<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>



『迷いの森から救出せよ!』


■オープニング

 メルフィーナ・キャロンは、エルザードの街をあてもなく歩き回っていた。
 確か、目的の場所は少し違った場所のあったはずであった。何か、親からお使いを頼まれて・・・。
 そう、それはほんの少し前・・・違う。結構前・・・随分前・・・?
 メルフィーナは少し首をかしげると、『少し随分前』に出て行った家の事を思い出していた。
 もう衣替えの季節だね、なんてお母さんが言って、薄い服を奥から出してきてくれた。寒かった季節が過ぎ、温かな季節がやってくる途中の出来事だった。
 ・・・・しかし、今はもう寒い季節だった。
 (あれぇ・・・確か隣の町にお買い物を頼まれてたはずなんだけどなぁ。ここどこだろう・・・。そう言えば、私どこから来たんだろう。)
 メルフィーナは、見慣れない町並みに今更ながら戸惑った。
 どうやら方向を間違えてしまったらしい。
 (・・・ま、いっか。)
 数秒間メルフィーナは考えたが、良い案が浮かばなかったので忘れる事にした。
 メルフィーナは、方向音痴である。そして、難しいことは考えないタイプだった。


 エルザードの街中をフラフラと彷徨い歩いたメルフィーナはふと、ある店の前で足を止めた。
 白山羊亭。
 メルフィーナは何も考えずにその中に入っていった。
 中は人がごった返しており、メルフィーナはボーっとその光景を眺めた。
 すると、中からルディアが笑顔で寄ってきた。
 「いらっしゃいませ、ご注文は何にいたしますか?」
 「えっと、じゃぁ・・・お任せで。」
 「??はい、かしこましました・・・?」
 ルディアは少し眉根を寄せてメルフィーナの顔を見たが直ぐに気を取り直して奥へと行ってしまった。
 残されたメルフィーナは手近な場所に座ると、ぼんやりと『少し随分前』に後にした家の事を思い出していた。
 (私って、結構方向音痴だったのね)
 ちなみに、メルフィーナは17、8くらいの少女である。


 「はぁ〜い、そこのお嬢さん。今暇?!」
 ぼんやりと物思いにふけっていたメルフィーナを現実に呼び戻したのは、有り得ないくらいに派手なマントを羽織った男の声だった。
 「だぁれ・・・?」
 「そんな事は後で良いの。お嬢さん、今暇?」
 「・・・暇と言われれば、暇。」
 素直な答えに満足したのか、その男はゆっくりと口の端を上げると、はおっていたマントをメルフィーナにかぶせた。
 「それでは、迷いの森にご招待〜!1・2・3・はいっ!」
 掛け声と共に取りさらわれたマントの下に、メルフィーナの姿は無かった。
 一部始終を見ていたルディアが、驚きのあまり持っていたお皿を床に落とした。
 その音で、白山羊亭にいた人々の注目が謎の男に集まる。
 男は、金と銀の薔薇の花をあしらった濃い紫色のマントを翻すと、高らかに言い放った。

 「さきほどここにいた少女を、『迷いの森』と呼ばれる森の中に転送した。そこには凶暴な獣もいる!さぁこの中で彼女を助けに行く勇気のある者はいるかね!?」



 □アイラス・サーリアス

 アイラスは一部始終を見ていたうちの一人だった。
 マントを羽織った男が少女に近づき、そして・・・マントをかけて転送した。
 聞くところによると少女は方向音痴らしい。
 アイラスはメルフィーナを助けるために席を立った。
 「貴方様も行かれるのですか?」
 「えぇ、もちろん。」
 男はアイラスの言葉に頷くと、参加者たちを見渡した。
 参加者は全部で三人だ。
 アイラスと、オーマ・シュヴァルツと、剣崎凛と名乗る少女。
「とりあえず、メルフィーナを助けにいかねぇとなんねぇっつーわけだな?」
 オーマが他の二人に確認をする。
 「貴方が何者で、何故彼女を転送したかなどは後で問い質すといたしまして…。助けに行かなければならないのならば急いだ方が良いでしょうね。」
 アイラスもオーマの意見に賛成の意を表す。
 「そうね、君のたくらみも気になるけど・・まずはメルフィーナを救出する事が先ね。」
 凛も救出を優先する事に賛成の意を表す。
 「そうですか。それではご招待いたしますよ・・・私の迷いの森へね・・・。」 
 男の羽織っていたマントが三人の上にかけられた。
 それは瞬きをしている間に起こったのだ・・・気がつくとそこは森の中だった。
 「するってーとここが“心の森”なわけだろ?」
 「そのようですね。・・・どうやら道は一本ですし・・・迷いそうもない気が・・・。」
 「でも、メルフィーナはかなりの方向音痴なんでしょう?分からないわ。」
 凛がそう言いながら森の中に踏み出した・・・と、カチリと言う音がした気がした。
 さっきのマントをかぶせられた時と同じだった。
 凛はあっと言う間に視界から消えてしまった。
 「・・・どうやら、この先は皆さん一緒の道というわけではないようですね。」
 「そうみてぇだな・・・。」
 「もしメルフィーナさんを見つけたら直ぐに帰りますので、オーマさんもよろしくお願いします。」
 アイラスはオーマに頭を下げると自分も森の中へと入っていった。


