<クリスマス・聖なる夜の物語2004>


聖なる夜の物語:『オウガストのカーネリアン』

<1>
 黒山羊亭の一番奥のテーブルで、詩人のオウガウトが、林檎ほどの大きさのカーネリアンを緑の布の台座に置いた。朱色の半透明のパワーストーンは、光沢のある布の上で神秘の光を放つ。
 酒の回った客達が、グラスを片手に集まって来た。
「カード9枚を今からテーブルに並べます。お客様には3枚引いていただきます。そこに書かれた言葉を使って、私が夢を紡いで、それを体験して楽しんでいただこうと思います」
 カードに書かれた9つの言葉は、『折れたキャンドル』『気の抜けたシャンパン』『昨日のケーキ』『プレゼント』『煙突』『サンタ』『雪』『ヒイラギ』『靴下』。裏に雪の結晶模様が描かれたカードが、細い指によってシャッフルされる。そして、ゆっくりとテーブルに並べられた。
「こちらの世界では、前の椅子で数分間、静かに寝息をたてているだけです。銀貨10枚で、別の世界へ。いかがでしょうか?」

* * * * *
「お兄様。私からのクリスマスの贈り物です」
 スティラ・クゥ・レイシズは、兄の手を引いてテーブルの前に出ると、銀貨を10枚置いた。
「以前このゲームをなさった時のことを、とても楽しそうに話していらしたでしょ?だから、ぜひもう一度体験していただきたくて」
 清楚な緑の瞳の娘は、今夜は特別に、兄にせがんで夜遊びに連れ出して貰ったのだ。
「だったら私からも、スティラにお返しだ」と、フィセル・クゥ・レイシズも銀貨を置く。
「あの時、とても羨ましそうな顔をして、私の話を聞いていたのでね」
 もの静かで冷たく見られがちな青年だが、早く両親を失くしたせいか、たった一人の妹へ見せる表情は優しい。
「では、仲良しのご兄妹、早速カードを引いてください」
 オウガストに促されてめくったカードは、フィセルは『プレゼント』『煙突』『靴下』、スティラは『折れたキャンドル』『昨日のケーキ』『雪』だった。
「なんだか、私のは、悲しそうな言葉ばかりですね」と、スティラは、夢が映し出されるというカーネリアンを不安そうに見つめた。フィセルが妹の肩に手を置き、『一緒だから、大丈夫』と言うように頷いた。
 スティラは兄を真似てリラックスして椅子に座る。オウガストが揺らすペンダントの揺らぎで、二人ともコトリと眠りに落ちた。

<2>
「毎日毎日毎日!残業残業残業!お兄様、いったいどうしてしまわれたの?」
 木造の暖かい風合いのアパートの一室。ダイニング・テーブルに一人座り、スティラは握りしめた木製の胡椒挽きに向かって文句を言っていた。おとなしい彼女が、こんな剣幕のことは珍しい。皿の上には、スティラが腕を揮ったディナーが、もう湯気を無くしてしょんぼりとうずくまっていた。
「そりゃあ、クリスマスも近いし。黒山羊トイ・カンパニーは玩具会社だから忙しいのはわかるけど。・・・体、壊しても知りませんよ!」
 スティラは、ペッパー・ミルのハンドルを、怒りに任せてグルグルと廻した。

