<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


聖夜のパーティ in 2004

☆オープニング

「ルンルンルン♪ ルンルンルン♪ ルルル〜ルル〜♪」
「あら、楽しそうね。赤い帽子が似合うこと」
 白山羊亭に入ってきた冒険者はいつもニコニコと笑顔を絶やさないルディアのさらに楽しそうな表情を見て嬉しそうに声をかけた。
 白い縁取りの赤い三角帽子を被り、なにやら壁に貼っているルディアは、いらっしゃい、と笑う。
「何貼ってるの? ‥ええっと、何々、クリスマスパーティのお知らせ? クリスマス? 誰かの誕生日だったっけ?」
 首を傾げる冒険者に、クスッ、ルディアは小さく笑う。
「まあ、誕生日は誕生日ですよ。異世界の神様の誕生日だって聞きました。その日に親しい友人同士が集まってパーティとかプレゼント交換をするんですって」
 ルディアにとっては今年二回目。
 少しは知識もある。だが一般の人々にはまだ馴染みは薄いだろう。
「神様の誕生日はともかく、冬で家に閉じこもりがちな人多いから、パーッと楽しむのもいいかと思って‥」
 そう言って伸ばした紙にはモミの木とそれに飾られた、金と銀と、赤の光が絵の中で瞬いていた。
「ああ、プレゼント交換もあるんですよ。良ければいかがですか?」
「そうね‥面白そうかも‥」
 そして冒険者は楽しそうな笑顔と、綺麗な絵を肴に酒を飲み始めた。
 窓の外には白い雪。
 その隣のポスターでは楽しそうな字が踊る。

