<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
□■□■ 幽霊海賊が征く!<前編> ■□■□
「こんちはーッス!」
ぎょっ。
陽気に黒山羊亭のドアを開けた客のその言葉に、出来上がって騒いでいた客も、エスメラルダも、体を強張らせて談笑を止めた。
客の肌は白い。白いって言うか骨だ。むしろ顔。眼が無いから。つーか皮も無いから。
肉が一欠けらもついていない、俗に言うそれは骸骨。
頭に赤いバンダナを巻き、青と白のボーダーのシャツと茶色いハーフパンツ。ずり落ちてしまうのだろう、サスペンダーで吊っている。
いやはや、と頭を掻き、骸骨はカタカタと歯を鳴らして笑った。
「そんなギョッとして顔しないで下さいよー皆さん、まー呑んで呑んで!」
「……えぇと。変わったお客様だけれど、何の御用かしら……貴方じゃ酒場に来ても物は食べられないし呑めないと思うのだけれど?」
「あ、実はちょっとお願いがありまして」
エスメラルダの言葉に、、骸骨が照れたように頬を掻く。カリカリと骨の摺れる音。待て、お前絶対神経通ってないだろうが。その行動に何の意味があるんだ、何の。
「冒険者さんが集まってるって聞いたもんで、依頼に来たんスよ。や、実は俺、海賊船の船員なんスけど――ここんとこ航海技術の発達で、あんま死人が出ないっしょ? 入団希望者が居なくて、ちょっと商売上がったりなんスよー。供養されて成仏しちまう奴も多くって」
「……はあ。それで?」
「で、ちょっくら無人島探索に行こうと思ってんです。ほら、流れ着いて死んじまった奴らとか、居るかもしんないでしょう? でもそこに辿り着くまでに他の海賊に襲われるとヤバいんスよー、今本当に船員居ないんで。だから、そこまでの用心棒になってくれる人、いないかなーッと?」
一同、沈黙。
「い、いやいや、別に引きずり込んだりしませんから! ちゃんと賃金も支払いますって! こっちはとにかく新しいメンバーをゲットしたいだけッスからー!!」
■□■□■
「しかし、見れば見るほど――今にも沈みそうな船だな」
ぽつりと呟いたウルスラ・フラウロスの言葉に、アイラス・サーリアスはまったくだと頷いた。
「本当、沈んだりしたら洒落になりませんよね……僕達を勧誘、って言うか殺すつもりは無いみたいでしたけれど、その船を見ると疑いたくなりますよ。見事に、なんと言うか、そう……」
「そうだな、こう、海中に百年ぐらい沈んでいたようなと言うか、えぇと」
「おう、見事な沈没船だな!」
言っちゃったよ!
二人が敢えて避けていた言葉を豪快に言い放ったオーマ・シュヴァルツは、腕になにやらビーチパラソルやビーチチェア、簡易テーブルにバーベキューセットを抱えながら(ある意味描写不可能の領域)手庇を作ってその『海賊船』を見上げた。
マストは折れ、帆は幽鬼の手の如くに垂れ下がり、あちこちに藻が張り付き、碇は錆び切り、外装は海中分解五分前といった様相のそれは、明らかに港の中で一番に浮いている。が、周囲の人間達は一切気にした様子がない――と言うか、彼らには船の姿が見えていないのだ。
幽霊船とはその性質上、絶望に瀕した状態の人間の前にかその姿を現さないものであるらしい。現在彼らにその姿が視認出来るのは、まあ、特殊エフェクトと言うことらしかった。どうも不安だ、不安一杯だ、この船で旅なんて仕事で無かったらどんなに格安賃金でも是非に遠慮したい。ウルスラは思わず、溜息を吐いた。
「ふふ、溜息とはまた随分だな。彼らにとってはこんな船でも航行は十二分に出来るものなのだし、船乗りにとっては船とは命も同然と聞く――あまり馬鹿にしてやるのは、良くない」
上空からの声に三人が顔を上げると、飛竜を駆ったレニアラの姿があった。高度を下げて降り立った彼女の手には丸められた地図、もとい海図が握られている。
「レニアラ殿、それが?」
「ああ、ウルスラに言われた通り、出航管理事務所に行って安全なルートを記して貰って来たぞ。これを船員に渡せば、まあ順風満帆の航海は望めるだろう」
「すまない、本来ならば私が行くべきだったのだが――」
「何、気にするな。私の方が飛竜で小回りも効くし早いと思ったまでだからな――」
ニヤリ。
どこかうそ寒くなるようなその笑みに気付かない振りをしながら、ウルスラはぺこりと頭を下げて見せた。
「って言うかオーマさん、その物理的にありえない状態で抱えられた明らかなリゾートセットは一体何なんですか」
「んぉ、なんだアイラス、見て判んねぇか? これはな、今回の金色銀色桃色トロピカルバカンス☆ を、満喫させるために具現化させた、特製親父マッスルリゾートセットだ!」
