<東京怪談ノベル(シングル)>


甦る絆



心に秘める強き想い
重ねられた呪いの奥で
それは静かに蘇る



 夜になれば彼女はいつもしゃなりと黒山羊亭にやってきては、すらりと伸びた肢体を躍動させ、このステージで踊っていたのだ。
 それなのにここ数日音沙汰がない。
 顔も見せなければ、白山羊亭の方で踊っているという噂も聞かない。
 何処に行ってしまったのだろう。

 踊り終えたエスメラルダがステージから降りると、すぐ側の席の男から声がかかった。
「なぁなぁ、エスメラルダー。いつもいる青い髪の別嬪な姉ちゃんはどうしたんだよ」
「レピアの事? なによ、あたしの踊りじゃ満足できないっての?」
 エスメラルダも客に言われずともレピアのことは数日前から気になっていた。こんなにも長く店にやってこなかった日は今までなかったのだから。
「そうじゃないけどよぉ、オレとしてはアンタとあの姉ちゃんの二人の踊りを見るのが楽しみっつーかなんつーか」
 なんか物足りネェきがすんだよ、と頭を掻きながら男は言う。
「そうね、私も物足りないわ」
 何処に行ってるのかしらね、とエスメラルダが溜息を吐いた時、賑やかに黒山羊亭の扉をくぐってきた二人組が居た。
「こーんばーんはー。今日はレピア居る?」
「こんばんはです」
 にゃはー、と全開の笑顔でぶんぶんと手を振っている黒髪のツインテールを揺らした少女と、清楚なメイド服を着た少女の二人だった。
「残念ね、今日も来てないわ」
「えー、本当に? エスメラルダ意地悪してるとかじゃなくて?」
「なんでそんな意地悪しなくちゃいけないのよ」
 全く、とエスメラルダが呆れたように二人を見つめる。
「だってー‥‥いっつも会えないんだもん。こんなに長く来ない事ってある? ないよね?」
「‥‥ないわね」
「レピアさん、何か事件に巻き込まれちゃったりしてるんでしょうか‥‥」
 心配ですぅ、とメイド服の少女は瞳を伏せる。

 その時だった。
「失礼致します。あの、こちらでお酒を売ってると聞いてきたのですが」
 声を掛けられ振り返ったエスメラルダが固まる。
「えぇ、売ってるわよ‥‥って、何その格好!!!」
「レピア? えっ? 何? どうしたの?」
「あれ? 同じ‥格好ですぅ‥」
 今まさに話題に上っていたレピアが居たのだが、その格好と他人行儀なところに皆首を傾げた。
 皆の知っているレピアはメイド服など着てはいないし、頭にカチューシャなど付けていない。
 いつもなら少女達を笑って抱きとめてくれるような人物なのだ。
 それなのに今のレピアは変だった。
 初めてやってきた店のように、ぎこちなく辺りを見渡して途方に暮れている。
 しかしそれを近くの男は新しい趣向だとでも思ったのだろう。
「へぇ、趣向を変えてこういうのもいいなぁ」
 いつもの踊り子の姿の方が客にしてみれば良いのだが、たまにはこういった姿も良いということらしい。楽しそうに笑って、ステージを指差す。
「ほら、早く踊ってくれよ。メイド服で踊るってのは普段なかなか見れるもんじゃねーしな」
 男の言葉にレピアはぴくりと身を竦ませる。そして一番に声をかけてきたエスメラルダに縋るような瞳を向けた。

「あの、それでお酒を‥‥」
「ちょっと、レピア。アタシだよ。なんでそんな他人行儀でそんな格好してて。ねぇ、今まで何処にいたの? アタシお姫様のトコにも行ってみたんだけどレピア居なかったし」
「はい?」
 小首を傾げたレピアはツインテールの少女を見つめる。
「私はレピアという名のメイドでございますが。何か?」
「何か? ってアタシだよ? あんなに仲良かったのに覚えてないの?」
「私と貴方が? ‥‥申し訳ありません。私はただのメイドでございます、それにこちらのお店に伺ったのも初めてですし」
 その瞳にはしっかりとその少女が映っているのに、レピアの記憶の中には少女の面影は何処にも無いらしい。
「覚えてないですか? 全然?」
 メイド服の少女は泣き出しそうだ。
「えぇ。あの、泣かないで下さい。泣かれてしまうとなんだかとても心が苦しくって」
「これ以上レピアさんがたくさんの呪いにかかる姿は見たくないですぅ‥‥元に戻って欲しいです‥」
 そんなメイド服の少女を眉をひそめて宥めるレピアを見て、ツインテールの少女はうーんと考え込む。
 そしてエスメラルダの耳元で囁いた。

