<東京怪談ノベル(シングル)>
□鏡の城のその中は□
もう夜も更けたアルマ通りを、酔っ払いや夜の仕事を生業としている女たちの脇をすり抜けるようにして歩く長身の男がひとり。
その男、オーマ・シュヴァルツは鼻歌を歌いながらしばらく歩いていくと、ひとつの店の前で足を止めた。いつもならば『シェリルの店』という立て看板が表に出ているのだが、営業時間をとっくに過ぎている為か看板は奥に引っ込み、店の入り口のランプもついてはいない。
店の前に立ったオーマはきょろきょろと辺りを見回し、
「……"千里の親父道も"」
入り口の木の扉へとこっそりとそう囁けば、
「…………"一歩から"」
という返事と共に錠が下ろされるかちりという音が鳴る。
オーマはいそいそと中へと滑り込むと、後ろ手に扉を閉めてにやりと笑った。
「お呼びにあずかり参上したぜ、シェリルよ。まーた妙なモンを手に入れたんだって?」
その言葉に応えるようにして、店内のランプを点けていた少女が快活ににっと笑う。
「そうなのよ。どんな使い道があるのかちょっとよく分からない代物なんだけど、オーマさんなら面白がってくれるかなって思って、旅の商人のお爺さんから買ったんだ」
オーマがシェリルにこの話を持ちかけられたのは、今日の昼間のことだった。いつものようにぶらぶらと歩いていたオーマを仕入れに行っていたシェリルが見つけ、珍しいものを買ったから見に来いと誘ったのである。
けれど先程の合言葉はあまりこれとは関係なく、単にオーマが夜訪ねてくる時の確認のようなものだった。
この二人は結構こういう風に密談を交わしていたりする仲である。とは言っても別にやましい類のものではなく、主に怪しい商品の取引をしているに過ぎない。シェリルの店を通じて秘密のどきどき哀愁親父市から時折物品を仕入れ、また彼女が仕入れてくる物にもたまに心くすぐるものがあるので、いつしかオーマはこの店をちょくちょく覗く常連になっていた。
「で、これが……その問題の品ってワケよ……っと!!」
「うお」
どん、という豪快な音と共に台の上に置かれたのは、一メートル大の水晶だった。
「お前な、こんないかにも壊れそーなものを乱暴に扱うなっての。ヒビ入るぞヒビ」
「だーいじょうぶだって。あたし店に持って帰るまでに何度か落っことしちゃったんだけど、それでも傷ひとつついてないから平気平気。それよかちょっと見てよこれ」
「うん?」
シェリルが指差す先を覗き込めば、水晶の中には何かが入っているようだった。オーマの位置からではランプの明かりが眩しかったので見えなかったらしい。
身体をずらして再度覗けば、水晶の内部は小さな箱庭のような様相を呈していた。
切り立った崖があり、その上には鏡細工の美しい城がそびえ立っている。崖下には取り囲むように鬱蒼とした森が広がり、森の入り口には四体の人形が立ち尽くしていた。まるで物語の一場面を切り取ったかのような箱庭だった。さしずめ森の前に佇む余人は勇者か何かで、城には姫とやらが助けてとクダを巻いているのだろう。
よく見ようとオーマが顔を近づければ、特に人形はよく出来ているのが分かった。精巧な細工が施され、表情の一つ一つも丁寧に彫られている。こういった箱庭に添え付ける人形にしては妙に現実的な顔をしているところが珍しいといえば珍しいが、妙かと言われれば「そうでもない」という程度のものでしかない。
「シェリルよ、これのどこが珍しいってんだ? ものはでかいしリアルだが、結構フツーの細工物じゃねえか」
「ふふん。このあたしがオーマさんにそんな普通なもん勧めるわけないでしょ」
そう言ったシェリルは、割と小さな胸を張りつつ鼻息を荒くした。こりゃ当分嫁の貰い手はねぇなとオーマは思ったが、取りあえずそれは黙っておく事にする。
