<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『魔王の加勢』



 □オープニング

 麗らかな朝日の中、エルザードの街中は賑わい、活気を見せていた。
 普段はそれ以上の活気を見せているはずの白山羊亭だったが・・・その日は沈んでいた。
 いや、沈黙していたと言っても良い。
 その場にいる誰もが、この店の看板娘ルディアにしがみ付いてオイオイ泣いている老人に釘付けだった。
 「お助け下され〜!!わしの大切な魔王様が、魔王様が・・・お〜ぅおぅおぅ、お〜ぅおぅおぅ・・。」
 この有様だった。
 ルディアは小さくため息をつくと、しがみ付いたままの老人を放し優しくきいた。
 「詳しく話を聞かせていただけませんか?」

 オイオイ泣きながら話す老人から詳しい状況を知れたのはルディアが天使のごとき優しさを見せた三時間も後だった。
 ・・・つまりは、オイオイのせいで話が中断されたり聞こえなかったりで聞き返していた時間が長いのだ。
 ゲッソリと疲れきった様子のルディアが店内の客達に老人の話をかいつまんで話す。
 「つまりですね、ここから東の方に行った所に“黄昏の館”と呼ばれる館があるそうなんですが・・そこの館主の方がどうやら世間では魔王だと噂されており、今度討伐隊なるものが結成されたそうなんです。」
 老人が隣でコクコクと大きく首を縦に振る。
 ・・・首が前に吹っ飛びそうだ・・。
 「そこで、その討伐隊を追い返して欲しいんだそうです・・・。」
 「わしの大切な魔王様は殺生の類が大嫌いな優し〜いお方ですので、“殺さず”に追い返してくださいな。」
 ・・・老人はやけに“殺さずに”の所を強調した。その言葉の裏には『殺さなければ何をしても大丈夫よ☆』と言う言葉が見え隠れする。
 魔王なる館の主なんかよりも、この爺さんのほうが魔王なんじゃないかという思いが白山羊亭の中に蔓延する。
 「魔王様は絶世の美少女・・・ですが性別は男ですじゃ。今年で17になられたとか・・・。」
 絶世の美少女のような・・・男・・・。
 魔王のイメージが音を立てて崩れる。
 「魔王様を護っておられるのは魔王様の姉君で、いつも魔王様に間違えられるのですじゃ。」
 ・・・つまりは、魔王だと思った方が姉で、姉だと思った方が魔王だと言うことなのだろうか・・・?
 「一度我が主の館においでくださいませ。そこで魔王様と姉君様にお逢いになられた後、討伐隊のほうを・・・。」

 「ねぇ、誰かこの依頼を受けてくれないかな・・?」

 
 □レピア・浮桜

 夜になり、その日もレピアは白山羊亭にいた。
 かなり賑わう店内を尻目に、一人静かな場所に座る・・・と、この店の看板娘、ルディアがそそくさとレピアに声をかけてきた。
 その後には、見慣れない老人がそわそわと辺りを見渡している。
 「あのね、実は・・。」
 ルディアは今日の昼の話をレピアにきかせた。
 黄昏の館にいる魔王と言う人の事、その姉の事・・。
 「ふうん、ま、良いけど。あたしで良ければ。」
 レピアはそう言うと、長い髪を肩から払った。
 髪の毛がふわりと大きく揺れ、またもとの位置に戻る前にレピアと老人の姿は光に包まれて・・消えた。

