<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


emancipation

「…なるほど。面白いデータだ」
「如何致しましょう?公国にこの事を伝えるので?」
 青白い光が、のっぺりとした白い壁に反射している。
「必要無い。確かに上得意だが、今回のミスは間違いなく公国側の不手際によるものだ。それにしても――ウォズとか言ったな?」
「異世界から飛ばされて来た生き物たちですね。『具現』と言う技と、彼らの持つ特殊な封印を持ってしてようやく封じ込める事が可能だとか」
 忙しなく通路を歩いていくのは、汚れを嫌ってか染みひとつ無い白衣の者たち。
「虚無を生み出す力――面白い。上手くすれば使いものになるだろう」
「では、やはり?」
 感情があまり感じられない声が、交わされる。差し込むのは、月光の如き冷えた青白い光。
「一考の余地はある。第六棟のキメラを使え」
「は」
 こうして。
 実験の差が分かりやすいよう、なるべく無力なものを、という命により、幾体ものウォズたちが、闇の中へと消えて行った。

*****

 ――時々。
 ウォズと自分は繋がっているような気がする事がある。
 こころよりも、もっとずっと深い部分で。
 そうでなければ、様々なウォズたちにここまで心を激しく揺さぶられる事は無いだろう。
 それはまるで、恋をしているかのような昂揚感であった。
 尤も、あくまで一方通行。ほとんど片思いのようなものだったのだが。
「――」
 ここ数日、胸騒ぎが止まらない。落ち着かない思いは皆一緒なのだろうか、それとも…病院の内外をうろうろとうろつく大男、オーマ・シュヴァルツの奇妙ないらだちに同調してしまっているのか。
 理由の分からない不安と焦りが、じりじりと胸を焦がしている。
「何だってんだ、一体…」
 この不安は、そう――以前、公国で囚われたウォズが虚無の発動実験に使われた時に似ている。あの後、『道』は塞いだ筈だったが…。
「だー、落ち付かねえ」
 てきぱきとやる事はやっているのだが、ともすれば街の外へと遠い視線を送ってしまう自分に苦笑しつつも、それが止められずに困ってしまう。
 やはりこれは、ウォズに何かあったのかと、仕事を休みにして調べようかと思っていた。

 ――その矢先に、『事件』は起こった。

*****

「………」
 呆然と、その場に座り込むオーマ。
 その鼻先には、鈍い金属色をした爪があった。
 手には、半分の長さになった銃がある。それでも普通のものよりはずっと長いのだが、それよりも具現化した武器を目の前の『ウォズ』に折られたのは、初めての事だった。
 具現化させた銃弾が効かなかった事はあれど、手に持つ武器に関しては、あり得ないと言う思いの方が先に立ち、なかなか次の行動に移せないでいる。
 ――複数のウォズが、広場で暴れていると言う話を聞いたのは、いつだったか。数分前だったようにも思うし、数時間前だったようにも思う。
 そんな中、嫌な予感と共に飛び出し、その上でその目に映ったのは、確かにウォズだった。ウォズだった、が…。
 ちりちりとした違和感は拭えない。
 目が、身体が、目の前にいるのがウォズだと叫んでいるのに、こころのどこかでは同じくらい強い声で『違う』と言う声が聞こえる。
 だが、それらは間違いなくウォズだ。オーマの知る顔もある。ただ、彼らは戦闘能力に長けている訳ではなく、慎ましやかに一般生活を送っていた筈だったのだが…その手にある具現化した『武器』は、間違いようの無い殺気を放っており…それは、確実にオーマを狙っていた。
 どう言うことだ?
 かなり高位のウォズでなければ、具現化した武器そのものを破壊するなどと言う話は聞いたことがない。と言って、彼らが素性を隠していたとも考えられない。元々、得体の知れなさを感じる事はあっても、そのウォズがどれほどの力量なのかはオーマには『分かる』のだ。
 だが、今目の前に居るウォズに関しては、ほぼ無害と言う、見た目とは裏腹な感触しか掴めない。そしてそれ以上に、別な部分で感じ取っているのが、これは、『危険』だ――と言う事。
 逃げなければならない。
 『今』逃げなければ、そこに待つのは死――

 腕から直接金属の爪を生やしたウォズが、勝利を確信したのか、余裕を持ってその爪を頭上高く振り上げる。
 風鳴りの音が、耳元すぐ近くで聞こえたような、気が、した。
「…………お?」
 オーマにしては珍しい事に、目を閉じてしまっていたらしい。いつまで経っても爪が身体に食い込む事は無く、ぱちりと目を開いて――そのままゆっくりと、口を開けた。
「……座っていては、責務を果たせないぞ」
 いつの間にそこにいたのか。
 ――優雅に、金属色をした爪へ手を当てたジュダが、オーマを見下ろしていた。

