＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
動き出した時間
------＜オープニング＞--------------------------------------
「にゃはー。こんばっんはー！」
扉を開けて飛び込んできたのは黒髪のツインテールを揺らした冥夜だった。
相変わらず派手に登場する冥夜にエスメラルダは頭を抱える。
「あー‥‥はいはい。こんばんはってねぇ、冥夜。‥‥あんた、もう少しおとなしく入ってくるとかないの？」
「だって、面白い話持ってきたんだもん。早く聞かせてあげてくって」
にっこりと可愛らしい笑みを浮かべた冥夜がエスメラルダの顔をのぞき込む。
「聞きたい？」
「‥‥聞きたい？じゃなくて冥夜が聞かせたくてたまらないんでしょう？ ほらさっさと話したら？」
むー、とエスメラルダの反応が面白くないのか冥夜は少し膨れながらも話し出す。
しかし話し出すと途端に冥夜の表情が生き生きとし始めた。よほど話したくてたまらなかったようだ。
「あのね、ある大きなお屋敷の話なんだけどね。今は廃墟でだぁれも住んでないそのお屋敷には一つの柱時計がありました。その家の主人のお気に入りで自慢だった時計だったらしいんだけどね。お屋敷が廃墟になってから時計は一度も動かなかったんだって。でも何でか分からないけど突然、二日前に何百年も止まっていたぜんまい仕掛けの時計が動き出したんだって。その途端、そのお屋敷の中のものも全部復活したっていうから、さぁ大変。人もペットも全部。見た目はね、普通の人達なんだよー」
冥夜の話す内容は謎が多すぎる。
少し整理しながら一番疑問に思ったことをエスメラルダは冥夜に尋ねる。
「ちょっと待って。ずっと廃墟で止まってた時計がなんで二日前に動き出したって分かるの？」
「町に時計の『ボーン』っていう１２時を告げる音が夜中に鳴り響いたからだって。信じられないくらいものすごい大きな音だったって。それにびっくりして外に飛び出た人々は更にびっくり。それはもちろんお屋敷に灯りが灯って人が動き回ってるから。すっごい大きな屋敷なんだよ。宮殿みたいなの。そこに一斉に灯りが灯ったんだからその町の人々も驚くよね。何事だって皆で押しかけたんだって。そしたらね、たくさんの人々が忙しそうに動き回って舞踏会の用意をしてたらしくてねー。それが二日前のこと。時計もしっかり動いて全部が元のままなんだって。長生きしてるおばあちゃんが昔のままだって言ってたよ」
「へぇ‥‥いいんじゃないの？ 別に復活したって。賑やかになったんでしょう？」
ちっちっち、と顔の前で人差し指を振りつつ冥夜が軽く舌打ちをする。
「アタシも面白そうだって思ってちょっと遊びに行ってきたんだけど、びっくり。だってね、この眼鏡かけるとその人達、みんな骨人間に見えるんだよ。この眼鏡は冥夜ちゃんとびきりグッズの一つでちょーっと特殊でね、本来の姿を映し出す眼鏡なんだ」
本当はお師匠様の戸棚から失敬してきたんだけどー、とバツが悪そうに笑うが反省はしていないようだ。
「でもね本当にその人達、墓地から這い出てきたまんまの姿なんだよ。骸骨が家中を歩き回ってるの。皆には普通の人に見えてるけど本当は骸骨。死者が動き回ってるのなんて可笑しいじゃない。冥夜ちゃん、更に探りを入れてみました！」
頑張ったんだから、と胸を張る冥夜。
「彼らが食事してる場面に出くわしたんだけど、家畜を生きたまま皆で食べてるの。生のお肉っていうか‥新鮮すぎるお肉をね‥貪るってのに近いかも。その家畜はもちろん人々の家から盗まれてきたもので、多くの死者が蘇ってしまってるから被害がすごいみたい。アタシがそのことを皆に教えたら、今に食べるものがなくなったら自分たちまで食べられてしまうんじゃないかって町の人達は怖がってて。そしたら町の人々の元に招待状が届いたんだってー。明後日の晩、舞踏会にお越し下さいって」
「それって‥‥」
「うん、多分美味しく喰らわれちゃうんじゃないかな」
物騒なことを笑顔で述べる冥夜。
「明日の朝には家畜全部食べられちゃうって言ってたし。町の人見殺しにするのなんて出来ないから誰かどうにかしてくれないかと思って来たんだけど、どうかな？」
「どうかな……って食べられたら困るでしょう。それってゾンビみたいなもの？……とにかく行って貰うしかないでしょうね」
「うーん、多分ゾンビと変わらないと思う。ただ、普通の人には人間に見えるから後味悪いかも。もうね、食べることしか興味ないみたいだから早く元の墓場に帰って貰わないとね。でもなんで復活したのかな？」
とりあえず頑張るぞー！、と冥夜は自分が頑張る訳でもないのに気合いを入れて拳をぎゅっと握った。
------＜ロマンチック？＞--------------------------------------