「クリスマスパーティ 参加はお早めに‥」

☆準備も楽しいクリスマス♪

 冬の宵、風は木枯らしの名に恥じない寒く厳しい空気を鋭い刃に変えて運ぶ。
 だが、今日も白山羊亭の夜は暖かく、賑やかだった。
 今日も、と言うべきなのだろうが、今日はいつも以上に‥‥だ。
「うっわあ♪ おっきな木だねえ。これモミの木でしょ?」
 大きな丸い目をくりくりと輝かせ、ロレッラ・マッツァンティーニはホールの真ん中に飾られたそれをため息と共に見つめた。
「そうですよ。凄いでしょう? 金剛さんが、運んでくださったんです。さあ、中にどうぞ‥‥」
 運んできた料理をテーブルに置くとルディアはニコニコと新しいお客の手を引いた。
 引きずられるように入った部屋の中で、ぽすん‥‥ロレッラは大きな何かに吸い込まれるようにぶつかった。
 それが人らしい、と気付いて慌てて顔をあげた。
「ごめんなさ‥い!」
「ん? ああ、気にするな」
 ぴょん! 飛び上がった耳を慌ててロレッラは押えて‥‥ゆっくりともう一度ぶつかった相手を見る。
 やっぱり、夢ではない‥‥。がっしりとした体躯に、角‥‥口元には白い牙が見える。
 思わず耳が下がってしまう。
 少し驚いたような、怯えたような表情に金剛は苦笑しながらツリーに銀のリボンをかけた。
 この外見で怖がられるのは、もう慣れっこだ。とは口に出さない。めげた気持ちも顔には出さないだが‥‥。
「よろしく。今夜は楽しく過ごしましょう」
 真っ直ぐ金剛に向かって差し出された手があった。
「‥‥あんたは?」
「アイラス・サーリアスと申します。ああ。僕の故郷には貴方のような方もいらしたそうです。お会いできて光栄ですよ」
 金剛の二つの問いを正しく把握し答え、アイラスはニッコリ笑う。つられ、微笑んだ金剛もまた手を差し出した。
「そうか‥‥よろしくな」
「あのね、アタシも怖いわけじゃないから。アイラスクン、金剛クン、よろしくねっ!!」
「‥‥金剛クン‥プッ!」
 どうやらツボに嵌ったらしい、笑い続けるアイラスがなんとか呼吸を取り戻した頃、ツリーの天辺に金の星を飾っていたメイはゆっくりと地面に舞い降りると‥‥ゆっくりと扉を開けた。
「外は、お寒いですわ。中にお入りになりませんか?」
「あら、お久しぶりね。そうそう、言ってやってよ。さっきから一緒に中に入ろう、って言ってるのに‥‥」
 出てきたメイにウインクしたレピア・浮桜は赤いミニスカートを軽く返して後ろに佇む少女の手を引く。
「あ、あの‥‥えっ? 天使‥‥さま?」
 店の影から現れたその蒼い髪の少女は目の前に舞い降りた天使に目を瞬かせる。
「はい。メイと申します。でも、様を付けられるようなものではありませんわ」
 少しためらい気味の少女にニッコリと微笑みかけたメイは優雅にお辞儀をした。見れば神に仕えるシスターらしい。完全正装の天使には憧れるか‥‥引くか‥‥。
(「せっかくの可愛い子なんだから、勿体無い。引きずり込むのみ!」)
「はいはい、後はなかでやりましょう。もう寒くって仕方ないのよ! 夜は短いんだしね」
 そう言うとレピアは頭の赤い三角帽子を少女の頭に被せて二人を店の中へと引き込んだ。
「「わあっ!」」
 半ば転がるように部屋に入ったメイと少女はお互いの顔を見合わせ‥‥微笑みあった。
「改めまして。メイ、と申しますわ」
「わたくしは‥‥キアラ・ユディト、この子はカーバンクルのクルルです。どうぞ、よろしくお願いします」
 下げられた少女の頭を笑顔の顔たちが迎える。
「ヨロシクね。ねえ、ルディア〜これで全員?」
 レピアがキアラの頭から自分の頭へと帽子を取り戻しながら厨房に声をかけると、まだです〜。との返事が返った。アイラスが顔をあげて感じる店の外の人影。
「あと、二人おいでになるようですよ‥‥ほら、お見えになったようですね」
「遅くなったわね。鞍馬睦月。グレゴールよ」
 何時の間に降っていたのか。雪と共に入ってきた人形を抱いた少女の挨拶に、それぞれがそれぞれの返事を返した。
「グレゴール‥‥。貴方も神に仕える方ですか?」
 キアラはおずおずと問いかけた。グレゴールの言葉には神を讃える戦士、神聖騎士の意味がある。
「まあ、そう。私達の神とあんた達の神が同じかどうかは解らないけど神の誕生日を祝わないのはグレゴールのプライドが廃るもの」
 高飛車のようだが、決して悪意の無い口調に「あんた」と呼ばれたメイもキアラも薄く微笑んだ。
「ひ、ふ‥‥み。これで、あとひとり〜?」
 指差し確認のロレッラに皆が頷く中、たった一人首を横に振るものがいる。
「いいえ‥‥ねえ、あのダンボールいつからあったか解る?」
 そう問われ最初から準備手伝い組も途中参加組もハテ、と疑問符を浮かべた。玄関の側の白くて大きな段ボール箱。
「この世界にダンボール? さっきまでは無かったような‥‥」
「私と貴女が入ったときには‥‥あった?」
「‥‥いいえ。多分‥‥」
 そんな仲間達の返事を背に受けて、ツカツカツカ、床に足音を響かせながら睦月はダンボールに近づく。
「ただのダンボール箱ね‥‥って、言うと思ったか〜!!」
 と‥‥一気に蹴り上げた。ばねに飛ばされたように真っ直ぐ上に上がったダンボールの下。
「わああっ‥‥げ、睦月!」
「何やってるのよ。みんな待ってるのに。ああ、これ群雲蓮花。最後の一人よ」
 睦月の声に剣を抱いて箱の中に息を潜めていた少女は、パンパン、身体の埃を払って立ち上がった。頬を軽く膨らませて抗議を試みる。
「別に、遅刻はしてないし‥‥サンタさんはプレゼントをくれるからその場で気絶させて厨房の木につるし上げようとしただけなのに‥‥」
「強盗傷害、拉致監禁で逮捕するわよ。ついでに不法侵入、銃刀法違反‥‥」
「ちょっと待て〜、んなこと言ってたら冒険者なんて‥‥」
 バッチン!
 軽いパーでの頬の両手打ちに更なる抗議はそこで終わった。
「はい、皆にちゃんとご挨拶。それからお詫び」
「あ‥‥ごめんなさい。私、群雲蓮花。よろしくね」
 まるで漫才を見ているような二人の軽快なやりとりに口を挟む間もなかった冒険者達も瞬きを三回。そしてニッコリ微笑んだ。
「んじゃ、これで全員だね。早く準備してパーティを始めちゃおう!」
「「「「「「「オー!!」」」」」」」
 ロレッラの掛け声に大きな声、小さな声、躊躇いがちな声、冷静な声。いろいろな声が返事をして動き始める。
 そして程なく‥‥見事な飾り付けが完了したのだった。