「実はこれを売ってくれたお爺さんの話だとね……なんと!! この細工物には、呪いがかかっているらしいのよ」
「呪いだぁ?」
「そうよ。これは以前どこかのお金持ちに頼まれて作った物だったの。そこの娘さんの誕生日用に物書きに物語を一本書かせて、そして物語の色々な場面を細工師に作らせたらしいわ。二つの贈り物は期日までにきちんと完成して娘さんに贈られたんだけど、それから夜な夜なこの水晶の細工物から歌や話し声が聞こえるようになったのね。お金持ちは当然怒っちゃって、この細工物をつき返したんだとか。
細工師さんは腕が良くて評判の人だったんだけど、その話が広まってからは注文もがっくり減って、とうとう引っ越しちゃったんだって。後に残った細工物はばらばらに売りに出されて、そしてこれがその中のひとつってわけよ」
「ふーむ」
オーマは唸りながら水晶に触れ、しげしげと箱庭を眺める。それなりに面白い話ではあるが、しかしどちらかといえばそれはやっぱり普通の範囲であって、オーマが求めるものではない。彼が求めているのは胸ときめかす親父テイストがこれでもかと溢れる物品なのだ。
「特に胸ときめくドキドキラブキュン親父パワーも感じねぇなぁ……今回はハズレか?」
「えーっ、せっかくこんな重いの手に入れてきたのにツボ外し?! そりゃないわよオーマさんっ」
「悪いなシェリル。俺ぁ自分の趣味にウソのつけねぇ性質でな」
「たまには捻じ曲げてみると人生見る目変わるわよ? ほら呪いがあるんならそれを解いてみれば一躍ヒーローになったりなんかするかもよ? というわけでここはひとつ」
「……買わねぇぞ」
ぶー、とむくれたシェリルが「せっかくおまけにしようと思ってその物語の写しもゲットしてきたのにー」と軽く水晶をこづく。
だがそれが引き金だったなどとは、彼ら二人は知る由もなかった。
「――――うお?!」
「きゃっ?!」
二人が触れていた水晶の内部から光が溢れ、視界を一息に白へと染める。
あまりにも唐突に襲ってきた強烈な光に、二人は成す術もなく呑み込まれていった。
シェリルは呆然、という文字を絵に描いたような表情で呟いた。
「ねぇオーマさん」
「おう」
「ここ、って……」
「あんまり認めたかねぇが……呪いがかかってるってのは本当だったみてぇだな」
頭をぐしゃぐしゃとかき乱しながらオーマが言う。
光から解放された彼ら二人は、気付けば店の床ではなく土の上に立っていた。
目の前には一面の森、森、森。果てしなく続いているようにも見える森の上、崖の先にそびえ立っているのは鏡細工の城だった。これで天気が曇りか雪、もしくは雷でも鳴っていればそれなりに雰囲気も出るというものだが、しかし水晶の天井の向こうには先程シェリルが点けたランプが煌々と照っているので、緊張感に欠けるといえば欠ける光景だ。
「おまけに」
オーマが後ろを振り向けば、足元には彼の守護聖獣である炎の魔神・イフリートが転がっている。本来ならばもう少し巨大でもう少し威厳を持っている聖獣の筈なのだが、しかし何故か今はオーマの足にじゃれつくように炎をプヒーと吐いていた。威厳も何もあったものではない。
傍らを見ると、シェリルの腰の辺りでもオーマと似たような事が起きていた。彼女の守護聖獣・ドルフィンはぴちぴちと小さな身体を跳ね上げつつ、遊んで欲しそうにシェリルのまわりを回っている。その様は聖獣というよりむしろ小動物のそれである。
「わっ、ちょっ、おとなしくしなさいっての!! オーマさん、これ一体どういうこと?!」
「俺が知るかっての。まあでも聖獣が出てきたんなら取りあえず身の保証はされるって事だ、お前さんが危ない目に遭う事はないだろうから安心しな。それにしても聖獣を無理やり召喚するたぁな……。シェリル、お前さんが言ってた呪いはどうやら近所の怪談レベルじゃなかったっていう話だな。……おいシェリル? 聞いてんのか」