 
 ■魔王と姉と老人と

 館についた時には、すでに三人の男がいた。
 アイラス・サーリアス、オーマ・シュヴァルツ、金剛だ、
 レピアがちょこんと挨拶をする。
 「さてさて、皆様お集まりですかな?それではこれより魔王様のお出ましですじゃ!!」
 パパパパ〜ン、パパパパ〜ン・・・。
 軽快な音楽と共に、袖から人の気配が近づいてくる。
 ・・・結婚式のテーマ・・・。
 そう気がついた時には、目の前に絶世の美女・・魔王が立っていた。
 真っ白な肌、薄紅色の唇、長い睫毛・・・華奢な身体は悩ましいほどに妖艶だ。
 「・・・・・・・。」
 沈黙する一同。
 それは魔王があまりにも綺麗だったからと言うのもあるが、その奥に聳え立つ巨大な“ヒト”に視線が釘付けになったからという方が大きい。
 真相を知らない人が見たならばこう叫ぶであろう。『大変よ!!魔王がっ!!』もしくは『悪の大王が!!』
 それくらいに禍々しい雰囲気をかもし出している・・・。
 まさに沈黙である。
 「あ・・皆様お集まりいただき、ありがとうございます・・えっと、この館の主の・・・。」
 美少女魔王がか細い声で一同に挨拶をする。
 モジモジと恥らう姿はまさに“乙女”そのものだ・・・。
 「この館の主の・・・“まおう”です。」
 魔王はそう言うと、ペコリと頭を下げた。
 「・・・え・・・?」
 「あ・・まおうです。」
 「・・・は・・・??」
 「ですから、まおうです・・。」
 そのやり取りを、誰がしたのかは分からない。しかし、誰しもの心の中にはそんな疑問の呟きがあった。
 “まおう”って・・・“魔王”って・・・!?
 「魔王様はまおう様です。本名は“アウシュリッツ・ベーベラー・カムノット・ムヘラード・ギャレン・マンレス・マオウ”様です。」
 長い名前・・そこに突っ込む者はいなかった。
 「「「「魔王って名前っ!!!???」」」」
 叫んだのはそこだった。
 「はい。なんだと思っておったのですじゃ・・。」
 老人がいぶかしげに眉をひそめる。
 そう・・・魔王ではなく“マオウ”。
 正真正銘カレの名前は『マオウ』!!
 「マオウって、魔王だと思ってました・・・。」
 「あたしも。普通そう思うでしょう?」
 ついたため息は長かった。
 「あたし思ったんだけど、これを言えば討伐隊の人達だって帰るんじゃない?」
 レピアが言う。確かにそうかも知れない。
 討伐隊はここに“魔王”がいると思ってやってくるのだ・・“マオウ”ではなく。
 「ダメですじゃ。わしが何度もそう言ったのですがダメでした・・どうやらなにかの魔物をこの近くで見たらしく・・・。」
 悩ましげに語る老人の言葉に、一同の視線がマオウの姉へと注がれる。
 明らかに色の悪い肌、巨大な身体、盛り上がった筋肉・・・そして何よりも頭の上に乗っている角が魔王らしさを演出している・・。
 ・・・・“角”・・・!!!!!?!?!!?
 「そうですよ!なんで角があるんですか!!」
 「だぁぁ!そうだっ!なんかおかしいと思ってみりゃぁ、その角がおかしいんじゃねぇか!」
 珍しくアイラスが声を張り上げ、オーマもそれに続く。
 「は?姉君様ですか?姉君様のそれはヘア止めですじゃ。」
 その言葉と連動して、マオウの姉が角を取る。・・・本当にヘア止めらしい。が、別にそれをしていて髪が止まっていると言う気配はない。結構無意味である・・。
 「マオウを姫君か何かと勘違いし、マオウの姉を魔王と勘違いしたとは考えられぬか・・?」
 金剛の意見はこの場ではほぼ100%間違いないと思われる。
 「・・・はて、魔王とはなんですじゃ?」
 老人が“かーいらしく”首をかしげる。・・・だがしかし、そこに可愛らしさを覚える者はいない。
 「でもさ、結局討伐隊をどうにかしないといけないわけでしょ?だったら、まず討伐隊の人をどうにかした後でそこを話し合った方がよくない?」
 「そうですじゃ、討伐隊の人数を“ある友人”を使って調べましたですじゃ。」
 ある友人・・・どうせなにかあるのだろう。裏に何かを含んだ言い回しに、一同は視線をそむけた。
 「どうやら50人部隊が5、来るそうですじゃ。」
 ・・・50×5・・・250。
 「・・250人ですか・・・」
 「そうですじゃ。わしもご協力いたしますので、大丈夫ですじゃ!」
 ・・何を根拠に“大丈夫ですじゃ!”なのかは分からないものの老人はかなりやる気だ。
 しかし老人も結構な能力があるのだろう・・ただ“失敗ですじゃ!”が起こった場合はどうすることも出来ない。
 「しっかしよー、それでも一人頭50人だろ?」
 結構骨が折れる。1人対50人。しかも“殺さずに”なんとかしなければならない。
 「ほ?何を言ってるのですじゃ?わしが200人を相手にしますので・・皆様の“取り分”は50です。」
 200人を相手にするとはなんて無謀な・・と言うよりも“取り分”・・!?
 ・・しかし誰も突っ込めない。ただ時間が流れるのに任せるのみだった・・。
 「とりあえず、今日のところはお休みくだされ。討伐隊が来るのは明日の日没後ですじゃ。それまではなにか策を考えて置いてくだされ。」
 老人が使用人の一人に目配せをして、部屋へと導くように支持する。
 明日の日没後まで・・・時間はそれほど長くはない。
 「あ・そうです、マオウさんのお姉さんはなんと言うのですか・・?それから、お爺さんの名前も・・。」
 「姉君様は“コール”様と言いますですじゃ。そしてわしは“セイギ”と言いますじゃ・・。」
 ・・・漢字の“正義”でない事を祈りたい・・。
 「しっかしよぉ、どぉすっかなぁ、明日はよぅ・・。」
 オーマの呟きに、アイラスが顔を上げた。
 「僕に良い考えがあるのですが・・・。」
 アイラスがヒソヒソと思いついた案を述べる。
 一言一言に頷く・・・そして、大きく頷くと分担したやるべき事をすべく部屋へと向かった・・。
 
