<PCクエストノベル(1人)>


“魔”を集めし者達〜サンカの隠れ里〜

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 【冒険者一覧】
 【整理番号 / 名前 / クラス】

 【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】


 【助力探求者】
  なし

 【その他登場人物】
 
 【マーシャ/謎の女性】
 【ライラ/サンカの民らしき双子の兄(純粋)】
 【ササラ/サンカの民らしき双子の妹(不純)】 

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 朝・・今日も麗しい妻(と言う名の地獄の番犬様)に使える男前の(下僕)主夫、オーマ・シュヴァルツはこれまた麗しく照る太陽に向かって背伸びをしていた。
 なんて良い日光日和・・今日の予定は決まった。
 まず、朝食を作り、その後直ぐに掃除をする。そして本日の天候に礼を言いつつ洗濯物をし・・・。
 突如、オーマのそんな煌く朝をぶち壊すかのような爆発音が辺り一帯に轟いた。

 オーマ「・・・っなっ・・・!!?」

 爆発音の数秒後に、視界全体を白い砂埃が包み込む・・・これでは目も開けていられない。
 オーマは必死に目を瞑りながらも、何事がおきたのかを探ろうとしていた。

 ???「貴方が、オーマさん?オーマ・シュヴァルツさんね!!」

 耳に聞こえてくるのは、砂埃のザーっと言う音と凛と響く女の人の声。
 その声には歓喜の表情が見え隠れする。

 オーマ「・・だ・・誰だ・・?」
 ???「わたくしの名前は知らなくてもよいのです。ただ・・貴方にお願いしたいことがございます。」

 砂埃が、薄れていく・・・。
 ようやく目を開けたオーマの前にいたもの・・それは、美しい女性とその隣いる小さな双子の姿・・。
 年の頃は6か7だろうか?
 額からはすっと一本の角が伸びている。
 子供ながらにしっかりとした体躯の男の子と、アルビノで儚く美しい女の子。
 ・・・サンカの民だ。
 女性の方は、少女と同じような顔つき・・・しかしサンカの民ではないことは明白だった。
 サンカの民の最大の特徴である、額の角がない・・・。

 ???「この子達を、一時ばかり預かって欲しいのです。そう・・・わたくしがここに戻ってくるまで・・。」
 オーマ「おうおうおう、何のことだかわかんねぇけど、それなりの理由っつーもんがあるんだろう?」
 ???「理由は御座います。しかし、それをきいたならば貴方はきっと預かってはくれないでしょう。」
 オーマ「そんなの、きいてみねえとわかんねぇじゃねぇか。」
 ???「そうですね・・もしかしたら貴方はきいても預かってくれる。けれど、貴方は心の優しい方。きっと、自分が傷つく道を選ぶ。それではダメなのです。そう、誰も傷つかない道を・・・。」 

 女性はそう言うと、そっと胸の前で手を合わせた。
 何かに祈るように・・・。
 しばらくそうした後で、女性は双子を引き連れてズンズンとオーマの元に歩み寄った。
 無言で双子の手とオーマの手を繋がせる。

 ???「ふーっ、これでよしっ★」
 オーマ「これでよしっ★じゃねぇっ!なんなんだこれはよぅ。」
 ???「それでは、わたくしはこの辺で!それではまた来週!See you next month!」

 女性はそう言って、フリフリと手を振るとすっと消えてしまった。
 数泊遅れてから爆発音と白い砂埃。
 わけが分からないながらもオーマは白い砂埃から小さな双子を守るように身体の後ろに隠した。
 しばらくして、白い砂埃が掻き消える・・。
 ・・・冷静に考えてみれば、“爆発音”と“砂埃”の重要性はわからない。
 なぜならば、女性はその前には消えていたのだから・・・。
 そんな事を考えつつふと、地面を見ると見慣れない謎の文様の後・・。