しかしシェリルはそれどころではなかった。水晶の壁に手をつけて外側を見ながら、肩をわなわなと震わせている。
「オーマさんちょっとこれ、これ見てよ!!」
「ったく、話を聞かねぇ女にはいい旦那が来ねぇぞ……って、あれま」
からかい混じりに彼女に近づいたオーマが見たのは、シェリルの店の床に折り重なるようにして倒れている四人の人間だった。
いずれも水晶の中で森の入り口に立っていた人形と同じ格好をしており、うち二人は剣を帯びた冒険者風。残り二人は魔術師だろうか、割と軽装ではあったが独特の飾りや杖を手にしていた。
「ちょっとあんたら起きなさいよ!! あたしたちをこんなとこに閉じ込めてどーすんのよっ!!」
しかしミニマムサイズになったシェリルがいくら壁をガンガン叩いても、それは外にいる者たちにとってはネズミが走って程度の騒音でしかない上に、おまけに四人が四人とも目をくるくる回して倒れているのでは話にならない。
やがてゼーゼーと肩を上下させた彼女は、がっくりと項垂れてオーマの方を向いた。
「オーマさぁああん、どうしよう……。あたしにはもっと店をおっきくして美男はべらせながら金貨のお風呂にダイビングするっていう些細な夢があるのにこんな所で一生を終えるなんていやーっ!! そんな人生なんてサイテーよサイテー!!」
「わめくな嘆くな諦めんな。しかしこりゃ参ったな、まだ外の奴らが起きてくれりゃ話を聞くなりして脱出の方法を探せるんだが、あの様子じゃちょっとやそっとの時間じゃ起きそうにはねぇし。だからって内部から無理に出て行くってのも不安要素が有り過ぎるしなぁ。おいシェリルよ、何か役に立ちそうな話なりヒントなり知らねぇか」
「オーマさんこういう時でも異様に冷静だよね」
「そりゃ場数踏んでるからな。で、何か思い出したか」
「ヒントになりそうなものって言っても……あ、そういえばこの箱庭のモデルになった物語の写し!!」
シェリルは足に括りつけてあるポケットから古びた本を取り出すと、オーマへと開いてみせる。
「ほら、これ。お姫様が連れ去られて、冒険者たちが助けに行くっていう話なの。で、この水晶の箱庭が描いているのはこの場面よ」
そう言って彼女が開いたページには挿絵があった。それは箱庭と同じイメージで描かれており冒険者の姿もあったが、しかしオーマは首を傾げて挿絵と外に寝ている冒険者たちを見比べる。
「どうしたの?」
「ここ見てみろ。この水色のローブを着た奴、どう見たって爺さんだろ。なのに外に転がってる水色のローブを着た奴はそうじゃない」
「箱庭作った細工師さんが爺さん作るの嫌だったんじゃないのー?」
「お前なぁ。仮にもこういった設定があるのに趣味で人物変えるような真似するか」
「でも外に転がってる人は若いお兄さんだよ。そんなちょっとしたことはいいから脱出方法考えようよ、うーんと……」
『考える必要などありませんよ』
「でも考えなきゃここから出られないでしょ。オーマさんもちょっとは考えてよっ」
「……俺ぁ何も言っちゃいないんだが。つーか結構長い付き合いなんだから俺の声ぐらい覚えてくれやシェリル。それと、お客さんだ」
オーマは溜め息をついて、唸っているシェリルの顔を上げさせた。
先程まで店の内部が見えるほど綺麗に透き通っていた水晶は曇り、まるで本物の空のように雲によって覆われ始めている。そして水晶でできたドームの頂点に、その巨大な口は浮かんでいた。
口は語る。
『新たなる勇者よ、ようこそ物語へ!! 私はこの切り取られたお話の案内役でございます。貴方たちは選ばれ――――』
「何かありがちな口上だよね」