 ■迷いの森の内部

 そこはあまりにジメジメとした森だった。
 アイラスは直ぐに思った・・・ここにメルフィーナは来ていないと。 
 地面のぬかるみや、木々の伸び具合から直ぐにそう考えられた。
 (それでは早いところこの場所を抜けてオーマさんや凛さん達と合流しましょう)
 そう思ったアイラスの耳に、何かの鳴き声が聞こえてきた。
 甲高く、長く響く声に・・アイラスは思い当たる所があった。
 アイラスの考えを正解だと言わんばかりに、空から鳥が襲い掛かる・・・。
 いや、鳥ではない。こんなに敵意をむき出しにした、大きな鳥がいるはずがない。
 アイラスはすぐにヘビーピストルを取り出すと照準を合わせた。
 引き金にかけた指に力を込める・・・。
 一直線上に飛び回る敵の心臓を貫く。
 その間約3秒ほどだった。
 アイラスはゆっくりとヘビーピストルを元の位置に閉まった。
 どうやらゆっくりなどしていられないらしい。
 アイラスは地面を見つめた。
 一直線上に延びる地面は、誰も踏みしめた事がないらしく艶やかにぬめっている。
 「きっと真っ直ぐに行けばたどり着くでしょう。」
 アイラスはそう確信すると、先を急いだ。

 □標識のある場所

 真っ直ぐに行くと急に道が開けた場所があった。
 そこにはポツンと1本の標識が立っている。

 『右に行けば出口
  左に行けば森の奥』

 なんとも丁寧な書き様だ。
 けれども・・・アイラスは標識を蹴った。
 鈍い音共に、標識があちら側へと倒れる。その根元は、始めから折れていたようだった。どうやら標識を倒して付け替えた人がいるらしい。
 それがメルフィーナでないことは分かっていた。
 あの男かも知れない・・・。
 アイラスは考え込んだ。
 どちらの道が正解でしょうか・・・。
 右の道は地面がぬめっている。
 左の道は地面が乾いている。
 そのどちらにも、最近ついたと思われる足跡があった。
 どうやら向こう側からこちら側に来た足跡らしかった。
 アイラスは上を見上げた。深い森の中、その場所だけが空のようなものを垣間見せている。地面は硬く乾いている。
 それを考えると・・・。
 アイラスは左側の道へと歩いた。
 考えてみれば簡単だった。森の奥から来た方ならアイラスが今来た道のようにぬめっているはずだった。
 アイラスの靴底は未だにぬめっている。後方には足跡が点々とついているのが見える。
 左の道を進む・・・その先には先ほどと同じように開けた場所があった。
 その中央付近に、見知らぬ男がいた。
 「お待ちしておりましたよ。アイラスさん。」
 「・・・貴方は・・・?」
 「私はここと外を繋ぐ者。いわばゲート管理人です。」
 「そうですか・・・それで、そのゲートと言うものは?」
 「私の心の中に・・・けれど、アイラスさん、ただで帰すわけには行かないのですよ。」
 何故名前を・・・?そう聞き返す余裕はなかった。
 男の背後から、三体の黒いものが蠢く。
 ・・・巨大な熊の様な生物。けれど目の光の尋常ではない。
 「さぁ、アイラスさん。問題です。この中で1匹だけが本物の私の可愛いマリッファーン。ほかは幻影です。」
 マリッファーンと呼ばれた獣が吼える。
 空気を振動させて伝わってくる威力の巨大さに、アイラスは身構えた。
 「攻撃は一度きりです。幻影を倒したならば直ぐにマリッファーンに喰われ、もし・・攻撃があたらないようなことがあった場合には・・・。」
 男が低く笑い声を漏らす。
 その先も、きっと前者と同じような事になるのだろう。
 アイラスは、観察を始めた・・・。
 右のマリッファーンは額にコバルトブルーに光る石をはめ込んでいる。
 真ん中のマリッファーンはエメラルドグリーン。
 左のマリッファーンはオクサイド・レッド。
 それ以外に何か異なる所はない。
 つまりは、額の石で判断しなければならない。けれどどうやって・・・?
 考えているアイラスの視界の端で、マリッファーンが動き出す気配がした。
 突進してくるマリッファーンをよける。
 右から、左から・・・。
 迂闊に攻撃は出来ない。なにせ、もし幻影だった場合は喰われてしまうのだから・・・。
 「ヒントをあげましょう。」
 よけるアイラスの耳に、男の声が響いた。
 「鉄ではないものが答えです。」
 鉄ではないもの・・・鉄・・・。
 アイラスは迷わずマリッファーンに釵をつきたてた。
 エメラルドグリーンのマリッファーンに。
 光が飛び散る。
 そしてあの男の声が聞こえてきた・・。
 「おめでとうございます。また、機会があればぜひおこしくださいませ・・・。」
 一瞬だけ目の前が真っ暗になると・・・いつの間にかアイラスは一番最初に転送された場所へと来ていた。
 目の前にはオーマと見慣れない少女・・・メルフィーナが仲良くお弁当を広げていた。