 オーマ「こいつぁ・・・。」
 ???「しっかしさぁ、マーシャはわけわかんないよねぇ〜。」
 ???「だねぇ。来週って・・。第一monthは週じゃないしね。」

 オーマの陰に隠れていた双子がそれぞれに感想を漏らす。
 見てみると、双子の腕にも地面にあるのと同じような文様の後がある。
 蚯蚓腫れのような、赤い文様の後・・。

 オーマ「それで・・おめぇ達は一体・・・。」
 ???「俺の名前は、ライラ!こっちがササラ!」

 男の子の方が、元気に自己紹介をする。
 その隣にいる少女が小さくペコリと頭を下げた。
 なんだか儚くて折れてしまいそうな少女はそれだけで父性本能をくすぐるものがあった。

 オーマ「それで、これは一体全体なんなんだよ。ビックリ★どっきり☆腹黒親父パーティーの余興かなんかか??」
 ライラ「・・・なんだよそれ。」
 ササラ「あたし達、そんな事なんかでこんな所まで連れてこられたんだったらブチ切れるよ。」
 ライラ「お前はしゃべんなよ!モー・・・外見と中身が全然あってねぇんだから〜。」

 どうやらこの双子、一癖も二癖もありそうだ。
 やんちゃなライラと、氷のように冷たいササラ・・・。

 ライラ「実際さぁ、俺も良くわかんねぇんだ。なんか・・大変だ!って言われてたたき起こされて・・マーシャに連れてこられちまって。なぁ?」
 ササラ「そうね。急だったわね。まぁ、マーシャはいつも急なんだけどね。」
 オーマ「それでよぅ、おめぇさん達の腕の文様とこの地面の文様は一体全体なんなんだよ?」
 ライラ「さぁ?腕のは最初からついてたからわっかねぇー。ササラは知ってっか?」
 ササラ「“万が一の時のための鍵”って言うことだけは知ってる。」
 オーマ「あぁ、よく分かんねぇが、とりあえずこの場は家に入っ・・・。」

 そう言ってドアを開けかけたオーマの脳裏に、ある素敵な場面がよぎった。
 番犬様・・・じゃない、麗しの奥様にこの双子を見られたとしたならば。
 そう、もし・・万が一・・いや、十が一“隠し子”様だとでも思われたのならば・・!!
 雷が落ちるどころの騒ぎではない!槍が降ってくるどころの騒ぎではないっ!!
 血の雨・・・もとい・・『死の雨』が降る!
 しかも逃げ道はゼロ。当たった途端に即死と言う超デンジャラスゾーンに突入だ!
 ヒヤリ・・・背中に冷たい汗が垂れた。
 恐る恐る、ドアから手を離す・・。

 ライラ「オーマ・・?なにしてんだ・・むぐっ!!」
 オーマ「静かに!起こしちまったら絶体絶命!大★ピーンチ!の地獄の番犬様がこの中でお眠りあそばしてんだ!静かに!そーっと、そーっと・・。」

 ライラの口元を押さえ、ササラの手を引っ張りながら“トラップゾーン”を抜け出す。
 そう、もし地獄の番犬様を起こしあそばしたりなぞしたら・・・。
 ブルブルブル・・。
 どうにか家からは死角になる場所に腰を下ろすと、ライラを解放した。

 オーマ「それで、おめえさん達は何にも知らねぇんだよな?」
 ライラ「だから、そう言ってんだろう〜。マーシャはなんも言ってなかったし、俺らだって何の事だか全然分かんない。
 オーマ「そっか・・・。おい、おめぇさん達はこっから先にある食堂で待っとけ。俺はちょっくら調べ物してくっから。」
 ライラ「えー。どこ行くんだよ、オーマぁ。」
 オーマ「サンカの隠れ里まで行きゃぁ、なんかしらの手がかりはあんだろ?おめぇさん達は見たところによるとサンカの民だかんな。」
 ササラ「確かに、あたし達はサンカの民。けれどサンカの隠れ里にいたわけじゃない。」
 オーマ「どう言う事だ?」
 ライラ「俺達、マーシャにひっつれられてそこら中をウロウロしてたっつー事だよ。」
 オーマ「あぁん?じゃぁどうすりゃぁ・・。」
 ササラ「でも、この地面の文様・・どうやらサンカの隠れ里の方に向かって伸びているみたいだけれど?」