*****

「随分と、神出鬼没じゃねえか」
 なに、とジュダが呟く。
「…気配を探ったら、おまえがいた。……それだけだ」
 やんわりと爪を押し戻したジュダに『何か』を感じるのか、集まって来たウォズたちが一斉に距離を取る。
「流石に、今回は荷が重そうだな」
「なあに――ちぃっとばかし油断しただけだ」
「……油断…では、無い」
 ジュダの、気だるそうにも見える視線が、オーマを射抜く。
「…本気で相手をしなければ、『負ける』ぞ」
 言いつつ、ゆっくりと差し出した手にオーマが手を伸ばし――その手が触れ合った途端。
「な…に?」
 空いた手に、光と共に形作られて行く、その『武器』に、オーマが呆然と呟いた。

 ――それは、封印されていた筈の、我が半身。

 2本の、身の丈程はあろうと言う――中華刀だったからだ。

「…向こうも盛り返したな…行くぞ」
「お、おう――何だか良く分からねえが、行くぜおらあああ!!」
 過去、長い間手の中に馴染んでいたそれは、手の中に在るだけで身体が震え出す程、力がみなぎって来る。
 刀もまた、オーマの手にあってこそ真価を発揮するのか、オーマの雄叫びに共鳴するようその身を震わせ――。
 次の瞬間、その巨体は宙を舞った。

 ぎぃんっ!

「くぅぅっ、コレでも切れねえのかよ」
 激しく火花を散らしながら、それでも確実に傷の通った金属の爪へ、傷一つ無い己の刀を向ける。
 両の手にそれを持ち、明らかに今まで――銃を構えていた時よりも的確な動きで敵を捉え、その場にいる数体のうちやはり異様な力を見せる3体までを相手にして引けを取らず。
 黒にも銀にも見える髪を揺らし、歯を剥き出してにいと笑いながら、オーマは目の前のウォズたちから、少しずつダメージを奪って行った。
 だが、それでも――『ウォズ』は、それまでのどのウォズとも違い、奇妙な程の強さを見せ付けている。
 『具現』なのか何なのか分からないまま、いつか悪夢のような日に見た砲台めいたモノを肩からごぼりと出現させたウォズの攻撃を避け、酸としか思えない液体を吐き付けるウォズに容赦なく刃を叩き込む。
 それを、全てのウォズが地に這うまで…戦闘の意思が消えるまで続けていったのだった。

*****

「……なん、なんだ、こいつらは。普通のウォズじゃ、ねえぞ」
 ごろりと横たわったウォズたちに、肩で息をしつつしゃがみこみながら、手をかざして封印の準備を始めたオーマが、歯の間から搾り出すように言葉を続ける。
「情けねえが、そろそろ限界、だ。――ジュダ、寝ちまったら後頼むな」
 ぎりぎり、と歯を食いしばりつつ、オーマがウォズたちを包み込むように光を放ち――だが、それはウォズたちをすり抜けて霧散してしまう。
「な!?」
 封印に失敗などあり得ない、と目を見開いたオーマが、再び手に力を込めて光を放ち…そして、再び同じように何の変化ももたらさないウォズに、大きく首を振る。
「普通どころじゃねえ――こいつら、封印が効かねえ」
「…やはり、そうか」
 呟きつつしゃがみこむジュダに不審気な目を向けるオーマ。
「なあジュダ、おまえさん何か知ってるのか?さっきも『本気じゃなきゃ』とか言い出すしよ――」
 久しぶりに封印していた刀を使用したせいか、目の奥がちかちかする。そのままふっと意識が飛びそうになるのを堪えつつ、ぐっと顔を上げると、
「…おまえが『見た』通り、彼らに戦闘能力は無い。戦っているのは別の部分だ」
 淡々と、何の感情も浮かんでいないような声がオーマの耳を打つ。
 ――別の、部分?
「……具現と他の物質は滅多な事では融合しない。ウォズそのものを他の生き物と混ぜる事で、その辺りをクリアしたらしいな…」
 ジュダの手が、目の前に横たわっているウォズの身体の中にずぶりとめり込んだ。そのまま、何かを探るように中で手を動かしている様子…だが、ウォズの身体に傷は見られない。何か、皮膚の表面に小波が立っているように見えるが…。
 ややあって、何か小さく呟いたジュダが、大きく腕を引き抜いた。――その手に、ウォズと同程度のサイズの奇怪な生き物を掴んだまま。
「それは――」
 きぃきぃと鳴きながら、ジュダの手から逃れようと動く、それ。
「……戦闘用に特化した生物……という所だ。これが混ざっていたのだから、通常の封印が効くわけがない」
 きぃ―――
 自分を掴んでいる手を、根元から切り離そうと全身から刃物のような物を出現させたそれが、ジュダに襲い掛かる…が、ジュダはその刃が自分の身体に触れる前に、相手を見る事無く一瞬で消滅させた。
 それは封印のような力では無い。まさしく、消滅させた、としかいいようのない力の発露だった。
 ぐらぐらした頭でそんな事を考えつつ、封印は自分の仕事だとばかりにずりずりと這うようにウォズに近づき、そして…他のウォズたちからもそれらを引きずり出しているジュダを見る。
 オーマとの戦闘で負った筈の傷。
 ジュダの手で別の生き物と引き剥がされた時に出来た傷――それらは全て塞がっていた。
「おま、え…」
 擦れた声が、オーマの喉から発せられる。
 その隣で、憑き物が落ちたような表情のウォズたちがむくむくと起き上がり…そしてジェダにかしずくように、敵意など微塵も感じさせない動きで付き従っていった。
「……疲れたろう。少し、眠るといい。…その間に、用事は済ませておく」
 奇怪な身体をした、引き剥がされたモノ――それらをひとまとめにして、複雑な動作も言葉も無しにあっさりと消滅させたジュダが、オーマにそっと語りかける。
「なに、生意気、言って…やがる」
 俺様が行かないでどうする、そう言おうとしたオーマだったが、
「オーマの限界くらい、知ってるよ」
 …どこか懐かしい目がオーマの目を覗き込み、
「……おやすみ」
 その囁き声を最後に、オーマの意識は闇の中へと消えていった。

