<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『魔王の加勢』



 □オープニング

 麗らかな朝日の中、エルザードの街中は賑わい、活気を見せていた。
 普段はそれ以上の活気を見せているはずの白山羊亭だったが・・・その日は沈んでいた。
 いや、沈黙していたと言っても良い。
 その場にいる誰もが、この店の看板娘ルディアにしがみ付いてオイオイ泣いている老人に釘付けだった。
 「お助け下され〜!!わしの大切な魔王様が、魔王様が・・・お〜ぅおぅおぅ、お〜ぅおぅおぅ・・。」
 この有様だった。
 ルディアは小さくため息をつくと、しがみ付いたままの老人を放し優しくきいた。
 「詳しく話を聞かせていただけませんか?」

 オイオイ泣きながら話す老人から詳しい状況を知れたのはルディアが天使のごとき優しさを見せた三時間も後だった。
 ・・・つまりは、オイオイのせいで話が中断されたり聞こえなかったりで聞き返していた時間が長いのだ。
 ゲッソリと疲れきった様子のルディアが店内の客達に老人の話をかいつまんで話す。
 「つまりですね、ここから東の方に行った所に“黄昏の館”と呼ばれる館があるそうなんですが・・そこの館主の方がどうやら世間では魔王だと噂されており、今度討伐隊なるものが結成されたそうなんです。」
 老人が隣でコクコクと大きく首を縦に振る。
 ・・・首が前に吹っ飛びそうだ・・。
 「そこで、その討伐隊を追い返して欲しいんだそうです・・・。」
 「わしの大切な魔王様は殺生の類が大嫌いな優し〜いお方ですので、“殺さず”に追い返してくださいな。」
 ・・・老人はやけに“殺さずに”の所を強調した。その言葉の裏には『殺さなければ何をしても大丈夫よ☆』と言う言葉が見え隠れする。
 魔王なる館の主なんかよりも、この爺さんのほうが魔王なんじゃないかという思いが白山羊亭の中に蔓延する。
 「魔王様は絶世の美少女・・・ですが性別は男ですじゃ。今年で17になられたとか・・・。」
 絶世の美少女のような・・・男・・・。
 魔王のイメージが音を立てて崩れる。
 「魔王様を護っておられるのは魔王様の姉君で、いつも魔王様に間違えられるのですじゃ。」
 ・・・つまりは、魔王だと思った方が姉で、姉だと思った方が魔王だと言うことなのだろうか・・・?
 「一度我が主の館においでくださいませ。そこで魔王様と姉君様にお逢いになられた後、討伐隊のほうを・・・。」

 「ねぇ、誰かこの依頼を受けてくれないかな・・?」

 ルディアの引きつったような、それでいて救いを求めるような笑顔に数人の人が立ち上がった。
 一番最初に席を立ったのはアイラス・サーリアス。すっとルディアの横に立つ。
 その次に席を立ったのはオーマ・シュヴァルツ。老人の前に座ると、ドカリと腰を下ろした。
 そして・・最後に立ち上がったのが金剛。金剛はオーマの後に立つと老人を見下ろした。
 そのほかの客はなるべく係わり合いにならないようにと、視線を窓の外や地面に落とす。
 老人のギョロリとした目が何人かの上で止まるが・・視線はかち合わない。
 「それではこの御三人様でよろしいですな・・?」
 「おうおうおう、今時魔王が悪だなんてナンセンス!いっちょ魔王様とやらを助けて魔王が悪いやつじゃないって事を証明すりゃぁ万事上手くおさまるんだろう?!」
 豪快な話し方で老人に語りかけたのはオーマだ。
 大きく開いた胸元でアクセサリーがジャラジャラと揺れる。
 「そうですね、まずはこの危機を打開して魔王さんを悪い人じゃないと証明しなくてはなりませんよね。」
 アイラスもオーマの意見に賛成の意を述べる。
 「まずは黄昏の館とやらに行ってみるのが先決だな。」
 金剛も先の意見に首を縦に振る。
 「そうですな、まずは我が魔王様の黄昏の館においでくださいな。黄昏の館はここ、エルザードの隣の隣の隣の隣のちょなりの・・とねりの町の近くですじゃ。」
 何度“隣”と言ったのか、数えていた者はいなかった。ただ“隣”以外の単語が聞き取れた者は多かっただろう・・。
 老人がゼーゼーと荒い息を吐き出す。
 ・・・老人がここまでして得た情報は、ただ黄昏の館がものすっごく遠いと言うことだけだった・・。
 「ここから歩いて行きますと、ほんに時間がかかりますですじゃ。なのでわしの能力を使って瞬時に黄昏の館まで送りますですじゃ。」
 老人はそう言うと、親指を突き出した。
 顔とあっていない仕草に、白山羊亭内が冷たい静寂をたたえる。
 「・・あ、お爺さん、もしよろしければ夜にでもまた白山羊亭に来てくださいませんか?こういう事に得意そうな人、知ってるんです。」
 「はいですじゃ。それではまた来ますですじゃ。」
 コクコクと首を振る老人の顔が、再びすっ飛びそうになる。
 白山羊亭の中、丁度老人の直線状にいた客が少しだけ身体をずらす。万が一・・いや、百が一、老人の顔が飛んできた時の対処だ。
 「それではこちらに寄ってくださいませ!」
 老人が三人の男たちを呼び寄せる。
 「それでは行きますぞ・・!!ぬぬ・・そぉれっ!!」
 白山羊亭内が、一瞬だけ輝く・・。
 「あ〜!!しまったぁ!!失敗ですじゃ!!!」
 ・・・・視界が戻る・・。
 光の中から聞こえてきた叫びに、白山羊亭にいた客達は目をそむけた。
 そして・・老人と共に“失敗”の場所に行ってしまったであろう三人の男達に向かって静かに合掌した・・・。