 ササラがニッコリと笑いながら地面を指差す。
 確かに、数メートル先にも同じような文様がある。そして、方向は丁度サンカの隠れ里の方を向いている。

 オーマ「よしっ、んじゃぁ俺はサンカの隠れ里まで行って来っから、大人しく待ってんだぞ!」
 ライラ「えー!ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ〜!!」
 オーマ「っつってもよぅ、なにがあっかまだ分かんねぇし・・危険だった場合、危ねぇし。」
 ササラ「あたしも、行きたい。」
 オーマ「だぁかぁらぁ〜・・・。」
 ササラ「そんな事言って良いの・・?番犬様とやらの所に・・・。クスッ・・。」
 オーマ「わ・・分かった、一緒に行こう!一緒に行こうや・・なぁ?」
 ライラ「わーい!行く行く!やったぁ!ハイキングハイキング!」

 ライラがキャッキャとはしゃぐ。
 ハイキングに行くわけではないのだが・・・。
 それにしても、ライラは純粋なのにササラはなんだか不純だ・・。
 外見年齢と精神年齢があっていないようにさえ思われる。
 それにしても・・折角の洗濯日和なのに今日は予定を変更せざるを得ない。
 オーマは盛大なため息をつきながらも、双子の手をとって一路サンカの隠れ里を目指した。

 ライラ「なぁなぁ、オーマ!なんで地獄の番犬なんか飼ってんだ!?」

 ・・・こっちが飼っているのではない。


 ■□■

 一路サンカの隠れ里を目指す道すがら、これでもかっ!と言うほど沢山の例の文様が地面に描かれていた。 
 地面だけではない。壁にも、家の屋根にも・・はたまた通行人の洋服の裾にまで、その文様は描かれていた。
 なんとも不思議な光景なのに、道行く人々には見えていないらしく気にするそぶりは見られない。
 ・・・ある人はかけている眼鏡に文様が浮き上がり、またあるひとはツルツルの頭に文様が描かれていた。
 笑えない・・・だけれども笑いたい。
 わきあがってくる面白おかしい感情を殺すのは、とても大変な事だった。

 そんな、なんだか良く分からない疲労感に包まれつつやってきたサンカの隠れ里。
 しかし・・そこに人の姿はなかった。
 静かな沈黙をたたえるそこは言いようのない物悲しさと不気味さが漂っていた。

 ライラ「おい、オーマあれ!なんかデッカイ穴ボコがあいてんぞ!」

 ライラの指し示す方角・・里の中央に大きく開いた穴が無言の存在感を漂わせている。
 近寄ってみると、その穴ははるか地の底まで続いているようだった。
 下は見えない。
 ただ、嫌な冷気がモンモンと立ち上がってきている。
 真っ暗な中では、時折水の滴る音が聞こえてくる。
 どうやら底の方には水があるらしい。・・だからこの冷気なのだ。
 隣にいる双子も、食い入るように中を覗き込んでいる。
 その瞳がランランと輝いているのを、オーマは見ないフリをした。

 オーマ「俺はちょっくらこの穴ん中に入ってみっからよぅ。おめぇさん達はここで待っててくれや。」
 ライラ「え〜!!こんな面白そ・・じゃなく、危険そうなところにオーマ一人でなんて行かせられないよぅ。」
 オーマ「危険っぽいから、ここに残れつってんだ。サンカの民も消えた。・・多分、サンカの民がこの真相を知ってんだと思うけどよぅ。」
 ササラ「もしかしたら、サンカの民はこの中にいるのかもしれないわね。それか・・この現況の何かがこの中にいるのか。」
 オーマ「おうおう、そうだ。だからよぅ。危ねぇかもしれねぇ・・・って、おい!!」

 オーマの視界の端に、穴に落ちていく双子の姿が映った。
 それが“事故で”落ちたのではないことは分かっていた。
 落ちて行く双子の顔は、笑んでいた・・。
 慌ててオーマも穴の中に飛び込む。
 体重の関係で、軽い双子よりも落ちる速度の速いオーマが、先に飛び込んだ双子を捕まえて滑り落ちる。
 腕の中に抱いた双子達が、オーマの胸元をぎゅっと掴む。
 オーマもそれに応えるように力強く双子を抱くと、永遠かと思われるほどに長い穴の中を滑り落ちていった・・・。


