<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『ルディアからのプレゼント』

<オープニング>
 ソーンにも定着したクリスマスという楽しいイベント。ここ白山羊亭も、扉にはリースを下げ、店内にはツリーを飾り、クリスマス・デイナーの予約やクリスマス用シャンパンの提供(少しお高め)などで大忙しだ。
 開店前、以前この店のウエイトレスだったガーネットが訪れた。ルディアを可愛がってくれた先輩だ。彼女は臨月のお腹を抱え、テーブルとの距離をあけて座った。
「え、サンタ役募集?」
「あの人、今年は帰れそうに無いでしょ。サンタの衣裳を着て窓から入って来て、子供たちにプレゼントを渡す仕事を、どなたかにお願いできないかしら。部屋は2階なので、臨月の私では無理なの」
 彼女の夫・バーライトは、サンドローズという街の繁華街で用心棒をしている。馬で3日ほどの都市だ。

 ルディアは、ガーネットの足元を気遣いながら、通りの先まで見送った。ランチの時間が終わり少し暇になって、ボードにさっきの依頼を貼り忘れていたことに気づく。
「冒険依頼というより、何でも屋になって来たなぁ」と苦笑しつつ。
『身重で、部屋の飾り付けやクリスマスの準備もろくにできないってこぼしてたっけ』
 でも、店が忙しいこの時期、ルディアは手伝いに行けない。ちょっと考えて、もう1枚、依頼のメモを貼り付けた。
「アクセサリーを1個買ったと思えばいいわね」

< 1 >
「おう、任せとけ」
 真っ先に胸を叩いたのは、自分も父親であるオーマ・シュヴァルツだ。2メートルを越す身長と云うだけでも回りを威嚇するのに十分だが、堅気に見えない錦の着物やタトゥー、鋭い眼光。こんな男がサンタとして登場したら、背中の白い袋からマシンガンでも取り出してぶっ放しそうだ。遭遇した途端にガーネットの子供達が泣き出さないといいのだが。
「2階だろうが百階だろうが、子供達へのマグマなハートでよじ昇ってみせるぜ」
 やる気満々だ。
「ほーんと、無駄にホットなんだから。暑苦しいったらないわよ」
 華奢な腰に手を当てながら鼻で笑うユンナ。齢はハタチ前に見えるのだが、オーマより偉そうな態度なのは、ヴァンサーソサエティマスター、つまりオーマの上司だからだ。
 長い睫毛に縁取られた、宇宙の深淵を映す群青の瞳は、目の合った男を虜にせずにはいないだろう。美女はその迫力の眼差しで、ルディアへと向き直った。
「私は、準備のお手伝いをしてさしあげてもよくてよ?」
「ゆで卵一つ茹でれないくせに、何を手伝う気だぁ?」
 オーマの茶々に、ユンナは腹に肘鉄を入れた。オーマはうっと唸ると、床にしゃがみ込んだ。

* * * * *
「サンタ・・・。あたしでもいいかな?それとも、あたしじゃ、ゴツすぎて子供が怖がるか?」
 長身で体格もよく、隻眼強面の傭兵ジル・ハウだが、子供の気持ちに配慮するあたりは、やはり心優しい女性なのだろう。
「あー、ごめんなさい!サンタ役は、さっき応募者があって」
 ルディアは、女傭兵の申し出に、すまなそうに眉を寄せた。
「では、手伝いの方を」
「ありがとうございます!
『お前さんのような若くてウルトラ・プリティなお嬢さんが、白髪の付け髭爺さんモード特殊メイクは気の毒だ。マッスルサンタは俺に任せろ』」
 ルディアが突然発した地を這うよな低音の声色に、ジルは「はぁっ?」と、片方だけの瞳を丸くする。だいたい、誰が『ウルトラ・プリティ』だって?
「・・・って、オーマさんなら言うと思います。うーん、難しいな、オーマさんの物真似!」
「驚いた。オーマ殿が乗り移ったのかと思った」
「えっ。・・・。それは嫌かも」

