<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


【たまにはパーッと】
「騒ぎましょう!」
 ルディアが唐突に言うので、マスターは磨いていたグラスを落としそうになる。
「騒ぐって、何だい」
「最近は嫌な事件や難しい依頼が多くって、冒険者の皆さんもだいぶお疲れだと思うんです。だからねぎらいの意味も込めて」
 そりゃいいなと頷くマスター。
「ごちそうもお酒もたっぷり用意して……ええと、ここだけじゃ狭いから、天使の広場を使っちゃうんです。あとは吟遊詩人のカレンさんだとか黒山羊亭のエスメラルダさんだとかエルファリア王女様だとか……思い切って王様を呼んじゃうとか」
「……だいぶ仕切りが上手くなったねえ。全部任せるよ」
 マスターは苦笑しながら言うのだった。

「楽しそうですね、何かお手伝いすることはありますか?」
 いの一番に参加表明したのはアイラス・サーリアスだった。
「でも、それはルディアの役目です」
「いやいや、僕はお手伝いを中心に楽しみたいんですよ。酒を飲んで騒ぐよりはね」
「わかりましたです、お願いしますです。建一さんは?」
「当然、参加させてもらいますよ。楽しみですね」
 ルディアの近くに座っていた山本建一が、にこやかな表情で言う。
「はい、ふたりめですね。あとは――あ、レピアさんどうですか?」
 ルディアが声をかけた先は、今しがたステージで踊り終えたレピア・浮桜だ。上気した頬をさらに紅潮させて彼女は言う。
「もちろんよ。エルファリアだったら、あたしのほうから誘うから。王様にも彼女から話が行くかな」
「決まりですね!」
 ルディアはほとんど子供みたいな喜び顔になっていた。

 そんなこんなで、お祭り騒ぎの当日である。天使の広場には白山羊亭が手配した数多の食べ物飲み物人々が集まっている。その中で、ひときわ目立つ人影。
「王様、まさか本当に来ていただけるなんて」
 ルディアはカチコチに固まっている。彼女の目の前にいる穏やかな老人こそが、エルザード王その人である。自分で呼ぼうと言ったものの、本人を目の前にするとやはり恐れ多い。
「なに、私もたまには羽目を外したい。もう少し、柔らかくな」
「そうよルディア。家族みたいに接してくださいね」
 王に寄り添うのは純白のエルファリア王女だ。ふたりが並ぶと、その高貴な衣服とあいまって気高いオーラに圧倒されそうである。そこへエスメラルダとカレンが並んでやってきたので、ルディアは体の力が抜けた。
「こんばんわ。お誘いありがとうルディア」
「精一杯、楽しませてもらいますよ」
「はいです。踊りと歌、期待してますよふたりとも。……ええと、大体集まったようですし、いよいよ始めたいと思いますです。皆さんグラスを」
 その場の全員が、各々好みの飲み物を取る。
「それでは、冒険者の方たちのご活躍とエルザードの繁栄を祈って、乾杯です!」
 あとは食べ、飲み、喋っているのが作法である。冒険者たちは最初から最高潮だ。ルディアはアイラスとともに給仕に走り回り、誰彼構わず話し相手をする。もちろん自分も食事はするが、控えめに。最大のゲストである王家の親子もいい気分のようだった。
「うまい。数十年は寝かせねば、こうはならぬだろう」
「本当に。さぞかし高価なお酒なのでしょう? こうも惜しげもなく出してしまって」
 ここぞとばかりにアイラスが解説する。
「これは少し前に、とある冒険者が旅の途中に手に入れたお宝らしいですよ。白山羊亭は斡旋料代わりに何十本のうちの何本かをもらっただけですので、マイナスはありません。何よりお酒は飲まなければ価値のないものです」
「ではそなたも一杯どうだ。あまり飲んでいないようだが」
 王は瓶を突き出す。途端にアイラスは苦笑いする。
「あ、いえ、その、僕は悪酔いしてしまう体質ですので」
 その時、広場がざわめきだした。
「それではここで、私たちがひとつ歌をお聞かせしたいと思います。よろしいですか、建一さん」
「はい、こうしてあなたとともに演奏できるとは光栄ですよ」
 歌を披露するのはカレンと建一の吟遊詩人ユニット。弦が響きを始めると、一同は水を打ったように静まり返る。



   どうしてここに来たのだろう 誰かのため?
   いいえ 自分に素直になるために
   微風(そよかぜ)のように 世界を知って
   自分自身に話して聞かせよう
   僕らは旅人 あてのない道は綺麗
   どこまでも行くのだろう……