 終わりはあっけないほど簡単におとずれた。
 ぱっと目の前が明るくなったかと思った瞬間・・オーマ達の身体は玩具のごとく宙に投げ出されていた。
 聞こえてくるのは凄まじい水音。鼻をつくのは水の匂い。
 ・・それに混じって、少しだけ獣の臭いもする。
 オーマは下を見下ろした。
 思っていたよりも地面からは大分高いところにいた。
 もしこのまま重力に逆らわずに落ちれば痛いどころの騒ぎではない。
 胸にしがみ付く双子のうち、一人が小さく息を呑む音が聞こえた。
 多分、ライラの方だろう。
 オーマは口の端だけ上げると、すっと目を閉じた。
 ・・・目を開けた時・・地面は直ぐそこだった。
 地面が近づいてきたのではない・・オーマは地面に近づいたのだ。
 銀色の美しい獅子・・その、大きな翼がはためいた時、すでに地面はすぐ足元だった。

 ライラ「オーマ・・これ・・。」
 ササラ「オーマさん・・。」

 ライラはともかくとして、ササラまでも感動を含んだような声になっている。
 相当怖かったのだろう。そう思ったオーマの耳に聞こえてきたのは低い呟き・・。

 ササラ「狭いし・・。」

 ・・・・・・・・。
 確かに、広いとは言え洞窟状になったその場で巨大な獅子の身体は大きすぎた。
 チラリと見るそこには、キラキラと純粋そうな瞳を輝かせるライラの姿と・・さも迷惑そうにため息をつくササラの姿だった。
 なんだかやるせない。
 オーマはそっと獅子の姿を解いた。

 ライラ「なんだか、オーマ・・やけに若くねぇか?」

 ライラが不振そうな目つきで見つめる。
 今にも『アンタ誰!?』と言いそうな雰囲気だ。
 変身をする際、本来の血を解放するため一時的に銀髪赤目になるのだ。
 見た目は20代になっている・・まぁ、ライラがこの顔をするのも無理はない。
 事情を話そうと口を開いた時・・オーマの耳にか細い悲鳴が聞こえてきた。
 その声が、どれだけ切羽詰った状況なのかを教える。

 ライラ「な・・なんだ今のは!」
 ササラ「マーシャ・・!マーシャの声よっ!」
 オーマ「ちょっと俺が行ってくるからここで・・。」 

 言いかけたオーマの言葉が途切れた。
 果たして、こんなわけも分からない場所に双子を残して良いのだろうか・・?
 万が一の可能性を考え・・ここは危険かもしれないが連れて行く他ない。

 オーマ「絶対、離れるんじゃねぇぞ!」

 そう言うと、オーマは駆け出した。
 背後からは仲良く手を繋いだ双子が遅れまいとついてくる気配が伝わってくる。
 走る先・・どんどんと獣の匂いが濃くなっていた・・。


 □■□

 着いたそこで見たものは・・巨大な狼のような獣がサンカの民を襲っている姿だった。
 違う、正確には襲おうとしている姿だった。
 サンカの民の前に立ちはだかったマーシャの手からなにか特殊なものが出ているらしく狼は近づけないでいる。
 多分、見えない壁のようなものなのだろう。何度も何度も体当たりを繰り返す狼の顔は三つあった。
 その首は蛇のように長い。顔自体は独立しているのか、別々の方向を向いている。
 瞳は・・狂気の色をたたえている。
 マーシャの顔に疲労の色が濃く出ているのが遠めでも分かる。
 誰かが怪我をしているのか、血のにおいも混じっている。
 少なくとも、目の前にいる獣のモノではなかった・・・。

 ライラ「マーシャ!!」

 オーマから数秒遅れて着いたライラがその光景を見て絶叫に近い声を上げる。
 その身体が、オーマの隣をすり抜けていく・・それに気付いた獣が長い首をこちらにもたげる。
 その首が、大きな口を開けながらライラの方に迫る。
 見守るサンカの民のあるものは眉根を寄せながら目をそむけ、またあるものは絶叫した。
 そして・・その後に響くであろう少年の絶叫を聞くまいと耳に手を当てて身構えた・・。
 しかし、その音は聞こえてこなかった。