 ■魔王と姉と老人と

 夕暮れ時、黄金に光る“黄昏の館”は美しかった。
 館の前にある小さな湖に、その姿が映し出される・・なんとも幻想的な世界・・。
 しかし、中にいる三人の男たちはぐったりと地に膝をついていた。
 その様子を、数人の使用人らしき人々が気の毒そうに見るめる。
 三人は、老人の素敵なまでに方向違いの“能力”によって遥か彼方海の上に降り立った。かと思えば次は樹海の中、そして次は山の上・・止めるまもなく繰り返される転送に、三人はくたくただった。
 最後の転送でたどり着いたのが黄昏の館の湖の側だった。
 「さぁさ、これで身体をお拭きなされ。」
 何故か元気な老人がタオルを手渡す。ぐっしょりと濡れた体が重い・・。
 「なにせ数日ぶりの転送ですじゃ、ちーっとばかり方向が定まらなかったですじゃ。」
 ・・・数日ぶり・・なんて間隔の短い。
 そして“ちーっとばかり”と強調していたがかなり方向が定まってなかったかのように思う。
 「あ・・あの、これ、よろしかったら・・疲れが癒えるようにと・・。」
 一人のメイドの少女がおずおずと三人の目の前にスープを差し出す。
 「・・ありがとうございます。」
 「悪いな・・。」
 「わりぃ・・。」
 三者三様に礼の言葉を呟くと、スープをぐっと飲み干した・・。
 ・・・と、身体の調子が楽になっていくような心地がする・・。
 冷たかった手足には血が通り、重かった体が軽くなっていく・・そして、疲れ切っていた全身に温かな力が宿る・・。
 「おうおう、なんだこりゃぁ。なんだか身体が軽くなってく気がすっけどよう。」
 「本当です・・不思議と力がわいてくる感じがしますね。」
 「あ、はい。よかったですぅ〜。あたし、他の人の疲れを癒す力があるんです。それで、スープに力を混ぜてみたんですけど・・。」
 ほっとしたような表情で、少女が微笑む。
 「うむ、助かった・・。」
 金剛はそう言うと、大きな体を曲げて少女に礼をした。
 少女も三人に深々と頭を下げ、奥の方へと走り去った。
 「なんだか本当に助かりましたね。」
 「あぁ、そうだな。っつーか、あの子いなかったらぐったりモードだったかもしんねーよなぁ。」
 少女の走り去った方を見て、二人がそれぞれ呟く。
 窓の外は、既に日が沈んでいた・・・。

