<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
邂逅
その気配を感じたのは、夜半を過ぎた頃だろうか?此処幻想魔境は様々な物が流れ着くが故に、そう言った事もしばしばあったが、どうやら何か違う様だと結城 恭介は刀を取り立ち上がると、境内を目指した。
此処幻想魔境は結城神社に居座って、幾許の時が過ぎたか?恭介は覚えていないが、かなりの時間が過ぎた事は確かである。その中で、幾度も何らかの気配を感じはしたが、大概はその場所と恭介の気配に消えて行くのが常であった。だが、今ある気配は未だ其処に在る……
廊下を抜け履物を履き社務所の戸を開く。月は蒼天、仄かに光を湛え照らし出された境内の中央に、それは居た。
光すら吸い込んでしまいそうな黒く長い髪、細く切れ長な目には蒼く輝く瞳、繊細なまでの細面には表情は無く、黒のローブを纏った体は女性特有の膨らみと丸みを醸し、ただ其処に居た。
「……何者だ?」
問い掛けた恭介の表情もまた無表情……警戒するでもなくただ、見詰めている。
「……名前なんか無い。我は、名も無き式神……」
ゆっくりと口を開いた女性の声は、低くそれで居て透き通った声だった。
「そうか。で?何の用だ?」
何処か憂いを帯びた女性の声にも動じず、恭介は刀を握る手に力を込める。
『返答次第では、斬る……』
鋭く見据えた視線とその気配から、そんな思いがにじみ出ている。だが、女性は動じた風も無くただ恭介を見詰めていた。
「その刀で、我を斬るか?……無駄な事だな」
冷淡に言い放ち、女性の手がローブから出されれば、其処に在るのは鈍く光る銃……恭介の体が自然と居合いの構えを取った。二人の間に緊張が漲る中、恭介が口を開く。
「大丈夫……刀に神道を見出せばそれは何者をも断つ刃となる!」
言い終わるや否や、恭介の足が地面を蹴った!一気に間合いを詰め、神速とも言える居合い抜き!
ヒュオ!
刃が空を切る音が、静寂に包まれた境内に響いた気がした。それ程の斬撃で有ったにも拘らず、女性は表情さえ崩す事無くその一撃を交わしていた。スッと女性の手に握られた銃が持ち上げられ、銃口が恭介を狙う!
ガゥン!!
一発の銃声に、空気が震える!が、狙われた筈の恭介はその場に立っていた。
「その程度、交わす事など容易い!」
銃弾の軌道は、銃口から一直線である。その軌道さえ見切ってしまえば、確かに交わす事は可能であろうが、それは相当の技量である事の証だ。それを容易いと言う恭介の実力は押して知るべしであろう。だが、女性はそんな恭介を未だ無表情で見詰める。
「ふっ!!」
再び間合いを詰めた恭介が抜き放った刀を袈裟懸けに切りつけるが、女性は半歩身を下げただけでそれを交わすと、再び銃口を向け引き金を引く!打ち出された弾丸が恭介に向かうが、その近距離であっても恭介はあっさりと交わしてしまう。互いの技量は、恐ろしいまでの高次元であった。
『何だ、こいつ……』
恭介の表情はそう物語っていた。自分と互角に戦える奴は確かに存在するが、それは幻想魔境の中では極僅かである筈だった。まして、式神でなどと言う話は聞いた事も無い。更に恭介が驚いていたのは、相手の表情だった。完全なる無表情……式神とは言え、攻撃の瞬間や交わす瞬間など、微かに表情が動くものなのだが、それが一切無い。相手の表情から察する事が出来る情報は、数多いのだがそれが全く無い事により恭介は攻めざるを得ない。内心の焦りと動揺に、攻撃が大振りになりそうに成るのを必死で堪え、小刻みに攻撃をして行く。
一方の女性は、全く表情を変えず恭介の攻撃を交わし反撃とばかりに銃を撃つ。弾が切れてからのリロードも手馴れているのか手早く、攻撃と防御を完璧にこなしていた。
「はぁ!!」
膠着した攻防に、恭介は身を沈めると足払いをしかける!それを難なく交わす女性に、僅かに隙が生まれる!
「そこ!」
ッヒュ!!
空気を裂く音が聞こえた。恭介の刀は女性の喉下1cmの位置で停止し、女性の銃は恭介の頭に押し付けられていた。
暫しの静寂の中、見詰め合う二人……女性は変わらずの無表情、恭介は息も荒く内心の焦りと畏怖を抑えるかの様な緊張した面持ちだ。
「……俺の負けだ……」
スッと恭介が刀を下げた。戦い慣れていた恭介にしては珍しく、疲労の色が濃くその顔にはあった。刀を下ろした恭介に習い、女性もまた銃をローブの中にしまう。
「お前……名前は?」
徐に恭介は問う。女性は、俯き答えた。
「……嘗ては曳鵺抄哭妖と呼ばれていた。今はもう……」
低く押し殺したかの様な声……何処か悲しげにその姿は見えた。
「何だその名前?気に入らないな」
恭介の言葉に、女性が顔を上げ何かを言おうとした瞬間。
「闇の鵺と書いて、闇鵺だ。今日からはそう名乗りな」
恭介のぶっきらぼうな声が遮った。口をパクパクさせながら呆然とした女性を恭介は憮然と見詰める。
「闇鵺……我の名……闇鵺……」
何度も何度も反芻する女性の表情が少しだけ緩んだ気がして、恭介は少しだけ笑む。そんな恭介を闇鵺と名付けられた女性は見詰めると口を開いた。
「闇鵺は、ある人を助けたい。その為には、主が必要だ。闇鵺と契約を交わせ」
闇鵺の真剣な眼差しに、恭介は黙って見返す。暫く見詰め合っていた二人だが、徐に恭介が刀を自分の手の甲に持って行き、スッと傷を付ける。滲み滴る血をそのままに甲の部分を闇鵺に差し出す。
「お前の望み、叶えてやる」
コクリと頷く闇鵺が同じ様に手の甲を出すと恭介は刀で傷を付ける。そして、二つの甲が重なる。
「今此処に、主従の盟約を交わさん。闇鵺を式とし、我を傍らに置き我の力を行使せよ」
「今此処に、主従の盟約を交わさん。結城 恭介を主とし、我の傍らにてその力を行使せよ」
ボゥと二人の甲が輝き、光が消えた後其処に有るのは、証と成った傷跡……
静寂の中、これが二人の始まりだった……
「……どうした?恭介」
「……何でもない」
結城神社の社務所の縁側、何処か懐かしむ様に自分の手を見ていた恭介に闇鵺が声を掛けてきたのは夕暮れに染まった頃だ。
「……変な奴だな」
少しばかり呆れた顔をして傍に茶を置く闇鵺を見て、恭介は少しだけ笑みを見せる。
出会ってから、幾許か時は流れた。その中で、少しずつだが闇鵺も変わって来ていると思えた。感情を表に出す事の無かったこの式に、感情らしい感情が芽生えて来ている。手の傷を見ていると、出会った頃を思い出し懐かしくも成ろうと言う物だ。
「……気持ちの悪い奴だな」
「うるさい」
そんな感慨を知らない闇鵺の言葉に、恭介は些か憮然とし茶を取ると啜る。
「美味いな……」
「……そうか、良かった……」
微かに見せた闇鵺の笑みに、恭介もまた笑むと夕暮れに染まった空を見詰めた。
これからも、この式の成長を見て行こう……そんな事を考えながら……
了
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