 オーマ「お前っ!!っかー!びびったぁ・・。ビックリさせんじゃねぇよっ!」
 ライラ「オーマ!」

 ライラの身体が獣にさらわれる前に、オーマが奪ったのだ。
 その身体は身軽に宙を舞い、すぐに元の場所に戻ってきた。
 その様子を見守っていたササラに、ライラの身体を預ける。
 ササラがライラの手をぎゅっと握ると、オーマに向かって小さく頷いた。
 これで・・ライラは大丈夫だ。ササラがついている。
 けれど問題は向こうだ。・・その前に、コイツをどうしかしないと・・。
 オーマはキッと獣・・ウォズを見上げた。

 ウォズ『ほぉ。これは面白い。ヴァンサーだな。』
 オーマ「そう言うテメェはウォズだな!こんな所でサンカの民を襲って何やってんだ!」
 ウォズ『なにも・・?まぁ、しいて言えば食事かな?・・そんな顔をするな。まだ一人たりとも口には入ってないさ。あぁ・・でも、もうじき食べられるかもしれないねぇ。さぁ、ヴァンサーよ。私を殺してサンカの民の英雄となるが良い。さぁ、さぁ!』
 オーマ「んな事言われたって・・・」
 マーシャ「ダメです!騙されてはダメ!ソイツは殺してはいけません!」
 ウォズ『ほぉ、まだそんなに叫ぶ元気があったとはなぁ・・』
 マーシャ「ソイツは、傷口から有毒なガスを出すんです!ですから・・!!」
 オーマ「安心しろ!俺は医者だ!殺生は好まない主義でな。んで、この状況を回避するために俺はなにをすりゃ良いんだ!?」
 マーシャ「私の“能力”で何とかできます・・けれど、サンカの民を・・」
 ササラ「あたしが何とかするわ。」

 マーシャの呟きに名乗りをあげたのはササラだった。
 ライラと繋いでいた手をそっと放すと、オーマの隣に立った。
 キッと視線をウォズに向けている。

 オーマ「何言ってんだ・・サンカの民は俺が・・。」
 ササラ「オーマさんは、ウォズをお願いします。マーシャの詠唱はとても長いもので・・少しでも集中力が途切れればダメ。この中で、ウォズの注意をひけるのはオーマさんだけ。」
 オーマ「でも、おめぇはどうたって・・。」
 ササラ「マーシャに習ったんです。“透明な守り”・・。オーマさん、あたしとライラをマーシャのところまで運んでくれませんか?」

 ササラのゆるぎない言葉に、オーマは力強く頷くとライラとササラを抱いて身軽に跳んだ。
 結構な距離があるため、オーマは目の前に迫ったウォズの頭を一回だけ踏み台にした。
 マーシャが一部分だけ守りを消し、中へと入る。
 素早くササラとライラを下ろすと、外へと出て行った。
 真っ直ぐにウォズと向き合う。
 三本の首はみなオーマの方を見ている。
 まるでサンカの民やマーシャ達がいないかのように・・。

 オーマ「なんか知んねぇけど、一瞬の間に不機嫌になってねぇか?」
 ウォズ『・・・っ・・・貴様が・・貴様っ!よくも私の頭を踏み台にしてくれたなっ!!』 

 叫ぶウォズの頭にはクッキリと大きい足跡がついている。
 ・・・なんだか靴跡が無性に間抜けに見える・・。

 オーマ「あぁ、悪ぃ悪ぃ。んな跡がついてっと思わなくってな」
 ウォズ『貴様・・っ殺してやるっ!!』

 ウォズの首がいっせいにオーマに襲い掛かる。
 なんて短気なウォズだろう。たかが頭を踏まれたくらいの事でここまで激怒するとは・・。
 オーマは避けまくった。
 右から襲い掛かる顔を左に避け、左から襲い掛かる顔を下に避け、下から襲い掛かる顔を右に避けた。
 右、下、左、右、左、上、下・・・。
 休み無く繰り返される攻撃の嵐に、最初は余裕だったオーマの表情が見る見るうちに真剣になっていく。
 避けて続けるオーマのほうに、一匹が黄色いガスのようなものを吐き出す。
 オーマはそれを難なく避けると、右からの攻撃に身を翻した。
 背後で、何かが溶けるような音が聞こえてくる。
 さっきのものは毒のあるものだ・・しかも、かなり強い毒。
 アレにあたればオーマも溶けてしまう可能性がある。しかし、ウォズを傷つけるわけには行かない。
 ・・どのくらい立ったのだろう?
 やまない攻撃の嵐に、オーマは疲れの色を隠せなかった。
 意識が段々狭くなってくる。攻撃にほとんど反射的に避ける。