☆聖なる夜、楽しい夜。
 ルディアのオレンジ色のジュースの入ったグラスが、高く上がった。
 準備も終わり、光り輝くパーティの始まりだ。
「皆さん、よろしいですか? では、‥‥聖なる夜。皆様の今年が良いものであることと、来年がもっと良い年になることを、今日生まれた神様に祈って‥‥乾杯!」
「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」
 チン!
 八つのグラスが楽しげな歌を奏でると喉に柔らかい雫を流した。
「いや〜、いい夜よね。お料理は美味しいし、飲み物も上等だし、クリスマスツリーも綺麗だし」
 ぷはー、ジュースのグラスを一気に干した蓮花は嬉しそうに笑う。
「‥‥はい、クリスマスツリーも‥‥とっても綺麗です。ねえ、クルル。神父様にも‥‥お見せしたかったです」
 胸に抱いたカーバンクルにそう語りかけたキアラは心からの表情でそう呟いた。
 ツリーの飾り付けをしたメイや金剛の頬に照れたような笑顔が浮かぶ。
「‥‥でも、初めて見たわ‥‥クリスマスツリーに絵馬やお守りを飾る人。七夕じゃないんだから‥‥」
 ため息をつきながらワインを舐める睦月の言葉にアイラスはひょい、と首と目線をツリーに向ける。
「戦勝祈願の絵馬。縁結びのお守り‥‥随分ご利益がありそうですね」
「あれ、読めるんだ。日本語」
「まあ、多少は‥‥」
 蓮華の関心の言葉にアイラスが微妙な笑みで頭を掻く頃。向こうでは睦月のクリスマス講座が始まっていた。
「クリスマスと言うのはその昔、イエス・キリストと呼ばれる神の子が誕生したと言われる日が、古代の冬至や冬を祝うお祭りと一体化して‥‥サンタクロースも‥‥だから‥‥」
「へえ〜」
 頷きながら聞き入るロレッラや、レピアを一歩離れた所からアイラスは見つめていた。
「あれ? 今日は語らないんですか? いつもの‥‥」
 行事の時にはアイラスが豆知識、というか薀蓄を披露してくれる。それをどこか楽しみにしていたルディアはお代わりのワインを運びながら問いかけた。
「まあ、今回は‥‥」 
 肩をすくめたアイラスは受取った新しいグラスを軽く揺らした。アイラスが受取ったグラスは一杯。
 でも次に同じ物を差し出された金剛は両手に三つのグラスを持つ。
 軽々と煽る酒だが、結構アルコール度は高い。パチパチパチ。アイラスの手が拍手を叩く。
「いい飲みっぷりでいらっしゃいますね。知人を思い出します」
「‥‥そうか? 俺はまだこの街に来たばかりなのだ。このような席に似つかわしくはないのは解っているが‥‥」
「いえ、お会いできて嬉しいですよ。それに誰かが楽しそうな笑顔を見るのは、いいものですから」
「‥‥そうだな」
 舞台の上ではレピアが華やかに舞う。赤い、異国の衣装はいつもの艶かしいムードとは違う。楽しく、でも心を鮮やかにしてくれる。
 下では少女たちの華やかで楽しい笑顔。隣には‥‥友。
 聖なる夜、と呼ばれるクリスマス。何が聖なる夜かは解らない。
 だが、一つ解ることがある。それは、誰かとともに過ごす夜の楽しさ。
 口に誰も出さなくても、それぞれが心の中で感じていた。

