<クリスマス・聖なる夜の物語2004>


☆シクラメンの花☆



★オープニング
 
 枯れかけたシクラメンの花。
 潰れてしまった花屋の片隅で、じっと冬の寒さに耐える。
 空を仰ぎ見ようとも、空は見えない。外を眺めようとも、外は見えない。
 潰れてしまった花屋の片隅で、何も無い暗い空間で、最期時をひっそりと待つ。
 それを不憫に思ったのか、誰かがシクラメンの花に小さな命を注ぎ込んだ。
 シクラメンの花の命が人の形を持ってこの世に降り立つ。
 「わたくし・・。」
 潰れた花屋の片隅で、シクラメンの花は自分を持ち上げた。
 その耳に、男の人の声が響く。
 「シクラメンの花。可哀想だから一日だけ人にしてあげる。今日という日を精一杯楽しんできなさい。聖なる日だから・・。」
 「えっ・・?」
 「ただし、今日一日だけの奇跡。そう、明日になれば君は枯れて死んでしまう。」
 シクラメンは持っていた鉢植えを眺めた。
 ぐったりと茶色くなったシクラメンは、既に手遅れな状態になっている。
 「君はこの世界の事を知らない。せいぜい誰かに楽しいところに連れて行ってもらうが良いよ。」
 それっきり、男の声は聞こえなくなってしまった。
 シクラメンはしばらくその場に佇むと、そっと鉢植えを置いて外に駆け出して行った・・。


 ☆アイラス サーリアス

 その日、アイラスは天使の広場をぶらぶらと歩いていた。
 何をするでもない。ただ、歩いているだけで楽しいのだ。
 町はキラキラと七色に輝きを放っている。
 “地球”と言う場所では、今日は“クリスマス”という日らしい。
 それに影響を受けたソーンは、いくつかの店が明るいネオンをともし、昼間だと言うのにチカチカと輝きを放っている。
 ふと、アイラスの目に不思議な少女の姿が飛び込んできた。
 フラフラとさ迷い歩いては、少し悩んだように考え込んだ後で、再びふらりと歩き出す。
 その足元はあまりおぼつかない。
 転びそうだ・・。
 そう思った瞬間、少女がベシャリと地面に崩れ落ちた。
 アイラスはすぐに少女に駆け寄ると、手を差し伸べた。
 「大丈夫ですか?」
 「あ・・大丈夫・・ですわ・・。」
 少女はアイラスの手につかまると、フワリと立ち上がった。
 薄ピンク色のスカートが、丸く揺れる・・。
 「あの・・。わたくし、シクラメンと申します・・。あの・・。」
 「あ、僕はアイラス サーリアスと言います。」
 「あの・・。本日、何かご予定はありますか・・?」
 シクラメンが、少し俯きがちに問う。
 その頬がほんのり薄ピンク色に染まる・・。
 ご予定があるかと聞かれて、あると言うほどの予定は無い。
 だからと言って、今さっき知り合ったばかりの人と共に本日の予定を埋めるというのも如何なものかと思われる。
 「予定は・・ないですが・・。なにか・・?」
 アイラスが、少々警戒気味にそう言った。
 シクラメンはその答えにうれしそうに笑うと、歌うように言葉を紡いだ。
 「わたくし、あるお方から今日だけ、命をもらいましたの。人の形をもって・・。明日になれば枯れてしまいます。けれども、今日だけは誰かに楽しいところに連れて行ってもらいなさいと言われて・・。」
 そう言われても、アイラスには理解ができなかった。
 いや、理解はできた。
 つまりは・・彼女はシクラメンの花で、今日だけ人の姿に変えてもらって、その姿を変えてくれた人に誰かにソーンを案内してもらいなさいと言われたと言うのだ。
 アイラスは考え込むように、視線をシクラメンから逸らした。
 理解はできるが、それをどうやって信じれば良いのか。そこが分らなかった。
 「あの・・?」
 シクラメンが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
 彼女の真剣な態度は、嘘とは思えない。
 アイラスは心の中で一度だけ大きく頷くと、シクラメンに微笑んだ。
 「良いですよ。僕で宜しければ、ソーンの中を案内しましょう。」
 信じられるのかどうかを悩むよりも、信じてあげようと悩む方がよっぽど良い。
 アイラスは、シクラメンの話を信じた。
 「よろしくお願いいたします!」
 シクラメンがぱっと笑顔を輝かせる。
 「それでは、まずは何処に行きましょうか・・。」
 「わたくし・・。食べ物と言うものを食べてみたいですわ・・。水ではなく・・。」
 「食べ物ですか・・。それなら・・白山羊亭ですね。」
 「白山羊亭?」
 「そうです。。とても料理が美味しいことで有名なんですよ。」
 「そうなんですか、それではそこに行きたいですわ。」
 アイラスは頷くと、シクラメンを連れて白山羊亭へと歩いた。

