<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


さがしもの

 ふゆは、だいすき。

 あなたが、うまれたつきだから。

*****

「誕生祝い?」
「はいっ」
 両手をぐ、と握り締め、力いっぱいこっくりと頷く少女。その首の動きと共に、瞳と同じライラック色の髪がふわりと揺れる。
「羽月のねえ…俺とリラとでか?」
「はい、――あ…あの、もしかして、その日…忙しい?それなら私ひとりで頑張るからっ、ごめんなさい」
 面倒くさそうな顔はしたものの、倉梯葵にとっては、目の前の少女、リラ・サファトも、そのリラの恋人である藤野羽月も、大切なひとには変わりない。
 だから、目の前でしゅんとなり、来た時とは違いとぼとぼと帰ろうとするリラを放っておける筈も無く、
「忙しいなんて言って無いだろ?そうだな、リラは何が出来る?」
 途端、ぱあぁっ、と花開くように笑顔を浮かべたリラがにっこりと笑い、
「お料理と、お誕生日のケーキを♪」
 …一瞬。本当に一瞬だけだったが、リラのその満面の笑みをいつも向けられているであろう男に複雑な気持ちを抱いてしまったのは、自分自身不覚と言う気持ちもあったので心の奥底に押し隠し、
「ふむふむ。作るのは俺も構わないだろうと思うが…どこでどうやって作るつもりだ?」
「はうっ。…実はそこなの…最初は葵のお家を使わせてもらおうと思ったんですけど」
「おいおい、ケーキと料理の鍋持って動くのか?それに、ヤツに家に居られたらばれるだろ?」
 ケーキはリラが運ぶとしても、そうなれば自分が持っていかなければならないのは何種類かの料理を作った器。…想像して、ぶるぶると首を振る。
「お家で作っても、羽月さんがいると同じだから…困ってるの」
「そりゃなあ。結局はあいつを外に出すしかないか――ふーむ」
 何かいい案は無いかと腕を組んで考え込む葵に、きらきらと期待に満ちた目を向けるリラ。
 やがて顔を上げた葵は、
「いい事を思いついた。少し恥ずかしいかもしれないが…」
 ちょいちょいとリラを近くに寄せ、小声で何かを提案する。
「え…っ。で、でも、その、あの…」
「む?不満か?それならこの工房で時間が来るまで機械に拘束してもらうって言う手もあるが」
「だ、だめだめ、だめっっ。それは、だめですっっ」
 勢い良く首を振り、う〜〜〜、と斜め下から口をきゅっと結んで見上げられた葵がくっくっと楽しそうに笑うと、
「だから、な?」
「うん…」
 よしよし、とリラの柔らかな髪をぽむぽむと撫で、リラが思い出し思い出し話し出した内容に、ゆっくりと耳を傾けていった。

*****

 ――柔らかな日差しが、朝の訪れを告げる。
「ん…」
 外気の冷たさと、布団のぬくみとが心を支配するひととき。小さく、隣の少女を起こさないよう身じろぎした羽月が妙な違和感に眉を潜めつつ目を開ける。
 ほっこりと暖かな布団の中、幸せそうに布団から顔を出し、寝入っているのは少女ではなく、茶色い虎縞の猫、茶虎。いつもなら、まだまだ朝寝をしている筈のリラの姿はそこに無い。
「リラさん?」
 むくりと起き上がった羽月の勢いで風が入ったか、にゃーと首だけもたげて抗議の声を上げる茶虎を抱き上げて外へ追い出し、布団の上に正座しながらきょろきょろと周囲を見渡す、と。
「ん?」
 リラを思い起こさせる、淡いライラックの色をした封筒が、リラの枕の下から斜めにはみ出していた。隠す、というよりはそっと挟み込んだといった置き方に、不思議に思いながらも封筒を取り出す。
『羽月さんへ
 おはようございます。

 突然ですが クイズをしましょう。問題は、“わたしをみつけてくれますか?”です。

 ヒント――“わたし”は 初めて会った場所に居ます。

 きっと 見付けてくださいね?