 黒山羊トイ・カンパニー・販促事業部営業部サービス二課主任。それがフィセルの役職だ。サービス二課の、一年に一度の大きな仕事。それは、イブの夜にサンタの格好をして<プレゼント>を配ることだった。
 孤児院の理事長や、父親のいない家庭の母親が、事前に申し込みに来る。うちで玩具を購入していただき、出張料金もいただき、男性社員(の下っ端)が当日それらしいコスチュームで配達する。リビングの窓から入って、目を丸くする坊やに汽車の模型を手渡したり、バルコニーを攀じ登り、子供部屋の窓から侵入して、枕元にお人形を置いて寝ぼけマナコのお嬢ちゃんと握手したりするわけだ。
 今は、依頼者の家の下調べで大忙しだ。地図と首っぴきで、毎日遅い時間まで歩き回る。
 犬は居ないか(居たらジャーキーをあげて仲良くしておく)。バルコニーに登るのに、家人やご近所から梯子を借りられるかどうか。借りられない場合は、どこをどう登るかを確認し、シュミレーションする。
 フィセルの会社は、『<煙突>から降りて来た』演出は受けている。つまり、現実では煙突から降りるのは無理な話だが、使用していない暖炉に待機し、落ちて来たような大きな音を発生させ、子供たちをその部屋に走り込ませるという手だ。そして、子供たちにプレゼントを手渡しする。
 家庭でベッドに下げる予定の<靴下>も、サイズをチェックする。購入商品のサイズが書かれた表を持って、各家庭で用意した靴下をメジャーで測る。10家庭に1件は、小さ過ぎるものを用意している。母親や母親代りの婦人は、慌てて今夜から編み直すわけだ。
 今年のフィセルの受持ちは、孤児院2つを含め、全部で27件。あと数日で、全部の下調べを終えねばならない。自然、残業も多くなり、妹の作ってくれた夕食も冷めてしまう・・・というわけだ。

「毎晩、残業、大変ですね。夕食、温め直します」
 遅い時間に帰っても、スティラは文句一つ言わず、笑顔で迎えてくれる。
「玩具を買いに来る人、そんなに多いの?」
「う・・・ん、まあ」
 フィセルは曖昧に答える。妹には、サンタの役をやっているのは秘密なのだ。妹はとても素直な性格だ。もし兄の仕事のことを知っていたら、お客の子供が『サンタにもらった』と嬉々として触れ回るのに出会った時、顔に出さずにいられるだろうか。『スティラおねえちゃんのお兄さんが、サンタをしていたの?』と尋ねられた時、うまい嘘で取り繕うことができるだろうか。
 いや、例えできたとしても、フィセルは、嘘をつくつらさをスティラに背負わせたくなかった。
 フィッシュディップをフォークで差すと、妙に黒い点々が目立った。口に入れるとクシャミを連発した。
「いつもよりスパイシーだな」
「え、そうですか?」とスティラはとぼけた。

<3>
 事情を知らないスティラは、クリスマス・イブの日の出勤でも、「御馳走を作るから、早く帰って来て下さいね」と釘を差す。
「なるべく早く帰るが・・・先に食べていてくれ」と、フィセルは逃げるようにアパートの部屋を立ち去る。

 ロースト・チキンの詰め物には、フィセルの嫌いなセロリは入れなかった。白身魚とインゲンのテリーヌは花型に可愛く作った。ケーキのスポンジも、フワフワに上手に焼けた。サンタを模した、白いボア付きの赤いワンピースでおめかしもした。・・・なのに、フィセルの帰宅は遅い。
 両親のいない兄妹には、サンタは来ない。街の楽しげな賑やかさが胸に痛かった時期もある。でも、クリスマスを嫌いになりたくなくて、毎年、ささやかでも必ず二人で祝った。どちらかに恋人ができても三人で過ごそうと約束していた。
『先に食べていてくれ』なんて、ひどい。まだ、『どんなに遅くなっても、待っていてくれ』と言われた方が、ずっとマシだった。
 スティラは、悲しみを紛らわす為、一人で賛美歌を歌おうと、テーブルを飾る銀の燭台のキャンドルに火を灯した。だが、その灯は少しの暖かみも無く、白い壁に映るスティラの影をゆらゆらと不安げに揺らすだけだった。火を吹き消し、ツイストした緑の蝋をきつく握った。スティラの華奢な掌の中で、それはポキポキと細い音を立てた。
 窓の外では、<雪>が降っていた。強いぼた雪が、隣の家への視界も隠す勢いで窓に吹きつけていた。桟にも数センチ積もっている。
 フィセルは、傘も持って出なかったし、今日はコートも着て行かなかった。
『知らないわ、お兄様なんか。雪まみれで帰ればいいのよ』
 だが・・・。窓に頬を近づけるだけでこんなに冷える。外は寒いことだろう。スティラは暖炉のある部屋でずっと待っていただけだ。兄だって、意地悪でイブに残業しているはずはない。切ない気持ちで仕事をこなし、そして雪に降られて帰るのだ。
「・・・。そうね。会社まで、傘を届けに行きましょうか」
 スティラは立ち上がった。