 老人があの“素敵な転送”を使って新たな仲間を連れてきたのは日が沈んでから直ぐの事だった。
 どうやら、“失敗ですじゃ!!”はなかったらしい。
 無事にたどり着いたレピア浮桜がちょこんと挨拶をする。
 「さてさて、皆様お集まりですかな?それではこれより魔王様のお出ましですじゃ!!」
 パパパパ〜ン、パパパパ〜ン・・・。
 軽快な音楽と共に、袖から人の気配が近づいてくる。
 ・・・結婚式のテーマ・・・。
 そう気がついた時には、目の前に絶世の美女・・魔王が立っていた。
 真っ白な肌、薄紅色の唇、長い睫毛・・・華奢な身体は悩ましいほどに妖艶だ。
 「・・・・・・・。」
 沈黙する一同。
 それは魔王があまりにも綺麗だったからと言うのもあるが、その奥に聳え立つ巨大な“ヒト”に視線が釘付けになったからという方が大きい。
 真相を知らない人が見たならばこう叫ぶであろう。『大変よ!!魔王がっ!!』もしくは『悪の大王が!!』
 それくらいに禍々しい雰囲気をかもし出している・・・。
 まさに沈黙である。
 「あ・・皆様お集まりいただき、ありがとうございます・・えっと、この館の主の・・・。」
 美少女魔王がか細い声で一同に挨拶をする。
 モジモジと恥らう姿はまさに“乙女”そのものだ・・・。
 「この館の主の・・・“まおう”です。」
 魔王はそう言うと、ペコリと頭を下げた。
 「・・・え・・・?」
 「あ・・まおうです。」
 「・・・は・・・??」
 「ですから、まおうです・・。」
 そのやり取りを、誰がしたのかは分からない。しかし、誰しもの心の中にはそんな疑問の呟きがあった。
 “まおう”って・・・“魔王”って・・・!?
 「魔王様はまおう様です。本名は“アウシュリッツ・ベーベラー・カムノット・ムヘラード・ギャレン・マンレス・マオウ”様です。」
 長い名前・・そこに突っ込む者はいなかった。
 「「「「魔王って名前っ!!!???」」」」
 叫んだのはそこだった。
 「はい。なんだと思っておったのですじゃ・・。」
 老人がいぶかしげに眉をひそめる。
 そう・・・魔王ではなく“マオウ”。
 正真正銘カレの名前は『マオウ』!!
 「マオウって、魔王だと思ってました・・・。」
 「あたしも。普通そう思うでしょう?」
 ついたため息は長かった。
 「あたし思ったんだけど、これを言えば討伐隊の人達だって帰るんじゃない?」
 レピアが言う。確かにそうかも知れない。
 討伐隊はここに“魔王”がいると思ってやってくるのだ・・“マオウ”ではなく。
 「ダメですじゃ。わしが何度もそう言ったのですがダメでした・・どうやらなにかの魔物をこの近くで見たらしく・・・。」
 悩ましげに語る老人の言葉に、一同の視線がマオウの姉へと注がれる。
 明らかに色の悪い肌、巨大な身体、盛り上がった筋肉・・・そして何よりも頭の上に乗っている角が魔王らしさを演出している・・。
 ・・・・“角”・・・!!!!!?!?!!?