 即興で作った歌をいとも心地よく聞かせる。お辞儀する演者に拍手が鳴り止まない。
「それじゃあ今度はあたしたちが。エスメラルダ、やろうよ」
 交替に進み出たのは踊り子のレピアだった。
「任せて。竪琴弾きのおふたりには伴奏をお願いね」
「あと、エルファリアには合わせて歌ってほしいな」
「ええ、喜んで」
 そうして始まる神域の共演。エスメラルダがエルザードの誇る黒い薔薇ならば、レピアは何者にも囚われない青い星であろうか。天使の広場に咲き、輝く。
 しなやかに空を舞う腕、大地にステップを刻み付ける脚。体にあわせて揺れる髪。すべてが美しい。時に物憂げに、時に健やかな表情。竪琴のメロディーに沿って変化する黒と青の舞姫たちと王女の美声は、天への誘いに似ていた。皆が皆、心を酔わせていた。
 ――やがて終演しても、誰もが余韻に身を委ね、夢うつつの様子。口火を切ったのは王だった。
「見事、見事だ! 素晴らしいものを見せてもらった」
 惜しみなく賛辞を送る。次第に口笛と歓声が飛んでくる。
「あたしまだ物足りないわ。みんなで踊りましょうよ。ルディアもアイラスもお手伝いばっかりしてないでさ!」
「……そうですね、ちょっとお手伝いはお休みしましょうか」
「はいです!」
 これよりは馬鹿騒ぎと言って差し支えない。日頃の疲れはどこかへと吹き飛ばし、冒険者は一丸となって祭りに没頭し、踊りと歌を止むことなく続かせる。建一は王に歌を請われて張り切るし、アイラスは並べた酒瓶の口を手刀で斬ってみせ、観衆を湧かせた。来るもの拒まず、フラフラと吸い寄せられるように加わってくる冒険者も少なくなかった。料理はすぐに足りなくなり、ルディアは奔走する。
「エルファリア、ちょっと来てー」
 レピアがほろ酔い加減のエルファリアを手招きする。レピアの隣には艶やかな黒髪の少女がいる。やたら露出の高い服を着ていて肌色が目立つ。
「そちらの方は? ずいぶんと色っぽいのね」
「義妹のリムル。淫魔でね、娼館『ドリーミング』で働いているの。仕事が終わったら来なさいって、前もって声をかけておいたんだ」
「へえ、さすがお姫様。可愛いじゃん」
 目を爛々と輝かせるリムル。舌なめずりまでしている。
「御三方、食べ物と飲み物の追加が来ましたよ」
 アイラスが呼びかけると、レピアは笑顔で頷いた。

■エピローグ■

「そなたたちは冒険者だが……できることならば、このエルザードから、ソーンから離れてほしくはないな。……いや済まぬ。今のは忘れてくれ」
 少々酔ったな、と王は苦笑する。
「恐縮です、王様。でも僕はしばらくここを拠点とするつもりですから。力が必要な時はいつでもお声をおかけください」
 アイラスが快活に答えれば、
「アイラスさんと同じです。ここは楽しいし刺激に満ちているし……得がたき友人もいますからね」
 建一がカレンを見て言う。ふたりにとって、ソーンは生活の一部。そうそう離れられるわけはないのだった。
「ありがとう。……ところで、エルファリアのやつはどこへ行ったのだ。こんな機会はない、あれと肩を並べて飲みたいのだが」
 王が周囲に視線を泳がせる。彼の愛娘は忽然と姿を消していた。
「そう言えばレピアもいつの間に……。ま、いいか」
 笑うエスメラルダ。何となく、次の展開がわかっていた。
 広場を少し離れた名もない路地で、彼女たちは抱き合っていた。
「あ……こんなところで、そんな」
「いいじゃないエルファリア。こういうとこも、燃えるし」
「そうだよお姫様。もし誰か来ても、魔法で記憶消して追い返しちゃうから。ふふふ」
 服をはだけ、肌を火照らせた美女3人の艶かしい喘ぎが、人知れず夜に響いていた。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】
【0929/山本建一/男性/25歳/アトランティス帰り(天界、芸能)】
【1926/レピア・浮桜/女性/23歳/傾国の踊り子】

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■         ライター通信          ■
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 silfluです。このたびは発注ありがとうございます。
 お祭り騒ぎ系は、書いていてやはり楽しいですね。
 ぜひイラストでこの光景を見てみたい、などと思ってしまいます。
 
 それではまたお会いしましょう。
 
 from silflu