「レイシズ主任なら現在B地区で配達中です。今ならマーチ家あたりでしょう」
 部署の女性は何かの書類を見ながら、意味不明のことを告げる。だが、傘無しで外にいることがわかり、今どこにいるかもだいたいはわかった。スティラは、傘を渡しに行くことにした。
 そして。
 マーチ家の門の前で、サンタクロースと鉢合わせした。懐かしくて、でもほんの少し前までとても遠くに感じていた緑の瞳が、赤い帽子と白髪の髭に埋もれて笑っていた。
「・・・。ご苦労様です」
 スティラはサンタに傘を差しかけた。
「会社で聞いたのか?」
 照れくさそうに、少し怒ったような口調の兄が言った。
 色々なことがいっぺんに理解できた。ずっと、これの準備で帰りが遅かったこと。だから大切なイブの約束も守れなかったこと。たぶん、嘘やごまかしの下手なスティラの為に、仕事の内容を話せなかったこと。
「すまなかった」と「ごめんなさい」の声が重なり合い、二人は笑顔になった。
「まだあと12件もある。孤児院も1件残っているし、先に帰っていてくれ」
 だが、「私も一緒に回ります」と、スティラは兄から白い袋を奪い取った。
「ずっと、イブは一緒に過ごそうと約束していたでしょう?一緒に行きます」
「寒いぞ」
「平気です」
 言い出すと妹は強情だった。フィセルは苦笑して、地図を見ながら次の家へと歩き出した。スティラも急いで続く。夜も深い住宅街、人通りも無く踏み跡の無いまっさらな雪の上に、4つの足跡が並んで続いて行く。

<4>
 全部を配り終え、一度会社に戻って報告し、フィセルがコスチュームを解き、家に戻ったのは夜中の2時近かった。しんと冷えた部屋に、スティラが暖炉の火を灯す。
「料理、温め直しますね」
 テーブルの上には、<折れたキャンドル>が散らばっていた。スティラの痛みを想い、フィセルはカケラを指で触れた。細い緑のキャンドルは、白い紐の背骨も折れて、くったりとしおれている。
「胡椒、振り過ぎないでくれよ」
 フィセルが声をかけると、厨房で、スティラの笑い声が聞こえた。
「ケーキ、カットしておこうか?」
 フィセルも厨房に呼びかける。
<昨日のケーキ>は、飾りのイチゴは瑞々しさを失い、ピンと立っていたクリームの頂上は渦の中に埋もれてしまった。被いも掛けずに外出したものだから、白い表面に3カ所ほど、繊維のホコリがへばりついていた。
 だが、スティラのお手製ケーキは、十分においしそうだ。フィセルは丁寧にその細い繊維を取り除いた。6ピースに切り分け、小皿に取り、一つを妹の前に置く。
 スティラも、ロースト・チキンを取り分けして、フィセルの前に置いた。「クシュン」と、フィセルが小さなクシャミをした。

「だから、胡椒は振り過ぎるなと・・・」
 フィセルは、言ってからここが自宅の食卓で無いことに気づく。辺りを見回すと、やはりほんの今目覚めた妹が、「ケーキ、食べてから起きたかった・・・」と肩を落とした。

 スティラも一緒なので、フィセルはそう遅くない時刻に黒山羊亭を後にした。ドアを開けても雪の片鱗も無かったが、さっきの夢のように二人並んで歩いた。
 もし雪が積もっていたなら、夢と同じように4つの足跡が仲良く整列していたことだろう。
 
< END >

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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【ゲーム / 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1341/スティラ・クゥ・レイシズ/女性/18/遠視師
1378/フィセル・クゥ・レイシズ/男性/22/魔法剣士

NPC
オウガスト

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
ライターの福娘紅子です。
今回はご兄妹での冒険ということで、暖かい話をめざして書いてみました。
いかがだったでしょうか。
* ご兄妹で、<3>章の文章を変えてあります。