 「そうですよ!なんで角があるんですか!!」
 「だぁぁ!そうだっ!なんかおかしいと思ってみりゃぁ、その角がおかしいんじゃねぇか!」
 珍しくアイラスが声を張り上げ、オーマもそれに続く。
 「は?姉君様ですか?姉君様のそれはヘア止めですじゃ。」
 その言葉と連動して、マオウの姉が角を取る。・・・本当にヘア止めらしい。が、別にそれをしていて髪が止まっていると言う気配はない。結構無意味である・・。
 「マオウを姫君か何かと勘違いし、マオウの姉を魔王と勘違いしたとは考えられぬか・・?」
 金剛の意見はこの場ではほぼ100%間違いないと思われる。
 「・・・はて、魔王とはなんですじゃ?」
 老人が“かーいらしく”首をかしげる。・・・だがしかし、そこに可愛らしさを覚える者はいない。
 「でもさ、結局討伐隊をどうにかしないといけないわけでしょ?だったら、まず討伐隊の人をどうにかした後でそこを話し合った方がよくない?」
 「そうですじゃ、討伐隊の人数を“ある友人”を使って調べましたですじゃ。」
 ある友人・・・どうせなにかあるのだろう。裏に何かを含んだ言い回しに、一同は視線をそむけた。
 「どうやら50人部隊が5、来るそうですじゃ。」
 ・・・50×5・・・250。
 「・・250人ですか・・・」
 「そうですじゃ。わしもご協力いたしますので、大丈夫ですじゃ!」
 ・・何を根拠に“大丈夫ですじゃ!”なのかは分からないものの老人はかなりやる気だ。
 しかし老人も結構な能力があるのだろう・・ただ“失敗ですじゃ!”が起こった場合はどうすることも出来ない。
 「しっかしよー、それでも一人頭50人だろ?」
 結構骨が折れる。1人対50人。しかも“殺さずに”なんとかしなければならない。
 「ほ?何を言ってるのですじゃ?わしが200人を相手にしますので・・皆様の“取り分”は50です。」
 200人を相手にするとはなんて無謀な・・と言うよりも“取り分”・・!?
 ・・しかし誰も突っ込めない。ただ時間が流れるのに任せるのみだった・・。
 「とりあえず、今日のところはお休みくだされ。討伐隊が来るのは明日の日没後ですじゃ。それまではなにか策を考えて置いてくだされ。」
 老人が使用人の一人に目配せをして、部屋へと導くように支持する。
 明日の日没後まで・・・時間はそれほど長くはない。
 「あ・そうです、マオウさんのお姉さんはなんと言うのですか・・?それから、お爺さんの名前も・・。」
 「姉君様は“コール”様と言いますですじゃ。そしてわしは“セイギ”と言いますじゃ・・。」
 ・・・漢字の“正義”でない事を祈りたい・・。
 「しっかしよぉ、どぉすっかなぁ、明日はよぅ・・。」
 オーマの呟きに、アイラスが顔を上げた。
 「僕に良い考えがあるのですが・・・。」
 アイラスがヒソヒソと思いついた案を述べる。
 一言一言に頷く・・・そして、大きく頷くと分担したやるべき事をすべく部屋へと向かった・・。
 