*****

 ――襲撃は、突然だった。
 能力者であっても、いや、能力者だからこそ力が半減するシールドを施設内に張り巡らせ、おまけに外部から施設が分からないようカムフラージュしてあったと言うのに、その襲撃者は何の苦労も無く乗り込み、そして――完膚なきまでに破壊し尽くして行った。
「な――だ、誰だ、貴様はッ」
「……」
 震えを帯びた詰問にも、その黒い瞳の男は答えようとせず、従者のように付き従えていたウォズたちの案内に導かれて、奥の動物実験施設へ向かう。…その途中で何度も妨害に会いはしたが、その都度男――ジュダの持つ力なのか、攻撃はまるで効果無く、攻撃をしかけた者だけがジュダが通り抜ける間にその場から消え去って行き。
「何の用だ。ウォズたちを返しに来てくれたのか」
 動物、とは名ばかりの、生物兵器たちをずらりと取り巻かせた男が、無言でいるジュダに何か畏れのようなものを感じながらも問い掛ける。…その中には、オーマを襲撃した者以外のウォズも数体含まれており。
「……いや。取り返しに来た」
「馬鹿馬鹿しい。取り返してどうする?元々忌み嫌われる筈の存在だろうに。有効活用してやっているこちらが感謝されていいくらいだ」
「……」
 相手の挑発には乗る事無く、ジュダがゆっくりと足を進めて行く。
「行け!」
 命令に応じて数体の戦闘兵器がジュダへと飛び掛り――その身体に触れる直前にざあっと霧散して消えていく。
 ジュダの足は止まらない。
「な…化け物か貴様は!い、行け、捕獲など考えなくてもいい、破壊しろッッ」
 悲鳴じみた命令に突き動かされる彼らを一瞥すらせず。
 ただ――どう言う仕組みなのか、融合されたウォズだけは元の姿に戻されてぺたりと床に膝を付き、その他はその場から次々と消えて行った。特別ジュダが何かしたようには見えない。…彼は、ただ歩いているだけだったのだから。
「ひ…」
「…部下と同じ目に合うか。それとも、ただ生き延びるか。好きな方を選べ」
 そしてまた、その声にも感情は一切含まれておらず、ただ淡々と、ごく事務的に語りかけて来ただけだった。…それが余計に恐怖を煽ったのだろう、男が喉の奥で何度も悲鳴を上げながら、ぶるぶると首を振る。
「こ、こ、殺さないでくれ」
「…承知した」
 そう呟いて踵を返した次の瞬間。
 背を向けたジュダへ一矢報いようと銃のような物を向けた男は、引き金を引く筈だった指先から、ゆっくり、ゆっくりと身体が砂状のものに変じて行くのを、悲鳴を上げる事も出来ず呆然と眺めていた。
 痛みは無い。それ故、恐怖がじわじわと身体中を侵して行く。
 ――ウォズたちを引き連れ、ジュダがその部屋から立ち去った後。
 この世のものとも思えない悲鳴が、いつまでも長く長く尾を引いていた。

*****

 …目が覚めたら、自分のベッドの上だった。
 頭を振りつつむくりと身体を起こし――そして、目覚める前に合った事をはっと思い出し、外へと飛び出す。
 ――早朝の街は、いつもとまるで変わりが無い。つい昨日戦った場所にも、なんらその痕跡は残っていなかった。
「……」
 ふと、自分の手を見る。
 どれ位ぶりか、あの感触を思い出したのは。
 封印を解いたのは一時的なものだったのか、それともこれから再びアレを自由に使えるようになるのか…ふと気付けば固く握り締めた拳に苦笑して、パジャマ姿だった自分の格好を見下ろして大きく伸びをした。
「それにしても」
 まさかジュダがベッド運んでくれたとも思えないが…路上に放置されたまま、その上で誰かがここまでオーマを連れて来たと考えるのも無理がある。
「そこら辺のオッサンが運んでくれたっつうよりは、ジュダにお姫様抱っこされた方がマシかねえ」
 あらぬ方向へ目をやって、ふと――ありがとう、と呟いてみる。

 胸の奥にあったざわめきは、いつの間にか消え去っていた。


-END-