 “作戦の実行は明日の夜・・・”


 □誰も死なずに追い返せ!〜レピア 浮桜〜(4)

 夜が来る・・・。
 討伐隊の来る夜、黄昏の館は静かな静寂に包まれていた。もちろん、その中では様々な思惑が巡っているわけなのだが・・・。 
  
 レピアは広いホールの中央に、スポットライトを浴びて立っていた。
 目に痛いほどに輝くライトが眩しい。
 広い広いホール・・四回、警笛が鳴ったら出番。
 さっき三回の警告が鳴った・・だから、次はあたし。
 レピアは無人のホールで少しだけ舞った。クルリ、クルリ・・長い裾をたなびかせる。
 ヒラリヒラリと、舞うは青い髪・・。
 「あたしは、踊っていられれば幸せ・・」
 ポツリ、そう呟いた時広いホールに警笛の音が響き渡った。
 1・・2・・3・・4・・。
 キラっと、ライトよりもまぶしい光が辺りを包み込む。
 目を閉じ、開いた先には数百人の観客が鎮座していた。その手には、何故かうさぎのぬいぐるみがある。
 レピアはホールの中央で深く頭を下げると、笑顔で客達を見渡した。
 少しだけ感じる緊張感が心地良い・・呼吸を整え、上げた顔はすでに踊り子のものだった。
 音楽はない、無音のホール。
 聞こえるのは誰かの息遣い、衣擦れの音、空気の音・・。
 しかしレピアの中では音楽が流れていた。ホール全体を揺らすほどの大音響で、情熱的なメロディーが流れていた。
 レピアが踊る、情熱的に、それでいてどこか妖しげに・・。
 クルリ、回るたびに髪の毛が大きく波打つ。
 まるで波・・大海原で上下する、波・・。
 曲調が変わる・・先ほどは打って変わって静かに流れる音楽は、艶かしい。
 ヒラリ、舞うは神秘的な舞。
 兵士たちの視線がレピアに釘付けになる。レピアの一挙一動を、髪の流れすらも、凝視する。
 視線の嵐の中で、レピアは舞った。
 心の中は空白だった。心そのものですらも、舞の中に溶け込んでレピアという人格を飲み込む。
 レピアの舞ではなく、舞のレピア・・。
 楽しく、嬉しい・・全ての意識をそこに集中させながら・・レピアは舞いきった。
 微動だにしない客たちの顔を一度だけ見渡すと、地面を三回鳴らした。
 来た時と同じ要領で、兵士達がいなくなる。
 レピアはそれを最後まで見届けると、また無人のホールで舞った。
 神秘的で、どこか情熱的な・・神すらも魅了する舞を・・。


 ■無事に収まった先にあるものは・・

 広い食卓に、席を並べる。
 集まった顔ぶれは、かなり奇妙だった。
 右から時計回りに・・マオウ、コール、セイギ、オーマ、アイラス、金剛、レピア、討伐隊総隊長、1隊長、2隊長・・・10隊長。
 マオウと顔をつき合わせても、コールを見ても、討伐隊の隊長達は驚かなかった。
 ただ低い声で唸ると、眉根を寄せた。
 「しかし、本当にマオウと言う名前とは・・しかも、そちらの・・・・・お美しい方がお姉様だとは・・。」
 総隊長が代表して言う。しかし、言葉にかなり無理があるらしく最後のほうが詰まっていた。
 「だが・・ここまでされては本当なのでしょう。この館に、我が祖国を脅かすような魔王はいない・・。」
 総隊長が目を臥せる。しばらく考えた後、立ち上がって深々と頭を下げた・・最上級の謝罪の言葉と共に。

 あの作戦は成功だった。
 アイラスが考えた作戦・・個別分担しなくとも、5人で250人を相手にする大技。
 まず最初にいきり立つ兵士達の出鼻をくじくために金剛が圧倒的な力の差を見せる。
 次に、アイラスが兵士達の闘争心をそぐために威圧的な態度で兵士達に“上下”を見せる。
 3番目に、オーマが兵士達の闘争心をなくすために友好的な態度を見せつつファンシーな部屋で武器を取り上げる。
 最後に、レピアの息を呑むほど美しい舞でこの館が安全で美しい場所だと強調する。
 ・・・そしてトリにセイギが兵士達に向かって真実を述べ、かつ奇声を発しながら怒鳴り散らした・・・。
 まぁ、最後のはアイラスの作戦には入っていなかったが・・・。