 “作戦の実行は明日の夜・・・”


 □誰も死なずに追い返せ!〜オーマ・シュヴァルツ〜(3)

 夜が来る・・・。
 討伐隊の来る夜、黄昏の館は静かな静寂に包まれていた。もちろん、その中では様々な思惑が巡っているわけなのだが・・・。 
  
 オーマはせっせこ模様替えをしながら合図を待った。
 ついさっき、二回の警笛が聞こえた・・つまりはその次、三回の警笛がなればオーマの出番なのだ。
 オーマは部屋を見渡した。
 気が遠くなるほどに広い部屋。その中の中心部、数段高くなっているところにオーマは座っていた。
 その視界いっぱいに、ピンクのフリフリ部屋が鎮座している。
 ・・・全てピンク。
 部屋の小窓についたカーテンも、ピンクのレースカーテン。
 何百と置いてあるベッドにも、ピンクのフリルのついた掛け布団。
 壁紙もピンクのウサちゃんとハートのコラボレーションで、ラブリーにキラメイテいる。
 天井から下がったシャンデリアまで、ピンクのキラキラ・・。
 「おっし!」
 オーマはフンと息を吐くと、合図を待った。
 すぐに、三回の警笛が聞こえてくる・・。
 目の前が明るくなり、ピンクのフリフリ部屋に無数の・・正確には250人の兵士達が出現する。
 その顔は、みなあっけに取られている・・。
 それは、セイギの転送によってもたらされたものではない・・人々の視線はところどころに配置されているラブリー小物達に釘付けだ。
 「おうおうおう、今時魔王が悪とは腹黒ナンセンス!この親父桃色仕様のプリチーかつキラキラ★ファンシー部屋を見ろ!!」
 オーマが盛大に手を広げる。
 ・・視線が一瞬だけオーマの開いた胸元に集まる・・そこに下げられている銀のアクセサリーに混じって、ラメピンクのネックレスが見える・・。
 よくよく目を凝らすと、ウサギの顔のついたネックレスもあるようだ。
 「これが魔王の部屋だと思うか!?いや、そんな事はナッシング!こんなに腹黒親父桃色仕様のウキ☆メキ★部屋をよく見ろっ!どう考えても人畜無害なファンシー腹黒親父にしか思えねぇだろ!?」
 ・・確かに、コレを見せられてはその言葉を鵜呑みにするほかなかった。
 ファンシーすぎる部屋。もし、この中で“魔王”が寝ていたとしたならば・・。
 輝く筋肉!色の悪い肌!キツメの視線が魅力的!低音ボイスがセクシーで!尖った角は魔王の証!・・・な、魔王がここで寝ていたとしたならば・・。
 まして「今日もこの部屋に来ると落ち着くなぁ〜」・・なんて、うっとりしていたならば・・!!
 想像の限界に、兵士達はへにゃりとその場に崩れ落ちた。
 そこで頭をよぎるのは、やっぱりここに魔王はいないのではないかということ・・。
 「おうおうおう、お前さんたちの持ってるそのナンセンスな武器、このファンシー部屋にはあわねぇな・・・。」
 オーマはそう言うと、身軽に台から降りた。
 相当な高さだったはずなのに、オーマは華麗にストンと地面に降りた。
 あっけに取られる兵士たちの武器を、一つ一つ丁寧に手から取っていく・・それに抵抗しようとする者はいない。
 もはや既にオーマのミラクル★部屋のトリコになっているらしく、みんな一様に部屋の装飾を眺めている。
 数十名ほどの武器を入手した所で、残りの兵士の数を考える・・。
 あまりの多さだ・・。
 「おうおうおう、お前さん達よう。この腹黒親父仕様の部屋に武器はナン★センス!どーせ持つならファンシーうさちゃん!」
 オーマはそう言うと、具現能力を駆使して無数のウサギのぬいぐるみを作り出した。
 山になったウサギのぬいぐるみを見て、満足げに頷くと兵士達に声をかけた。
 「武器を置いて、ファンシーうさちゃんでも持ってれば、この館では歓迎するぜ!」
 人のよさそうな、邪気のない笑顔・・。
 兵士達はその場に武器を置くと、操られているかのようにフラフラとした足取りでうさぎのぬいぐるみを目指した。
 その全員の手に武器の代わりにうさぎが入った時・・オーマは靴を三回鳴らした。
 来た時と同じ要領で、兵士達が光の中に包まれ・・消えた。
 オーマは笑顔でその様子を見守った後、散らばっている武器を集め・・再びもとの部屋に戻すべく模様替えを始めた・・。


 ■無事に収まった先にあるものは・・

 広い食卓に、席を並べる。
 集まった顔ぶれは、かなり奇妙だった。
 右から時計回りに・・マオウ、コール、セイギ、オーマ、アイラス、金剛、レピア、討伐隊総隊長、1隊長、2隊長・・・5隊長。
 マオウと顔をつき合わせても、コールを見ても、討伐隊の隊長達は驚かなかった。
 ただ低い声で唸ると、眉根を寄せた。
 「しかし、本当にマオウと言う名前とは・・しかも、そちらの・・・・・お美しい方がお姉様だとは・・。」
 総隊長が代表して言う。しかし、言葉にかなり無理があるらしく最後のほうが詰まっていた。
 「だが・・ここまでされては本当なのでしょう。この館に、我が祖国を脅かすような魔王はいない・・。」
 総隊長が目を臥せる。しばらく考えた後、立ち上がって深々と頭を下げた・・最上級の謝罪の言葉と共に。

 あの作戦は成功だった。
 アイラスが考えた作戦・・個別分担しなくとも、5人で250人を相手にする大技。
 まず最初にいきり立つ兵士達の出鼻をくじくために金剛が圧倒的な力の差を見せる。
 次に、アイラスが兵士達の闘争心をそぐために威圧的な態度で兵士達に“上下”を見せる。
 3番目に、オーマが兵士達の闘争心をなくすために友好的な態度を見せつつファンシーな部屋で武器を取り上げる。
 最後に、レピアの息を呑むほど美しい舞でこの館が安全で美しい場所だと強調する。
 ・・・そしてトリにセイギが兵士達に向かって真実を述べ、かつ奇声を発しながら怒鳴り散らした・・・。
 まぁ、最後のはアイラスの作戦には入っていなかったが・・・。