「話の腰を折るな馬鹿!! ああっ見ろスネちまったじゃねえか、いいから今は黙って聞いてろ。おーいそこのでかい口、続きやってくれ」
口を閉じてふるふると震えていた巨大な口はオーマの言葉にすぐに口角を上げると、咳払いをして続ける。
『貴方たちは選ばれし勇者となりました。つきましてはこの森を抜け崖を登り、鏡の城に囚われた姫をその手で助け出さなくてはなりません!! ああなんてデンジャラスな!! けれど崖の上では姫が今か今かと救出される時を待っているのです、さあ知恵と勇気と根性を手に、今こそ旅立つのです!! 姫を無事救い出した暁には最高のプレゼントが貴方たちを待っておりますので、どうぞお楽しみに!!』
やけにけたたましい喋りを終えると、巨大な口は現れた時と同じように唐突に消えた。
「なーんか怪しい」
「奇遇だな、俺も同感だ」
「きゅいぃい」
「ぷふー」
不審さをあらわにした二人の呟きに同意するように、ドルフィンとイフリートが鳴く。
「でもさ」
「何だ」
「森を抜けるのは別に大丈夫だと思うのよ、あたしそういうのは慣れてるし、オーマさんもいるし。でも問題は崖よ」
「どういうこった?」
「この挿絵を見てよ。あたしの記憶が正しければこの構図は一緒よ、登れる場所なんてあると思う?」
シェリルは肩を竦めながら挿絵を指差した。森に包まれた崖、そしてそこにそびえる城。ここまではいい。
だが問題はそこからだった。崖と森からかなり高い位置にあり、しかも角度は九十度の絶壁である。遠回りしてもう少し容易に登れる場所を探そうにも、世の中の作品には俗に言う『スペースの都合』というものがあり、この箱庭も例外ではなかった。
挿絵そのままの世界は、この景色の続きというものがないのだ。
だからシェリルは切り立った崖を登れるだけの身体能力がない自分には無理だと思い肩を落としたのだが、けれどオーマはこともなげに瞬きをしただけだった。
「なんだ、問題ってなそれか。そんなもんさしたる問題でもねぇじゃねえか。――――よっと」
一瞬オーマの姿が霞み、次の瞬間にはシェリルはあんぐりと女の子らしからぬ大口を開けていた。
彼女の目の前にいたのはオーマではなく、白く大きな獅子だったからだ。
「……オーマさん何そのカッコ。うわ真っ白ふわふわー」
『…………この姿を見て驚くより何より格好について言及されたのは初めてだ。つーかよく俺だって分かったな』
「だって気配がオーマさんだし、こうやって喋っててもオーマさんだし、疑う理由がないでしょ大体」
『ま、そりゃそうか。ところでさっきの問題だが、これで解決するぞ。ほら、乗れ』
「え、飛べるの?」
『お前この翼が飾りだと思ってんじゃねえだろうな。まあいいや、さっさと乗れって』
「はーい」
言われるままに身体を屈めた白い獅子に文字通り登り、おっかなびっくりでまたがったシェリルだったが、次の瞬間には白いたてがみを握りながら目を輝かせて高い世界を見回していた。
「うわー凄い、凄いよオーマさん!! たっかーい」
『あんまりはしゃぐんじゃねえ、落ちるぞ。さて、飛ぶからしっかりたてがみにでも掴まってな。ああ忘れてたがイフリートとドルフィンもちゃんとついて来いよー』
「ぷひひー」
「きゅー」
「ねえねえオーマさん」
『何だ』
「オーマさんってこうしてると何か幼稚園の引率みた」
『行くぞっ!!』
まさにひとっ飛びというべき速度で獅子と化したオーマは空を駆け、一行は鏡の城の前に立っていた。
「お邪魔しまーす……」
シェリルが恐る恐る、といった様子でやけに大きな扉を開いたが、中は闇に包まれている。
「イフリート、ちょっくら照らしてくれや」
「ぷひ」
そこは小さくても炎の魔神。自分の頭の先から橙色の炎を出して振りまけば、その輝きが染みとおるかのように城を照らし上げた。
