<東京怪談ノベル(シングル)>


初めてのクリスマス
 冬。
 家が決まり、家族と再会し、その上仲間も増えた初めての冬。
 その上気力たっぷりとあれば、何かせずにはおれないのがヴァンサーであり医者でありイロモノ伝道師&腹黒同盟総帥のオーマ・シュヴァルツの性格。
 大が付きそうな家族に加え、常連の患者やご近所にも年末のイベントを楽しんでもらおうと思いついたのは、ずっと以前にオーマの世界で行われていた季節のイベント、クリスマス。
 尤もその時期にはオーマ自身がそう言ったきらびやかなイベントに参加する気は無く、実際にやった事が無いため、大雑把にしか覚えていないのだが、
「なあに、鳥肉とケーキときんきらきんの木があって皆で集まって歌えばいいんだろ」
 と言う認識の元、一大決心。

 ――クリスマスをやろう、と。

*****

「馬鹿にしやがってこいつ…っ」
 ぐげがああ、とそっぽを向いて、潰れた声を上げるそれは、ちらとオーマを見下ろしながら森へと消えて行こうとする。
 すらりと形良い身体に、たぷたぷと首元にいくつもぶら下っている瘤を持つそれは、話に聞いたクリスマスの食卓を飾る七面鳥そっくりな鳥で…ただひとつ問題があるとすれば、オーマの倍はあろうかと言う体長だろうか。
 そんな高さから見下ろしたオーマの姿など、ひよこくらいにしか感じられないのだろう。
 ふっ。
 明らかな嘲笑の視線を投げかけられたオーマは、引きつるような笑みを顔一杯に浮かべ、
「トリ風情が粋がってんじゃねえぞおおおらああああ!!」
 ちゅどおおん、と一発、叫び声と同時に具現化させた巨大な銃を持って弾を撃ち込んだ。

 が。
 ――きらんっ、と鳥がその目に鋭い輝きを見せたかと思うと、その直後、
 ばしッ!
「何ッッ!?」
 オーマ渾身の一撃は、あっさりとその片翼によって防がれてしまった。おまけに鳥にとっては、その攻撃で片翼にちょっぴり傷が付いたのが気に食わなかったのだろう、
 ぐがああああ!!!!
 びりびりと森の木々を震わす声で、小さき者、オーマへ威嚇してきたのだった。
「お…」
 ばさばさばさ、と空が真黒になる勢いで、森の鳥たちが飛び去って行く。そんな中、ふるふると肩を震わせたオーマが、
「俺を、本気にさせやがったな…」
 具現ではまだるっこしいと踏んだか、それとも挑発に思い切り乗った形か、次の瞬間、みるみるその身体を変化させたオーマが、赤々と燃える瞳を鳥に向けて、

 ――おおおおおおおおおんん!!!!

 鳥とは違う、腹の底に響くような声で、思い切り吼えたのだった。

 たまたまその日、近くを通りかかった猟師によれば、森が破壊されるのではないかと思うような音と地響きが長い間続き、その後急に静かになった所を恐る恐る覗いて見たところ、銀色に輝く巨大な獣が、その前足を器用に使ってこれまた見たことも無い巨大な鳥の首を絞めている所だった、と言う。
 その後、血抜きをし、背中を丸めつつ前足と口でぶちぶちと羽を取っていた獣と偶然目が合ってしまい、殺されるかと思った瞬間、たてがみを前足でごりごりと掻いたそれは、手に持つ鳥肉の一部を千切って投げ与えてくれたのだと、どこから持ってきたのか分からない一抱えもある肉片を手に興奮したまま、疑いの目で見る聴衆に言い続けていたらしい。
 尚、その巨大な獣は、通常料理人ならやるだろうと言う鳥肉の処理を全て終えると、近くにあった小さな木を引っこ抜いて、その両方を持ってどこかへ消え去ったと言う…。