 謝罪の言葉を丁重に受けると、マオウは視線を落とした。
 「この館には、私と姉と・・そして私の父親しかおりません・・ですから皆様が思うような悪しき魔王なんて言う者はどこにも・・・。」
 「いやいやいや、ちょっと待った!!その、父親ってーのをこの館に入ってきてから一度も見てねぇんだけどよぅ!?」
 マオウの言葉をオーマが遮る。
 他のメンバーも意外そうな顔でマオウを見つめる・・・。
 そう、この館に入ってきてから見た人々はみんな若いメイドや使用人達ばかりだ。彼らの中にマオウとコールの父親がいるとは思えない。そう、この中で父親と言われても納得できるような年齢の人は・・・。
 視線がセイギに集まる。しかし、その視線は自嘲気味にそらされる。
 いくらなんでもそれはないだろう。祖父ですと言って紹介されるならいざ知らず・・父ですと言って紹介された場合にはきっと何かの悪い冗談か、騙されているのだろうと思うより他はない・・・。
 「・・・なぜ皆様が目をそむけるのかはわかりませぬが・・わしがマオウ様とコール様の父親代わりですじゃ。」
 セイギはそう言うと年甲斐もなく親指を突きたてた。
 「・・・親代わり・・なのか?」
 金剛がゆっくりとした調子できく。
 「そうですじゃ。この館はわしの主の館でした。しかし若い時に亡くなり・・その方の遺言でここをわしが譲り受けたのですが・・ある時コール様がマオウ様を抱いて訪れたのですじゃ・・。」
 セイギはそこで言葉を切った。
 その先に、何があったのかもあえて聞かなかった・・・何故だか聞いてはいけない気がした。
 「私は小さかったので覚えていないのですが・・。」
 ポソリと呟くマオウの声が、木霊した・・・。

 食事を済ませた後、また遊びに来ると言う討伐隊の面々を帰し一同はゆったりとくつろいでいた。
 そう・・もう討伐なんかじゃなく“遊びに”来る人達・・。
 近くの領地の人々からは魔王の館と言われて恐れられていたが・・きっとこの先は活気溢れる温かい館になる事だろう・・。
 ふっと和む一同のもとに、セイギが声をかけた。
 「コール様から御話があるそうですじゃ。お部屋の方へ・・。」
 「・・・コール様?あぁ、マオウの姉か・・・しっかしなんだろうな・・?」
 のろのろと立ち上がりながらオーマがアイラスに声をかけた。
 「さぁ・・?分かりませんね。御礼でしょうか・・?」
 「あたしさ、言おうと思ってたんだけど、コールの話したところって見たことないよね。」
 レピアの言葉に、ふっと場が沈黙する。
 言われてみればそうだ・・・コールが話しているのを見たことがない。
 「存在感はあるのに、話をした事はなかったな・・・。」
 金剛が独り言のように言うのと、メイドがせかす声が重なる。