『あの子も本物だって思ってるし。レピアの偽物って訳じゃないよね。勘は良いんだよね、あの子。それに言ってる事は正しい気がする』
『術をかけられたってやつ?』
『うん。アタシもそう思うんだ。でなきゃ忘れるはず無いじゃない。‥‥アタシたちのことレピアが忘れるなんて許さないんだからっ!』

 よし、と拳を握ったツインテールの少女はレピアに告げる。
「思い出せないのなら仕方ないよね。それじゃ、アタシ達とレピアの昔話を一緒にしよう。ね?」
「あの‥‥でもご主人様が待ってますので。早くお酒を届けなければ‥‥」
「だーいじょうぶだって☆ アタシに任せて!」
 ふふーん、とツインテールの少女はレピアから主人の家の住所を聞き、それをすらすらと紙に書くとごそごそと鞄を漁りシルクハットを取り出した。流石何でも屋の少女だ。
「はーい、ここに種も仕掛けもないシルクハットが一つ。今から3つ数えます。いーち、にー、さーん!」
 ぽんっ、という音と共に白い大きな鳥が飛び出す。
「伝書鳥さん登場っというわけで、この子に手紙とお酒を届けて貰いマース!」
 ふふんっ、と少女は得意げに鳥の足に手紙を結びつけると、ぱちん、と指を鳴らした。
 すると今まで宙を飛んでいた鳥が一瞬にして消え去る。
「おい、嬢ちゃん‥‥すげぇな。魔法かなんかか?」
「凄いでしょ」
 得意げな少女の服を引っ張ってメイド姿の少女が言う。
「あの‥‥マスターにまた怒られますぅ‥‥」
「いいの、緊急事態だから!」
 少女二人がこそこそと言い合ってるが、それを見なかったふりをしてエスメラルダはレピアをカウンターへと誘う。
「あの子が手紙とお酒を届けてくれるから大丈夫。ちょっとゆっくり話したかったしね。そうねぇ、あなたのご主人様はどういう方なの?」
「ご主人様ですか? とても素晴らしい魔女です」
 そうなの、とエスメラルダは頷いて最近の依頼でそんなものがあったのを思い出した。
 でもその依頼を請け負った人物がすぐに現れたため、それはすぐにはがされてしまったのだがそれがレピアだったのか。
 先ほどメイド姿の少女が無意識に見抜いたことはどうやら本当だったらしい。
 その依頼の内容は、女性達に悪事をはたらき続けるある魔女の討伐だったからだ。魔女ならば術でも呪いでも好きなようにかけられるに違いない。
「そのご主人様が住んでる場所ってもしかして地下遺跡?」
「はい。‥あの、何故それを‥‥」
「ふっふっふー。アタシたちの情報網を甘く見ちゃダメだよ♪」
 ねー、とツインテールの少女がレピアの隣に座り腕に抱きつく。
「まぁね。さぁて、もう少しでお店閉店だから頑張ってこようかしらね」
 エスメラルダが席を立ったのを見て、レピアも帰ろうとするのを少女二人が止める。
「エスメラルダー!奥の部屋借りて良い?」
「良いわよー」
 一つ返事でエスメラルダが承諾したのを聞いて、ツインテールの少女はぐいぐいっとレピアを引っ張った。レピアの背をメイド姿の少女が押す。
「あの、私帰らなくては‥‥」
「いいの! 帰らなくて。もう朝になっちゃうしね」
「そうですぅ」
 少女二人がレピアを奥の部屋に連れ込んだのと同時にレピアの石化が始まった。
「あっ‥‥私‥‥嫌‥‥体が‥‥」
「大丈夫。レピア、アタシ達が側にいるから。大丈夫。目覚めた時にもアタシ達がいる。だから安心して今は眠って。ちゃんと手を繋いでるから」
 ツインテールの少女はゆっくりと石化するレピアの手をしっかりと握る。
 もう片方の手をメイド姿の少女が手に取った。
「はいっ。しっかりと握ってるです。だから怖くないです」
 にっこりと微笑む少女。
「大丈夫‥‥?」
「うんっ。平気だよ。だってアタシたちレピアのこと大好きだから。ちゃんと護ってあげる。目が覚めた時にはアタシのこと思い出してると良いな。‥‥覚えてる?」
 そう言ってツインテールの少女は以前レピアに告げた言葉をもう一度告げる。
「アタシいつでも側にいてあげたいよ。怖い瞬間、手を握っていてあげたいよ。いつだってアタシ達はレピアの味方。だから‥‥」
 思い出して、と心の中で少女は唱えた。