< 2 >
 クリスマス前日の昼間。ルディアの書いた地図を頼りに、三人はそこを訪れた。大型アパートメントの、2階の南端がガーネットの部屋だ。
「・・・あの?」
 扉を開けたガーネットは、迫力の三人が通路に立ち塞がるのを見て、思わず後ずさった。そりゃあ、さぞ異様に映ったことだろう。いい大人の女達が、首に大きな真紅のリボンを結び、巨躯の男に関しては、頭に緑のリボンをひらひらとなびかせている。道で遭ったら絶対目を合わせたくない団体に違いない。
 男は、似合わぬ気障なウインクと共に種明かしをした。
「俺たちは、ルディアからのクリスマス・プレゼントだ」
 ガーネットはやっと男の顔を正視し、以前勤めていた店にしばしば訪れた男だと気づいたようだ。
「オーマさん?」
 強張った表情が笑顔に変わった。
「その腹じゃ、いろいろと不便だろ?手伝いに来たんだよ」
「だから馬鹿オーマの案に乗るのはイヤだったのよ!ああ、ダサダサ!私がこんな格好させられるなんて、許せないわ!」
 ユンナはむっとしながらリボンを解いた。オーマはともかく、自分はこんな変なリボンさえしていなければ、ガーネットに怪しげなモノを見る瞳で見られるコトなどなかったのだ。
「す、すまない。あたしが、わけもわからず『いいぞ』と言ったせいだ」
 ジルも恥ずかしそうに、飾りを外した。
 自分たちをリボンで飾るという発案者はオーマで、多数決で実行するかどうかを決めたのだ。
「オーマさん、相変わらずなのね」
 ガーネットがクスクス笑うと、胎児も楽しいのか一緒に腹も揺れた。

 ユンナ達は部屋に通された。ガーネットは、自分ほどでは無いが、すらりと細身で、だからよけい腹部が目立った。
ゆったりした妊婦の歩調に合わせ、三人は居間へ入った。これから産まれる子供を含め、五人の家族が暮らすには狭い家だ。質のいい調度品などは皆無だった。だが、棚に置かれた手作りスノーマンのぬいぐるみの愛らしさに、つい口許がほころんだ。赤いリボンが幾つか結ばれただけの扉のクリスマス・リースも、たぶん手作りだろう。ユンナは目を細め、微笑んだ。
 とは言え、オーマと身長を競うクリスマス・ツリーには、天辺の『ベツレヘムの星』が無かった。いや、それだけでなく、オーナメントは、下の枝にしか飾られていない。上はただ樅の葉の緑が青々と繁るだけで、寂しい色合いだった。
「子供達は遊びに出ているの。姉のアクアマリンが6歳、妹のシトリンが4歳よ。
 ああ、あのツリー?私が脚立に昇れないものだから。子供が飾り付けを手伝ってはくれたけど、あれが限界なの」
「まかせとけって。ガキんちょらが帰る前に、ひと仕事だ。
 ジルは、ガーネットに指示を貰って力仕事の手伝いをしてやってくれ。俺とユンナは、高い場所の飾り付けをしようぜ」
「“しようぜ”ですって?」
 ユンナは、オーマを一瞥した。
「・・・してくださいませんでしょうか?」
 ユンナはにっこりと笑みを作り、「よろしい」とブラウスの腕をまくった。

* * * * *
 オーマには爪先立ちさえ必要なかった。ユンナから受け取った『ベツレヘムの星』を、ひょいと上の突起に差し込む。
「これでやっと、クリスマス・ツリーらしくなったわね」
 ユンナは少し離れてツリーを眺め、うんうんと頷いた。
 渡された箱に入ったオーナメントはもう残り少ない。
「賑やかな方が楽しいわ」と、小さな赤いサンタや白い天使やらの人形を掌で具現化して、オーマに次々と手渡す。
「今のは、青い星の少し上ね。ああ、そんな近くじゃなくて、もっと離してよ!もっと左!ほんとにもう、バランス感覚の無い男ね!」
 オーマは肩をすくめ、素直に、言われた場所に飾りを括って行く。
 寂しそうだった樅の樹の上半分に赤や黄のオーナメントの花が咲き、ツリーは華やかに変身した。
 上から垂れ下げ無いと決まらないデコレーション・モールも、低い位置にかかっていた。オーマの指先がそれを拾い、星の先端に引っかける。ユンナの指示であれこれ位置を整えると、金と銀のきらめきの川が、樅の樹の山肌をゆるりと流れ出した。
「本当は、これだけの方がオシャレなのだけどねえ。でも、アクアマリンちゃん達はまだ小さいから、たくさん色があった方が嬉しいでしょうね」
 赤・青・ピンクなどの色とりどりのモールもユンナの指先から生まれ、オーマが枝に引っかけて回った。
「おう。俺も、こういうキンキラでスパークルな方が胸キュンだ」