 ついた場所は、一同が泊まっていた部屋からは少し離れていた。
 豪奢な扉をゆっくりと開ける・・・開いた先は暗かった。
 電気の消されている室内はヒンヤリとつめたい。視界の先に何かが揺れる・・・白い・・カーテンだ。
 その先には人影・・一瞬だけマオウかと思う。それほどまでに華奢な線。
 「皆様、本日はまことにありがとう御座いました。」
 カーテンのそばに立つ人物が凛とした耳に心地良い口調で話す。その声は、マオウとは違っていた。
 「あなたは・・。」
 「コールです。マオウの姉の・・。」
 暗闇に、目を凝らす。月明かりのみが光り輝くその部屋で、照らし出された顔は美しかった。
 魔王だと思われるほどに禍々しい容姿ではない。マオウと血の繋がった姉・・そのものだった。
 「それって・・。」
 「これがわたくしの本当の姿・・と申しましょうか・・。いいえ、違いますわ。今の姿は仮初の姿。誰も護る事の出来ない・・ただの人形・・。」
 コールはそう言うと、目を伏せた。
 長く伸びた銀色の髪を、夜風が揺らす・・その先に見える満月が、コールを別世界のもののように見せる・・。
 なんて幻想的な世界。
 「わたくしは両親に捨てられたあの日、マオウを抱いて森の中を駆けずり回っておりました。後から追いかけて来る獣達を近くに感じ走りました、ただマオウを助けたい一心でした。」
 昔を懐かしむように話すコールの声が微かに揺れる。
 「けれどわたくしは途中で転んでしまいましたわ。・・もう諦めておりました。すると獣の一匹が言いました。『契約をするのなら命ばかりは助けてやろう』と・・。」
 すっと、右手を見せる。
 華奢で青白い腕には、痛々しい切り傷があった。肘から手首にかけて、一直線に伸びる傷痕。
 「“血の契約”です。わたくしは獣達から力を得ると共に、獣達に魂の半分を差し出しました。・・魂の半分を失った代償。それが、あの姿・・。」
 誰も、何もしゃべらなかった。
 ただコールの話に耳を傾ける。
 「けれど満月の日だけはこの身体に戻ってしまう。夜の間だけ、満月が顔を覗かせている間だけはわたくしはただの人に戻ってしまうのです。」
 その声に、喜びはみられない。人に戻る事を心底嫌うような声・・。
 「なんで、そんなにも残念そうなのですか・・?」
 アイラスが低く問う。その言葉も、すぐに夜風かかき消す。
 「わたくしはマオウを愛しております。もちろん、たった一人の肉親として・・。あの子のためなら命ですらも捧げます。あの子を護るためならば、魔王にだってなります。けれど・・この姿ではなにも出来ない・・。」
 コールはそう言うと、愛しそうに傷痕をなぞった。
 妖艶な仕草は、湿った悲しさを伴っていた。
 「どうかこの事はマオウには内密に・・。皆様も、どうか忘れてください。でももし、覚えてくださるというのならばこう言う“愛のカタチ”もあるのだと、そう覚えていてください。わたくしの事ではなく・・。」
 愛のカタチ・・。コールのような愛を悲しい愛だと言うのはおこがましいのかも知れない。
 自分の価値観で決めすぎていると思うかもしれない。けれど・・どうしてか悲しいと思わずにはいられなかった。
 切なく、艶やかで・・そう、丁度夜風の冷たい満月・・その光のような悲しさ・・。
 「コールさんは、それで幸せなんですか?」
 コールが微笑む。
 その笑顔に、後悔はなかった・・・。


 □プロローグ

 オーマはエルザードの町並みをゆっくりと歩いていた。
 コールの部屋に行った後、すぐにセイギの転送でこのエルザードの町まで戻ってきた。
 他のメンバーとは白山羊亭の前で別れた。
 ・・風が冷たい。
 けれど、どこか心地良い風・・。
 マオウとコールのことが頭をよぎる・・思い出される全ての表情が、明るい笑顔だった。
 オーマはゆっくりと瞳を閉じた。
 全身で風を感じる。そうして、空を見上げた・・。
 瞬く星々よりも明るく輝く満月・・。
 完璧すぎるほどの丸い光に、オーマは白い息を吐き出した。
 息が、白く月にかかる・・。
 しばらく上を向いて満月の夜を堪能すると、再びエルザードの町並みを歩き出した・・・。


          〈 END 〉
            


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1649/アイラス サーリアス/男/19歳/フィズィクル・アディプト

 1953/オーマ シュヴァルツ/男/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り

 1926/レピア 浮桜/女/23歳/傾国の踊り子

 2251/金剛/男/180歳/拳闘士
 
 *受注順になっております。

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■         ライター通信          ■
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 この度は魔王の加勢にご参加ありがとう御座いました!
 ライターの宮瀬です。

 今回はパロディー路線を目指したのですが・・マオウの姉、コールの所で少しだけシリアスを入れました。
 誰も死なずに追い返せ!のお名前の後の数字は、作戦の順番です。
 1は金剛様、2はアイラス様、3はオーマ様、4はレピア様となっております。
 お時間がありましたら順番に読んで頂けると作戦の全貌が見えてくると思われます。


 オーマ シュヴァルツ様

 いつもありがとうございます!
 今回は、ファンシー部屋(親父桃色仕様)をオーマ様に作り出していただきました!
 如何でしたでしょうか?
 武器を取ると言う大役でしたが、オーマ様の人柄と素敵なファンシー部屋、そしてうさぎのぬいぐるみによって無事に武器を入手する事が出来ました!
 今回も、口調を豪快にしました!オーマ様のセリフに“★”は必須です☆

 それでは、またどこかでお逢いいたしましたらよろしくお願いいたします。