 何よりも強い想い。
 レピアを助けたい、術になんて負けて欲しくはない。
 術なんかで思い出を消されるのなんてことは許されない。
 積み上げてきた想いはとても暖かくて優しいものだから。

「ありがとう」

 その時、レピアの心にズキンと何かが突き刺さるような感覚が襲ったが、それにレピアが気付く前に完全に石化してしまった。
 二人は心配そうに石化したレピアを見上げる。
「‥‥どうやったら戻ると思う?」
「あの魔女を倒したらきっと‥‥」
「でも暫くは悪さ出来ないと思うよ。だってね‥‥」
 くすくすと楽しそうにツインテールの少女は笑う。
「まさか‥‥!」
「はーい、そのまさか。アタシの大切な人をこんな目に遭わせるなんて許さないんだから」
「あの鳥に運ばせたのは‥‥禁断の酒と眠りの霧を‥‥」
「ご名答〜☆ まずはレピア奪還完了ってトコ? あとは体制整えてからふかーい眠りに入っちゃってる魔女の所に乗り込めばいいと思うんだよね」
「やったです! 追っ手が無いだけでも‥‥」
 でもちゃんと引っかかってくれたか心配ですぅ、と言うメイド姿の少女に軽くウインクして見せた少女は言った。
 ぱちん、と指を鳴らすと先ほどの白い鳥が戻ってきた。
「召還完了〜☆ 無事にお仕事終えて戻ってきてるのでしたー!」
 さてと、と少女は意志になってしまったレピアの隣にしゃがみ込んで蹲る。
「レピア起きるまでアタシも寝ようっと。ちゃんとこうして繋いでれば平気」
「ですね。おやすみなさいです」
 二人の少女はレピアを中心にし、手を繋いだまま眠りにつく。
 温もりは伝わらなくても、想いが伝わればいいと願いながら。


 ふわり、と髪にキスが降りてくる。
「んっ‥‥」
 ツインテールの少女は眠りから目覚め手に伝わる暖かい感触に飛び起きた。
「レピアッ!」
「おはよう」
 ニッコリと少女に笑みを向けるのは昨夜のレピアではなかった。
「記憶‥‥」
「えぇ。大丈夫よ。二人が私を護ってくれたんでしょう? それにずっと手を繋いでいてくれた」
「うん、そうだよ。だって‥‥レピアが居なくなったらアタシ嫌だし」
「はにゃ‥‥ん‥? ‥‥はぅっ! 起きてたですか!」
 目を擦って目覚めたメイド姿の少女はレピアが動いていることに気づき慌てて服を整えた。
「おはよう。二人ともありがとう」
「良かったですー‥‥ずっと忘れられたままだったらどうしようと思ったです‥‥」
 嬉しくて泣き始めた少女の涙を唇でそっと受け止めながらレピアは告げる。
「心の底から忘れる訳がないわ。私の為に泣いてくれて、そして笑ってくれる二人のことを」
「うんっ! ねぇ、レピア。あのね、レピアが強いのも分かってるし、魔女の事が許せなかったのも分かるけど‥‥今度から一人では行かないでよね。だってね、本当にずっとずっと心配してたんだよ。エスメラルダだってずっと」
「そうです。ダメです、一人で乗り込んじゃ」
 ぐっ、と拳を胸の前で握ってメイド姿の少女はレピアに言う。
「今度からはアタシ達も一緒に連れてってね! 絶対にレピアの足手まといにはならないんだからっ!」
 真剣な表情で告げる少女二人に、レピアは頷いて約束する。
「分かったわ。今度からは一人で行かないから。その時はよろしくね」
「もっちろん☆」
 ウインクしてみせたツインテールの少女は笑う。
「まずはあの憎き魔女でも一緒にやっつけに行こう!」
「あー! 一緒に行くですよ!」
「この借りは倍にして返してあげないとね」
 あたしをおちょくったのと二人を泣かせたのと‥‥ね、とレピアは幸せそうな笑顔を浮かべ二人を抱きしめた。