 マーシャ「オーマさん!出来ました!!これをっ!」

 マーシャの声で、オーマははっと我にかえった。
 投げられたものを、マジマジと見つめる・・・鏡?
 丸い手鏡の中に、オーマの顔が映りこむ。

 マーシャ「それにウォズを映してください!」

 なにがなんだか分からないが、とにかく映せば良いのか・・?
 オーマはそれをウォズの方に向けた。
 途端に鏡が眩しく輝きだし、薄暗い洞窟内を昼間のごとく照らし出した・・・。
 ウォズの叫びが木霊して、反響する。
 断末魔にも似た声に、オーマは眉をひそめた。
 けれどそれも一瞬の出来事・・。
 すっと、光が鏡の中に入り込む・・。
 チカチカと輝く視界の中に、ウォズの姿は無かった・・・。

 マーシャ「た・・・助かりました・・・。」
 ササラ「疲れた。なんか、すっごい疲れた。」
 ライラ「オーマっ!!」

 へたり込むマーシャとササラ、歓喜するサンカの民・・その中からいち早く抜け出してきたのはライラだった。
 オーマに抱きつくと、ニッコリと微笑む。
 純粋な笑顔に、オーマはほっと息をつくとその場に座り込んだ。
 全身が鉛のように重い・・腕も足も、感覚が無いくらいにダルイ。

 ライラ「オーマ、大丈夫か!?なんか、すっげー避けまくってたけど!」
 オーマ「あ〜・・大丈夫・・・。」
 ササラ「そんなわけ無いでしょう。すごく疲れてるみたいだけど。」
 マーシャ「一時的にですが、疲れを癒しますわ。」

 駆け寄ってきたマーシャが、オーマに向かって何かを呟くと手を掲げた。
 なんだか得体の知れない温かなものが全身を駆け巡り、だるかったモノを溶かしていく・・。
 数秒後には、オーマの身体は軽くなっていた。
 あの地獄のような時間は嘘だったかとでも言うかのように・・・。

 オーマ「おい、あのウォズはどうしちまったんだ?」
 マーシャ「いますよ、ここに。」

 マーシャが地面からひょいと何かを拾い上げた。
 小さな子犬のようなもの・・・それは、一見すると分からないがあの巨大なウォズだった。
 頭も一つしかなく、そこらの子犬とまったく違わない外見になったウォズの瞳は、恐怖に染まっていた。

 オーマ「なぁ、コイツどうすんだ?」
 マーシャ「可哀想ですけど・・。」
 オーマ「だったらさぁ、俺にくれねぇか?俺が立派に育ててみっからよぉ!」
 マーシャ「でも、コレはさきわたくし達を襲っていたあの凶暴なウォズですよっ!?」
 オーマ「関係ねぇな。俺は今、目の前にある命を救うのが仕事なんだからよぉ。」
 マーシャ「本当に・・・。」

 マーシャはクスリと小さな声を漏らすと、オーマの上にウォズを乗せた。
 尻尾を千切れんばかりに振るウォズの瞳は、輝いている。
 オーマの顔をペロペロと嬉しそうに舐めると、一声小さく鳴いた。

 オーマ「それで、結局これはなんだったんだ?なんだかわけもわかんねぇうちに巻き込まれちまったけどよぅ。」
 マーシャ「・・わたくし達は“魔”を集めるものなのです。心の中に宿る“魔”が増幅しないように“魔”を集めるもの。」
 オーマ「なんだそりゃぁ・・。」
 マーシャ「この世界が闇で覆われぬように、それを取り除く者達です。この文様がその証。」