 それでは  お待ちしています』

 最後に『リラ』と、特徴のある柔らかな文字で結んである手紙に、呆然とする羽月。文字の雰囲気からすれば、リラが無理やり書かされたわけではないらしいが、
「クイズだと…?」
 リラが問い掛けている意味、それが羽月には分からない。分からないが、しかし…行かなくては。
「ぷはっ」
 汲みたての冷たい水でばしゃばしゃと顔を洗い、急ぎながらも身支度は整え、忘れる筈の無いその場所…中央広場の噴水へと向かった。
「…だがこれではヒントにならないのではないか?」
 初めて会った場所にリラがいると教えてくれているのだから、その辺りがどうしても不可解で、少しばかり急ぎ足になってしまう。
 そうして辿り付いた先は、まだ早朝故か、ほんのりと周囲が靄に包まれており、見渡す限りひとの気配は無い。
「おかしいな…ここにいると書いてあったのだが」
 初めてここで会ったのはいつの事だっただろうか。…彼女に会うまでの自分は、いったいどうして生きて来れたのかと思うくらい、今の生活からリラを切り離して考える事が難しくなって来る。
「リラ…さん?」
 噴水に近寄りつつ声を投げかけても、求めている声は返って来ない…いや。
 にゃーん。
 打てば響くように、返って来た声があった。
「…なんだ、ウォッカか…って主人の葵はどうした?」
 なうー。
 もう一声鳴いた白い猫は、はくっと何かを咥え、噴水の上に飛び上がって羽月へ首を伸ばす。その口にあるのは、目覚めてすぐ受け取ったと同じライラックの色をした封筒。
「――まさか」
 嫌な予感は、たちまち現実のものとなった。

*****

「くしゅん、――あああああ〜〜〜っ、だめです〜〜っ」
 ぶわっと広がった緑色の粉が、爽やかな香りを撒き散らしながら方々に散って行く。その中で、鼻と前髪、それに頬にも粉を付けたリラが情けない顔をする。
「細かい粉なんだから気を付けろ…って言う前からこれか。渡す前に言うべきだったな」
 けほ、と緑色の粉を吸い込んで咳き込んだ葵が、溜息を付いて身を翻す。
「全部使うわけじゃないから、少し失敗しても平気だぞ。ちょっと待ってろ、今雑巾持って来るから動くなよ」
「は、はい…ごめんね、葵」
「なあに、気にするな」
 しゅんとしたリラの声に、元気付けるように葵が言い、
「ひとつふたつの手順が狂った所で問題は無いさ。第一海は遠いしな。――料理とケーキは、リラが1人で頑張るって言ったんだしな?」
「はいっ」
 料理の方は、パーティ向け…というよりも、羽月の好きな料理を中心に作っているため、全体的に色合いは地味だが、室内に漂っている香りはかなり良いものだった。
「リラ、ちょっと動くなよ」
 戻って来た葵が、ぱたぱたと粉を払い落としてから、床に散らばった粉を手早く拭き取っていく。
「ありがとう」
「はは。礼を言われるようなものじゃないさ」
 ううん、とリラがゆっくり首を振る。
「今日のこと――ありがとう。私のわがままなのに、こんな事までしてくれて」
「いいんだ。一度はこうやってヤツを困らせてみたかったしな」
 それより、料理の方はどうだ?
 そう振られて、リラがぱたぱたと火加減と味加減を見ていく。やがてその顔に嬉しそうな笑顔が灯り、今の所順調に事が進んでいると分かって、葵もほっと息を付いた。
「俺の予想では、昼前にはあいつは戻って来るだろうから、そこからが早いぞ。街の中だけの話だからな。昼前には悪いが、茶虎にも頑張って貰わないと」
「ごめんなさいね、茶虎…でも、マフラーと一緒だから寒くないですよね?」
 にゃーん?
 突然話し掛けられて首を傾げる茶虎に、2人は顔を見合わせて小さく笑いを漏らした。

