<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


君の名は…?

 (オープニング)

 人間にとって、名前や肩書きに縛られるのは、あまり好ましい事ではない。
 ただ、人形達はそうも言っていられない。
 『生まれた』のではなく、『造られた』者達にとっては、創造主が与えた名前と肩書きは大事な事柄だった。人形達が自らの名前を変えるのは簡単な事ではなかった。
 特に、遥か昔、四つの宝玉というアイテムに寄って作られた魔法人形達にとっては、宝玉の作り主である、偉い神様の試練を乗り越える事が改名の条件であった。
 かつては、自らの名前を求める魔法人形が、偉い神様の元を訪れる事も多かったという。
 丁度、1000年位前のある日、魔法人形が偉い神様が住む山を訪れた事があった。
 「あのー、名前欲しいんですけどー」
 創造主によって、名前を与えられなかった人形は、偉い神様に訴える。
 「え?名前にゃ?
  名前は、お父さんとお母さんにもらった大事なものにゃ。大事にするにゃ」
 体長2メートル程の、やる気の無さそうな猫の姿をした偉い神様は、魔法人形に言った。
 「いえ、僕、魔法人形なんで、お父さんとお母さん、居ませんから」
 「な、なんと、この世の中に、魔法人形なんて本当に居るにゃ?
  びっくりしたにゃ!」
 偉い神様は、にゃーにゃー。と驚いている。周囲に居た、眷属の猫達も、にゃーにゃーと驚いている。
 「いえ、ですから、偉い神様の宝玉で作られたんで、偉い神様の許試練を受けて名前を名乗るのが掟だって聞いたんですけど…」
 「そ、そうにゃ?
  ちょ、ちょっと待つにゃ…」
 偉い神様は、だらだらと木陰から一冊の大きな手帳を取り出した。『化け猫日記』と、表紙に書いてある。偉い神様の記録らしい。
 「え、えーとー、多分、そうにゃ。間違いないにゃ」
 何となく目をそらしながら、偉い神様は言った。手帳のあっちこっちを、あわてて見続けている。
 「で、何をすれば良いのですか?」
 「え、えーとー、お小遣いあげるから、麓の魚屋で、新発売の鰹節を買ってくるにゃ。
  そ、そうにゃ。1000年前から、そういう掟にゃ。だから、がんばるにゃ」
 言いながら、偉い神様は魔法人形に、鰹節の代金を手渡した。
 数日後、鰹節を買ってきた魔法人形は、ようやく名前を得る事が出来たという。
 1000年ほど前は、そうして試練を乗り越えて名前を名乗る魔法人形達が多かった。
 ただ、4つの宝玉が封印され、魔法人形達が作られなくなってからは、そうした事も段々と無くなっていた。
 しかし、最近、とある事情で、昔作られた数千体の魔法人形達が活動を開始した為に、再び一部の魔法人形達が名前を求めて偉い神様の元を訪れるようになっていた。
 今日も、一人の魔法人形が、街を出た。
 「ニール君がパンクする前に、帰らないとな…」
 やや薄めの黒いローブを着た、少年の魔法人形は、偉い神様の住む山へと歩く。
 彼が魔法人形の街で王をやっている事は、あまり知られていなかった。
 
 (依頼内容)
 
 ・魔法人形の街の王が、偉い神様の試練を受けようとしています。誰か何とかして下さい。
 ・早く試練から帰らないと、代理をしている魔道士の少年が過労で倒れるかも知れません。

 (参考になりそうな過去の依頼)
 ・魔法人形のダンジョン(白山羊亭)等

 (本編)

 1.気楽な一行

 一体、どこで噂を聞きつけてきたのだろうか?それは、激しく謎である。
 それでも、魔法人形の街の王…コピー人形…の周囲には、彼を助けるために有志が集まっていた。
 護鬼の鬼灯、旅人のエルダーシャ、フィジィクル・アデプトのアイラス・サーリアス、織物師のシェアラウィーセ・オーキッド達である。皆、コピー人形の知人だ。
 「偉い神様って、でかにゃんこの神様なんでしょ?
  楽しみだな〜」
  遥か遠く、地平線の向こうに居るであろう偉い神様に思いを馳せているのは、エルダーシャである。
 何やら、やけに大きな袋を背負っている。中身は何なのだろうか…
 「何だか、お話を聞く限り、随分危なっかしそうな神様だと思うのですが…いえ、色んな意味で。
  別の神様に祝福してもらい、名前を頂くわけには参らないのでしょうか?」
 エルダーシャとは対称的に、妙に落ち着いているのは鬼灯である。コピー人形とは人形仲間らしい。
 「そうですねー…ちゃんとした神様が居れば、その方が絶対良いと思うんですけども…」
 ふぅー…と、コピー人形はため息をついた。16歳の少年のコピーにしては、ため息をつくのが妙に似合っている。
 「え〜、でかにゃんこの神様にしときましょうよ〜。
  きっと、大丈夫よ〜」
 エルダーシャが言った。
 「エルダーシャさん、よっぽど偉い神様に会いたいんですね」
 やれやれ。とアイラスは首を振った。とはいえ、アイラス自身も、偉い神様がどんなものなのか、会ってみたい気はした。
 「べ、別にそんな事無いわよ。私は、コピー君の為にと思って、来ただけよ」
 凄い説得力の無さだなー。と、一同は思った。
 「まあ、無事、名前もらえるといいね…」
 本当に大丈夫なのだろうかと思いながら、シェアラは呟いた。
 実際、名前を得る為の試練の内容はもちろん、偉い神様の姿さえはっきりとはわかっていない。
 詳しい事は、ほぼ全て、現地に着いてからという状態だった。さらに一部には、依頼の事よりも、でかにゃんこに心を奪われてる者も居るようである。
 それでも、あまり不安に思わない一行の気楽さが吉と出るか凶と出るかは、まだわからなかった…