「『セットだ!』じゃありませんって言うか本当に桃色で全部ピンクに統一されているし、しかも蛍光色に金銀ラメ入りだから激しく眼に痛いって、ああもうどこから突っ込んだら良いのか判らないんですけれど! とにかく何か勘違いしてる気が激しくするんですがどうなんでしょう親父さん!?」
「男児たるものその程度の細かいことを気にしてちゃー立派な親父になれんぞ? いやぁ大変だったんだぞ、ここまでディテールが凝ったもんを具現化するには流石に三分の精神集中が必要だったぐらいで」
「微妙と言うか絶妙の精神集中時間ですね!! そして貴方のレベルに到達できる自信は皆無ですからどうぞお気になさらず、むしろこれ仕事ですから!!」
「……つくづくに賑やかな御仁だな」
「……私は少し先行きが不安だ」
「好奇心に負けた己を呪うが良いぞ、さて、乗り込もうか」
ぽむ。
肩に置かれたレニアラの細い手が何故か激しく重く感じられたウルスラだった。
■□■□■
「私で良ければ、同行しようか」
一同が引ききった黒山羊亭の店内、隅のテーブルで静かにグラスを傾けていたウルスラの言葉に、辺りに立ち込めていた謎の石化呪文が解ける。
「少し、興味深いものもあるからな。たまにはそう言うのも、悪くない」
「確かに、興味深さで言うならそうかもですね――僕もご一緒しますよ。海は少し苦手ですけれど、まったく無理、と言うわけでもありませんし。幽霊相手にも対応は出来ると思いますから」
更に申し出たアイラスに、カウンターに腰掛けていたレニアラもふむ、と息を吐く。
「我々も海賊には手を焼いているところだしな――損は無い、か。退治がてらに協力しても良いが、もしもこちらを引きずり込もうとした場合は、容赦せぬぞ」
「だ、大丈夫ッスよ! そんなことしないッス、神に誓っても!」
「ガイコツ……アンデットに誓われたって仕方ない気がしますけれど――」
「じゃ、お三方に協力して頂くということで――」
「たーのもーゴルァー!!」
どばたーん。
どんがらがっしゃーん。
…………。
勢い良く開けられたドア、まん前に居たガイコツがその直撃を受けて前のめりに倒れる。肉に覆われていない骨そのもののこと、倒れた拍子に見事にバラバラにされてしまった。大腿骨がうぞうぞと動いて腰骨に接続、そして指がじわじわと。
微妙ッ! と言うか奇妙ッ!
「んぉお? どーこの発掘現場から紛れ込んできた古代人だーこりゃ。頭蓋骨が長いって事は、中々に古い人種だな? しかも全部の骨が揃ってるじゃねぇかー、貴重品だな! だぁーめだぞエスメラルダ、ホトケさんを床にばら撒いたりしちゃー!」
「……オーマ。ばら撒いたのはあなたよ……もう、出来上がった状態で来るのはやめなさい? 図体でかいものだから暴れられると被害が深刻なのよ」
「んあぁあー、俺ですか俺が悪いんですかー、なあ骨ー?」
「い、痛いッス、頭掴まないで欲しいッス! コメカミつらいッス!」
…………。
「アンデット? あちゃ、悪いことしたな、俺は医者だ! すぐにビックリ人間の骨格にしてやる!」
「ぎゃあぁあぁあーッ!!」
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思わず遠い眼でそんな夜を思い出しながらウルスラは、はぁあぁッと巨大な溜息を吐いた。
晴天で風もそれなりに気持ちが良い、航海日和である。船も見た目は良くないが、それに反してすいすいと進んでいた。外観は傷んでいるが、デッキや船内はそれほどでもないし――何事も見た目で判断してはいけないのかもしれない。謎の親父ラブスパイスを盛られた特製ランチに貪りつく船員達を眺めれば、それなりに陽気な――航海なのかも、しれない、ような。
「と言うか、あの御仁は一体何者なのだ……アンデットは本来食糧の摂取も不可能のはずだというのに、モリモリ食わせている……」
「ああ、あの人は、なんと言うか……えぇと。深く突っ込んで考えたら負けという次元にいると考えた方が良いかもしれませんね。ウルスラさんもいかがですか、結構美味しいですよ、このマリネ」
「ん、では――」
はた、と船縁にいた彼女は首を傾げてみせる。
「アイラス殿は海が苦手と言っておられた気がするが――だからなのか? 船縁に寄らない」
「ああ、恥ずかしながら……昔、溺れてしまったことがあるんですよ。それ以来少し苦手なんです。浅瀬だとどうしても水に逆らって、踏ん張っていようとしてしまって。足のつかないところなら平気なんですけれどね」
「中々珍しいな、それは――ああ、確かに美味だ」
「でしょう? 何が入っているのかはあまり考えたくないんですけれどね」
「…………」