くつくつと近くで笑う声が聞こえ、冥夜はそちらに目を向けた。
そこには魚の鰭の様な形の耳を持った目許を布で覆った青年が座っていた。
独特な雰囲気を醸し出しているが、通った鼻筋や形の良い唇を眺めていると気にならなくなるから不思議だ。目を覆う布を取り払ったらどれだけ美しいのだろうと見る者を惹きつけて止まない。
冥夜は一瞬きょとん、としたものの、そのまま青年の元へと近づくと下から顔を覗き込んだ。
「おにーさん、興味ある？」
下から覗き込むとその青年の美貌が露わになるが、冥夜はそれを楽しげに見つめるだけでそれについては何も言わない。
それを咎める事もせず、青年は小さく頷いた。
「数百年振りに動き出す屋敷の時間‥‥ロマンチック、と云うのは不謹慎かな？」
口元に笑みを浮かばせた青年は冥夜に尋ねる。
「うーん、ロマンチックって云えばロマンチックだよね。アタシそういう考え好きだよー」
いいねおにーさん、と冥夜はニィっと笑った。
「ねぇ、一緒に行かない？ 舞踏会に」
突発的な誘いだったにもかかわらず青年は頷く。
「なかなか面白そうだと思っていたんだ。ご一緒させて貰おうかな」
「やったー！ 綺麗なおにーさんゲットー！」
冥夜ちゃん鼻高いね、と満足そうに頷いた冥夜は早速自己紹介をする。
「アタシは冥夜。何でも屋をやってるんだ。だから食べられそうになってもなんとかなると思うから。よろしくね」
パチリ、と冥夜はウィンクをしてみせた。
「僕は水留。仕事は‥‥水を扱う仕事と言った方が良いのかもしれない。詳しくは道すがらでもね。‥‥ミナトと呼んでくれて構わないよ」
「うん、それじゃぁよろしくね、ミナト」
楽しげに笑う冥夜は水留へと思い出したように尋ねる。
「そうだ。ミナトは眼鏡いる？」
「いいや。眼鏡はなくとも僕は"視える"から大丈夫」
「あ、そうなんだ。それじゃ、この眼鏡はアタシがしてよう」
結構お気に入りなんだー、と冥夜は眼鏡をかけ直すと、舞踏会へレッツゴー！と高く拳を突き上げた。
------＜舞踏会？＞--------------------------------------
「えーっと、舞踏会って言ったらやっぱり正装かな」
「そうだと思うね。いくら相手が生きていなくてもそんな洒落た舞台を用意してくれたのなら、それに敬意を表するのもまた一興かと」
「そっかー」
冥夜は暫くそのまま唸っていたが、よしっ、と声をあげ鞄の中から何かを漁り始める。
「ちょっとまってねー。ミナトのサイズは‥‥コレなんてどう？」
鞄の中はどうなっているのかおよそ入っているはずのないタキシード一式が現れる。それを水留に渡して、更に鞄の中からドレスを取り出す。
取り出した少女の褐色の肌に白のドレスは映えた。
「これでいい？」
「とてもよく似合ってると思うね」
さらりと言われた一言に冥夜は恥ずかしそうに俯く。珍しい事もあるものだ。
「あんまりこういうの着ないから‥‥よく分かんない」
普段動きやすさに重点を置いてボーイッシュな格好をしている冥夜は、こういった正装するのは初めてだった。それで緊張しているのだろう。
「大丈夫。僕がエスコートするから」
「うん、よろしくね」
その取り出した服に着替え、二人は問題の町へと向かった。
ぴたりとオーダーしたかのように見える水留のタキシード姿。
そしてその隣にはふわりとしたレースをふんだんに使ったドレスを纏う冥夜。
水留の軽く差し出された手に冥夜は手を乗せて歩き始める。
「どんなもてなしがされるか愉しみじゃないか。隅に居る客が一人ずつ消え‥‥なんてホラーの定番なのだろう？」
「そうだねー。でも消えちゃう前に助けないと！ま、武器は持ってきたし」
冥夜はいつもの鞄も持ってきてはいなかったが、何処に武器を持ってきたというのだろう。
「なんにせよ、この屋敷がどう動くのかが楽しみだ」
冥夜に気付かれることなく含みのある笑みを浮かべた水留は呟き、玄関のチャイムを鳴らした。
暫くすると執事らしき人物が出てきて二人を中へと通す。
既に町人達はやってきており、怯えた表情で辺りを窺っている。
来なければ良いものを律儀な事だ、と思いながら水留は辺りを視た。
人々の間に骸骨の群れが視えるが、相手の動きはまだない。
屋敷の中を探ってみるが怪しい処はなかった。
人だけでなく全体が元通りとなると、屋敷が何らかのチカラを得た可能性があると水留は思っていたのだが屋敷はおとなしいままだ。
屋敷が動けば骸骨の群れも動きを見せるだろう、と水留は視線を巡らせた。
「ねぇねぇ、ミナト。此処まで来る途中、屋敷の意志がどうとか言ってたけど‥‥」
「あぁ、"物"も時が経てば意思が宿るものさ。この屋敷も昔の栄華を懐かしみでもしたかな」
「そういうことってあるのかな‥‥不思議ー」
へぇ、と感心したように頷きながら冥夜も辺りを窺っている。