*****

「……」
 ほとんど早足から駆け足に変わっていた羽月が、目的のものを見つけてふぅっと足を緩める。

『さいしょの“わたし”を見つけてくれてありがとうございます。
 いつも迷っていた私は 羽月さんに見つけてもらえるまで まいごのリラでした。

 つぎの“わたし”は 海にいます。

 一緒にお城を造りましたよね』

 ウォッカから渡された手紙には、やはり同じリラの筆跡があった。海、城といって思い浮かぶ物はひとつだけしかない。その記憶を頼りにやって来たその場所に、記憶とそっくり同じの砂の城が建っていた。
「―――」
 その一番高いところで、斜めに突き刺さっている手紙に気がつきながら、羽月は手が出せないでいる。
 一緒に造り上げた砂の城。
 風に、波に攫われて、そのうち崩れ去ってしまう――
「っっ」
 ぶるんと首を振り、城を自らの手で崩してしまわないよう、そっと手紙を手に取った。

『羽月さんのおかげで“わたし”は海を知ることが出来ました。
 また お城を造りに来ましょうね。
 壊れても 何度でも造り直せる――ううん 何度も あたらしい 思い出を造れますから。

 つぎの“わたし”は 雑貨屋にいます』

 みつけてください。
 みつけてください。
 “わたし”を。
「――ああ」
 この『問い』が何のために成されたのか、良く分からないけれど、そのひとつひとつの『答え』は、どうしようも無いくらい羽月の胸を掻き乱した。
 羽月に向けていつも微笑んでくれている、何よりも大切な存在が――その真摯な瞳で、真っ直ぐ問いかけていると分かったからで。
 ほんの少し、乾いて崩れかけた城をしっかりと補強して、すっと立ち上がる。
 次の場所へと、駆け出すために。

*****

 雑貨屋へ辿り付いた時には、ずっと全速力で走っていたためか、店の入り口でへたり込んでしまった。当然と言うのか、街に入ってから人目を浴びてきた羽月に、心配そうな顔で声をかけて来る者もいる。
「だ――大丈夫、だ」
 数度深呼吸をして息を整えると、立ち上がり、そして目の前で羽月をじっと見つめているアヒルの人形に気が付いた。その下に、新しい手紙を見つけてそれに素早く目を通し、周りの目も気にならないようにだっと店を飛び出して行く。
「…なんだい、ありゃ」
 そんな声が聞こえたような気もするが、なりふり構っては居られない。
 次の指定場所は修理屋。主の姿は見えなかったが、羽月が作り上げた葵の人形が、でんっと入り口からまっすぐ見える位置に置かれ、その手にはしっかりと手紙を挟み込んでいた。
「悪いな。戴くよ」
 何となく主に悪い気がして、一言断わってから手紙を開き、中に書かれてある文字を一字一句目に焼き付けようとするように読み込んでから、飛び出そうとして――ふと気が付いた。
「…そう言えば、ウォッカも手紙を持っていたな」
 そして今手紙を持っていたのは、この店の主人――の人形。
 にゃーん。
「…ウォッカ。お前の主人は何処に居る?」
 にゃーん。
 ごろごろと足元に纏わり付く白猫は、当たり前だが主人の居所を教えてくれる筈も無く。
「――ううむ…む、仕方ない。間違っていたらすまないが――」
 ひょいと白猫を抱き上げると、懐にそっと仕舞い込んで店を出た。
 次に向かうのは、公園――。

*****

「ただいま、っと…おお、いい匂いじゃないか」
「はいー」
 ご機嫌な顔でいるリラの頭を撫で撫でし、それから室内に漂う様々な香りを吸い込むと、
「もう少しだな。今のうちに換気と食器を並べてしまおう――と、それは俺がやるから、リラはエプロンを外して身支度を整えて来い。おもてなしをするんだろう?」
「はいっ。おもてなしですっ」