 2.偉い神様を探せ

 様々な思いを胸に、一行は、とある山までやってきた。偉い神様が居る(らしい)山である。
 「あー、確かに、何かが居るようだね。何が居るかは知らないけど」
 山に着くなり、シェアラが言った。
 「わかるのですか?」
 鬼灯が首を傾げた。
 「うん、少しでも魔道に心得があるものならわかるはずだよ。わからなくては嘘さ。
  コピー、エルダーシャ、そう思わないかい?」
 珍しく、シェアラの口数が多い。
 「そ、そうですね」
 「猫さん、いっぱい居ますね」
 ニールとエルダーシャが答えた。
 「いや、猫さんじゃなくて…」
 シェアラがエルダーシャの肩を叩いた。
 「でも…確かに、猫君が多くないですか?」
 アイラスが、きょろきょろと山を見渡している。
 「む…確かに」
 言われてみて、シェアラも気づいた。
 一見すると普通の山である。動物が歩き、植物が生えている。
 が、その比率がアンバランスなのだ。
 猫が、多い…
 「偉い神様の山は、眷属の猫がいっぱい居るらしいですから、当たりかもしれませんね」
 アイラスの言葉に、一行は同意した。
 「じゃあ、猫さんに聞いてみましょうか〜。
  …ねぇ、君?
  偉い神様の場所まで案内してくれないかしら?」
 エルダーシャがニコニコと笑って、近くの猫を一匹抱き上げた。
 きゅ、急に何をするにゃ?
 といった具合に、猫はあたふたとしている。
 「あの…それは眷属の猫さんじゃなくて、普通の猫さんなのでは…?」
 おずおずと、鬼灯が言った。
 エルダーシャの笑顔が一瞬凍る。
 「そ、そんな事無いわ!
  こ、この子はきっと照れてるだけよ!
  ほら、お魚の干物をあげるから、照れないで…」
 エルダーシャは背負い袋から魚の干物を取り出した。
 …いや、だめだろう。
 と、一行は思ったが、
 「僕に任せるにゃ!
  長老様の所に、案内するにゃ!」
 不自然に甲高い声が、近くの茂みで聞こえた。人間の子供のような声にも聞こえる。
 お、どこだ?
 と一行が声の主の猫(?)を探す間に、エルダーシャが抱いていた猫は逃げ出した。
 「僕は、ここにゃ!」
 気づけば、足元で一匹の猫が、前足をパタパタと振っている。
 「君は、偉い神様の眷属の猫なのかい?」
 アイラスが尋ねた。
 「そうにゃ!
  僕はただの猫じゃないにゃ!」
 魚の干物を前足で抑えてしゃぶりながら、猫は言った。
 鬼灯が、無言で猫の丸い背中を撫でている。
 「猫さん、お名前は、なんていうの?」
 「ムツって言うにゃ。よろしくにゃ」
 エルダーシャの問いに、化け猫は答えた。
 一行はムツの案内で、偉い神様の元へと向かった。