 
 ■真相
 
 アイラスはオーマの作ってきたお弁当を頬張りながらもう一人の仲間の到着を待っていた。
 メルフィーナがらんらんとした目つきでオーマの作ってきたマフィンを食べている。
 そこにあの男の姿はなかった。
 どうやら凛を迎えに行っているらしかった。
 「オーマさぁ〜ん・・これ美味しいですぅ〜。」
 まるでとろけてしまうかのように言うメルフィーナの言葉にアイラスは少しだけ緊張を解くと、男と凛の帰りを待った。

 数分後、男に連れられて凛が姿を現す。
 「さぁ、白山羊亭に帰りましょうかね。」
 男がマントを翻す。
 闇は一瞬だった。目を開けばそこには見慣れた景色があった。
 店の中から歓声が上がる。けれどアイラスはそんな事には興味がなかった。
 「おぅおぅ、それで、お前さんは一体全体誰なんだ。」
 オーマが男に詰め寄る。
 「そうですよ、メルフィーナさんをあんな場所に送ったのは何故なんですか?」
 アイラスも同じく男に詰め寄る。
 「あ〜・・それはぁ、ウリィーちゃんでしょ?お隣の家のウリィーちゃん。」
 のん気な声で答えたのは、ほかでもないメルフィーナだった。
 「ウ・・・ウリィー・・・ちゃん?」
 状況を良く飲み込めないオーマがメルフィーナを穴が開くほど見つめる。
 その隣のアイラスもそうだった。
 凛ですらも、意味不明といった表情を浮かべている。
 そのくらい、メルフィーナの言い方は場の空気を読めていなかった。
 「ウリィーちゃんだよぉ〜。ほ〜らぁ〜。」
 メルフィーナが言いながら男のマントを引っぺがす。
 そこには、見目麗しい・・・お・・・女の子・・・???の姿があった。
 「僕は女じゃなくて男だっ!!」
 そう叫ぶウリィーちゃんの声は確かに男の子の声だったが、外見から華奢な体つきから女の子にしか見えなかった。
 マントを羽織っていた時と随分態度が違う。
 「そうそう、ウリィーちゃんってばいっつも女の子に間違えられてピーピー泣いてたのよね〜。しかも、マントがないといっつも気弱で〜。」
 「僕はピーピーなんて泣いてないっ!!それに、マントがなくっても大丈夫だい!」
 ・・・アイラスはなんだか力が抜けていく感じがした。
 結局最初から危険なんてなかったのかもしれない・・・。
 「・・・それで、どうして君はメルフィーナをあんな所に転送したの?」
 「それは・・・メルフィーナが超ド級の方向音痴だからです。」
 白山羊亭の中が静まり返った。
 誰もが“それは知っている”と言いたそうな顔でウリィーを見つめる。
 「あたし、少し方向音痴なだけじゃん・・・。」
 「お使いで隣の隣の隣の隣の隣の・・・・・・隣の町まで行っちゃう様な人を“少し”とは言いません!!」
 ・・・どうやら、相当の方向音痴らしかった。
 「それで、少しでも怖い目にあえば方向音痴が治るかと思って・・・。」
 転送したのだそうだ。
 一応、安全な場所に・・・。
 「それで、私たちには何の意味があったの?メルフィーナは安全な場所にいたんだし・・・。」
 「本当はみなさんもメルフィーナと同じ場所に移動させるつもりだったんですけれども・・・何しろ僕、半人前なもので・・・。」
 そう言って笑うウリィーの顔に、少しばかり脱力感を覚える。
 「オーマさんはちゃんと所定の場所にいけたんですけれども、後のお二方はどうも未開空間に行ってしまわれたようで・・。」
 ヘラヘラと笑みを浮かべるウリィーの顔が酷く遠く見えた・・・。