フロアに流れるのは優雅な音楽。
骸骨達が楽しげに踊っている姿が見える。
「踊ってみるのも悪くないかもしれないな」
せっかく正装してきたのだ。水留は冥夜の手を取って恭しく礼をする。
「えっ？ 何？」
「踊りながら中央へ」
「あぁ、そういうこと」
分かった、と冥夜はドレスの裾を持って軽くお辞儀をしてみせ、水留の手を取った。
水留は上手い具合に冥夜をエスコートし、自然にフロアの中央へと向かっていく。
そしてその途中で目ざとく冥夜はフラフラと操られるように歩いていく一人の人物を見つけた。
何もない場所へと歩いていく様子は実に奇妙だった。
冥夜は踊るのを止めその少女の処まで走り手を掴む。先日下見に来ていた冥夜と会った少女だった。
すると、はっ、としたように少女は立ち止まり冥夜を見て、自分が何をしていたか分からず首を傾げる。その少女に冥夜は出口を指差し告げた。
「他の町の人を連れて外に出ていて」
頷いた少女は他の人々に声をかけて逃げ出す。
無意識のうちに出口付近へと集まってきていた人々はそのまま雪崩のように出口へと詰め寄せた。
その間に水留は結界を展開する。
敷地内には水留と冥夜、そして屋敷の住人達だけが残される。
まだ屋敷の中に居た町人は強制的に排除した。
「これで町人に危害はない。どう出る？」
まるでその雰囲気を愉しんでいるような水留の態度。
骸骨達はせっかくの獲物を自分たちから遠ざけた水留に襲いかかった。
次々と押し寄せる骸骨達を迸る水流で押し戻してやる。その押し戻された骸骨達を冥夜は、ドレスの中に隠していた銃で滅多撃ちにした。
しかし何度蹴散らしても押し寄せる骸骨の群れはとどまる事を知らない。
「ミナト！ これ先にさ、動かしてる何かを壊しちゃった方がいいんじゃないかな」
「そうだろうな。暫く此処を引き受けてもらえるかな」
「良いよー。そっちは任せるから」
頷いて水留は屋敷のチカラの核を探しに行く。
多分にしてこの屋敷を甦らせたのは、町に響き渡るような音を鳴らした柱時計だろう。
柱時計はすぐに見つかった。
水留は破邪符をその柱時計へと貼り付ける。
そして柱時計の消滅を、そして甦った全ての者達の消滅を願った。
ピキッ、と言うひび割れるような音が響いて、柱時計は最後の音を響かせる。
重苦しい最後の音を。
町中に響き渡るような音を鳴らして、柱時計は動かなくなった。
ガラガラと骨が崩れ落ちる音がフロアの方から聞こえてくる。
屋敷は静寂を取り戻したのだった。
------＜静寂の彼方＞--------------------------------------
骨に戻った人々を拾い集めて冥夜はせっせと墓地へと運ぶ。
水留は屋敷を聖水で清めていた。
念には念を入れて行っていた方が、町人も安心するだろう。
二人の作業を見守っていた町人達だったが、一人、二人と冥夜と共に骨を拾い始める。
たくさん転がっていた骨もこうして無事に皆墓地へと埋葬された。
「あれー、水留どうしたのー？」
まだ何かあった？、と屋敷の中で佇む水留に声を掛ける冥夜。
「いや、特には」
「あのね、皆がご馳走してくれるって。早くおいでよ」
その言葉に頷いた水留は、静けさを取り戻した屋敷に飾られた柱時計に手を伸ばした。
「僕は他人の感傷に浸れるほど優しくはないのでね」
呟きは差し込んできた朝日に溶ける。
水留は柱時計の中からぜんまいを取り出しポケットの中へと入れた。
そして柱時計に背を向け歩き出す。
「おとなしく眠るがいい。二度と"なかぬ"よう‥‥」
早く早く、と呼ぶ冥夜の元へと歩き出した水留。
光差し込む屋敷は静寂に満ち、今までの血の競演が嘘のようであった。
昔を懐かしんだ時計は、時を刻む呪縛から放たれやっと本当の眠りを手に入れたに違いない。
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
■登場人物（この物語に登場した人物の一覧）■
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】
●0636／水留／男性／207歳／雨使占
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
■□■ライター通信■□■
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
ハジメマシテ、こんにちは。 夕凪沙久夜です。
この度は冥夜のエスコートと骸骨退治ありがとうございました。
大変大変好みのＰＣさんだったのですが、少しでもイメージに合ってれば良いなと思いつつ。
とても楽しく書かせて頂きました。
機会がありましたらまたよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。
|
|