 3.偉い神様を探しまくれ

 なるほど、偉い神様は眷属の猫を連れているようである。
 偉い神様の周りには、猫達が居た。言葉をしゃべる眷属の猫と普通の猫達が、適当に入り乱れている感じだ。言葉をしゃべる猫もそうでない猫も仲良くしているようで、ぱっと見では区別がつかなかった。
 「あのー、あなたが偉い神様ですか?」
 コピーは猫に尋ねた。
 体長2メートル程の、ぼーっとした猫が居る。尻尾が二股に分かれているわけでも無さそうだ。
 「そうにゃ。わしが偉い神様にゃ。とっても偉いにゃ。
  …ところで、お前は誰にゃ?」
 偉い神様(自称)はコピーに答えた。コピーは偉い神様に事情を説明する。
 「へー、それはご苦労様にゃ」
 偉い神様(自称)は、うんうん。と頷いた。
 「で、試験というのは、何をやれば良いのですか?」
 アイラスが偉い神様(自称)に尋ねる。
 偉い神様は沈黙した。
 にゃーにゃー。と、周囲で猫達が騒いでいる。
 そんな猫達に、エルダーシャが、持ってきた紅茶やお菓子を配っている。
 「まさか、忘れたわけではありませんよね?」
 真面目にやってもらわないと、困ります。全国の人形が怒ります。と、鬼灯が偉い神様(自称)に詰め寄った。
 「み、みんな、そんなに怒らないで欲しいにゃ。わしも一生懸命がんばってるにゃ」
 「そうよ、でかにゃんこさんも頑張ってるんだから、みんなもあんまり責めちゃだめよ〜」
 エルダーシャが、偉い神様(自称)を庇っている。
 「おお、ルキッドちゃん、ひさしぶりにゃ。会いたかったにゃ」
 「いえ、私、ルキッドさんじゃ無いです」
 偉い神様(自称)は、エルダーシャの事を誰かと勘違いしているようだ。
 …全く話が進まない。
 どうしたものかと、シェアラは頭を抱えた。
 しばらくして、偉い神様は言った。
 「じゃ、じゃあ、こうするにゃ。
  わしはこれから、山の中に隠れるにゃ。
  がんばって、わしを明日の朝までに探すといいにゃ。
  たまには、かくれんぼをやってみたいにゃ。
  …な、何でもないにゃ。とにかくがんばるにゃ。お友達に手伝って貰ってもいいにゃ」
 と、言うやいなや、偉い神様(自称)は問答無用で姿を消した。
 後には、呆気に取られた一行と猫達が残った。
 山は、そろそろ夕暮れだ。
 「とりあえず…試練は始まったわけだね?」
 なんか、もう何でもいいや。とシェアラは思った。一応、他人の手伝いはOKのようだが…
 山は広いぞ?
 どうしたものかと、シェアラは思った。
 「そのようですね」
 かくれんぼ…か。
 山は広いなー。とアイラスは思った。
 「では、私もお手伝いしますので、偉い神様を探しましょうか…」
 鬼灯は言った。
 本当に、この神様(自称)に頼んで大丈夫なのだろうか…
 鬼灯は不安だった。
 山は広い。それは、間違いない。
 「…ん、待てよ?
 『お友達に手伝って貰ってもいいにゃ』
  と、偉い神様は言ったな?」
 シェアラは偉い神様(自称)の発言を思い出し、周囲で暇そうにしている猫達を見渡した。
 「猫さん達は、みんな私のお友達ですよ〜」
 先程から、一心不乱に猫達と戯れているエルダーシャが言った。猫達も反論はしない。
 エルダーシャと猫達は、友達らしい。
 「お友達のお友達は、皆、お友達だと思います」
 「そうですよね。じゃあ、そういう事で」
 鬼灯とアイラスが言った。
 「みんな、偉い神様を探すの、手伝ってくれる?」
 エルダーシャの問いに、『手伝うにゃ』、『一緒に遊ぶにゃ』、『にゃーにゃー!』と、異口同音に声があがった。
 こうして、眷属の猫とその他の猫達も、偉い神様を探すのを手伝ってくれる事になった。
 きっと、猫達も暇だったのだろう。
 猫達は喜んで山を走り回ると、すぐに偉い神様(自称)を捕まえて帰ってきた…
 
 4.君の名は…?

 「見つかっちゃったにゃ。
  というわけで、コピー君、これから好きな名前を名乗って良いにゃ」
 偉い神様(自称)は、元のようにゴロゴロしながらコピー人形に言った。
 と、コピー人形は喜んでいる。
 「名前といえば、偉い神様、お名前は何て言うのかしら?」
 エルダーシャが話の腰を折った。
 「わしは、偉い神様にゃ。それ以上でも以下でも無いにゃ」
 偉い神様(自称)は、何故かサングラスをかけながら言った。
 ともかく、こうしてニール・コピーは自らの名前を名乗る事が出来るようになった。
 その夜、偉い神様と猫達、エルダーシャが一晩位、ゆっくりしていくと良いにゃ。と言うので、断りきれなかった一行だったが、翌日には帰路に着いたという。
 数日後、一行は魔法人形の街へと帰ってくる。
 「で、コピー君は、これから何て名乗るんですか?」
 アイラスがコピー人形に尋ねた。
 「はい、僕はこれから…」
 コピーは、新しい自分の名前を一行に告げた。
 ベルク・サージ。
 古いエルザードの言葉で、ベルクの祝福という意味だそうだ。
 それが、遥か昔にベルク・マッシェによって作られ、最近目覚めた人形の王の新しい名前となった。
 何はともあれ、名前を貰えて良かったと、鬼灯は思った。

 (完)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【1649/アイラス・サーリアス/男/19才/軽戦士】
【1514/シェアラウィーセ・オーキッド/女/184才/織物師】
【1091/鬼灯/女/6才/護鬼】
【1780/エルダーシャ/女/999才/旅人】 
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■         ライター通信          ■
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 毎度遅くなって申し訳ありません、MTSです。
 何と言うか、魂の篭ったプレイング、ありがとうございました。
 イメージが、はっきりと伝わってきましたので、とても書きやすかったです。
 その割には、遅くなってしまって、重ね重ね申し訳ありませんが…
 ともかく、おつかれさまでした。
 また、気が向いたら、遊びに来て下さいです。