しかし城という名にそぐわない中身に、オーマたち一行は呆然とする。
「……ハリボテ?」
「だな」
外側から見ればある種独特の雰囲気を放っていた見事な城だったが、しかし魔神の炎によって照らされた内部は「これから作りますんで!!」という言葉を地で行ったものだった。
やけに柔らかいと思えば床はまだ何も入れていないらしく土のままであり、他に見えるものといえばどん、と立てられた柱ぐらいのものだろうか。細工の施された石造りのそれだけを見れば城らしいのだが、いかんせん他の部分が作りかけもはなはだしいので、端的に言ってしまえば色々と台無しである。
「おーいさっきのでかい口よ、こんな場所のどこにお姫さんがいるってんだー。助けるに助けられねぇってんだよこん畜生ー」
疲れたようなオーマの呼び声に応えるように再び口は現れた。だが先程の妙に陽気なしゃべりとは違い、今度は三流悪役のように無意味ににやりと笑っている。
『ふっはっはっは、かかったなプレゼンツと綺麗な姫目当てのお馬鹿な人間ども!! 姫などここにはいはしない、辿り着いたお馬鹿なお前たちに与えられるのは、この城を一生かかって作り続けるというつらいつらーい作業だけだ!! さあ働け働けぇええい!!』
「帰んぞ。もー付き合ってられねぇ、こうなりゃ元の姿に戻ってでもあの水晶の壁ブチ破って」
『ちょっと待てまだ話が終わってないだろう!!』
「んなワケ分からねぇ話なんぞ知るかっ!! 俺ぁこれから帰って飯食ってクソして寝んだよ邪魔すんな下品口!!」
『クソとか言ってる時点でそっちの方が下品だろうが!!』
「論点ずれてるよ口さーん。でもさ、下品云々はおいといてちょっと説明してくれない? 一体どういう事なのよ、お城がハリボテっていうか建設中なのって」
シェリルの疑問に、巨大な口は我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべる。
『うむ、さすがに何も知らないまま死んでいくのはかわいそうなので教えてやろうではないか』
口によると、昔これを作った細工師は客の無茶な要求にほとほと疲れ果てていたらしい。
何せ客が注文をしたのがたった一ヶ月前の話だった。それは物語を題材にしたシリーズものの凝った細工物を十二個という、到底一ヶ月では完成不可能なものであったため、最初は当然無理だと細工師は断ろうとした。
しかし客がごねてごねてごねた上に、生活に必要な物資を買えないようにまでされてしまい、細工師は泣く泣くその依頼を引き受ける羽目になってしまったのだという。
『ええい今思い出しても腹の立つ……!! あんなセコい手を使うから金持ちってのは嫌なのだ!!』
ギリギリと歯ぎしりをひとしきりして、口は続ける。
けれど引き受けたはいいものの、やはりどんなに頑張ってもどんなに眠れなくてもどんなに弟子を総動員しても、無理なものは無理だった。外見は何とか見られるようにはできたものの、きっちり中身まで作るという事はできそうにもなかった。
彼はどんな小さな細工物でも内部までしっかり作り上げるのが職人としてするべき事だと思っていたが、さすがに時間には勝てない。それは細工師のプライドをいたく傷つけ、いつしか作業をする手には愛情ではなく別のものがこもるようになっていった。
『挙句の果てにはこちとらほとんど不眠不休で作ったってのに、やれ歌が聞こえるだの声が聞こえるだのと文句つけて商品をつき返してきたのだ。確かに夜になると多少騒音が聞こえたがそれが何だ!! 私が一睡もできなかった時の幻聴のやかましさに比べたら屁でもなかったわ!!』
「……絶対作ってる最中に呪いの念がこもったんだとあたし思うんだけど。ついでにこれってかわいそうなのか何だか分かんないよ、オーマさんどう思う?」