 白山羊亭からは、普段と同じ・・ルディアの楽しげな声が漏れ聞こえてくる。
 シクラメンはその声に、目を輝かせる。
 「あ、いらっしゃいませ〜。」
 ルディアが入ってきた2人に気付き、すぐに席へと案内してくれる。
 白山羊亭の中は、今日も人が多くそこここで様々な話に花を咲かせている。
 「わたくし、こんなにも人の沢山いる場所に来るの、初めてですわ。」
 「そうなんですか?」
 「はい。わたくし、お花屋さんが潰れてからずっと壊れた倉庫の中にしまわれておりましたの。」
 「壊れた倉庫・・ですか・・?」
 「えぇ。ドアが無くて、けれど・・外は見えませんでしたわ。倉庫はあまりにも広くて・・。」
 シクラメンは、そっと瞳を閉じた。
 何かを考え込むようにじっと・・。
 「けれども、わたくし・・幸せですわ。こうして自分の足で外に出ることが出来たのですもの。とっても、幸せですわ。」
 「良かったですね・・。」
 「はい、今日は・・聖なる日ですから・・。」
 シクラメンが、白く細い手を胸の前で合わせた。
 何かに祈るように微笑みを浮かべながら瞳を閉じると、すぐにまた元の笑顔に戻っていた。
 頼んでおいた料理が目の前に出される。
 シクラメンは満面の笑みを浮かべながら、アイラスに何度も何度も美味しいと言っては幸せそうに目を瞑っていた。
 「わたくし、もしまた今度ここに来ましたら・・同じものを頼みますわ。」
 「他の料理も美味しいですよ?」
 「いいえ、いいえ・・。わたくしはコレがまた食べたいのです。そして、次もまた・・コレを食べるのですわ。」
 かみ締めるように出される言葉。
 アイラスの脳裏に、天使の広場での言葉が蘇った。
 “明日になれば枯れてしまいます”
 つまり・・明日になれば彼女は死んでしまう・・。
 「わたくし、次も・・コレを頼みますわ。」
 シクラメンが、何度も呟く。
 その笑顔にかげりは無かった。
 「もっと、人のいる所にでも行きましょうか・・?」
 「ここよりも、もっと人のいる所があるのですか!?」
 「えぇ・・まぁ、天使の広場・・一番最初に僕とあったあの場所ですけれども・・。」
 「行きますわ!沢山人を見てみたいです。視界いっぱいに・・。」
 アイラスは外を眺めた。
 結構のんびりとしてしまったらしい・・・窓の外では太陽が赤く色づき始めている。
 「では、行きましょうか・・。」
 「はい。」
 アイラスはシクラメンを連れ立って、一番最初に出会った天使の広場へと歩んだ。
 夕方近くだ。人は沢山いるだろう。
 シクラメンが、今にも踊りだしそうなステップで歩いている。それを、アイラスは微笑みながら見つめた。