☆私から、貴方へ‥‥
「じゃあ、皆さん、こっちに集まってくださあい!」
 カウンターからの呼び声に、おしゃべりも、歌も、踊りも一時止めて彼らは集まった。
「これからメインイベント、プレゼント交換を始めます! 今回はくじ引きです。プレゼントにリボンが結んでありますから、箱の中から引いたリボンと同じ物を受取ってください。では‥‥レディーファーストでどうぞ」
 たまたま一番ルディアの近くにいたのはロレッラだった。
「えっ♪ あたしから? 嬉しいなあ。じゃあ、よいしょっと。緑だ」
 リボンを一つ引き出すと横に回す。隣はキアラだ。
「‥‥あ、わたくしは‥‥水色です‥‥」
「えっと、私は赤ね。はい、どうぞ」
 レピアは手のリボンを転がすとメイに箱を渡した。
「私のは金色ですね。次は睦月さん」
「私のは銀色‥‥蓮花。早く来ないとあげないわよ」
「待ってよ! ちょっと用意してただけなのに‥‥はい、私のは青。次は男性軍どうぞ」
 睦月、蓮花と周り女性が終わったところでアイラスと金剛の前に箱がやってきた。
「では、一緒に取りましょうか?」
「‥‥いいだろう」
「いきます。1.2.の3!」
 アイラスが握ったのは明るい黄緑色。そして濃い蒼のリボンが金剛の手のひらに乗った。
「じゃあ、プレゼントをどうぞ。そして、ぜひ、開けてみてください」
 プレゼントを開く瞬間。黄金色の時。それぞれに胸をときめかせ、リボンが解かれ包みは花のように開いた。

「なんだろな♪ なんだろな♪ あ! 指輪だあ」
 手のひらに乗るような小さな包みを開いてロレッラは飛び上がった。
 中には指輪。ロレッラの髪の色と同じ色だ。
「キレ〜、キラキラしてる〜」
 ランプにかざしたり、指にはめたり、嬉しそうなロレッラの様子を見つめる睦月は満足そうに微笑んだ。
「あ、アナタから? どうもありがとうです。大切にするね」
 ロレッラもその視線に気付き、ペッコリとお辞儀をする。
「それはね、錬金術で作ったの。その辺で売ってるのとは物が違うのよ」
「へえ、錬金術。錬金術って何でもできるんですよね。ケーキとか箒とか‥‥凄いですねえ」
「‥‥ちょっと、何か勘違いしてない?」
「?」
 いつの間にか頭から出てきた兎の耳を、ぴょっこり垂らして首を傾げるロレッラを睦月は微笑みと苦笑と入り混じった顔で見つめ、笑った。

 ♪♪♪・♪・♪・♪・♪〜 ♪♪♪♪♪・♪・♪〜
 ゆっくりと回りだすオルゴールにカーバンクルは鼻を摺り寄せた。
 優しく澄んだ音色にキアラは耳を澄ませる。
「‥‥どこかで聞いたことがあるような‥‥優しい‥‥歌」
「有名なクリスマスの歌なんですよ」
 驚かしてしまいましたか? と笑う優しい瞳にキアラは首を横に降った。
「いえ‥‥あの、これを‥‥下さった方‥‥ですね。‥‥ありがとうございます」
「いえいえ‥‥喜んでもらえましたか?」
「‥‥はい」
 控えめででもしっかりとした返事にアイラスは嬉しそうに頷く。
「いつも、皆に笑われている人と違う鼻を持つトナカイ。でも、そんなトナカイにも大事な役目がある、受け入れてくれる人がいる。という歌なんですよ」
 彼はそれ以上は何も言わなかった。でも、キアラにはその言葉も、歌も、メロディも自分に大きな意味と勇気を与えてくれるものだと解っていた。

 手に触れる固い感触。なんだか既視感、ならぬ既触感を感じアイラスは包みを開けた。
「こ、これは‥‥」
「あ、それあたしから。可愛いでしょう?」
「‥‥ま、まあ可愛いと言えない事もありませんね」
 るん! 耳を立てるロレッラに思う気持ちを彼は口にしなかった。
 アイラスはそれのノッペリとした頭を撫でてみる。凹凸の無い顔が自分を見つめるのを彼は苦笑しながら眺めた。
 故郷の古来からの民芸品「こけし」
「クリスマスに‥‥こけし‥‥」
 見つめているうちになんだか気に入ってくる。
(「キミも、この世界に迷い込んできたのですか? 僕と一緒で‥‥)
 彼は何の返事もせず、ただ微笑んでいた。

「コレは、キミから?」
 蓮花の元気な声にキアラは、首を窄めながらハイ、と頷いた。
 気に入らなかったのでしょうか? そんな心配を自分をぎゅうと抱きしめた感触は否定してくれた。
「ありがとう! すっごく綺麗。うれしいよ!」
 サンタと、クリスマスツリー。そして真っ白な雪が手の中で揺らすたびふわりと舞い上がるスノウドーム。
「こういう可愛いの、結構好きなんだ。大事にする。ありがとう‥‥」
 抱きしめられたぬくもり。優しい言葉。
 本当は人に触れられるのも怖いキアラだが、何故か逃げようという気持ちは起きなかった。
 とても幸せな気分だった。