「前半には激しく同感、後半にはその意見に激しく同意だ」
そしてその後、商品をつき返された細工師は信用を失った上に、金持ちによって住んでいた村からも追い出されてしまったのだという。
『その時私は誓った……。どうせ信用も何もかもないのならば、いっそ悪人として生きてやろうと!! 作品に精霊として宿り、悪行の限りを尽くしてやろうと思ったのだ!!』
「ちょっと待て」
口の熱弁は、ほとほと疲れ果てたといった風情のオーマによって遮られた。
『何だ、ここからがいいところなのだぞ!!』
「いいからちょっと確認させろデカ口。さっきから自分の事のよーに語ってっけど、もしかして話の中に出てくる細工師っていうのはお前のことか?」
『いかにもそうだ。こんな経験を私以外の誰がしているというのだ』
「へーへーそうですか。でだな、何でこんなところで口だけになってんだよ」
『ふふん知りたいか、ならば教えてやろう。その後私はとある高名な術師のもとへ向かい、私を自分の作品に宿る精霊にしてくれと頼んだのだ。私は一応精霊にはなれたのだが、その時ちょっとした事故があって口だけが妙にリアルになって残ってしまったのだ。本来ならば姿は見えず声だけがするような神秘的な存在になる筈だったのだが、まあなってしまったものはしょうがない。これはこれで不気味ではあるしまあいいかという事で、私は口だけとなった自分を作品の全てに宿らせて売り払い、悪行を始めた。と、こういうわけなのだ』
はぁあ。
二人分+聖獣二匹分の溜め息ががらんとした城の中へと響いた。
「……それじゃあなによ。この城を作り続けろっていうのは……」
『もちろん私の悪行の中の一つ、"無限建設"だ!! 物語の冒険者と同じ人数が揃った状態で手を触れればお前たちのように引きずり込まれ、城に辿り着けば待っているのは一生城を作り続けるという地獄の作業だけなのだ!! どうだ、この素晴らしい悪行は!!』
「ていうかちょっと疑問なんだけど、どうして城の中身を作れ、なのよ。適当なモンスターでも用意した方がよっぽど悪役らしいんじゃないのー?」
がちゃがちゃ。
『それは……』
じゃっこん。かしゃっ。
『だ、だって、モンスターなんて……こ、怖いではないか!! 何かを生み出すには想像しなければならないのだが、わ、私はそんな恐ろしいものなど想像したくもないわっ!! これでも人間だった頃は繊細でインドアな奴だったのだぞ?!』
「はぁ?! アンタ何言ってんのよ、自分だってそんなバケモンみたいになっちゃってるくせに、今更モンスター作り出すのが怖いなんて馬鹿じゃないの?!」
『馬鹿とはなんだ小娘!! ええい、こうなったらお前には二階の建設に着手してもらおうではないか。そしてスカートの中身が見えそで見えないという羞恥に怯え泣き叫ぶがいい!!』
「残念ながらあたしはショートパンツなのでしたー。女の子はスカートしか履いてないと思ってんなら大間違いよっ!! うわ頭ふっるーい」
『な、ななななななななにぃいい……?!』
ちゃきっ。
いい加減どうでもいい方向にずれてきている論争の狭間を縫うように、小さな音が鳴った。
「やいこらそこの口オバケ」
『口オバケとはなんたる侮辱!! 私はかつて高名な細工師だったのだぞ……って、お、お前、それはなんだ』
「何って見りゃ分かるだろ、銃だよ銃。ひっさしぶりに丁寧に具現化したからなー、いつもより命中精度も威力も上がってるって寸法だ。感謝しろよおい」
『ま、まままま待てっ!! それを何故こちらに向ける?! ひ、引き金に指をかけるなぁあああ』
巨大な口は地を這うようなオーマの口調に慌てて姿を消そうとしたが、飛び上がったイフリートとドルフィンにとって宙に押さえつけられてしまった。やはり小さくとも聖獣である。