 ――早朝から張り切っていたリラがにこりと葵に笑いかけていた頃。

「…こっちは茶虎か」
 なうー。
 ぬくぬくと、ベンチの上でリラ手製の蒼いマフラーに温まっていた茶虎が、主人の匂いに気付いたか頭を出して甘え声を上げる。
 にゃーん。
 その声に触発されたらしいウォッカも、もぞもぞと羽月の懐から顔を出し。
「茶虎、済まんな…ああ、これだ」
 新たな手紙を読んだ羽月が、ふっと視線をある方向へ向けた。
 その手紙には、一行だけ、

『一番ほっとする場所は どこですか?』

 と、書かれてあったからで。
「――茶虎、おいで」
 なう?
 マフラーから抱き上げ、茶虎も懐へ仕舞うと、手に持った長いマフラーをぐるぐるぐるぐると首周りに巻き付ける。

 そのマフラーからは、微かにお茶の香りがした。

*****

「おかえりなさーい!…っきゃっ」
 視界が狭くなったまま、それでも足早に家に帰り着くと、リラが飛びつくように出迎えてくれ…そのまま、どこかに躓いたのかぽふっと羽月の胸の中へ飛び込んで来た。
「よう、お帰り」
「リラさん、大丈夫か?――これは一体、どう言う事なんだ?」
 暖かな室内に、マフラーをほどきつつ羽月が訊ねると、
「だ、大丈夫です…あの、羽月さん。――お誕生日、おめでとうございます!」
 視界が広がって良く見ると、普段よりもちょっぴりおめかししたリラの姿が目の前にあり。にやにやと人の悪い笑みを浮かべた葵がその奥に立っていた。
「―――え?」
 あまりにも思いがけない言葉に、それが理解出来ず文字だけが頭の中でぐるぐると回転する。だが、少し落ち着いて見てみれば、卓の上には様々な料理が湯気を立てて並んでいるし、その脇には緑色のケーキらしき存在もある。
「あ…ああ」
 自分の誕生日など、頭の隅にさえ置いていなかっただけに、不意打ちをくらってそれしか言えずにいた羽月。姿勢を直して、そっと近くに寄って来たリラが、ちょっと不安気な表情を浮かべ、
「走らせてごめんなさい…怒っていますか?」
 おずおずと聞いてくるのに比べ、
「これくらい大した事ないよな?」
 質問と言うよりは確認のような言葉をかけた葵にほんの少し苦笑を浮かべながらも、
「怒っていないよ。ああ、それに大したことではない――有難う」
 あちこち振り回されたことも、もしかしてリラの身に何か起こったのかと心配した事も何もかもが吹き飛んで、自然ほっとした表情で2人に礼を言い、2人も嬉しそうな微笑を浮かべた。
 にゃー。
 なうー。
「わあ、茶虎にウォッカ!連れて来て下さったんですか」
「ああ」
 懐から2匹がぴょこぴょこ顔を出すのを、嬉しそうにリラが見て、そおっと2匹に手を差し出す。
「さあ、主役も来た事だし始めるか。あんたが食べられるように、ケーキは甘さを抑えた抹茶ケーキだって言うからな、楽しみだろ?」
「それは、もちろん」
 もとより、祝ってもらえるものを無下にする気は最初から無い。例えリラの好きな極甘ケーキだとしても、今の羽月なら笑顔のまま食べ切ってみせただろう。
「リラさん」
「はい?」
 猫2匹を抱いて、笑顔のままくるりと振り返った少女。
「ありがとう――それから」
 ぎゅう、と力任せに抱きしめてしまいたい気持ちをぐっと堪え、
「やっと…見つけることが出来た」
 猫ごとふわりとその胸の中に抱きしめて、その耳元に囁く。
「…はいっ」
 最初、ちょっとびっくりした顔をしていたリラも、その言葉を聞いてぱあっと顔を輝かせ、2匹の猫の抗議にも耳を貸さないままぎゅーっと羽月に抱きついた。
「クイズに正解した羽月さんには、いっぱいいっぱいおもてなししちゃいます♪」

 …その向こうで、見ないふりをしながら苦笑している葵にも構わず。


-END-