 異国を旅して回ってきたレピアで、言葉にはそれなりの自信があった。
 だが、この小さな錦の袋に縫いこまれた文字は、意味さえも解らない。
「これは、一体何?」
 袋をそっと開けようとする。縫いとめられた口をレピアの指が破こうとした時
「あー、ダメダメ開けちゃ!」
 飛ぶように撥ねた蓮花の身体が、腕がそれを止めた。
「これはね、お守りなの。開けるとご利益が無くなるんだよ〜」
 そういうと、蓮花は袋を閉じなおし、そっと撫でた。
「はい」
 少女から袋を受取ったレピアは、もう質問をしなかった。開けない方がいいお守りなら聞かなくていい。
 これが、どういうものかも。ただ大事に持っていればいいだけだ。
 その袋には日本語が読めるものならこう書いてある。
『悲願成就祈願』
 あなたの望みが叶いますように‥‥と。

 睦月は目の前の天使を見つめた。
『自分の天使』とは違う。でも美しく、同じ目をした‥‥天使。
「これは、貴女からね」
「はい、そうですわ。私の羽を加工して作りました」
 白い羽の髪飾りが手の中でふわふわと踊る。
 それを人形の髪に付けかけて、睦月は止めた。そして自分の髪へと‥‥。
「とりあえず、ありがとうと言っておくわ。‥‥似合うかしら」
 天使は微笑む。
「はい、とっても‥‥」
 自分の天使が妬くかもしれない。けれども、睦月はそれも楽しみだった。

 小柄なメイにとって彼はあまりにも大きすぎる存在。
 彼が本気を出せば直ぐに潰されてしまうだろう。そんな気さえする。
 だが‥‥彼からの贈り物。メイの手の中に握られた石は小さく、艶やかで、そして暖かかった。
「それは勾玉というものだ。さまざまな石で作られるのだが‥‥それは、翡翠でできていて、禍を退け、幸運を呼ぶとされている」
 外見に似合わず、知的で冷静に彼は語る。そして真っ直ぐなメイの視線から、逃げるようにくるり、背を向けた。
「今年の残りも、そしてこれからの年も、幸福であるように」
 彼の、金剛の顔が照れを浮かべているのが解る。
 メイはゆっくりと胸に手を当て正式な礼を取った。
「ありがとうございます。貴方の上にも神の祝福がありますように‥」

「これは‥‥」
 袋から出てきたものを金剛はその両手に乗せて見つめた。マフラーと手袋のセット。
「あら〜、ちょっと小さかった?」
 苦笑とともにレピアは自分のプレゼントを受取った相手を見つめた。
 マフラーはともかく、手袋は‥‥入りそうに無い。
「でも、良ければそれで暖まって? 風邪をひかれるとアタシの踊り、見てもらえなくな・る・し♪」
 そう言うとマフラーを手にとってレピアはジャンプ。金剛の首元へとかけた。
 手に握った手袋も。マフラーも金剛にとってはとても、とても暖かかった。
 自分を見つめる、まったく怯えの無い視線と同じくらいに‥‥