 「凄い人ですわ・・。」
 天使の広場に着いた早々、シクラメンが人の多さに目を輝かせた。
 「一番最初に会った時も、結構人はいましたよ・・?」
 「自分の事に精一杯で、周りを見ている余裕なんてありませんでしたわ・・。」
 「そうですか。それでは、自分の事は僕に任せて楽しんでください。」
 「迷子になりそうになったら、呼び止めてくださいね?」
 アイラスの紳士的な態度に、シクラメンが微笑みながらそう付け足す。
 フワフワと、踊るように歩くシクラメン・・。
 その顔は天使の広場を満喫しているようだった。
 あちらへこちらへ、歩き回っているうちに時刻は既に夕方を過ぎていた。
 煌く星と、濡れる月が柔らかくエルザードの町並みを照らす・・。
 アイラスとシクラメンは、天使の広場を離れて黒山羊亭まで来ていた。
 少し落とされた照明が、ほの暗く幻想的に黒山羊亭の中を照らし出す。
 その片隅で、シクラメンとアイラスはひっそりと座っていた。
 「わたくし・・お店の一番上に陳列されていましたわ。一番の特等席でしたのよ。」
 「・・そうですか・・。」
 「お店の人も皆優しくって・・お店に来るお客様達も、いつもニコニコとしていて・・。」
 シクラメンは、アイラスと視線を合わせて微笑んだ。
 「わたくし・・幸せでしたわ。毎日が、幸せでした。お店が潰れて、奥の倉庫に忘れ去られても・・あの時の時間がわたくしを支えていてくれた。」
 かみ締めるように“幸せ”という言葉を何度も呟く。
 「でも、今日が一番幸せでした。色々な人を見れて、青い空が見れて・・。」
 アイラスは、かける言葉が見つからなかった。
 多分・・この場面では彼女の思いを黙って聞くことこそが一番良い“言葉”なのかも知れない・・。
 「わたくしは・・幸せ者ですわ。」
 嬉しそうに、言う・・シクラメン。
 なんて小さな幸せと思ってしまうのは、間違いなのだろうか。
 彼女にとっては夢にまで見るほどの幸せなのだ。最高の・・これ以上ないくらいの幸せ。
 しかし、それが羨ましくも思い、そしてどこかで可哀想だと思うのは・・自分の価値観に縛られているからなのだろうか?
 「あっ・・。」
 「・・どうかしましたか?」
 「今日が・・終わりますわ・・。」
 シクラメンが、そっと呟いた。
 もうすぐで明日になる・・。
 「もし宜しければ、最後まで付き合っては下さいませんか?」
 その言葉に頷くと、アイラスとシクラメンは黒山羊亭を後にした。


 ついた場所は、寂しげな古びた店の前だった。
 シクラメンが奥から白い鉢植えを取って戻ってくる。
 鉢植えの中の花は茶色くくしゃくしゃになり、ほとんど枯れてしまっている・・。
 これが、シクラメンなのだ・・。
 「わたくし、アイラス様に逢えてとても嬉しかったですわ。町を一緒に歩いてくださって・・色々な場所に連れて行ってくださって・・。」
 シクラメンが手を組む。
 何かに祈るように目を伏せた後で、鉢植えをアイラスに手渡した。
 「わたくし、次に生まれ変わる時はまた花になりたいですわ。みなさんを笑顔に出来る・・綺麗な花に。」
 シクラメンは、人間になりたいとは言わなかった・・。
 再び花になりたい。自分ではなく、人を笑顔に出来る花に・・。
 「シクラメンさん・・今度逢った時は・・もっと沢山色々な場所に行きましょうね。」
 アイラスは、別れではなく約束をした。
 また直ぐに会える友達とするかのように、凄く自然に・・。
 「アイラス様・・ありがとうございました・・。また・・お逢いした時は・・。」
 シクラメンが、白い光に包まれて姿を消して行く。
 白い光は、丸くなりながらフワフワと空へとあがっていく・・。
 アイラスの持っていた鉢植えのシクラメンも、クタリと力尽きる。
 逝ってしまったのだ・・。
 アイラスはそっと祈った。
 シクラメンが今度は一番幸せな花として生まれますようにと・・。
 しばらくそこに立って空を見上げた後で、アイラスはその場を後にした。


 アイラスは、まだ知らない。
 シクラメンの鉢植えの中に・・小さな種がいくつも落ちていると言う事を・・・。
 来年になれば、彼女が再び舞い戻り・・綺麗な花を咲かせる事を・・。


     〈END〉


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 ★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  
  1649/アイラス サーリアス/男性/19歳/フィズィクル アディプト


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 ■         ライター通信          ■
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 何時もありがとう御座います。ライターの宮瀬です。
 『シクラメンの花』にご参加ありがとうございました!
 今回は“幸せ”をテーマに執筆いたしましたが・・如何でしたでしょうか?
 アイラス様を優しく、温かく書けてれいれば・・と思います。


 それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。