 マーシャの腕にも、同じ文様があった。
 あの、町で嫌と言うほど見たものとまったく同じ・・。

 マーシャ「けれど、わたくし達はひっそりと活動しております。ですけれど・・今回のウォズ・・いえ・・“魔”には反応できずにサンカの民たちが引き込まれてしまい・・。」
 オーマ「とっさに俺のところにきたってわけか?」
 マーシャ「はい。オーマさんは心優しい方だと伺っており、ササラとライラを預けても問題はないかと・・。」
 オーマ「それで、あの子達は“万が一の時のための鍵”だときいたんだが・・。」
 マーシャ「万が一・・世界が“魔”に覆われるような時があれば・・永久に時間を止められたあの子達の、力が必要なんです。」
 オーマ「永久に時間を止められた・・??」
 マーシャ「その日が来ない事を祈っております。けれど、それだとあの子達は役目の無いまま永遠の時を生きなければいけない・・。」

 マーシャは遠くを見るようにそう言うと、すっと視線を下げた。
 しばらく何かを考えるように瞳を閉じた後で、ニッコリと微笑んだ。

 マーシャ「わたくし達はあまり人に知られてはいけない者達。だから、サンカの民たちの記憶は消します。けれど・・貴方の記憶は・・。」
 オーマ「消さないってか?」
 マーシャ「えぇ。貴方はきっと“覚えていてくれるだけ”でしょうから。安心です。」
 オーマ「一つ、ききたいんだが・・なんであの子らはサンカの民なんだ?」
 マーシャ「この文様が出るのに、種族は問いません。」
 ササラ「マーシャ!」

 ササラがマーシャのほうに走り寄ってくる。
 いつの間にか、サンカの民の姿は無かった。

 ササラ「オーマさんの記憶も消すの?」 
 マーシャ「いいえ。彼は信用できます。なので・・消しません。」
 ライラ「本当か!?マーシャ!消さないのかっ!?」
 マーシャ「えぇ。」
 ライラ「それじゃぁ、オーマは俺の最初の友達にしてやる!俺達、なんでかしら無いけど色々と忙しいから、あんま会えないけど・・でも、友達だ!」
 オーマ「おう!それじゃぁおめぇも腹黒同盟に入るかっ!?」
 ライラ「入る!入るぞっ!・・・ところで、腹黒ってなんだ・・・?」


 ■□■

 三人と別れた後、オーマは一人夕暮れの道を歩いていた。
 あの後、キャッキャとはしゃぐライラとわずかばかり話をした後で、別れた。
 里の中央にあった穴は消え、あたり一面にあったあの文様も消えていた。
 別れ際に、ササラが呟いた一言が今も胸に刻まれている。

 『本当は、あたしは全てを知ってる。けど、ライラは何も知らない。だから・・・ライラはこの世で最もキレイ・・。』

 めっきり冷え込んできた風を全身で受け、オーマは一つだけ豪快にくしゃみをした。
 ・・・そう言えば・・。
 ゴソゴソと、オーマは服の中を漁った。
 マーシャからあの時の鏡を頂いていたのだ。
 そっと取り出す・・・そこにはオーマの顔が映し出されている。
 これは“魔を吸い取る鏡”だそうだ。
 なんでも“魔”の心のあるものは、この鏡によって浄化されてしまうらしい。
 今現在、オーマの腕の中でクークーと眠りこけているこのウォズのように・・・。
 ふと、オーマの頭の中にある“提案”がよぎった。
 もし・・・これを地獄の番犬様に見せたのならば・・。

 ・・・・・・・・・・。

 ガタガタガタガタ・・・。
 急に震えだしたオーマを不審に思ったのか、手の中のウォズが眠そうな瞳を向ける。
 それに笑顔を返した後で、オーマはそっと鏡を地面に置いた。
 パリっと、体重をかけて踏む・・・。
 そうして何事も無かったかのように土の中に埋めると、寒空の中をウォズを抱きながら歩く。

 そう、人生には知らなくて良い事も沢山ある。
 ・・・例えば、今現在オーマの美しい妻がどんな形相でオーマを待っているのか・・・とか・・。


    〈END〉