☆そして‥‥メリークリスマス
 イブの夜を越え、聖なる夜を迎える頃。
 白山羊亭の喧騒はまだまだ収まる様子を見せなかった。
「いっちば〜ん、ロレッラ・マッツァンティーニ。踊りまあす!」
 舞台では可愛い白兎のダンスが、レピアの踊りとはまた違う歓声を浴びている。
「ほらほら、金剛クンも一緒に踊ろう!」
「あ、俺は‥‥おい‥‥」
「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら‥‥って言葉知ってますよね?」
「なら、貴方も行くべきよ。行ってらっしゃい」
「可愛い女の子は逃がさないわよ」
 金剛を押し出したアイラスもまた睦月に引きずられ、睦月もまたレピアに連れ出されステージの上は楽しげな笑いと音楽を奏でていた。
「‥‥どうしました? キアラさん?」
 白い天使の誘い声に、キアラはステージから隣へと顔を移した。
「今日は‥‥教会でもミサがあるんです。でも‥‥神父様が、友達を増やしてくるように、と仰せられましたのでやってきました。最初は、少し怖かったのですが‥‥でも」
「でも‥‥なんですか?」
 優しい瞳の天使にキアラははっきりと口にした。自分の思いを。
「来て、良かったです。ステキな方達と、お友達になれて‥‥」
「良かったですわね‥‥」
 その時、ルディアの明るい声が二人を手招きする。
「キアラさん、メイさん、一緒に踊りましょう」
「簡単な踊り教えてあげるから♪」
 いつの間にか白山羊亭全体がステージとなり、レピアを中心に誰もが隣の人と手をつなぎ、踊る。
 大きな手、小さな手、握られた温もりをそれぞれに感じながら。
「皆、ちょっと外を見て! 聖夜の花火をご覧あれ! 霊符『夢想妙珠』! ドッカーン!」
 蓮華の呼び声に屋上に上がった彼らは、冬の雪の中、白と虹色に咲く華を見たという。
 神聖で、明るく‥‥そして安らいだ気持ちになる暖かな光。
「‥‥メリークリスマス!」
 最初にそう言ったのは誰かは解らない。ただ。その言葉はいつか、白山羊亭全体に、町全体に響くほど小さく、でも大きく広がって行った。

 翌朝。
 白山羊亭に残ったもの。
 カウンターの後ろに隠されたルディアの宝物。
 いくつかつまみ食いされた温泉饅頭にサンタクロースのぬいぐるみ。少し古びたトナカイのぬいぐるみの横に。
 ガラス細工のクリスマスツリー、全員に託された白い羽の栞はお気に入りの本に挟まれていた。
 皆が貰ってもまだ余って、散らばった斬魔厨房お食事券を片付けながらルディアは石像に向けて声をかけ、そして頬にキスをした。 
「また、やりましょうね。皆さん」 
 まるで頷いたように嬉しそうに、でも、ちょっと残念そうにレピアの石像は微笑んでいた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1063/メイ /女/13歳/戦天使見習い】
【1649/アイラス・サーリアス /男/19歳/軽戦士】
【1735/キアラ・ユディト/女/187歳/シスター】
【1926/レピア・浮桜/女/23歳/傾国の踊り子】
【1968/ロレッラ・マッツァンティーニ /女/19歳/旅芸人】
【2251/金剛/男/180歳/拳闘士】
【2256/群雲 蓮花 /女/16歳/楽園の素敵な巫女】
【2398/鞍馬 睦月 /女/17歳/グレゴール(聖鍵戦士)】

NPC
【???? /ルディア・カナーズ /女/18歳/ウェイトレスです】

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■   ライター通信                ■
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クリスマスinソーン 2004 お送りいたします。
今年も満員御礼で参加くださいましてありがとうございます。
いろいろ未熟かと思いますがお楽しみいただけたでしょうか?

メイさん
いつもありがとうございます。クリスマスはやはり天使さまですね。
今年はシスターさんもいたのでお話も合ったのではないかと思います。

アイラスさん
いつも本当にありがとうございます。
薀蓄が無かったのは残念ですが、優しくお話を支えて頂きました。

キアラさん
ご参加くださいましてありがとうございます。
穏やかで優しい貴女に相応しい空気を紡げましたでしょうか?

レピアさん
いつもありがとうございます。
レピアさんの石像は後で金剛さんが持って行ってくださったかも。
ルディアの唇はまた今度、ということで。

ロレッラさん
ご参加下さいましてありがとうございます。
可愛いウサギさんのイメージをもっと出せれば良かったですが‥‥耳を出すタイミングとか尻尾の動きとか。良ければ今度、教えてくださいね。

金剛さん
ご参加下さいましてありがとうございます。
逞しくも優しいムードをもっと出したかった気がします。

蓮花さん
またのご参加、ありがとうございます。
賑やかに元気に動き回って下さる姿はとても楽しい感じがしました。
お食事券は、ちゃんと参加者には行き渡ったと思います。

睦月さん
ご参加下さいましてありがとうございます。
グレゴールということで少し緊張したのは私です。
でも、こんなグレゴールさんならお友達になりたいかも。

皆さんのクリスマスが少しでも楽しいものとなるように、思いを込めて書きました。
聖なる夜に皆さんの上に、幸せが降りますように。