 オーマはまだまだ余力がありそうなので、カーテンランナーの金具にもリボンやモールを留めてもらった。これで、ツリーだけでなく部屋全体が一気に派手やかになった。さらに、幾つか天使のオーナメントを具現化し、カーテンクリップのように飾り付けた。
 彼は、カーテンをいじる振りをしつつ、隠れてコソコソ作業をしていた。奴の考えそうなコトは予想がついた。窓に具現能力で『亜空間』を形勢する。これで、例えばサンドローズに同じものを作れば、その都市にいる父親のバーライトは転移が可能だ。
「ふーん。オーマは、母子にそういうプレゼントを用意するわけ?」
 ユンナは「私は何にしようかしら」と頬に手を当て考えるポーズを作ってみせた。

 ジルの方は、倉庫からの大鍋の運搬や、料理の下ごしらえを手伝ったようだ。一段落ついてお茶になった。オーブンからは、ケーキスポンジが焼き上がる、甘い香りが漂っていた。
「オーマさんが今夜サンタをやってくださるのですよね?これが、衣裳です。かなり大きめなので、オーマさんでも大丈夫と思うのだけど」
 ガーネットが、テーブルに赤い服を広げた。
「俺は桃色むんむんマッチョに見えるらしいが、実は脱ぐとスリムなんだ。何ならここで裸になって試着してもいいぞ」
 中腰になって着物の肩を抜こうとするので、ユンナが『このイロモノ親父!』と羽交い締めにして必死に止めた。
「それから、これが娘たちへのプレゼントです。白い袋の中に入れておきますね」
 手作りとわかる、二体の人形だった。首に赤いリボンが結ばれている。
「ラッピングするつもりでしたが、さきほどの皆さんを見て、こういうのもいいかしらって。包みを解く楽しみもあるけど、何だかすぐにわかるのも嬉しいかしらと思って」
「ほうら見ろ!俺のビューティセンスに恐れ入ったか!」
 オーマは勝ち誇ったようにユンナを見おろした。
『ふん。私とジルが可愛いかったからに決まっているじゃない』
 ユンナは、オーマのセンスは相手にしなかった。

 その時、ドアが乱暴に開く音がして、玄関から「ママ〜、おなかすいた!」「オヤツなに?」という、子供の声。
『ほら、早くしまいなさいっ!』
 テーブルの下で奴の足を蹴飛ばそうとしたら、意外に素早くオーマはサンタの衣裳とプレゼントを鞄に詰め込んで隠した。
「お客さん?・・・うっわーーー!きれいっーーー!」
 アクアマリンと思われる少し大きい方の少女が、口をぽかあんと開けて、部屋の飾り付けに見とれて立ち尽くした。後から入って来た金髪の小さなシトリンも「きゃー、きゃー、きゃー!」と三回もジャンプした。
「こら、お客様にご挨拶は?」
「おじちゃんとおねえちゃん達がやってくれたの?みんな魔法使い?」
 アクアマリンが、早口にまくし立てた。子供の喜びに見開いた瞳を前に、笑顔を返す三人だった。

 オーマだけ、早々に席を立った。まだサンタ役には間があるが、彼には行かねばならない場所がある。サンドローズにも亜空間を作るのだろう。
 奴は翼のある巨大な銀の獅子に変身し、あの街に飛ぶつもりなのだ。
「オーマ殿は、準備が早過ぎないか?」とジルが首を傾げるので、ユンナは彼女には予定を伝えておいた。
「おお、オーマ殿は、そんなことができるのか!」
 ジルは根が素直なのだろう。すごいすごいと驚いていて、なんだか可愛らしかった。

< 3 >
 オレンジを絞ったり牛乳を運んだりという力仕事はジルがやってくれた。だが、野菜を刻んだり果物の皮を剥いたりなども器用にこなしている。
 ユンナの方は、子供たちと一緒にケーキをデコレーションした。ユンナがナッツやドライフルーツを見目よく飾り、姉妹は嬉しそうにチョコの絞り出しでチューリップや蝶々の絵を描いた。
「シトリンも、おひさま、かくー」
「だめー。お日様は私がもう描いたの。二つあったら変!」
「いやーっ。かくーっ!」
 姉妹がついに喧嘩を始める。さて、どうしたものか。ユンナは困惑して、膨れっ面の姉妹を代わる代わるに見つめた。小さな頬がよくもこんなに膨れるものだと、吹き出しそうになった。
「アクアマリン!シトリンは小さいんだから、好きにさせておあげ」
 母の一声で、「えー」と姉が折れた。
 