 □エピローグ

 「それでは、どうもご迷惑をおかけしまして・・・。」
 ペコリとお辞儀をするウリィーの隣で、メルフィーナも頭を下げる。
 「おぅ、ちったぁ方向音痴、治すんだぞ。」
 オーマが優しくメルフィーナの頭を撫ぜる。
 「また、機会があったらお逢いしましょう。」
 アイラスはそう言って手を差し出した。
 凛も黙ってその光景を見つめていた。
 ウリィーが凛の方を見て、深々と頭を下げる。
 凛も少しだけお辞儀をする。
 二人は、送っていくと言う言葉を丁重に断るとウリィーの転送で帰ると言ったのだ。
 まぁ、その方が早いでしょうし・・・。
 なにしろ二人はエルザードの隣の隣の隣の隣の隣の・・・・・・隣の町から来たのだし。
 「それでは・・・。」
 ウリィーがそう言うと、すぐに言葉を紡ぎ始める。その隣では、メルフィーナがニコニコと笑っている・・・。 
 一瞬だけ光が激しく光った・・・目を開けたそこに二人の姿はなかった。
 「行ってしまいましたね。」
 「あぁ。」
 ・・・その時、白山羊亭の中からとんでもない音が聞こえてきた。
 アイラスはその時、一瞬だけ嫌な予感が頭を掠めた。
 オーマとアイラスが直ぐに中に入る。
 「どうしまし・・・。」
 「メルフィーナとウリィーじゃねぇか・・・。」
 白山羊亭の丁度真ん中に尻餅をついていた二人は、ヘラヘラと笑いながら言った。

 「「すみません、家まで送っていただけますか・・・?」」

 アイラスとオーマは視線を交わした。
 もちろん、送っていく気は満々だった・・・。


        〈END〉

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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 
  2381/剣崎 凛/女性/22歳/完全で瀟洒な従者

  1649/アイラス サーリアス/男性/19歳/クィズィクル・アディプト

  1953/オーマ シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り

 *受注順にさせていただいてます。

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 ■         ライター通信          ■
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 こんにちわ。ライターの宮瀬です。
 “迷いの森から救出せよ!”如何でしたでしょうか?
 最初からみなさんを一度に同じ場所に移すつもりはなく、一人一人が同じ空間の違う場所で動いてもらうものを作ろうと思い書き始めました。
 なので、プレイングを十分に読ませていただきました。
 最後の部分はほぼみなさま同じ流れになっておりますが、一人称が変わる分少し違ったものになっております。
 もしお時間があればみなさまのを御覧いただくとまた違った『迷いの森』を発見なさるかも知れません。
 『迷いの森』を楽しんで読んでいただけたなら、とても嬉しく思います。


 アイラス・サーリアス様

 初めまして、この度はご依頼まことにありがとう御座います。
 一番最初にプレイングを読んだ時、頭の良い方だ!と思い、推理を盛り込もうと思ったのですが・・・なんだか空回りになっている気がします。
 マリッファーンとの一戦は、一応『鉄ではないもの』=エメラルドグリーンのマリッファーンなのですが・・・。
 コバルトブルー=コバルトは鉄族元素の一つで、オクサイド・レッドは酸化鉄の色のことなのです。
 なので二つとも鉄に関連するものなので×。エメラルドだけが宝石なので○だったのです。(安易な考えですが・・・。)
 冷静で穏やかで、頭のきれる感じを表現できていたならば嬉しく思います。
 特に最後の二行の“送っていく気は満々”と言うところにアイラス様の人間味を表現したつもりです・・・・
 まだまだ稚拙な文ですが今後より一層精進いたします。

 また何処かでお逢いすることがありましたらよろしくお願いいたします。