オーマは銃を肩に乗せて安定させつつ口のど真ん中へと銃口を向け、こめかみに血管を浮き上がらせ――――
「……俺ぁどんなもんがあるかってウキウキワクワクドキドキとながら晩飯も食わずに来たってのに来てみりゃこんなんで挙句の果てにゃ待ってたのは親父ラブ心をくすりともくすぐられんブツな上にこんなわけ分からん茶番に付き合わされて今ひっじょーに気分が悪いんだよクソ野郎――――っ!!!!!!!!」
爆発した。
「ん…………」
「あ、気がついた?」
しばらく頭を抑えながら呻いていた剣士は寝かされていた床から起き上がると、不思議そうに辺りを見回した。周囲には彼の仲間の三人が未だに気を失っている。
「ここは……どこですか? あなたたちは……。そういえば僕たちはあの水晶の中に閉じ込められていた筈じゃあ……」
「ま、そうなんだがよ、成り行きで助けちまったってとこか」
椅子に座りながらシーシーと爪楊枝で歯をほじっていたオーマが口を挟む。彼の前にあるテーブルには空の皿が何枚も置かれていた。
その脇にある台に置かれている水晶に大きな穴が開いているのに気付いた剣士が、驚愕に目を見開く。
「もしかして、あ、あなたが水晶を破壊したんですか?! 凄い……僕たちが何度やってもできなかった事をやってのけるなんて!!」
「そりゃまあ俺が本気をちっと出せばこんなもんよ。ところでお前さんがたは何であの中に閉じ込められてたんだ?」
「はぁ、あの……行商のお爺さんに『手を当ててみろ』って言われてそうしたらいつのまにか中に入っちゃってて、中にいた人形が外に出てて。もうあの時はわけが分からなかったですよ」
「ま、だろうな。でももう終わったから安心しな」
「ありがとうございます、どうお礼を言っていいか……」
そう言って深く頭を下げる剣士に、シェリルが飛びつく。
「いやーもうお礼なんていいわよ!! でもどうしてもって言うんならそうねえ、あんたたち故郷どこ? すぐ帰る予定?」
「え、え? ま、まあ結構長い間閉じ込められていましたし、一度は東の川沿いにある村へ帰ろうかと……。あ、僕の村は水車で有名な所で、故郷は皆同じです」
矢継ぎ早に聞かれて目を白黒させながらの剣士の返事をうけ、シェリルはしばらく何事かをぶつぶつ言いながら考えていたが、やがて大きく頷いたかと思うともう一度ずいっと剣士に迫る。
「水車で有名な所っていえばあれよね、有名な交易所のある村よね?! ねえねえ故郷に帰ったら家族とか友達とか近所の人にうちの店とあたしの名前宣伝しといてくれない? もちろん命の恩人っていうオプション付きで!!」
「え、あ、あの」
「あーそれに確か特殊な薬草の栽培地だったよねあの村……しかもあれの収穫の時期はもうすぐか、こうしちゃいらんないわ。ちょっと剣士さん、お礼はいいからこっち来て紹介状書いて!! あれの競りは村に縁のある人間しか参加できないんだけど、これで参加できるわー。うっふっふ儲けのチャーンス!!」
「うわ、あの、ちょっと……!! そこの人、助けて下さいっ!!」
「悪ぃな、ああなっちゃ俺も止められねぇんだ。ま、お礼代わりってコトで大人しく引きずられてってくんな」
「そんなぁ――――っ」
シェリルの店に悲痛な声が響く中、オーマはゆっくり食後のコーヒーを傾けて席を立った。
「あれオーマさんお帰り? それじゃあまたいいもの見つけたら連絡するねーっ」
「おう、またな」
背を追ってくる剣士の悲痛な声に苦笑いをし、オーマは夜のアルマ通りへと踏み出し大きく欠伸をする。
夜もなお人ごみが途切れない通りの中、今日は早く寝ようとぼやきつつオーマは歩き始めるのだった。
END.
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