飛竜の背に乗りながら船の上を飛んでいたレニアラは、デッキの様子を眺めながら微笑を浮かべていた。中々にのどかな航海に見える――約一名何か布教パンフレットを配っているのが激しく気になるところだが、それに関しては触れない。彼女もまた、突っ込めば負けだということは悟っていた。
沖に出て二時間、岸はもう大分小さくなってしまって、僅かに城のシルエットが見えるだけの状態になっている。まだそう目立ったことは起きないか――ふぅ、と息を吐けば、飛竜は小さく鳴いてみせた。
「折角こうして目立つ所を見せ付けているのだから、早く引っ掛かって欲しいものなのだがな――」
その言葉に誘われるように、薄ぼんやりとした船影が船の前に唐突に現れる。
ニヤリ、レニアラは笑った。
「皆の衆! 敵襲だぞ!」
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現れたのは幽霊船、姿をギリギリまで視認させなかったそれは眼と鼻の先に迫っており――当然砲撃では埒が開くものではないとの判断が下り、白兵戦が展開された。と言うか砲撃をしようにも、砲門は船腹である。どうしようもない。
慌てて剣を取ったウルスラは、乗り込んできたスケルトンが振り上げる三日月刀を弾いた。どうやら話を聞くつもりはまったくなさそうである、説得など試みるだけ無駄か――薙いだ剣はバッサリとそのシャツを切り裂くが、手ごたえは無い。どうやら骨の間を抜けたらしい。肉がないと言うのは中々に遣り辛い、彼女はその体勢を崩して白い骨が剥き出しの脚を凪いだ。
「連中は脚を崩した方が効く! 胴では抜けるばかりだ!」
「そうらしいです、ね――ではッ!」
アイラスは肋骨の間を擦り抜けた釵を滑り込ませるようにしまい、拳を握り込む。僅かに淡い光がそこに宿り、彼もまたその体勢を崩した。両方の大腿骨を的確に狙った拳撃で相手は崩れ去る、が、彼の首にひやりと冷たい指が回る。ゴーストか、ぐるりと身体を回転させて遠心力で拳を虚空に放てば、断末魔が響いた。
「あー、んな低い所狙ってられるかーッ!! 男は黙って兜割りー!!」
がごッ、どがっ、骨のド突かれる音の連続に慌てて視線を向ければ、オーマが愛銃をぶん回して片っ端からスケルトンの頭をぶん殴っている光景が目の当たりにされる。流石は医者、何処を崩せば良いのか判っているらしく、ごろごろと頭蓋骨が飛んでいた。何人もが首なし状態であわあわと歩き回り、自分の首は身体はと探し回ってる――何やら激しく妙な絵である。
親父の鉄則その一、博愛精神。如何な相手でも命と想いを大切に(きらりーん)
「って、オーマさんオーマさん!! 味方も殴り倒してますから!!」
「おぉう!? スケルトンの顔も見分けなんてつくかぁあぁ!!」
「逆切れないで下さいよ、こっちが困りますよ!!」
「……漫才も大概になされよ、お三方……」
「や、漫才してないですから!」
「と言うか私は何にもしてませんから!!」
アイラス君、本日突っ込み日和。
ウルスラさん、思わず突っ込み。
オーマさん、溢れる愛を伝道中。
レニアラさん、本日一番ペースが崩れておりません。
「あちらの船は飛竜の火炎で焼き払っておいたぞ。まあ、その死屍累々の始末は彼らに任せ――」
「敵船発見、近付いてきまーす!!」
「ってまたですか!?」
「おうッまだ愛を受け取りたい奴らが居るのか!?」
「なんだかもう、私はこの疲れを何処にぶつけたら良いのか……」
「さて、仕事仕事」
結局、この日の襲撃回数は六回。
……無事に済むのか、この航海。
< to be continued? >
■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■
1649 / アイラス・サーリアス / 十九歳 / 男性 / フィズィクル・アディプト
1953 / オーマ・シュヴァルツ / 三十九歳 / 男性 / 医者兼ヴァンサー腹黒副業有
2491 / ウルスラ・フラウロス / 十六歳 / 女性 / 剣士
2403 / レニアラ / 二十歳 / 女性 / 竜騎士
■□■□■ ライター戯言 ■□■□■
初めまして、または再びお目に掛かります、ライターの哉色です。この度は幽霊海賊船遊覧ツアーにご参加頂きありがとうございました、早速前編をお届け致します(なーんか違うっ)
どこからともなく悪戯心が誘惑を仕掛けてきた所為か少し皆さん壊れ気味ですが、笑って許して頂ければ幸いと言いますか……イメージ変わるやん! という苦情は絶好調でお受けしますので、どうぞ修正依頼してやってくださいませOTL
まあ許容範囲だ! と楽しんで頂ければ幸いです。それでは後編に続きます……。
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