンジャン注文してくださいです」
言うまでもなく、シグルマが剣先に引っ提げて持ち帰った邪竜の首のことである。それはシグルマの傍らに置かれていて、死してなお凄みを放っていた。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】
【1149/ジュドー・リュヴァイン/女性/19歳/武士(もののふ)】
【0812/シグルマ/男性/35歳/戦士】
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■ ライター通信 ■
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担当ライターのsilfluです。ご依頼ありがとうございました。
黒色の塔というのは某フリーゲームのパロディで、それも
30階建てなんですよね。しかし今回はシグルマさんが熱かった!
それでは、またお会いしましょう。
from silflu
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