 まだ夕方ではあったが、ガーネットが「皆さん、夜には予定があるでしょう?」と、早いディナーを開始した。姉妹が早寝できる配慮でもある。
 家庭料理など久しぶりだ。チキンもスープも肉詰めパイも、レストランとは違う素朴な味わいでとても美味だった。オーマの分を残すのを忘れそうになり、ガーネットが苦笑しながら取り分けた。
「ケーキはまだ切らないの?」
「はやく、けーき、たべようよー」
 母親は、サンタの登場を待ちたいようだが、子供たちは早く食べたくて駄々をこねる。
「ねえ、お姉さんと歌わない?」
 歌姫であるユンナは、子供たちに歌をプレゼントしようと思っていた。これでケーキから意識を逸らせるだろう。
 まずは、一緒に歌えるクリスマスソングから始めた。姉妹も、口許にケチャップをつけたまま唱和した。鈴のような愛らしい声だ。どんな声楽家でも、子供の歌にはかなわない。ユンナはふとそう思った。
「次は、お姉さんが歌うわ。静かに聞いていて?」
 そのオペラは恋愛劇なので子供には向かないが、劇中のアリアは美しい曲だ。美しいものは子供も好きだろう。ユンナは一級のヴァイオリンのような声で歌い出した。狭いアパートの居間が、天井の高い聖堂に変わった。木枠の窓が教会のステンドグラスになる。空気は冷たく冴え渡り、声は永遠と未来を行き来する。姉妹は息を止めて聞き入り、ジルも微動だにしない。ガーネットは、白い指を静かに組んで涙ぐんだ。

 拍手の後、ユンナの歌に感激したアクアマリンが「私も歌う!」と立ち上がった。
 小さいシトリンは、厭きたようで窓へ歩き出す。丸めた雑誌の先が筒状に窓から突き出しているのを見つけたようだ。あれはオーマの仕業だろう。
 シトリンは筒を覗き込む。
「シトリンちゃん。これ、投げ入れてごらん」と、ユンナが、チキンの骨を手渡した。『料理はあらかた食べ終えたので、早く来い』という意味だったが。
『痛っ!』
 筒から、オーマの叫びが聞こえた。奴も覗いていたらしい。4歳のシトリンと同じレベルだとは。

 そして、その直後、居間では世にも不思議な見せ物が展開された。遠くで働いているはずのパパと、背の高いサンタさんが、頬をぴたりと張り合わせて指を組んで、タンゴを踊りながら窓から登場したのだった。6歳と4歳は、口をあんぐりと開けたまま、1コーラスを見送った。
 ユンナもあまりのバカさ加減に笑い転げた。ガーネットは笑いすぎて「お腹が張るわ」とまた涙ぐんだし、クールなジルさえ吹き出した。

 バーライトがソーンで過ごせた時間は短かったが、娘たちの笑顔を土産に、自分も満面の笑顔になって、再び装置を使ってサンドローズへ戻って行った。あの亜空間は、あと数時間で消えてしまうのだ。
 アクアマリンに、「今年はパパもサンタさんに会えてよかったわね。毎年、サンタさんが来た時、いっつもトイレかお風呂なんですもん」と言われ、苦笑していた。
 バーライトが帰り、ディナーは早い時間にお開きになった。着替えたオーマが「家で風呂に入ってたんだ」と言って合流、ジルと一緒に洗い物を手伝った。ユンナは、子供達と、プレゼントの人形でお姫様ごっこをして遊んであげた。
 普通の家ではそろそろ夕飯という時間に、感謝の抱擁の後、三人はガーネットのアパートを出た。
「早く終わってよかったわ。今夜は予定が分刻みですもの」
「見栄張って。家で一人で何本もシャンパン空けるンだろ?」
 余計なことを言ったオーマは、ユンナにまた肘鉄を食らう。
「あたしは・・・思い切って、メシに誘ってみようかな」
 ジルは、ガーネットからもらった、小さなクリスマス・リースを握りしめた。節くれだった指が微かに震える。飾りの赤い実も金色のリボンも、ジルの心のように揺れた。戦いで日焼けした、黒くすすけた頬が、少しだけ薔薇色に染まった。

 夜は浅く、街は仕事から帰途に着く人で忙しそうだ。大きな箱を抱えた男、着飾った若い娘、花を包んでもらう男、もう飲んだくれている男、手をつなぐカップル、言い争うカップル、街角で父親の帰りを待つ子供。
 今夜、すべての人に。
 メリー・クリスマス。

< END >

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
2083/ユンナ/女性/18/ヴァンサーソサエティマスター兼歌姫
2361/ジル・ハウ/女性/22/傭兵

NPC 
ガーネット
アクアマリン
シトリン
バーライト

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。ライターの福娘紅子です。
高飛車に見えても、本当は心の優しい女性としてユンナさんを描いてみました。
ちなみに、ユンナさんの分刻みの予定とは。
21:11 1本目のシャンパンを開封。
21:48 2本目のシャンパンを開封。
22:35 気分を変えて、黒ビール。
・・・て感じ?(笑)