 謝罪の言葉を丁重に受けると、マオウは視線を落とした。
 「この館には、私と姉と・・そして私の父親しかおりません・・ですから皆様が思うような悪しき魔王なんて言う者はどこにも・・・。」
 「いやいやいや、ちょっと待った!!その、父親ってーのをこの館に入ってきてから一度も見てねぇんだけどよぅ!?」
 マオウの言葉をオーマが遮る。
 他のメンバーも意外そうな顔でマオウを見つめる・・・。
 そう、この館に入ってきてから見た人々はみんな若いメイドや使用人達ばかりだ。彼らの中にマオウとコールの父親がいるとは思えない。そう、この中で父親と言われても納得できるような年齢の人は・・・。
 視線がセイギに集まる。しかし、その視線は自嘲気味にそらされる。
 いくらなんでもそれはないだろう。祖父ですと言って紹介されるならいざ知らず・・父ですと言って紹介された場合にはきっと何かの悪い冗談か、騙されているのだろうと思うより他はない・・・。
 「・・・なぜ皆様が目をそむけるのかはわかりませぬが・・わしがマオウ様とコール様の父親代わりですじゃ。」
 セイギはそう言うと年甲斐もなく親指を突きたてた。
 「・・・親代わり・・なのか?」
 金剛がゆっくりとした調子できく。
 「そうですじゃ。この館はわしの主の館でした。しかし若い時に亡くなり・・その方の遺言でここをわしが譲り受けたのですが・・ある時コール様がマオウ様を抱いて訪れたのですじゃ・・。」
 セイギはそこで言葉を切った。
 その先に、何があったのかもあえて聞かなかった・・・何故だか聞いてはいけない気がした。
 「私は小さかったので覚えていないのですが・・。」
 ポソリと呟くマオウの声が、木霊した・・・。

 食事を済ませた後、また遊びに来ると言う討伐隊の面々を帰し一同はゆったりとくつろいでいた。
 そう・・もう討伐なんかじゃなく“遊びに”来る人達・・。
 近くの領地の人々からは魔王の館と言われて恐れられていたが・・きっとこの先は活気溢れる温かい館になる事だろう・・。
 ふっと和む一同のもとに、セイギが声をかけた。
 「コール様から御話があるそうですじゃ。お部屋の方へ・・。」
 「・・・コール様?あぁ、マオウの姉か・・・しっかしなんだろうな・・?」
 のろのろと立ち上がりながらオーマがアイラスに声をかけた。
 「さぁ・・?分かりませんね。御礼でしょうか・・?」
 「あたしさ、言おうと思ってたんだけど、コールの話したところって見たことないよね。」
 レピアの言葉に、ふっと場が沈黙する。
 言われてみればそうだ・・・コールが話しているのを見たことがない。
 「存在感はあるのに、話をした事はなかったな・・・。」
 金剛が独り言のように言うのと、メイドがせかす声が重なる。