*****

「さあ、がき共、かかれー。――ああああそこはそうじゃねえ、っこら、クリームを先に食うな!ああっ、果物だけ持って逃げるんじゃねえっっ」
 どたばたどたばた。
 ふっくらとしたスポンジを焼き上げたオーマが次に計画したのは、どうせなら皆で飾りつけをしてみようか――と言うもの。
 中庭でひいこら言いながら鳥肉の腿を丸焼きにしている仲間は放っておいて、集まってきた近所の奥様と子供たちにケーキの飾り付けを指示し、そしてこの室内がクリーム臭に満ち溢れる事態となってしまったわけで。
「え?調子乗って騒いでたら転んで怪我した?だから押えとけって言ったじゃないか。まあいいや、今日はパーティだしな。ほらほら、こっち来い来い。痛かったか?これ塗っておこうな」
 中庭に埋め込んだ木の飾りつけは済んでいる。後は暗くなればパーティの始まりだが…。
「っと忘れてた。おーい。腿肉もう1本焼いとけよー。そっちは王宮に送る分だからなー」
「何いいいいっっ、これだけじゃねえのかよおおっっ!?」
 中庭にひょいと顔を出し、真赤になって悲鳴を上げる仲間に笑いながら、
「俺様だってこれから残り部分を焼きにいかなきゃいけねえんだ。仲間が世話になってるトコとかよ、あっちこっち配りに行くんだからな。どうせ食い切れねえし。あ、お前手伝い要員決定な」
「意思確認無しにかよッッ!?」
 当たり前だ、と言い置いてばたんと扉を閉めると、悪口雑言が絶え間なく扉にぶち当たる音がする。その威勢の良い声にくっくっと笑いながら戻れば、どうにかこうにか形の付いた2段重ねのケーキがオーマを待っていた。
「おうっし、後は歌だな歌。音響装置は任せろー」
 早くもお腹空いたコールを繰り返す子供たち用にと用意しておいた別のお菓子を少しずつ手渡し、焼き上がった鳥をあちこちへ運び戻って来ると、そろそろ冬の夕暮れが訪れて来る。
「お、親父共も来たな。おうおうおう、おつかれさん。用意出来てるぜ」
 オーマたちが用意した品だけでなく、寄り集まった人々からも少しずつ差し入れがあり、それらを中庭にしつらえたテーブルに運ぶと、それはもう見事なパーティになっていた。当然と言うのか、飲み友だちからの酒の差し入れもかなりあり、
「くううう。何で俺様今までクリスマスやって来なかったんだろうな」
 ちょっぴり後悔しているオーマの姿があったり。

*****

「それじゃ、始めるとするか。えー…まずは来てくれてありがとうな。はっきり言って他所の世界の俺様たちが、ここまで受け入れられるなんてえのは想像も出来なかった事だ。ほんっとーに感謝してる。だからまあ、俺様も出来るだけの事はする。…これからも、よろしく頼むぜ――なんつってな、柄じゃねえな。かんぱーい!」
 かんぱーい、と声に声が唱和して、あちこちでカップのぶつかる音がする。
 そして。
「わああああ…」
 その音をスイッチに、ぱあっっと輝き出したのは、庭に埋めたクリスマスツリー。何を飾って良いのか分からなかったために適当にそれっぽい物をぶら下げたり絡ませたりしたのだが、キラキラしたものと光るものが色とりどりに光、反射し、輝く様は見事なもので、たちまち木の下に目を輝かせた子供たちが集まって来た。
「おお、分かるか俺様の力作が」
 その嬉しそうな顔に、オーマ自身も破顔し…そして、嬉しそうにぐりぐりと全ての子供たちの頭を撫で回した。
 本当なら、もう1人…撫でてやりたい少女がいるのだが、普段は嫌がられようと後で手痛い反撃を受けようと、わしわし手を出して掻き乱すと言うのに、何故だか今日はすんなりと手を伸ばせない。
「………」
 クリスマスツリーから溢れ出す輝きを浴びた人々の中にいるその少女は、何故か、酷く眩しく映って見えた。

*****

「おつかれさま」
「…ああ」
 誰1人としていなくなった中庭に、独り残っていたオーマの背に声がかかる。
「あんなに賑やかだったのに、いなくなると寂しいもんだね」
「そうだなぁ」
 一言、そう呟いたオーマが身体を伸ばして立ち上がり、
「まだ寝てなかったのか。夜更かしはお肌に悪いぜ?」
 ぽんとその肩に手を置き、にっと笑いかける。
「感傷的になってると思って甘い顔すれば、すぐそう言う事言うんだから。可愛くないねぇ」
「わはは。そりゃそこら辺のヤツと一緒にされちゃあ、な」
 ああ、いい夜だ、そう言いつつ空を見上げ、
「またやろうな。来年も再来年も、そのまた先でも。今日みたいに皆でよ」
「そうだね――」
 ほう、と吐く息が白く夜空に溶けて行く。
「『みんな』でね」
「おう、当然だろ?…今度はウォズの連中も呼んでみるかな」

 パーティに、最後まで現れる事の無かった1人の男の事を、口に出す事無く。

「さー明日からまた頑張らにゃ。寝ようぜ」

 ぽん、とその髪に手を置いて。

 夢のような一夜に別れを告げるように、最後に一度だけ星空を眺め、2人仲良く家の中へと戻っていった。


-END-