 ついた場所は、一同が泊まっていた部屋からは少し離れていた。
 豪奢な扉をゆっくりと開ける・・・開いた先は暗かった。
 電気の消されている室内はヒンヤリとつめたい。視界の先に何かが揺れる・・・白い・・カーテンだ。
 その先には人影・・一瞬だけマオウかと思う。それほどまでに華奢な線。
 「皆様、本日はまことにありがとう御座いました。」
 カーテンのそばに立つ人物が凛とした耳に心地良い口調で話す。その声は、マオウとは違っていた。
 「あなたは・・。」
 「コールです。マオウの姉の・・。」
 暗闇に、目を凝らす。月明かりのみが光り輝くその部屋で、照らし出された顔は美しかった。
 魔王だと思われるほどに禍々しい容姿ではない。マオウと血の繋がった姉・・そのものだった。
 「それって・・。」
 「これがわたくしの本当の姿・・と申しましょうか・・。いいえ、違いますわ。今の姿は仮初の姿。誰も護る事の出来ない・・ただの人形・・。」
 コールはそう言うと、目を伏せた。
 長く伸びた銀色の髪を、夜風が揺らす・・その先に見える満月が、コールを別世界のもののように見せる・・。
 なんて幻想的な世界。
 「わたくしは両親に捨てられたあの日、マオウを抱いて森の中を駆けずり回っておりました。後から追いかけて来る獣達を近くに感じ走りました、ただマオウを助けたい一心でした。」
 昔を懐かしむように話すコールの声が微かに揺れる。
 「けれどわたくしは途中で転んでしまいましたわ。・・もう諦めておりました。すると獣の一匹が言いました。『契約をするのなら命ばかりは助けてやろう』と・・。」
 すっと、右手を見せる。
 華奢で青白い腕には、痛々しい切り傷があった。肘から手首にかけて、一直線に伸びる傷痕。
 「“血の契約”です。わたくしは獣達から力を得ると共に、獣達に魂の半分を差し出しました。・・魂の半分を失った代償。それが、あの姿・・。」
 誰も、何もしゃべらなかった。
 ただコールの話に耳を傾ける。
 「けれど満月の日だけはこの身体に戻ってしまう。夜の間だけ、満月が顔を覗かせている間だけはわたくしはただの人に戻ってしまうのです。」
 その声に、喜びはみられない。人に戻る事を心底嫌うような声・・。
 「なんで、そんなにも残念そうなのですか・・?」
 アイラスが低く問う。その言葉も、すぐに夜風かかき消す。
 「わたくしはマオウを愛しております。もちろん、たった一人の肉親として・・。あの子のためなら命ですらも捧げます。あの子を護るためならば、魔王にだってなります。けれど・・この姿ではなにも出来ない・・。」
 コールはそう言うと、愛しそうに傷痕をなぞった。
 妖艶な仕草は、湿った悲しさを伴っていた。
 「どうかこの事はマオウには内密に・・。皆様も、どうか忘れてください。でももし、覚えてくださるというのならばこう言う“愛のカタチ”もあるのだと、そう覚えていてください。わたくしの事ではなく・・。」
 愛のカタチ・・。コールのような愛を悲しい愛だと言うのはおこがましいのかも知れない。
 自分の価値観で決めすぎていると思うかもしれない。けれど・・どうしてか悲しいと思わずにはいられなかった。
 切なく、艶やかで・・そう、丁度夜風の冷たい満月・・その光のような悲しさ・・。
 「コールさんは、それで幸せなんですか?」
 コールが微笑む。
 その笑顔に、後悔はなかった・・・。


 □プロローグ

 レピアはエルザードの町並みをゆっくりと歩いていた。
 コールの部屋に行った後、すぐにセイギの転送でこのエルザードの町まで戻ってきた。
 他のメンバーとは白山羊亭の前で別れた。
 ・・風が冷たい。
 けれど、どこか心地良い風・・。
 マオウとコールのことが頭をよぎる・・思い出される全ての表情が、明るい笑顔だった。
 レピアはゆっくりと瞳を閉じた。
 瞼の裏に映るのは、アイラスの問いに幸せそうに答えたコールの笑顔・・。
 全身で風を感じる。そうして、空を見上げた・・。
 瞬く星々よりも明るく輝く満月・・。
 完璧すぎるほどの丸い光に、レピアは白い息を吐き出した。
 息が、白く月にかかる・・。
 しばらく上を向いて満月の夜を堪能すると、再びエルザードの町並みを歩き出した・・・。
 夜の次に来るものは・・朝だ・・。


          〈 END 〉
            


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1649/アイラス サーリアス/男/19歳/フィズィクル・アディプト

 1953/オーマ シュヴァルツ/男/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り

 1926/レピア 浮桜/女/23歳/傾国の踊り子

 2251/金剛/男/180歳/拳闘士
 
 *受注順になっております。

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■         ライター通信          ■
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 この度は魔王の加勢にご参加ありがとう御座いました!
 ライターの宮瀬です。

 今回はパロディー路線を目指したのですが・・マオウの姉、コールの所で少しだけシリアスを入れました。
 誰も死なずに追い返せ!のお名前の後の数字は、作戦の順番です。
 1は金剛様、2はアイラス様、3はオーマ様、4はレピア様となっております。
 お時間がありましたら順番に読んで頂けると作戦の全貌が見えてくると思われます。


 レピア 浮桜様

 初めまして、この度はご依頼ありがとう御座いました!
 レピア様は夜でなければ動けないと言うことで・・・かなり他の方とは違った部分が御座います。そのためか若干短めになっておりますがご了承ください。
 今回は舞の部分に重点を置きました。
 稚拙な文で、どの程度舞の神秘性を表現できたかどうかは不明ですが・・踊りと言わず、舞と表現したところに少しだけこだわりを持ちました。
 ・・些細なこだわりですが・・。 
 楽しんで読んでいただければ幸いです。

 
 それでは、また何処かでお逢いいたしました時にはよろしくお願いいたします。